88 / 115
新たなる脅威篇
6 予言を覆す力-7-
しおりを挟む
すぐには理解できなかった。
その内容にも、それが彼の口から発せられたことも。
「まさか――ここを捨てるっていうのか?」
そう訊き返したくなるほど、不可解なお願いだった。
「守ります……僕たち、の……住む場所ですから」
「だろ!? だったらなんで――」
そんな頼みごとをするのか、と彼女はもう一度問うた。
が、子細に説明する余裕はシェイドにはない。
ライネは数秒だけ迷ったが、どうせ考えても分からないと理解した。
「ほんとに大丈夫なんだな?」
彼女の気がかりは彼の安全についてだけだ。
護衛として、友だちとして、彼が危険を承知でその判断をしたのなら諫める必要があった。
シェイドは小さくうなずいた。
「――分かった!」
ライネは走った。
やや離れたところで従者とともに応戦しているイエレドの元へと駆ける。
「シェイド君から伝言!」
「シェイド様から?」
「上空の味方を引き揚げさせろって!」
「なに――?」
攻撃の手を止め、イエレドは向きなおった。
「正気か?」
「アタシに言われても知らないって! シェイド君が言ってるんだから」
「それを諫めるのもお前の役目だぞ!」
「言ったよ! でも聞かないんだよ!」
イエレドは数秒迷った。
ここは戦場だ。
しかも遠征とはちがい、防衛戦である。
この町を守るのではなかったのか?
味方を撤退させろという命令――シェイドにとってはお願い――はつまり、町を捨てるということなのか?
(何のために……?)
みすみす味方を危険に晒す行為だ。
経験豊富な軍師の言葉ならまだしも、皇帝とはいえ戦に関しては素人のシェイドの意見に従うべきなのか。
答えは出ない。
だからイエレドは従者としての決断をした。
通信機を通して航空部隊に撤退を呼びかける。
彼はお願いを、皇帝の意思と解釈した。
彼の意思に背くことは許されない。
「お前は先にシェイド様の元へ行け! 私たちもすぐに向かう!」
こちらは地上の敵にも目を向けなければならない。
防御網を狭めつつ、シェイドに対する守りを固める必要があった。
たとえあの少年の判断が誤っていようと、彼らの目的は守護なのだ。
「分かった!」
すぐ傍で彼を守るのはライネの役目だ。
航空戦力は後退を始めた。
しかし鵜呑みにはしていないのか、その動きは鈍い。
――何をするつもりなのか?
誰もが同じ疑問を抱いていた。
「ああ、よかった! 何事かと思っていたが、どうもないみたいだな!」
男は豪快に笑った。
目の前の少女にケガがないと分かると、少しくらいは気も抜ける。
「ええ、大丈夫、です……」
本当はまだ息苦しさを感じていたが、この少女はなにかと意地を張りたがる。
滅多なことでは弱みを見せないし、油断も手加減もしない。
それがプラトウで生きていくコツだった。
「そりゃなによりだ。嬢ちゃんは英雄だからな。何かあったらたいへんだ」
「英雄……?」
そんなハズはない。
この町でそう呼ばれるのは彼だけだ。
「表彰されてただろ? あの式典で」
ああ、とフェルノーラは思い至る。
次期皇帝の窮地を救った功労者、ということで讃えられたのだ。
しかしそんな名誉も今では何の役にも立たない。
「それより丸腰か? だったらこれ使いな!」
男は腰に提げていた銃を手渡した。
破壊されたドールから奪ってきたものだという。
「ここも安全たぁ言えねえな……! 隠れるところを探すか!」
戦の音は絶えず響き渡っている。
地上ではエルディラント軍が頑張っているおかげで民間人の被害は少ないが、それも塹壕や障害物を盾にしていればの話だ。
後退を命じられたこともあり、航空戦では襲撃者が攻勢を取り戻し始めている。
予断を許さない状況だ。
「あそこがいい!」
男が洞窟を指さす。
フェルノーラはかぶりを振った。
「隠れてたってプラトウは守れません」
「なんだって!?」
男は頓狂な声をあげた。
「私たちの町は――私たちで守らないと……」
二度も蹂躙されてたまるか、という闘志をこの少女は滾らせている。
見覚えのある艦に怯えている場合ではない。
つい先ほど襲撃者やケッセルに殺されかけた恐怖は、理不尽に対する怒りに変わっていた。
「じゃあどうするんだ?」
危ないことは軍人に任せておけ、と彼は言うがフェルノーラは応じない。
「戦うんです!」
狼狽える大人を叱咤するように少女は力強く言った。
「この銃はおじさんが敵から奪ってくれたものでしょ?」
「お、おじさん……?」
「私たちには武器がある! 戦えるんです!」
「あ、ああ、まあ……」
「いいようにやられて……何もできないで事が過ぎるのを待つのはいやなんです」
そう思うのは彼女だけではない。
志を同じくする者たちはあの決起会を経て、ペルガモンに叛逆した。
敵は変わったが、やることは変わらない。
戦う必要があるのだ。
(それに――)
フェルノーラは深呼吸した。
彼女には返さなければならないもの返さなければならないものがある。
「行きましょう!」
まだ馴染まない銃をしっかり握りしめ、少女は走った。
「ああ、分かった、分かった! 嬢ちゃんをひとりにしちゃおけねえからな!」
子どもに戦わせておいて、自分だけが逃げることなどできない。
「それにしても――」
男は嘆息する。
「オレ、もうおじさんなのか……」
瓦礫を軽々と跳び越えるフェルノーラに追いつこうとして、彼は何度もつまずいた。
その内容にも、それが彼の口から発せられたことも。
「まさか――ここを捨てるっていうのか?」
そう訊き返したくなるほど、不可解なお願いだった。
「守ります……僕たち、の……住む場所ですから」
「だろ!? だったらなんで――」
そんな頼みごとをするのか、と彼女はもう一度問うた。
が、子細に説明する余裕はシェイドにはない。
ライネは数秒だけ迷ったが、どうせ考えても分からないと理解した。
「ほんとに大丈夫なんだな?」
彼女の気がかりは彼の安全についてだけだ。
護衛として、友だちとして、彼が危険を承知でその判断をしたのなら諫める必要があった。
シェイドは小さくうなずいた。
「――分かった!」
ライネは走った。
やや離れたところで従者とともに応戦しているイエレドの元へと駆ける。
「シェイド君から伝言!」
「シェイド様から?」
「上空の味方を引き揚げさせろって!」
「なに――?」
攻撃の手を止め、イエレドは向きなおった。
「正気か?」
「アタシに言われても知らないって! シェイド君が言ってるんだから」
「それを諫めるのもお前の役目だぞ!」
「言ったよ! でも聞かないんだよ!」
イエレドは数秒迷った。
ここは戦場だ。
しかも遠征とはちがい、防衛戦である。
この町を守るのではなかったのか?
味方を撤退させろという命令――シェイドにとってはお願い――はつまり、町を捨てるということなのか?
(何のために……?)
みすみす味方を危険に晒す行為だ。
経験豊富な軍師の言葉ならまだしも、皇帝とはいえ戦に関しては素人のシェイドの意見に従うべきなのか。
答えは出ない。
だからイエレドは従者としての決断をした。
通信機を通して航空部隊に撤退を呼びかける。
彼はお願いを、皇帝の意思と解釈した。
彼の意思に背くことは許されない。
「お前は先にシェイド様の元へ行け! 私たちもすぐに向かう!」
こちらは地上の敵にも目を向けなければならない。
防御網を狭めつつ、シェイドに対する守りを固める必要があった。
たとえあの少年の判断が誤っていようと、彼らの目的は守護なのだ。
「分かった!」
すぐ傍で彼を守るのはライネの役目だ。
航空戦力は後退を始めた。
しかし鵜呑みにはしていないのか、その動きは鈍い。
――何をするつもりなのか?
誰もが同じ疑問を抱いていた。
「ああ、よかった! 何事かと思っていたが、どうもないみたいだな!」
男は豪快に笑った。
目の前の少女にケガがないと分かると、少しくらいは気も抜ける。
「ええ、大丈夫、です……」
本当はまだ息苦しさを感じていたが、この少女はなにかと意地を張りたがる。
滅多なことでは弱みを見せないし、油断も手加減もしない。
それがプラトウで生きていくコツだった。
「そりゃなによりだ。嬢ちゃんは英雄だからな。何かあったらたいへんだ」
「英雄……?」
そんなハズはない。
この町でそう呼ばれるのは彼だけだ。
「表彰されてただろ? あの式典で」
ああ、とフェルノーラは思い至る。
次期皇帝の窮地を救った功労者、ということで讃えられたのだ。
しかしそんな名誉も今では何の役にも立たない。
「それより丸腰か? だったらこれ使いな!」
男は腰に提げていた銃を手渡した。
破壊されたドールから奪ってきたものだという。
「ここも安全たぁ言えねえな……! 隠れるところを探すか!」
戦の音は絶えず響き渡っている。
地上ではエルディラント軍が頑張っているおかげで民間人の被害は少ないが、それも塹壕や障害物を盾にしていればの話だ。
後退を命じられたこともあり、航空戦では襲撃者が攻勢を取り戻し始めている。
予断を許さない状況だ。
「あそこがいい!」
男が洞窟を指さす。
フェルノーラはかぶりを振った。
「隠れてたってプラトウは守れません」
「なんだって!?」
男は頓狂な声をあげた。
「私たちの町は――私たちで守らないと……」
二度も蹂躙されてたまるか、という闘志をこの少女は滾らせている。
見覚えのある艦に怯えている場合ではない。
つい先ほど襲撃者やケッセルに殺されかけた恐怖は、理不尽に対する怒りに変わっていた。
「じゃあどうするんだ?」
危ないことは軍人に任せておけ、と彼は言うがフェルノーラは応じない。
「戦うんです!」
狼狽える大人を叱咤するように少女は力強く言った。
「この銃はおじさんが敵から奪ってくれたものでしょ?」
「お、おじさん……?」
「私たちには武器がある! 戦えるんです!」
「あ、ああ、まあ……」
「いいようにやられて……何もできないで事が過ぎるのを待つのはいやなんです」
そう思うのは彼女だけではない。
志を同じくする者たちはあの決起会を経て、ペルガモンに叛逆した。
敵は変わったが、やることは変わらない。
戦う必要があるのだ。
(それに――)
フェルノーラは深呼吸した。
彼女には返さなければならないもの返さなければならないものがある。
「行きましょう!」
まだ馴染まない銃をしっかり握りしめ、少女は走った。
「ああ、分かった、分かった! 嬢ちゃんをひとりにしちゃおけねえからな!」
子どもに戦わせておいて、自分だけが逃げることなどできない。
「それにしても――」
男は嘆息する。
「オレ、もうおじさんなのか……」
瓦礫を軽々と跳び越えるフェルノーラに追いつこうとして、彼は何度もつまずいた。
0
あなたにおすすめの小説
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
【本編完結済み/後日譚連載中】巻き込まれた事なかれ主義のパシリくんは争いを避けて生きていく ~生産系加護で今度こそ楽しく生きるのさ~
みやま たつむ
ファンタジー
【本編完結しました(812話)/後日譚を書くために連載中にしています。ご承知おきください】
事故死したところを別の世界に連れてかれた陽キャグループと、巻き込まれて事故死した事なかれ主義の静人。
神様から強力な加護をもらって魔物をちぎっては投げ~、ちぎっては投げ~―――なんて事をせずに、勢いで作ってしまったホムンクルスにお店を開かせて面倒な事を押し付けて自由に生きる事にした。
作った魔道具はどんな使われ方をしているのか知らないまま「のんびり気ままに好きなように生きるんだ」と魔物なんてほっといて好き勝手生きていきたい静人の物語。
「まあ、そんな平穏な生活は転移した時点で無理じゃけどな」と最高神は思うのだが―――。
※「小説家になろう」と「カクヨム」で同時掲載しております。
婚約破棄したら食べられました(物理)
かぜかおる
恋愛
人族のリサは竜種のアレンに出会った時からいい匂いがするから食べたいと言われ続けている。
婚約者もいるから無理と言い続けるも、アレンもしつこく食べたいと言ってくる。
そんな日々が日常と化していたある日
リサは婚約者から婚約破棄を突きつけられる
グロは無し
【完結】愛されないと知った時、私は
yanako
恋愛
私は聞いてしまった。
彼の本心を。
私は小さな、けれど豊かな領地を持つ、男爵家の娘。
父が私の結婚相手を見つけてきた。
隣の領地の次男の彼。
幼馴染というほど親しくは無いけれど、素敵な人だと思っていた。
そう、思っていたのだ。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
その断罪、三ヶ月後じゃダメですか?
荒瀬ヤヒロ
恋愛
ダメですか。
突然覚えのない罪をなすりつけられたアレクサンドルは兄と弟ともに深い溜め息を吐く。
「あと、三ヶ月だったのに…」
*「小説家になろう」にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる