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第五章
35・あなたのバラ
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梅花とキイロ、そしてリンは三人でソファーに腰掛け、お茶を飲む。
「やっと少しは落ち着いたのかしら」
「そうね。まさか結婚式からこんなにややこしくなるなんて」
キイロは苦笑する。
ほんの数日前まで、結婚のことすら知らず、いきなり押し付けられたのだから。
「薄氷家はうちの商売も約束してくださったし、とりあえずは安心ね。キイロのおかげ」
「私はなにもしてないわ。本当に意味がわからないまま、ここに居るもの」
本来なら、まさかこんな立派な所で過ごせるはずはないのに。
「いいじゃないの。いまのうちにゆっくり寝て、たっぷり食べさせて貰って、元気だったら絶対に良い事あるわよ!」
「そうねえ」
するとりんが、重なった絵本を数冊持って来た。
「よんで」
「はいはい。どれから読みましょうか」
「これ!」
「すっかり懐いてるわね」
「うん。でもあんまり早く大きくなるのでびっくりしてる」
「昨日まで赤ちゃんだったのに」
笑う梅花に、りんが言った。
「りんはあかちゃんではない」
「そうね、もう大きくなってるものね」
「そうだぞ。われは、すぐにもとにもどる」
「もとって?」
「われはおーりゅーなのじゃ」
「ふうん?」
よく判らないが、それがりんの正体らしい。
「だから、おーりゅーのわれは、つよいのじゃ!」
「そっかあ。じゃあ困ったときにはよろしくね」
「とうぜんじゃ、われを助けたものを、われは忘れん」
えっへん、といばる姿は生意気だったが、素直に可愛くてキイロは笑った。
本を何冊も読んでいるうちにりんは眠ってしまい、キイロも梅花も眠くなって、ベッドへ入った。
本当に寝心地も良くてあたたかくていいにおいがする。
こんな上等のベッドで眠ったことなんかない。
(どんなに立派な方なんだろう)
朧は愛の籠った目でキイロを見つめてくれるのだが、キイロはなぜ自分がこんなに好かれるのかが判らない。
(なにか思い出せばわかるのかしら)
どうも自分はいまの名前ではないらしい。
そしてその事が重要な意味を持つらしい。
(わかんないなあ)
まさか自分の名前を間違えているほど自分がポンコツだとは思いたくはない。
でも実際、思い出そうとすると昔のことはあまりにもぼんやりしていて、はっきりこうだとも言えなかった。
(子供の頃、どうだったっけ?)
うとうとしながらキイロは眠りについた。
そんな事を考えていたからだろうか。
昔の夢を見た。
キイロは広い庭で迷ってしまい、どこに行けばいいのかな、と困っていた。
でもまだ明るかったのでそう心配もせず、それにあまりに美しい庭だったので、咲いている花や、木のほうに目が行った。
花々には蝶が舞い、鳥の声が響き、まるでこの世のものとはおもえない世界だった。
まだ幼いキイロには、それを『美しい』と形容することができず、ただすごいなあ、きれいだなあ、そんな風に考えて庭の中を歩いていた。
その時だった。
泣いている子供が居た。
といってもキイロより年上で、十歳くらいに見えた。
膝をかかえうずくまり、ちいさくかがみこんでいた。
時折揺れる肩と、嗚咽に、泣いているのだとわかった。
キイロはそのあたりにあった、綺麗な白いバラを摘み取る。
「いたっ」
棘は痛かったが、それよりも、白い髪の泣いている子に、渡したいと思った。
ててて、と走って近寄り、「はい」と花を差し出した。
泣いていたのは十歳くらいの男の子だった。
でもあまりに美しい白い長い髪と、美しい白い肌をしていた。
「泣かないで」
そういってキイロは白いバラを差し出した。
男の子は不思議そうな顔をして、それでもキイロからバラを受け取った。
「ありが、とう」
「いたいの、だいじょうぶ?」
キイロが尋ねると、男の子は頷いて、バラを受け取ったあとに驚く。
自分の手を見て、そのあとはっとしてキイロの手のひらを広げた。
ちいさな柔らかい手には、バラをつんだときにできた傷から血が滲んでいた。
「やっと少しは落ち着いたのかしら」
「そうね。まさか結婚式からこんなにややこしくなるなんて」
キイロは苦笑する。
ほんの数日前まで、結婚のことすら知らず、いきなり押し付けられたのだから。
「薄氷家はうちの商売も約束してくださったし、とりあえずは安心ね。キイロのおかげ」
「私はなにもしてないわ。本当に意味がわからないまま、ここに居るもの」
本来なら、まさかこんな立派な所で過ごせるはずはないのに。
「いいじゃないの。いまのうちにゆっくり寝て、たっぷり食べさせて貰って、元気だったら絶対に良い事あるわよ!」
「そうねえ」
するとりんが、重なった絵本を数冊持って来た。
「よんで」
「はいはい。どれから読みましょうか」
「これ!」
「すっかり懐いてるわね」
「うん。でもあんまり早く大きくなるのでびっくりしてる」
「昨日まで赤ちゃんだったのに」
笑う梅花に、りんが言った。
「りんはあかちゃんではない」
「そうね、もう大きくなってるものね」
「そうだぞ。われは、すぐにもとにもどる」
「もとって?」
「われはおーりゅーなのじゃ」
「ふうん?」
よく判らないが、それがりんの正体らしい。
「だから、おーりゅーのわれは、つよいのじゃ!」
「そっかあ。じゃあ困ったときにはよろしくね」
「とうぜんじゃ、われを助けたものを、われは忘れん」
えっへん、といばる姿は生意気だったが、素直に可愛くてキイロは笑った。
本を何冊も読んでいるうちにりんは眠ってしまい、キイロも梅花も眠くなって、ベッドへ入った。
本当に寝心地も良くてあたたかくていいにおいがする。
こんな上等のベッドで眠ったことなんかない。
(どんなに立派な方なんだろう)
朧は愛の籠った目でキイロを見つめてくれるのだが、キイロはなぜ自分がこんなに好かれるのかが判らない。
(なにか思い出せばわかるのかしら)
どうも自分はいまの名前ではないらしい。
そしてその事が重要な意味を持つらしい。
(わかんないなあ)
まさか自分の名前を間違えているほど自分がポンコツだとは思いたくはない。
でも実際、思い出そうとすると昔のことはあまりにもぼんやりしていて、はっきりこうだとも言えなかった。
(子供の頃、どうだったっけ?)
うとうとしながらキイロは眠りについた。
そんな事を考えていたからだろうか。
昔の夢を見た。
キイロは広い庭で迷ってしまい、どこに行けばいいのかな、と困っていた。
でもまだ明るかったのでそう心配もせず、それにあまりに美しい庭だったので、咲いている花や、木のほうに目が行った。
花々には蝶が舞い、鳥の声が響き、まるでこの世のものとはおもえない世界だった。
まだ幼いキイロには、それを『美しい』と形容することができず、ただすごいなあ、きれいだなあ、そんな風に考えて庭の中を歩いていた。
その時だった。
泣いている子供が居た。
といってもキイロより年上で、十歳くらいに見えた。
膝をかかえうずくまり、ちいさくかがみこんでいた。
時折揺れる肩と、嗚咽に、泣いているのだとわかった。
キイロはそのあたりにあった、綺麗な白いバラを摘み取る。
「いたっ」
棘は痛かったが、それよりも、白い髪の泣いている子に、渡したいと思った。
ててて、と走って近寄り、「はい」と花を差し出した。
泣いていたのは十歳くらいの男の子だった。
でもあまりに美しい白い長い髪と、美しい白い肌をしていた。
「泣かないで」
そういってキイロは白いバラを差し出した。
男の子は不思議そうな顔をして、それでもキイロからバラを受け取った。
「ありが、とう」
「いたいの、だいじょうぶ?」
キイロが尋ねると、男の子は頷いて、バラを受け取ったあとに驚く。
自分の手を見て、そのあとはっとしてキイロの手のひらを広げた。
ちいさな柔らかい手には、バラをつんだときにできた傷から血が滲んでいた。
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