55 / 64
第八章
55・愛しいムーラン
しおりを挟む
「思い出しました。りんちゃんのおかげだと思います」
キイロの言葉に朧は「そうですか」となにか察したようだった。
「あの方はあなたの守護についたと言っていました。あくまで略式なものですが……」
「守護、とは何のことなのでしょうか?」
訪ねるキイロに朧は呟く。
「簡単に言えば『許可』のようなものです。我々の能力は個々のものですが、それを使うためには能力の『より強い、高い』ものからの許しがなければ、思い通りには使えません。そしてその守護は強いものからの許可なら尚更、能力は自由に使えます。勿論、元々の素質以上のものは出ませんが」
朧は続けた。
「例えばわたしの守護は実の母です。能力で一族の中で敵う人はいないでしょう。よって、わたしも持っている能力を全て発揮できます。ですが、もし守護がなければなにをどこまで使って良いのかも判らず、あいまいになるでしょう」
それで、とキイロは納得した。
能力が使えはしたが、常に一定という事もなく、せいぜい小さな虹が見えるくらいの霧雨だったり、手元に水が出せたりの手品程度で、しかもできる時とできない時があった。
「あなたは守護がなかったか、もしくはとても小さかった。それで能力が発揮できなかったのでしょう。更に本来の名前ではないものを『自分の名前』として思い込まされた。名前は立派な呪いです。だから能力も発揮できなかった」
名前が呪いに、と聞いてキイロは驚いた。
「そんなにも、酷いのですか」
「酷いですね。なんなら名前の呪いは簡単でかなり強固です。だからあなたも、そのせいで能力も安定せず、かといって完全に隠すこともできなかった」
「どうしてそんな事までしたのでしょうか」
「多分、あなたを隠す為でしょう。例えばわたしはただあなたを妻に迎えたい一心でしたが、あなたの真の名前を知れば、他の連中は心穏やかではないのは判ります」
「あの、朧様」
キイロは尋ねた。
「わたしは、一体、どこの何なんでしょうか。本当の名前は思い出しても、なぜこんな風になってしまったのか判らないのです」
ずっと蘇芳キイロだと思っていた。
違う事も気づいた。
でも、じゃあ本名の自分はいったい、どうしてそんな呪いを受けたのだろうか。
朧は尋ねた。
「では、あなたの本当の名前は?」
キイロは頷き、静かに名乗った。
「栴檀木蘭」
朧はすうっと息を吐いて、吐き出す。
必死に冷静になろうとしていたようだったが、やはりこらえきれず、キイロに向き合うと、ぎゅっと抱きしめた。
「ああ、本当に思い出したんですね!ぼくの、愛しい木蘭!」
キイロは初めて気づく。
朧はこれまで一度も、キイロの事を呼んだことがなかったことに。
『キイロ』と決して呼ばなかった事に。
「朧さま?」
「なんだい、木蘭」
「その、あの。なぜ『ムーラン』とお呼びに?」
朧はキイロを抱きしめたまま、微笑んだ。
「あなたが自分でそう名乗っていたんですよ。まだ幼くて、舌ッ足らずで小さくて。『もくらん』を名乗れず『むうらん』と言っていた。それがあまりに可愛かったので、みんなあなたを『ムーラン』と呼んでいたよ」
そうだ、とキイロは思いだす。
あの頃、ずっと自分の名前は『ムーラン』だと思っていた。
だから素直に『ムーラン』と名乗ったし、呼ばれてもそれが自分の名前だと信じていた。
「ぼくの中ではあなたはずっと可愛らしい『ムーラン』だった。でもどんなに探してもあなたは見つからなかった。当然だ、巧妙に隠されてしまって、見つけ出すことができなかった」
ぎゅうぎゅうと朧はキイロを抱きしめてくる。
キイロは痛いと思うより、朧の傷は大丈夫なのか、そればかり気になった。
「朧様、あんまりその、お怪我が」
「そんなもの、もう治ったよ」
「嘘をつかないでください。酷くなっては大変です」
朧を押しのけようとするが、当然力で敵うはずもない。
キイロの言葉に朧は「そうですか」となにか察したようだった。
「あの方はあなたの守護についたと言っていました。あくまで略式なものですが……」
「守護、とは何のことなのでしょうか?」
訪ねるキイロに朧は呟く。
「簡単に言えば『許可』のようなものです。我々の能力は個々のものですが、それを使うためには能力の『より強い、高い』ものからの許しがなければ、思い通りには使えません。そしてその守護は強いものからの許可なら尚更、能力は自由に使えます。勿論、元々の素質以上のものは出ませんが」
朧は続けた。
「例えばわたしの守護は実の母です。能力で一族の中で敵う人はいないでしょう。よって、わたしも持っている能力を全て発揮できます。ですが、もし守護がなければなにをどこまで使って良いのかも判らず、あいまいになるでしょう」
それで、とキイロは納得した。
能力が使えはしたが、常に一定という事もなく、せいぜい小さな虹が見えるくらいの霧雨だったり、手元に水が出せたりの手品程度で、しかもできる時とできない時があった。
「あなたは守護がなかったか、もしくはとても小さかった。それで能力が発揮できなかったのでしょう。更に本来の名前ではないものを『自分の名前』として思い込まされた。名前は立派な呪いです。だから能力も発揮できなかった」
名前が呪いに、と聞いてキイロは驚いた。
「そんなにも、酷いのですか」
「酷いですね。なんなら名前の呪いは簡単でかなり強固です。だからあなたも、そのせいで能力も安定せず、かといって完全に隠すこともできなかった」
「どうしてそんな事までしたのでしょうか」
「多分、あなたを隠す為でしょう。例えばわたしはただあなたを妻に迎えたい一心でしたが、あなたの真の名前を知れば、他の連中は心穏やかではないのは判ります」
「あの、朧様」
キイロは尋ねた。
「わたしは、一体、どこの何なんでしょうか。本当の名前は思い出しても、なぜこんな風になってしまったのか判らないのです」
ずっと蘇芳キイロだと思っていた。
違う事も気づいた。
でも、じゃあ本名の自分はいったい、どうしてそんな呪いを受けたのだろうか。
朧は尋ねた。
「では、あなたの本当の名前は?」
キイロは頷き、静かに名乗った。
「栴檀木蘭」
朧はすうっと息を吐いて、吐き出す。
必死に冷静になろうとしていたようだったが、やはりこらえきれず、キイロに向き合うと、ぎゅっと抱きしめた。
「ああ、本当に思い出したんですね!ぼくの、愛しい木蘭!」
キイロは初めて気づく。
朧はこれまで一度も、キイロの事を呼んだことがなかったことに。
『キイロ』と決して呼ばなかった事に。
「朧さま?」
「なんだい、木蘭」
「その、あの。なぜ『ムーラン』とお呼びに?」
朧はキイロを抱きしめたまま、微笑んだ。
「あなたが自分でそう名乗っていたんですよ。まだ幼くて、舌ッ足らずで小さくて。『もくらん』を名乗れず『むうらん』と言っていた。それがあまりに可愛かったので、みんなあなたを『ムーラン』と呼んでいたよ」
そうだ、とキイロは思いだす。
あの頃、ずっと自分の名前は『ムーラン』だと思っていた。
だから素直に『ムーラン』と名乗ったし、呼ばれてもそれが自分の名前だと信じていた。
「ぼくの中ではあなたはずっと可愛らしい『ムーラン』だった。でもどんなに探してもあなたは見つからなかった。当然だ、巧妙に隠されてしまって、見つけ出すことができなかった」
ぎゅうぎゅうと朧はキイロを抱きしめてくる。
キイロは痛いと思うより、朧の傷は大丈夫なのか、そればかり気になった。
「朧様、あんまりその、お怪我が」
「そんなもの、もう治ったよ」
「嘘をつかないでください。酷くなっては大変です」
朧を押しのけようとするが、当然力で敵うはずもない。
76
あなたにおすすめの小説
異世界転生してしまった。どうせ死ぬのに。
あんど もあ
ファンタジー
好きな人と結婚して初めてのクリスマスに事故で亡くなった私。異世界に転生したけど、どうせ死ぬなら幸せになんてなりたくない。そう思って生きてきたのだけど……。
オネエ伯爵、幼女を拾う。~実はこの子、逃げてきた聖女らしい~
雪丸
ファンタジー
アタシ、アドルディ・レッドフォード伯爵。
突然だけど今の状況を説明するわ。幼女を拾ったの。
多分年齢は6~8歳くらいの子。屋敷の前にボロ雑巾が落ちてると思ったらびっくり!人だったの。
死んでる?と思ってその辺りに落ちている木で突いたら、息をしていたから屋敷に運んで手当てをしたのよ。
「道端で倒れていた私を助け、手当を施したその所業。賞賛に値します。(盛大なキャラ作り中)」
んま~~~尊大だし図々しいし可愛くないわ~~~!!
でも聖女様だから変な扱いもできないわ~~~!!
これからアタシ、どうなっちゃうのかしら…。
な、ラブコメ&ファンタジーです。恋の進展はスローペースです。
小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。(敬称略)
異世界転生した女子高校生は辺境伯令嬢になりましたが
初
ファンタジー
車に轢かれそうだった少女を庇って死んだ女性主人公、優華は異世界の辺境伯の三女、ミュカナとして転生する。ミュカナはこのスキルや魔法、剣のありふれた異世界で多くの仲間と出会う。そんなミュカナの異世界生活はどうなるのか。
『ひまりのスローライフ便り 〜異世界でもふもふに囲まれて〜』
チャチャ
ファンタジー
孤児院育ちの23歳女子・葛西ひまりは、ある日、不思議な本に導かれて異世界へ。
そこでは、アレルギー体質がウソのように治り、もふもふたちとふれあえる夢の生活が待っていた!
畑と料理、ちょっと不思議な魔法とあったかい人々——のんびりスローな新しい毎日が、今始まる。
そんな未来はお断り! ~未来が見える少女サブリナはこつこつ暗躍で成り上がる~
みねバイヤーン
ファンタジー
孤児の少女サブリナは、夢の中で色んな未来を見た。王子に溺愛される「ヒロイン」、逆ハーレムで嫉妬を買う「ヒドイン」、追放され惨めに生きる「悪役令嬢」。──だけど、どれもサブリナの望む未来ではなかった。「あんな未来は、イヤ、お断りよ!」望む未来を手に入れるため、サブリナは未来視を武器に孤児院の仲間を救い、没落貴族を復興し、王宮の陰謀までひっくり返す。すると、王子や貴族令嬢、国中の要人たちが次々と彼女に惹かれる事態に。「さすがにこの未来は予想外だったわ……」運命を塗り替えて、新しい未来を楽しむ異世界改革奮闘記。
【完結】悪役令嬢は婚約破棄されたら自由になりました
きゅちゃん
ファンタジー
王子に婚約破棄されたセラフィーナは、前世の記憶を取り戻し、自分がゲーム世界の悪役令嬢になっていると気づく。破滅を避けるため辺境領地へ帰還すると、そこで待ち受けるのは財政難と魔物の脅威...。高純度の魔石を発見したセラフィーナは、商売で領地を立て直し始める。しかし王都から冤罪で訴えられる危機に陥るが...悪役令嬢が自由を手に入れ、新しい人生を切り開く物語。
豊穣の巫女から追放されたただの村娘。しかし彼女の正体が予想外のものだったため、村は彼女が知らないうちに崩壊する。
下菊みこと
ファンタジー
豊穣の巫女に追い出された少女のお話。
豊穣の巫女に追い出された村娘、アンナ。彼女は村人達の善意で生かされていた孤児だったため、むしろお礼を言って笑顔で村を離れた。その感謝は本物だった。なにも持たない彼女は、果たしてどこに向かうのか…。
小説家になろう様でも投稿しています。
使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。気長に待っててください。月2くらいで更新したいとは思ってます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる