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新たなる脅威篇
2 プラトウへ-3-
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「それじゃあ、行ってきます」
バッグを片手にシェイドが明るい声で言った。
今回の視察は非公式ということで、小型艇の前に彼らを見送るのはアシュレイと戦略顧問のルタのみだった。
「道中、お気をつけて。通信には専用の回線を開いてありますので、何かあればすぐにご連絡ください」
ここに至るまでアシュレイは何度も詫びていた。
同行できないことに対してはもちろん、不躾なライネを付き添わせる非礼に対しての詫びだ。
しかし後者はあくまで表面的な取り繕いであって本意ではない。
「何度も言うがくれぐれも失礼のないようにな。護衛としての本分を忘れるな。それから――」
「分かった! 分かりました! ちゃんとやるから!」
ここぞとばかりに注意事項を並べ立てる彼をライネは面倒くさそうにあしらった。
「シェイド様も遠慮なく言ってやってください。彼女には厳しいくらいがちょうどよいですから」
「僕は何も言わないですよ。付き添ってくれるだけですごく助かりますし」
「シェイド君は優しいな~。どっかの誰かさんとちがって」
ライネは冗談めかして言った。
「皇帝がご不在の間は私どもが責任を持って事に当たります」
恭順に振る舞いながらルタが言った。
戦略顧問という立場は政務とは近いようで遠いから、シェイドどころか重鎮の代役も務まらない。
だが民の幸福を一番に考える現政権の一助になりたいという想いは常に持っていた。
「はい、お願いします」
笑顔で手を振り、彼は艇に乗り込んだ。
「――ライネ」
その後に続こうとする彼女をアシュレイは小声で呼び止めた。
「頼んだぞ」
言葉にはせず、笑顔でそれに答える。
くるりと弾むように身を翻してシェイドに追いついたライネは、
「バッグ、アタシが預かろうか?」
彼が大事そうに抱えているバッグを見て言った。
「いいですよ、これくらい。プラトウにいた時はもっと重い荷物を運んでましたから」
言ってから彼は即位して以来、魔法の訓練以外ではろくに体を動かしていないことに気付いた。
思い返すと麻袋を担いで自宅と鉱山を往復していた日々が少しだけ懐かしくなる。
「ふーん、ま、いいや。疲れたらいつでも言いなよ? 護衛っつっても荷物持ちも兼ねてるからさ」
「その時はお願いします」
やや湾曲した狭い通路を進むと操舵室が見えてくる。
艇といっても旅客機を二回りほど大きくしたようなもので、内部には必要最低限の設備しかない。
要人用でもないからシェイドでさえ一般兵と同じ内装の部屋で寝泊まりすることになる。
「お待ちしておりました。プラトウまで安全かつ確実にお届けします」
控えていた艇長たちが2人を迎えた。
顔合わせを終え、特にできることはないからとシェイドたちは乗組員に挨拶して回ることにした。
大部分が自動化されているために乗組員の数は少なく、一般職を含めても15名しかいない。
「シェイド君が乗るからもっと大きな船かと思った」
全員と軽く言葉を交わし、2人は中ほどにある休憩室にやって来た。
長椅子にテーブル、ティーサーバーや書籍など、時間を潰せるものは一通りそろっている。
ここからプラトウまでは飛び続けて丸一日かかる。
それぞれあてがわれた部屋で過ごしてもよかったが、護衛を口実にシェイドと話そうとライネが連れてきたのだ。
「きっと気を遣ってくれたんだと思います。大きな艦は飛ぶのが遅いから」
「なるほどね、あの人たちもいろいろ考えてるんだ」
感心したふうを装いつつ、彼女はちらりとシェイドを一瞥する。
女の子と見間違えてしまいそうな顔つきはその柔らかさがそうさせるのか、どこか眠そうに見えた。
彼の評判は警備隊の末端にまで届いている。
永く続いた圧政を終わらせ、民を慰撫して世界を平和へと導く救世主――。
ライネの耳に入ってきたのはこういう評だった。
(とてもそうとは思えないんだよなあ……)
カリスマ性というのは他人よりはるかに背が高かったり、眼光が鋭かったり、あるいは何事にも恐れず果敢に挑んだりと、顕著な特徴があってこそだ。
しかしシェイドにはそれがない。
どこにでもいる、気弱そうな普通の少年だ。
服装は地味なコート。
背は低く、覇気もない。
民を引っ張っていくどころか置いていかれそうな悲愴感さえ漂っている。
「あの、ライネさんはどうして警備隊に入ったんですか?」
凝視されていたシェイドは気圧されたように目を逸らしながら訊いた。
「去年、親父が亡くなったんだ。それで税金が払えなくなってさ。どうしようかと思ってたところに軍が募集してたのを見つけたんだよ」
「お父さんが?」
「病気でね。収入がなくなったから学校にも行けなくなったし、家族にはアタシ以外で働ける人もいないし。それで応募したってワケ。
前の皇帝の直属の護衛ってことで実入りも良くて、ついでに役人扱いでいろんな税金も免除されるって話だったからさ」
なかなかに悲惨な話だというのに彼女は淡々と語る。
おかげで陰鬱な空気にならずに済むのだが、
「ごめんなさい、僕が訊いたせいで……」
責任を感じたシェイドは消え入りそうな声で言った。
「いいっていいって! キミは何も知らなかったんだから」
豪快に笑いながらライネは、第一印象のとおりだな、と思った。
「警備隊なら……もしかしたらあの時、僕たちは戦っていたかもしれませんね……」
「あの時……? ああ、アタシは宮殿北側を守ってたからね。でも音は聞こえてたぜ。これは終わるのかもな――って」
「終わる?」
「どっちにとっても最後の戦いだっただろ? あれで叛乱軍が敗けたら、もう次の叛乱はないってみんな言ってたからさ」
重鎮が叛旗を翻したことでシェイド率いる叛乱軍は民衆にとって最初で最後の希望と言われていた。
ここで彼らが潰えれば、再び力ある者の誕生を待たなければならない。
あの暴虐残忍な支配者がそれを許すハズがなく、今度は徹底的に反抗の芽を根元から刈り取ってしまうだろう。
「ちょっと複雑だったけどね。アタシは税金のために前の皇帝の味方をしてたけど、もし政府が敗けたらどうなるんだって気持ちはあってさ」
「………………」
「そもそも政府が倒れたら税金のことなんて考えなくていいじゃないか、ってね。だったらアタシにとっちゃどっちが勝っても一緒じゃん?」
シェイドは何も答えられない。
この話題は難しすぎて考えることすら躊躇わせてしまう。
「まあ、でもあの時点じゃアタシの雇い主は政府だったんだから役目はこなしたよ。キミにとっちゃ不本意だろうけどな」
「それは――」
当時はそれぞれの立場があったのだから仕方がない、と彼は言った。
民の溜飲を下げるために政府側の人間だったからという理由だけで排斥すれば、国は成り立たなくなってしまう。
「で、いろいろあって今も警備隊を続けてるってワケ。ちょっと前まで戦ってた相手を守るってのもヘンな感じだけどさ」
「学校には戻らないんですか?」
「んー、今さら通ってもしょうがねえしなあ。それにアタシ、実はアシュレイさんにプロポーズされてんだよね」
「ええっ!? 結婚するんですか!?」
「きみには今の仕事を続けてほしい。きみのような存在が必要だ、とか言ってね」
ライネは笑いながら言った。
恥じらいはない。
ひとりの人材として必要とされていることは彼女自身もよく分かっていた。
「ま、そういうワケだから当面は警備隊さ。任務中、キミのことは全力で守るから安心しなよ」
がさつで野性的――。
それが彼女に対してシェイドが最初に抱いた印象だった。
だがこのどこか飄逸で自信に満ちている護衛のことを、彼は羨ましく思った。
「はい、お願いします。でも危険なことはしないでくださいね?」
「あはは、心配いらねえよ! 自分の身は自分で守れるさ」
シェイドの不安を吹き飛ばすようにライネは大袈裟に笑った。
「…………?」
だがすぐにその表情は一転、険しいものになり彼の綺麗な瞳を凝視する。
「シェイド君さあ、アタシに敬語なんて遣わなくていいよ?」
何を言われているのか分からず、彼は首をかしげた。
「ずっと気になってたんだよ。キミのほうがエライんだからもっと堂々としてりゃいいのにさ」
「ああ――」
シェイドは複雑な笑みを浮かべた。
「少し前にも同じことを言われた気がしま――」
「ほら、それ! ひょっとしてアタシが年上だから気にしてる?」
「そういうワケじゃ……」
「だったら普通でいいよ。っていうかアタシがなんかイヤだ。距離置かれてるみたいで」
難しい注文をされたな、とシェイドは思った。
彼にとって対等に付き合えるのはソーマだけだったから、年齢が近い相手との接し方がよく分からない。
「努力します…………努力する」
たどたどしく答える彼に、まだまだ時間がかかりそうだとライネは苦笑した。
バッグを片手にシェイドが明るい声で言った。
今回の視察は非公式ということで、小型艇の前に彼らを見送るのはアシュレイと戦略顧問のルタのみだった。
「道中、お気をつけて。通信には専用の回線を開いてありますので、何かあればすぐにご連絡ください」
ここに至るまでアシュレイは何度も詫びていた。
同行できないことに対してはもちろん、不躾なライネを付き添わせる非礼に対しての詫びだ。
しかし後者はあくまで表面的な取り繕いであって本意ではない。
「何度も言うがくれぐれも失礼のないようにな。護衛としての本分を忘れるな。それから――」
「分かった! 分かりました! ちゃんとやるから!」
ここぞとばかりに注意事項を並べ立てる彼をライネは面倒くさそうにあしらった。
「シェイド様も遠慮なく言ってやってください。彼女には厳しいくらいがちょうどよいですから」
「僕は何も言わないですよ。付き添ってくれるだけですごく助かりますし」
「シェイド君は優しいな~。どっかの誰かさんとちがって」
ライネは冗談めかして言った。
「皇帝がご不在の間は私どもが責任を持って事に当たります」
恭順に振る舞いながらルタが言った。
戦略顧問という立場は政務とは近いようで遠いから、シェイドどころか重鎮の代役も務まらない。
だが民の幸福を一番に考える現政権の一助になりたいという想いは常に持っていた。
「はい、お願いします」
笑顔で手を振り、彼は艇に乗り込んだ。
「――ライネ」
その後に続こうとする彼女をアシュレイは小声で呼び止めた。
「頼んだぞ」
言葉にはせず、笑顔でそれに答える。
くるりと弾むように身を翻してシェイドに追いついたライネは、
「バッグ、アタシが預かろうか?」
彼が大事そうに抱えているバッグを見て言った。
「いいですよ、これくらい。プラトウにいた時はもっと重い荷物を運んでましたから」
言ってから彼は即位して以来、魔法の訓練以外ではろくに体を動かしていないことに気付いた。
思い返すと麻袋を担いで自宅と鉱山を往復していた日々が少しだけ懐かしくなる。
「ふーん、ま、いいや。疲れたらいつでも言いなよ? 護衛っつっても荷物持ちも兼ねてるからさ」
「その時はお願いします」
やや湾曲した狭い通路を進むと操舵室が見えてくる。
艇といっても旅客機を二回りほど大きくしたようなもので、内部には必要最低限の設備しかない。
要人用でもないからシェイドでさえ一般兵と同じ内装の部屋で寝泊まりすることになる。
「お待ちしておりました。プラトウまで安全かつ確実にお届けします」
控えていた艇長たちが2人を迎えた。
顔合わせを終え、特にできることはないからとシェイドたちは乗組員に挨拶して回ることにした。
大部分が自動化されているために乗組員の数は少なく、一般職を含めても15名しかいない。
「シェイド君が乗るからもっと大きな船かと思った」
全員と軽く言葉を交わし、2人は中ほどにある休憩室にやって来た。
長椅子にテーブル、ティーサーバーや書籍など、時間を潰せるものは一通りそろっている。
ここからプラトウまでは飛び続けて丸一日かかる。
それぞれあてがわれた部屋で過ごしてもよかったが、護衛を口実にシェイドと話そうとライネが連れてきたのだ。
「きっと気を遣ってくれたんだと思います。大きな艦は飛ぶのが遅いから」
「なるほどね、あの人たちもいろいろ考えてるんだ」
感心したふうを装いつつ、彼女はちらりとシェイドを一瞥する。
女の子と見間違えてしまいそうな顔つきはその柔らかさがそうさせるのか、どこか眠そうに見えた。
彼の評判は警備隊の末端にまで届いている。
永く続いた圧政を終わらせ、民を慰撫して世界を平和へと導く救世主――。
ライネの耳に入ってきたのはこういう評だった。
(とてもそうとは思えないんだよなあ……)
カリスマ性というのは他人よりはるかに背が高かったり、眼光が鋭かったり、あるいは何事にも恐れず果敢に挑んだりと、顕著な特徴があってこそだ。
しかしシェイドにはそれがない。
どこにでもいる、気弱そうな普通の少年だ。
服装は地味なコート。
背は低く、覇気もない。
民を引っ張っていくどころか置いていかれそうな悲愴感さえ漂っている。
「あの、ライネさんはどうして警備隊に入ったんですか?」
凝視されていたシェイドは気圧されたように目を逸らしながら訊いた。
「去年、親父が亡くなったんだ。それで税金が払えなくなってさ。どうしようかと思ってたところに軍が募集してたのを見つけたんだよ」
「お父さんが?」
「病気でね。収入がなくなったから学校にも行けなくなったし、家族にはアタシ以外で働ける人もいないし。それで応募したってワケ。
前の皇帝の直属の護衛ってことで実入りも良くて、ついでに役人扱いでいろんな税金も免除されるって話だったからさ」
なかなかに悲惨な話だというのに彼女は淡々と語る。
おかげで陰鬱な空気にならずに済むのだが、
「ごめんなさい、僕が訊いたせいで……」
責任を感じたシェイドは消え入りそうな声で言った。
「いいっていいって! キミは何も知らなかったんだから」
豪快に笑いながらライネは、第一印象のとおりだな、と思った。
「警備隊なら……もしかしたらあの時、僕たちは戦っていたかもしれませんね……」
「あの時……? ああ、アタシは宮殿北側を守ってたからね。でも音は聞こえてたぜ。これは終わるのかもな――って」
「終わる?」
「どっちにとっても最後の戦いだっただろ? あれで叛乱軍が敗けたら、もう次の叛乱はないってみんな言ってたからさ」
重鎮が叛旗を翻したことでシェイド率いる叛乱軍は民衆にとって最初で最後の希望と言われていた。
ここで彼らが潰えれば、再び力ある者の誕生を待たなければならない。
あの暴虐残忍な支配者がそれを許すハズがなく、今度は徹底的に反抗の芽を根元から刈り取ってしまうだろう。
「ちょっと複雑だったけどね。アタシは税金のために前の皇帝の味方をしてたけど、もし政府が敗けたらどうなるんだって気持ちはあってさ」
「………………」
「そもそも政府が倒れたら税金のことなんて考えなくていいじゃないか、ってね。だったらアタシにとっちゃどっちが勝っても一緒じゃん?」
シェイドは何も答えられない。
この話題は難しすぎて考えることすら躊躇わせてしまう。
「まあ、でもあの時点じゃアタシの雇い主は政府だったんだから役目はこなしたよ。キミにとっちゃ不本意だろうけどな」
「それは――」
当時はそれぞれの立場があったのだから仕方がない、と彼は言った。
民の溜飲を下げるために政府側の人間だったからという理由だけで排斥すれば、国は成り立たなくなってしまう。
「で、いろいろあって今も警備隊を続けてるってワケ。ちょっと前まで戦ってた相手を守るってのもヘンな感じだけどさ」
「学校には戻らないんですか?」
「んー、今さら通ってもしょうがねえしなあ。それにアタシ、実はアシュレイさんにプロポーズされてんだよね」
「ええっ!? 結婚するんですか!?」
「きみには今の仕事を続けてほしい。きみのような存在が必要だ、とか言ってね」
ライネは笑いながら言った。
恥じらいはない。
ひとりの人材として必要とされていることは彼女自身もよく分かっていた。
「ま、そういうワケだから当面は警備隊さ。任務中、キミのことは全力で守るから安心しなよ」
がさつで野性的――。
それが彼女に対してシェイドが最初に抱いた印象だった。
だがこのどこか飄逸で自信に満ちている護衛のことを、彼は羨ましく思った。
「はい、お願いします。でも危険なことはしないでくださいね?」
「あはは、心配いらねえよ! 自分の身は自分で守れるさ」
シェイドの不安を吹き飛ばすようにライネは大袈裟に笑った。
「…………?」
だがすぐにその表情は一転、険しいものになり彼の綺麗な瞳を凝視する。
「シェイド君さあ、アタシに敬語なんて遣わなくていいよ?」
何を言われているのか分からず、彼は首をかしげた。
「ずっと気になってたんだよ。キミのほうがエライんだからもっと堂々としてりゃいいのにさ」
「ああ――」
シェイドは複雑な笑みを浮かべた。
「少し前にも同じことを言われた気がしま――」
「ほら、それ! ひょっとしてアタシが年上だから気にしてる?」
「そういうワケじゃ……」
「だったら普通でいいよ。っていうかアタシがなんかイヤだ。距離置かれてるみたいで」
難しい注文をされたな、とシェイドは思った。
彼にとって対等に付き合えるのはソーマだけだったから、年齢が近い相手との接し方がよく分からない。
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