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第五章
31・子供の名前
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食事だってろくなものじゃなかったし、布団はぺったんこのかび臭い布団。
着物も何年同じものを着せられたか。
「こんなに過ごしやすかったら、今からでも働けそう」
「あなたの仕事は、いまはその子供と一緒に居る事です」
「いま、居ますよ?」
「そう。その『今』をずっと続ければ良いのです。たまには夫婦で旅行や買い物にでも」
旅行も買い物も、キイロはろくにしたことがない。
「いいですね旅行。わたし、いつか梅花と一緒に行こうって約束していて」
「じゃあ、あなたがお友達と旅行に出かけたらそのあとに私と行きましょう。折角約束しているのなら、そちらを優先しないと。お友達に私が嫌われてしまう」
「嫌われるなんて。あんなに梅花は喜んでいるんですよ?」
梅花の家は商家であったが、なにかトラブルに巻き込まれて商売も家も畳むことになった。
だが、朧のおかげでその商売が再開できるのなら、梅花はどんなに喜ぶだろう。
「商売の話なら、うまくいくでしょう。八塩については働き者という話は、以前から聞いていましたし。我々と一緒にできる商売もあるでしょう」
そしたら梅花は、また以前のように大きなおうちで過ごせるのかもしれない。
「梅花はそっちのほうが似合っているので、もすそうなったら私も嬉しいです」
「あなたが喜ぶことならなんでもしますよ」
朧にそう言われ、キイロは頷きはしたものの、心臓はばくばくと音を立てる。
(こ、こんな立場の方がどうして私の夫に?)
昔、出逢っていたらしいが、その記憶がないキイロからしたら全く意味が分からない。
「だっ」
子供が起き上り、顔をあげた。
「あ、あー」
何度もキイロの袖を引っ張るので「どうしたの?」と尋ねると、子供は急にしゃきっと背を伸ばした。
「おきゃく」
「ん?」
「おきゃく。こんいろの、りゅうがくる」
「喋った!」
いきなり喋った子供に、キイロは驚いた。
「えっ、なんで?っていうかさっき急に大きくなったのも、おかしいなって思ってた」
そういえば更に、もうちょっと大きくなっている。
外見から見たら四つくらいか。
(えぇええ?待って待って、昨日までまだそんな)
やっと歩けるくらいの大きさだったのに、なんでいきなり?とキイロが困惑すると、朧が困ったように笑った。
「この場所にいるから、本来の姿に戻りつつあるのです」
「ほ、本来の姿?」
「ええ。このお方は、本来、こんなに小さな方ではなかった。暫くお休みされ、少しずつ、体力をお戻しになるはずだったのです。失礼します」
そう言うと、朧は子供の前で膝をついた。
「お喋りはできますか?」
朧が尋ねるとぷいっとそっぽをむいた。
「どうやらわたしでは不満のようです」
「あら」
キイロは笑って、子供に尋ねた。
「どうしたの?助けてくれたお兄さんよ?」
「助けたのはこれ」
そういってキイロの袖を引っ張る。
(成程、助けられた記憶はしっかりあるということか)
朧は納得した。
自分は好かれてはいないようだが、嫌われるまでもないらしい。
「じゃあ、お名前とか言える?」
こんなに大きくなったのなら、名前くらいは言えるかな、とキイロは軽い気持ちだった。
「リン」
「りん?」
「りん」
「そっか、りんちゃんか。可愛い名前ね」
キイロがそう言うと、ぎゅっとしがみついた。
(名前、を自ら名乗ったと?しかもその名前は)
朧がそんな風に困惑していると、子供、りんは「来た」と一言告げた。
廊下を歩く音がして、「やあ」と部屋の前で声がかかった。
朧には声で、それがだれか判った。
「突然どうしました、伯爵」
「なに、私の娘の顔を見たくてね」
やはり、と朧は思った。
(こんいろのりゅう、とは藍銅伯爵の事か)
そして、きっと面白半分で顔を突込みにきたに違いない事も、朧には判っていた。
「どうぞお入りください」
そしてキイロに向き合った。
「勝手に手続きをしてしまい、申し訳ありません。あなたの養父になられた藍銅伯爵が遊びに来ました」
着物も何年同じものを着せられたか。
「こんなに過ごしやすかったら、今からでも働けそう」
「あなたの仕事は、いまはその子供と一緒に居る事です」
「いま、居ますよ?」
「そう。その『今』をずっと続ければ良いのです。たまには夫婦で旅行や買い物にでも」
旅行も買い物も、キイロはろくにしたことがない。
「いいですね旅行。わたし、いつか梅花と一緒に行こうって約束していて」
「じゃあ、あなたがお友達と旅行に出かけたらそのあとに私と行きましょう。折角約束しているのなら、そちらを優先しないと。お友達に私が嫌われてしまう」
「嫌われるなんて。あんなに梅花は喜んでいるんですよ?」
梅花の家は商家であったが、なにかトラブルに巻き込まれて商売も家も畳むことになった。
だが、朧のおかげでその商売が再開できるのなら、梅花はどんなに喜ぶだろう。
「商売の話なら、うまくいくでしょう。八塩については働き者という話は、以前から聞いていましたし。我々と一緒にできる商売もあるでしょう」
そしたら梅花は、また以前のように大きなおうちで過ごせるのかもしれない。
「梅花はそっちのほうが似合っているので、もすそうなったら私も嬉しいです」
「あなたが喜ぶことならなんでもしますよ」
朧にそう言われ、キイロは頷きはしたものの、心臓はばくばくと音を立てる。
(こ、こんな立場の方がどうして私の夫に?)
昔、出逢っていたらしいが、その記憶がないキイロからしたら全く意味が分からない。
「だっ」
子供が起き上り、顔をあげた。
「あ、あー」
何度もキイロの袖を引っ張るので「どうしたの?」と尋ねると、子供は急にしゃきっと背を伸ばした。
「おきゃく」
「ん?」
「おきゃく。こんいろの、りゅうがくる」
「喋った!」
いきなり喋った子供に、キイロは驚いた。
「えっ、なんで?っていうかさっき急に大きくなったのも、おかしいなって思ってた」
そういえば更に、もうちょっと大きくなっている。
外見から見たら四つくらいか。
(えぇええ?待って待って、昨日までまだそんな)
やっと歩けるくらいの大きさだったのに、なんでいきなり?とキイロが困惑すると、朧が困ったように笑った。
「この場所にいるから、本来の姿に戻りつつあるのです」
「ほ、本来の姿?」
「ええ。このお方は、本来、こんなに小さな方ではなかった。暫くお休みされ、少しずつ、体力をお戻しになるはずだったのです。失礼します」
そう言うと、朧は子供の前で膝をついた。
「お喋りはできますか?」
朧が尋ねるとぷいっとそっぽをむいた。
「どうやらわたしでは不満のようです」
「あら」
キイロは笑って、子供に尋ねた。
「どうしたの?助けてくれたお兄さんよ?」
「助けたのはこれ」
そういってキイロの袖を引っ張る。
(成程、助けられた記憶はしっかりあるということか)
朧は納得した。
自分は好かれてはいないようだが、嫌われるまでもないらしい。
「じゃあ、お名前とか言える?」
こんなに大きくなったのなら、名前くらいは言えるかな、とキイロは軽い気持ちだった。
「リン」
「りん?」
「りん」
「そっか、りんちゃんか。可愛い名前ね」
キイロがそう言うと、ぎゅっとしがみついた。
(名前、を自ら名乗ったと?しかもその名前は)
朧がそんな風に困惑していると、子供、りんは「来た」と一言告げた。
廊下を歩く音がして、「やあ」と部屋の前で声がかかった。
朧には声で、それがだれか判った。
「突然どうしました、伯爵」
「なに、私の娘の顔を見たくてね」
やはり、と朧は思った。
(こんいろのりゅう、とは藍銅伯爵の事か)
そして、きっと面白半分で顔を突込みにきたに違いない事も、朧には判っていた。
「どうぞお入りください」
そしてキイロに向き合った。
「勝手に手続きをしてしまい、申し訳ありません。あなたの養父になられた藍銅伯爵が遊びに来ました」
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