アメジストの軌跡

JEDI_tkms1984

文字の大きさ
89 / 115
新たなる脅威篇

6 予言を覆す力-8-

しおりを挟む
「おまたせ!」

 ライネはすぐに戻ってきた。

 航空戦力は後退を始めている。

 当然、敵の攻勢は激しくなり、防御に回る従者たちも忙しくなる。

 シールドを展開しているシェイドも限界が近いように見える。

 汗が頬をつたう。

 呼吸も荒い。

「お、おい!? 大丈夫なのかよ……!?」

 どこか怪我をしていないか、とライネは気が気ではなかった。

「平気、です……それより――」

「ああ、伝えたぜ! 数分もかからないらしい。アタシはどうしたらいい?」

 シェイドは微笑した。

「ここに――」

 分かった、と答える代わりに彼女はうなずく。

 辺りを見回し、死角から敵が狙っていないか窺う。

 今度こそ、護衛としての務めを果たさなければならない。

 いざとなれば身を挺してでもシェイドを守る!

 ライネはそう心に決めたが、これは忠誠心などではない。

 友情とも恋慕とも少しちがう。

 彼女にも自覚できていない想いが、アシュレイに任された務めを果たそうとしていた。

(…………!!)

 向こうでイエレドが手を振った。

「合図がきた! 上の部隊が離れたって!」

「は、はい!」

「でもすぐに戻って来るぞ!」

「充分……です!」

 シェイドの提案を聞き入れたイエレドだったが、無条件というワケではなかった。

 兵法の基本から考えても現状、後退や撤退は愚策だ。

 避難所やこの町を守る、という目的が果たせなくなる。

 そこでイエレドは彼の意思に従いつつ、背く方法をとった。

 それは一度は航空戦力を後退させ、間もなく前進させるというもの。

 これならシェイドの命令――お願い――に従ったことになるし、防衛線も下げずに済む。

 皇帝の意思を尊重しなければならない従者の、苦肉の策である。

「…………!!」

 深く息を吸い込んだシェイドは、広げた両手にミストを集めた。

 この辺りは採掘場が多いせいか、空気中のミスト量が多い。

 半球状のシールドが輝きを増していく。

 不思議なことに周囲のミスト濃度が高くなると、疲労感が和らいでいく。

 敵の攻撃がにわかに激しくなった。

 だが音も、光も、熱も、爆風も――。

 まるでアメジスト色がそれらをまるごと包み込んでしまったみたいに、地上に届かなくなる瞬間があった。

 それを唯一感じたこの少年は、充分に蓄積されたミストを――。

 やや躊躇いがちに上空に向けて放出した。

 ひときわ強く、目が眩むほどに輝いたドームが、まばたきひとつする間に数倍に膨れ上がった。

 シェイドを中心に放散されたアメジスト色の穹窿きゅうりゅうが、上空に群がる敵機を貫いた――その瞬間。

 彼らが地上にもたらした熱と光と衝撃を、彼らは同じだけ浴びた。

 半透明のカーテンを通り過ぎた攻撃機が次々に大破する。

 正面から飛び込んだ1機が凝集したミストに阻まれ跡形もなく砕け散った。

 慌てて数機がドームの上を滑るように旋回する。

 だが遅すぎた。

 アメジストに主翼を食い破られた機体は、炎をまき散らしながら彼方の荒れ地へと落ちていった。




 オルドン艦長は臆病で浅慮で、そして少しだけ貪欲だった。

 一進一退の攻防――実際には彼らはわずかに優勢だった――が続き、エルディラント軍がついに撤退を始めた!

 しょせんは田舎の廃墟を守る小隊。

 こんな辺境の地で命を危険に晒すのは割に合わない、と考えを改めたのだろう。

 ……と、この老獪は思ってしまった。

 根拠のない思い込みではない。

 戦略面から言っても、エルディラント軍がこの地を防衛することに利益がない。

 おおかたシェイドを先に避難させ、次いで軍も引き上げるつもりなのだろう。

 小さな戦いで無難に功績を積み上げていったオルドンは、単純にこのように考えた。

 それが大きな誤りだと気付かされたのは数分後のことであった。

 眼下に輝く半球が膨張し、それに巻き込まれた攻撃機が大破した!

 ――との報せを受けた時には遅かった。

 勢いに乗じたオルドンは乗艦を前に出し過ぎた。

 艦体下部のシールド出力を上げるよう命じた時には、すでにアメジスト色のドームが通り過ぎていた。

 装甲は表面から焼き剥がれ、砲門は無残に押しつぶされた。

「損傷度、40パーセントを超えました! 危険です!」

 手足をもがれ、戦闘能力を奪われこそしたが墜落には至っていない。

(いったい何が起こった……?)

 状況を把握できなければ命令の下しようもない。

 彼は情報収集に努めようとした。

 だがその必要はなかった。

 何もしなくても味方の甚大な被害がとなって次々に届いたからだ。

「いったい――」

 最後に届いたのは、敵艦からの降伏の勧めだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

【本編完結済み/後日譚連載中】巻き込まれた事なかれ主義のパシリくんは争いを避けて生きていく ~生産系加護で今度こそ楽しく生きるのさ~

みやま たつむ
ファンタジー
【本編完結しました(812話)/後日譚を書くために連載中にしています。ご承知おきください】 事故死したところを別の世界に連れてかれた陽キャグループと、巻き込まれて事故死した事なかれ主義の静人。 神様から強力な加護をもらって魔物をちぎっては投げ~、ちぎっては投げ~―――なんて事をせずに、勢いで作ってしまったホムンクルスにお店を開かせて面倒な事を押し付けて自由に生きる事にした。 作った魔道具はどんな使われ方をしているのか知らないまま「のんびり気ままに好きなように生きるんだ」と魔物なんてほっといて好き勝手生きていきたい静人の物語。 「まあ、そんな平穏な生活は転移した時点で無理じゃけどな」と最高神は思うのだが―――。 ※「小説家になろう」と「カクヨム」で同時掲載しております。

婚約破棄したら食べられました(物理)

かぜかおる
恋愛
人族のリサは竜種のアレンに出会った時からいい匂いがするから食べたいと言われ続けている。 婚約者もいるから無理と言い続けるも、アレンもしつこく食べたいと言ってくる。 そんな日々が日常と化していたある日 リサは婚約者から婚約破棄を突きつけられる グロは無し

【完結】愛されないと知った時、私は

yanako
恋愛
私は聞いてしまった。 彼の本心を。 私は小さな、けれど豊かな領地を持つ、男爵家の娘。 父が私の結婚相手を見つけてきた。 隣の領地の次男の彼。 幼馴染というほど親しくは無いけれど、素敵な人だと思っていた。 そう、思っていたのだ。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

その断罪、三ヶ月後じゃダメですか?

荒瀬ヤヒロ
恋愛
ダメですか。 突然覚えのない罪をなすりつけられたアレクサンドルは兄と弟ともに深い溜め息を吐く。 「あと、三ヶ月だったのに…」 *「小説家になろう」にも掲載しています。

処理中です...