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第八章
56・不意打ち
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しかも無理に押しのけてしまっては傷に障るかもしれないと思うと、強引に押し返すこともできない。
キイロは朧に抱きしめられたまま、動きを止めた。
「……これできみは、もとの君の力を取り戻せる。よく自分で思い出せたね」
「りんちゃんがそうさせてくれたのです、多分」
不思議な存在だと思う。
すぐに成長するし、喋り方も誰に習ったのか。
たった数日でびっくりするくらいに伸びている。
「あのかたは『龍神』の一族なのです。龍神はある時期をおいて、卵の姿に変貌します。そして再び、新たな龍となって生まれ変わる」
「卵……ですか?」
「ええ。古い一族の、ごく一部の神に過ぎませんが。我々はその『卵』を孵化するまで、抱えておく必要がありました。ですから、屋敷で厳重に保護していたのです」
そうだろうな、とキイロも思う。
神の卵なんて知りもしないが、そんな大切なものを簡単に手放したりするはずがない。
「でしたら、どうして結婚式の屋敷に、りんちゃんがいたのでしょうか」
「裏切者です。屋敷内から卵を奪うチャンスなんかありはしません。ですが、私の婚礼なら多少なりとも屋敷内は忙しくなる。その隙に卵を盗み、あなたとの婚礼道具の中へ卵を紛れ込ませたのです」
「そういう事だったのですか」
「本来、龍神はあんな子供の姿で孵化する事はありえません。よっぽどの危機がなければ。その危機をわざとおこして、無力な子供のまま、奪おうとして火事を起こした。龍は水を司ります。炎の中ではどうしても力が弱まる。それも狙ってのことでしょう」
「それであんな無防備だったんですか」
「ええ。下っ端まで情報が共有されていたかどうかについてはお粗末ですけどそういう事だと」
「だったら、助けられてよかった」
素直にそう言うキイロに、朧はやや驚きを隠せない。
「……龍神は、そう簡単に死にはしません」
「でも苦しいのでしょう?だったら、そんなのは経験しないほうが良いです」
キイロは実家で死にはしなかった。
でも毎日、寒くてひもじくて悲しかった。
優しい言葉をかけてくれるのは梅花や近所の人たちだけで、家では常に孤独だった。
結婚が決まっても、そういうものだと思っていたし、なにも期待しなかった。
せめて今より寒く無くて食事ができればいいなと。
「りんちゃんは子供です。例え龍神?だとしても、すぐに大きくなる不思議な子でも、やっぱりひどい目にあうのは許せません」
そういうキイロだからこそ、あの気高いはずの龍が懐き、守護を与えるのだと朧は思う。
(だからこそ、僕も)
彼女を妻に迎えたいと思って、必死に探し続けてきた。
「そんなあなただから、好きですよ」
そう朧が言うと、キイロは顔を赤くしてしまった。
「あの、」
もぞっと体を動かし、朧から離れようとするので、朧は一層強く抱きしめた。
「朧様」
「はい」
「あの、ちょっと苦しいです」
「もう暫くこのままでいけませんか?」
いけませんか、と言われても、いけません、という理由が見つからない。
「あの……」
本当にキイロが困り果てた声に、朧は仕方なく、名残惜し気に手を離した。
「あなたを困らせるつもりはないのですけど」
「すみません」
戸惑うばかりのキイロの表情に、朧は小さく笑った。
「いいんです。僕が強引なだけですから」
ただ、その表情もとても幸せそうで、キイロはちょっとほっとした。
「そういえば、りん様はどうしていますか?」
「屋敷に居ます。梅花とずっと一緒で。毎日青白様がソーダを持って言っているそうですよ」
「青白が?」
「りんちゃんが、ソーダソーダって毎日いうらしくて」
思わずキイロが笑っていると、朧はふっとキイロに顔を近づけ、そっと唇を重ねた。
一瞬なにがおこったか判らず、キイロは驚いたまま固まってしまった。
(え?いま、)
キイロは朧に抱きしめられたまま、動きを止めた。
「……これできみは、もとの君の力を取り戻せる。よく自分で思い出せたね」
「りんちゃんがそうさせてくれたのです、多分」
不思議な存在だと思う。
すぐに成長するし、喋り方も誰に習ったのか。
たった数日でびっくりするくらいに伸びている。
「あのかたは『龍神』の一族なのです。龍神はある時期をおいて、卵の姿に変貌します。そして再び、新たな龍となって生まれ変わる」
「卵……ですか?」
「ええ。古い一族の、ごく一部の神に過ぎませんが。我々はその『卵』を孵化するまで、抱えておく必要がありました。ですから、屋敷で厳重に保護していたのです」
そうだろうな、とキイロも思う。
神の卵なんて知りもしないが、そんな大切なものを簡単に手放したりするはずがない。
「でしたら、どうして結婚式の屋敷に、りんちゃんがいたのでしょうか」
「裏切者です。屋敷内から卵を奪うチャンスなんかありはしません。ですが、私の婚礼なら多少なりとも屋敷内は忙しくなる。その隙に卵を盗み、あなたとの婚礼道具の中へ卵を紛れ込ませたのです」
「そういう事だったのですか」
「本来、龍神はあんな子供の姿で孵化する事はありえません。よっぽどの危機がなければ。その危機をわざとおこして、無力な子供のまま、奪おうとして火事を起こした。龍は水を司ります。炎の中ではどうしても力が弱まる。それも狙ってのことでしょう」
「それであんな無防備だったんですか」
「ええ。下っ端まで情報が共有されていたかどうかについてはお粗末ですけどそういう事だと」
「だったら、助けられてよかった」
素直にそう言うキイロに、朧はやや驚きを隠せない。
「……龍神は、そう簡単に死にはしません」
「でも苦しいのでしょう?だったら、そんなのは経験しないほうが良いです」
キイロは実家で死にはしなかった。
でも毎日、寒くてひもじくて悲しかった。
優しい言葉をかけてくれるのは梅花や近所の人たちだけで、家では常に孤独だった。
結婚が決まっても、そういうものだと思っていたし、なにも期待しなかった。
せめて今より寒く無くて食事ができればいいなと。
「りんちゃんは子供です。例え龍神?だとしても、すぐに大きくなる不思議な子でも、やっぱりひどい目にあうのは許せません」
そういうキイロだからこそ、あの気高いはずの龍が懐き、守護を与えるのだと朧は思う。
(だからこそ、僕も)
彼女を妻に迎えたいと思って、必死に探し続けてきた。
「そんなあなただから、好きですよ」
そう朧が言うと、キイロは顔を赤くしてしまった。
「あの、」
もぞっと体を動かし、朧から離れようとするので、朧は一層強く抱きしめた。
「朧様」
「はい」
「あの、ちょっと苦しいです」
「もう暫くこのままでいけませんか?」
いけませんか、と言われても、いけません、という理由が見つからない。
「あの……」
本当にキイロが困り果てた声に、朧は仕方なく、名残惜し気に手を離した。
「あなたを困らせるつもりはないのですけど」
「すみません」
戸惑うばかりのキイロの表情に、朧は小さく笑った。
「いいんです。僕が強引なだけですから」
ただ、その表情もとても幸せそうで、キイロはちょっとほっとした。
「そういえば、りん様はどうしていますか?」
「屋敷に居ます。梅花とずっと一緒で。毎日青白様がソーダを持って言っているそうですよ」
「青白が?」
「りんちゃんが、ソーダソーダって毎日いうらしくて」
思わずキイロが笑っていると、朧はふっとキイロに顔を近づけ、そっと唇を重ねた。
一瞬なにがおこったか判らず、キイロは驚いたまま固まってしまった。
(え?いま、)
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