48 / 64
第七章
48・あなたのために
しおりを挟む
「なに、古くからの悪友というやつだよ」
「お友達ですか」
「まあね。しかし学生時代と違い、彼には彼の、わたしにはわたしの立場がある」
「そう、なんですね」
なんだか複雑そうだ、とキイロは思った。
「表立っては角が立つ。そういう場合にこういった場所はとても役に立つ。ダンスしながらなにを話すか、なんて聞き耳をたててもそう詳しくは話せない、だから皆油断する」
「油断?」
「そう油断」
そういって藍銅伯爵はさっとターンを決めた。
キイロもつられてちゃんとついて行けた。
わあっとちょっとした拍手も起こった。
「さ、これでみんなこっちに気が集まる。彼らの事は忘れる。ダンスはこうして使うものさ」
「……なにか、大変なことをお話になっていたんですね」
さっきの夫婦との会話はなんてことのないものだった。
でもきっと、悪友とまで言うなら、なにか繋がりが彼らの中にあるのだ、とキイロは判った。
「そう、大変な事。でも『ぼくら』にはあれで充分。彼はこの先、こっちと敵対しない。おかげで我々はこの先も友人でいられるというわけさ」
政治だ、とキイロは気づいた。
「難しいお話です」
「なに、年を取るまでにはできるようになる。だから朧も黙って見ているのさ」
楽しそうに藍銅伯爵が「ホラ」と笑った。
「全く、あっちもよくできた子だ。本当は君と誰かがダンスをするなんて絶対に許せないのに、我慢してくれているのだから」
さて、と藍銅伯爵はキイロに言った。
「今日のわたしの仕事はほぼ終わったね。君の夫に君を返そう」
手を取って、藍銅伯爵はキイロを連れて朧の元へ戻った。
「さ、物凄い顔で見ていないで、君へ奥方を返そう」
「お気遣いありがとうございます」
「はは、言葉と顔がまったく一致していないな。全く、君がそこまで恋に夢中になるとは思わなかったよ」
「申し訳ありません。では、次は私と踊ってくださいますか」
朧が深々とキイロに頭を下げ、手を差し出した。
キイロは「勿論です」と手を出すと、朧はぎゅうっとキイロの手を握りしめた。
「朧様?」
ちょっと強引に、ダンスフロアの真ん中へと踊りながら進んで行く。
「さっきのあなたは素敵でした」
「さっき?藍銅伯爵と、ですか?」
「ええ。可愛らしくて」
「そ、そんな。ステップは下手くそだし、何度伯爵の足を踏みそうになったか」
「踏んでやったらよかったのに」
むっとして言う朧に、キイロは苦笑した。
「またそんな意地悪を」
「意地悪な気持ちにさせるのはあなた相手だからです。こんな気持ちになったことはない」
朧はこれまで、数えきれない程女性とダンスを踊って来た。
それは自ら望んだことではなかったが、付き合いだったり、断れない見合いのようなものだったり、あとは上司の関係者であったり。
豪華なドレスも、いくらでも見たのにそれらを全く覚えていない。
「朧様は、ダンスなんて飽きる程じゃないのですか?」
無邪気にキイロが尋ねると、朧は「ええ」と頷く。
「どんなダンスも退屈でした。化粧や香水の匂いが踊る度に不快でしたし」
戦場に居る事が多い朧からしたら、こんな場所で呑気にダンスに興じる女性らには腹が立つことがあっても、嬉しいと思う事はなかった。
「戦場の匂いとは全然違う。こんな場所で笑い転げる連中の為に私は戦場にいるのかと」
「……朧さま」
そうか、とキイロも気づいた。
朧にとっての職場は戦場で、こんな華やかな場所には複雑な思いがあるのだろうと。
「でも、いま、わかったんです」
「なにがですか?」
「あなたが踊っているのを見て、あなたが笑って踊っているのなら。私は戦場へ向かう意義がある、と」
キイロは顔をあげて朧を見つめた。
朧は続けた。
「全てあなたの為だけに生きて来たつもりだった。でも、それが本当だったと判りました」
切なそうな朧の表情に、キイロは思わず朧の手をぎゅっと握った。
「お友達ですか」
「まあね。しかし学生時代と違い、彼には彼の、わたしにはわたしの立場がある」
「そう、なんですね」
なんだか複雑そうだ、とキイロは思った。
「表立っては角が立つ。そういう場合にこういった場所はとても役に立つ。ダンスしながらなにを話すか、なんて聞き耳をたててもそう詳しくは話せない、だから皆油断する」
「油断?」
「そう油断」
そういって藍銅伯爵はさっとターンを決めた。
キイロもつられてちゃんとついて行けた。
わあっとちょっとした拍手も起こった。
「さ、これでみんなこっちに気が集まる。彼らの事は忘れる。ダンスはこうして使うものさ」
「……なにか、大変なことをお話になっていたんですね」
さっきの夫婦との会話はなんてことのないものだった。
でもきっと、悪友とまで言うなら、なにか繋がりが彼らの中にあるのだ、とキイロは判った。
「そう、大変な事。でも『ぼくら』にはあれで充分。彼はこの先、こっちと敵対しない。おかげで我々はこの先も友人でいられるというわけさ」
政治だ、とキイロは気づいた。
「難しいお話です」
「なに、年を取るまでにはできるようになる。だから朧も黙って見ているのさ」
楽しそうに藍銅伯爵が「ホラ」と笑った。
「全く、あっちもよくできた子だ。本当は君と誰かがダンスをするなんて絶対に許せないのに、我慢してくれているのだから」
さて、と藍銅伯爵はキイロに言った。
「今日のわたしの仕事はほぼ終わったね。君の夫に君を返そう」
手を取って、藍銅伯爵はキイロを連れて朧の元へ戻った。
「さ、物凄い顔で見ていないで、君へ奥方を返そう」
「お気遣いありがとうございます」
「はは、言葉と顔がまったく一致していないな。全く、君がそこまで恋に夢中になるとは思わなかったよ」
「申し訳ありません。では、次は私と踊ってくださいますか」
朧が深々とキイロに頭を下げ、手を差し出した。
キイロは「勿論です」と手を出すと、朧はぎゅうっとキイロの手を握りしめた。
「朧様?」
ちょっと強引に、ダンスフロアの真ん中へと踊りながら進んで行く。
「さっきのあなたは素敵でした」
「さっき?藍銅伯爵と、ですか?」
「ええ。可愛らしくて」
「そ、そんな。ステップは下手くそだし、何度伯爵の足を踏みそうになったか」
「踏んでやったらよかったのに」
むっとして言う朧に、キイロは苦笑した。
「またそんな意地悪を」
「意地悪な気持ちにさせるのはあなた相手だからです。こんな気持ちになったことはない」
朧はこれまで、数えきれない程女性とダンスを踊って来た。
それは自ら望んだことではなかったが、付き合いだったり、断れない見合いのようなものだったり、あとは上司の関係者であったり。
豪華なドレスも、いくらでも見たのにそれらを全く覚えていない。
「朧様は、ダンスなんて飽きる程じゃないのですか?」
無邪気にキイロが尋ねると、朧は「ええ」と頷く。
「どんなダンスも退屈でした。化粧や香水の匂いが踊る度に不快でしたし」
戦場に居る事が多い朧からしたら、こんな場所で呑気にダンスに興じる女性らには腹が立つことがあっても、嬉しいと思う事はなかった。
「戦場の匂いとは全然違う。こんな場所で笑い転げる連中の為に私は戦場にいるのかと」
「……朧さま」
そうか、とキイロも気づいた。
朧にとっての職場は戦場で、こんな華やかな場所には複雑な思いがあるのだろうと。
「でも、いま、わかったんです」
「なにがですか?」
「あなたが踊っているのを見て、あなたが笑って踊っているのなら。私は戦場へ向かう意義がある、と」
キイロは顔をあげて朧を見つめた。
朧は続けた。
「全てあなたの為だけに生きて来たつもりだった。でも、それが本当だったと判りました」
切なそうな朧の表情に、キイロは思わず朧の手をぎゅっと握った。
63
あなたにおすすめの小説
異世界転生してしまった。どうせ死ぬのに。
あんど もあ
ファンタジー
好きな人と結婚して初めてのクリスマスに事故で亡くなった私。異世界に転生したけど、どうせ死ぬなら幸せになんてなりたくない。そう思って生きてきたのだけど……。
オネエ伯爵、幼女を拾う。~実はこの子、逃げてきた聖女らしい~
雪丸
ファンタジー
アタシ、アドルディ・レッドフォード伯爵。
突然だけど今の状況を説明するわ。幼女を拾ったの。
多分年齢は6~8歳くらいの子。屋敷の前にボロ雑巾が落ちてると思ったらびっくり!人だったの。
死んでる?と思ってその辺りに落ちている木で突いたら、息をしていたから屋敷に運んで手当てをしたのよ。
「道端で倒れていた私を助け、手当を施したその所業。賞賛に値します。(盛大なキャラ作り中)」
んま~~~尊大だし図々しいし可愛くないわ~~~!!
でも聖女様だから変な扱いもできないわ~~~!!
これからアタシ、どうなっちゃうのかしら…。
な、ラブコメ&ファンタジーです。恋の進展はスローペースです。
小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。(敬称略)
異世界転生した女子高校生は辺境伯令嬢になりましたが
初
ファンタジー
車に轢かれそうだった少女を庇って死んだ女性主人公、優華は異世界の辺境伯の三女、ミュカナとして転生する。ミュカナはこのスキルや魔法、剣のありふれた異世界で多くの仲間と出会う。そんなミュカナの異世界生活はどうなるのか。
『ひまりのスローライフ便り 〜異世界でもふもふに囲まれて〜』
チャチャ
ファンタジー
孤児院育ちの23歳女子・葛西ひまりは、ある日、不思議な本に導かれて異世界へ。
そこでは、アレルギー体質がウソのように治り、もふもふたちとふれあえる夢の生活が待っていた!
畑と料理、ちょっと不思議な魔法とあったかい人々——のんびりスローな新しい毎日が、今始まる。
そんな未来はお断り! ~未来が見える少女サブリナはこつこつ暗躍で成り上がる~
みねバイヤーン
ファンタジー
孤児の少女サブリナは、夢の中で色んな未来を見た。王子に溺愛される「ヒロイン」、逆ハーレムで嫉妬を買う「ヒドイン」、追放され惨めに生きる「悪役令嬢」。──だけど、どれもサブリナの望む未来ではなかった。「あんな未来は、イヤ、お断りよ!」望む未来を手に入れるため、サブリナは未来視を武器に孤児院の仲間を救い、没落貴族を復興し、王宮の陰謀までひっくり返す。すると、王子や貴族令嬢、国中の要人たちが次々と彼女に惹かれる事態に。「さすがにこの未来は予想外だったわ……」運命を塗り替えて、新しい未来を楽しむ異世界改革奮闘記。
【完結】悪役令嬢は婚約破棄されたら自由になりました
きゅちゃん
ファンタジー
王子に婚約破棄されたセラフィーナは、前世の記憶を取り戻し、自分がゲーム世界の悪役令嬢になっていると気づく。破滅を避けるため辺境領地へ帰還すると、そこで待ち受けるのは財政難と魔物の脅威...。高純度の魔石を発見したセラフィーナは、商売で領地を立て直し始める。しかし王都から冤罪で訴えられる危機に陥るが...悪役令嬢が自由を手に入れ、新しい人生を切り開く物語。
豊穣の巫女から追放されたただの村娘。しかし彼女の正体が予想外のものだったため、村は彼女が知らないうちに崩壊する。
下菊みこと
ファンタジー
豊穣の巫女に追い出された少女のお話。
豊穣の巫女に追い出された村娘、アンナ。彼女は村人達の善意で生かされていた孤児だったため、むしろお礼を言って笑顔で村を離れた。その感謝は本物だった。なにも持たない彼女は、果たしてどこに向かうのか…。
小説家になろう様でも投稿しています。
使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。気長に待っててください。月2くらいで更新したいとは思ってます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる