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第六章
36・いずれは妻に
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「君のほうが痛いだろ」
キイロは首を横に振った。
痛いのはそんなに気にならなかった。
それより、目の前のこの人が傷ついているのをなんとかしたかった。
キイロの手を取って、男の子ははっとした表情になった。
「きみ、力は使えないの?」
「ちから?」
「だって君は、龍の一族だろう?だったら、千切らなくったって水で……」
そう言って男の子ははっとした。
「そうか……、まだ守護が」
キイロは意味がわからずきょとんとしていた。
「ううん、いや、大丈夫。どうもありがとう」
「おにいちゃん、痛いの?」
「痛かったけど、もう痛くないよ。君がなくしてくれた」
そういってやわらかなキイロの手の血に口づけた。
そろ、と舌で舐めると、キイロの身体になにか、びりっとしたものが通り抜けた。
「これで大丈夫。もう痛くないよ」
男の子が舐めたキイロの手のひらの傷は、薄く跡が残っていたが血は止まっていた。
不思議だなあとキイロが驚いていると、男のは膝をついた。
「ありがとう。このバラ、ぼくにだね」
頷くキイロに、男の子はバラを大事そうに胸のポケットに指した。
「このバラがあれば、もう痛くないよ」
「本当に?」
「本当だよ」
そういってキイロの頭を撫でた。
「きみはやさしいね」
キイロは嬉しくて、頷いて笑った。
多分、意味はなにも判っていなかったけれど。
でも、泣いていた男の子が笑ってくれたのは、なにより嬉しかった。
「本当に悲しくて泣いていたけれど、君のおかげで痛いのは消えたよ」
男の子は驚いたようにキイロに告げた。
「きみのおかげだよ。君、名前は?」
そう尋ねられ、キイロは答えようとした。
「―――――……」
だけどその名前は聞き取れなかった。
ただ、蘇芳キイロではなかった。
それだけは、夢の中でもちゃんと判った。
そして再び、場面が変わった。
あの男の子がキイロを見つけ、嬉しそうに駆け寄って来た。
「―――――!」
いきなり抱きかかえ、ぎゅっと抱きしめる。
あらあら、と周りの大人たちがその様子に笑った。
「朧様は随分と―――――がお気に入りだ」
「ええ、とても。きっと彼女は可愛らしいお姫様になります。そしてぼくは、この子と結婚するんです」
すると、大抵の大人は笑っていたが、一部の大人はざわめいた。
「朧様」
誰かが近づこうとした手を、誰かが止めた。
「おやめなさい。子供の戯れに本気になるのは無粋な事です」
「しかし……!」
「あの子たちを見なさい。まだ子供じゃないか。あまり大人が騒ぐと却って意地になるかもしれませんよ」
そう言われ、舌打ちして大人は去った。
「朧様、あまりそういう事はおおっぴらに言うものではありませんよ。女性はきっと恥ずかしいですよ」
そう注意され、幼い朧は「そっか」としゅんとした。
「でも、その想いがあるのなら、強くなりなさい。いまのままでは、妻を持つこともできませんよ」
「えっ、それは困る」
「でしたら、その子の為にも強くなりましょう」
「はい!」
声をかけた大人は知っていた。
龍族は、一度恋に落ちたら子供の頃でもなかなかしつこい。
滅多に落ちる事はないけれど、これと決めたらまず揺れない。
だからこそ、さっきの男も止めようとしたのだ。
でも、自分もだが、恋を知っている龍族を止めたくはない。
特に幼い頃に恋に落ちたのなら尚更。
(それにしても、やはり朧様は目が良い、というべきか)
彼女の立場を、まだ知らないのにいつの間に恋に落ちたのか。
やはり呼び合うものがあるのか。
(朧様の言う通り、きっと彼女は美しくなるでしょう)
あの家の龍の娘なら、きっと朧様にもふさわしい。
それまで、あの幼い可愛らしい二人が、ゆっくりと愛をはぐくめれば良いのだが。
そう心配げに見つめる大人を、キイロはぼんやりとまるで映像でも見ているかのように、夢の中で見つめていた。
(これは、何なんだろう?)
疑問に思って近づこうとしたところで、ぱちん、という音と同時に目が覚めた。
キイロは首を横に振った。
痛いのはそんなに気にならなかった。
それより、目の前のこの人が傷ついているのをなんとかしたかった。
キイロの手を取って、男の子ははっとした表情になった。
「きみ、力は使えないの?」
「ちから?」
「だって君は、龍の一族だろう?だったら、千切らなくったって水で……」
そう言って男の子ははっとした。
「そうか……、まだ守護が」
キイロは意味がわからずきょとんとしていた。
「ううん、いや、大丈夫。どうもありがとう」
「おにいちゃん、痛いの?」
「痛かったけど、もう痛くないよ。君がなくしてくれた」
そういってやわらかなキイロの手の血に口づけた。
そろ、と舌で舐めると、キイロの身体になにか、びりっとしたものが通り抜けた。
「これで大丈夫。もう痛くないよ」
男の子が舐めたキイロの手のひらの傷は、薄く跡が残っていたが血は止まっていた。
不思議だなあとキイロが驚いていると、男のは膝をついた。
「ありがとう。このバラ、ぼくにだね」
頷くキイロに、男の子はバラを大事そうに胸のポケットに指した。
「このバラがあれば、もう痛くないよ」
「本当に?」
「本当だよ」
そういってキイロの頭を撫でた。
「きみはやさしいね」
キイロは嬉しくて、頷いて笑った。
多分、意味はなにも判っていなかったけれど。
でも、泣いていた男の子が笑ってくれたのは、なにより嬉しかった。
「本当に悲しくて泣いていたけれど、君のおかげで痛いのは消えたよ」
男の子は驚いたようにキイロに告げた。
「きみのおかげだよ。君、名前は?」
そう尋ねられ、キイロは答えようとした。
「―――――……」
だけどその名前は聞き取れなかった。
ただ、蘇芳キイロではなかった。
それだけは、夢の中でもちゃんと判った。
そして再び、場面が変わった。
あの男の子がキイロを見つけ、嬉しそうに駆け寄って来た。
「―――――!」
いきなり抱きかかえ、ぎゅっと抱きしめる。
あらあら、と周りの大人たちがその様子に笑った。
「朧様は随分と―――――がお気に入りだ」
「ええ、とても。きっと彼女は可愛らしいお姫様になります。そしてぼくは、この子と結婚するんです」
すると、大抵の大人は笑っていたが、一部の大人はざわめいた。
「朧様」
誰かが近づこうとした手を、誰かが止めた。
「おやめなさい。子供の戯れに本気になるのは無粋な事です」
「しかし……!」
「あの子たちを見なさい。まだ子供じゃないか。あまり大人が騒ぐと却って意地になるかもしれませんよ」
そう言われ、舌打ちして大人は去った。
「朧様、あまりそういう事はおおっぴらに言うものではありませんよ。女性はきっと恥ずかしいですよ」
そう注意され、幼い朧は「そっか」としゅんとした。
「でも、その想いがあるのなら、強くなりなさい。いまのままでは、妻を持つこともできませんよ」
「えっ、それは困る」
「でしたら、その子の為にも強くなりましょう」
「はい!」
声をかけた大人は知っていた。
龍族は、一度恋に落ちたら子供の頃でもなかなかしつこい。
滅多に落ちる事はないけれど、これと決めたらまず揺れない。
だからこそ、さっきの男も止めようとしたのだ。
でも、自分もだが、恋を知っている龍族を止めたくはない。
特に幼い頃に恋に落ちたのなら尚更。
(それにしても、やはり朧様は目が良い、というべきか)
彼女の立場を、まだ知らないのにいつの間に恋に落ちたのか。
やはり呼び合うものがあるのか。
(朧様の言う通り、きっと彼女は美しくなるでしょう)
あの家の龍の娘なら、きっと朧様にもふさわしい。
それまで、あの幼い可愛らしい二人が、ゆっくりと愛をはぐくめれば良いのだが。
そう心配げに見つめる大人を、キイロはぼんやりとまるで映像でも見ているかのように、夢の中で見つめていた。
(これは、何なんだろう?)
疑問に思って近づこうとしたところで、ぱちん、という音と同時に目が覚めた。
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