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第九章
60・潤朱家
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「どうして失敗するのよ!」
潤朱家では、娘である思が叫んでいた。
「仕方がないだろう。昔から朧君の意思は強かったし、子供の頃なら懐柔もできると思ったが、いまとなっては妻を持った身だ」
「まだ結婚してないでしょう!」
叫ぶ思だが、目の前の男、思の兄は首を横に振った。
「いい加減余計なことはやめなさい思。似たような男を探してやる」
「嫌よ!なんのためにわたしがずっと」
「思。別に我々はそこまででなくても良いのだ。薄氷家はそもそもが陛下とも近く、この近年は朧の活躍でますます力を増している。十年前ならともかく、いまはもう追いつけはしないのだよ」
それに、と思の兄は言った。
「橡局長が関わっているとなると、これはもう関わってはならない案件だ」
「どうしてよ!橡のおじさまなら」
「判っていないな。下手したら我が家は逆賊だぞ」
「逆賊……?」
「とにかく、関わるのは辞めなさい。お前は家を守るどころか、家を滅ぼしかねん」
そう言われて、思はかっとなって「もういいです!」と出て行った。
思の兄はため息をつく。
「どうしますか、兄様。姉さまは多分、言う事を聞きませんよ」
黙って聞いていた思の弟がそう言うと、兄も「そうだな」と呟く。
「早急にあれを海外か、もしくはもっと厳しい女学校に入れるしかないだろうな。このままではとんでもない事に巻き込まれる。それに」
「それに?」
「こっちは朧に睨まれたくない。わかるだろ?あいつが感情的になるなんて妻以外のことではありえないんだからな」
「そんなにも朧様は?」
「昔からずっとだ。探し続けていた、憧れの女性なんだよ」
「じゃあどうして、こんなにも時間がかかったんでしょう?もっと早く婚約でもなさっていたら、姉さまもへんな希望を持ったりしなかったでしょうに」
「複雑な事情があったらしい。彼女の情報は巧妙に隠されていて、あれも探すのに苦労した、と言っていた。なにせ軍に入っても探せずに、さすがにおかしいと思って本腰を入れたと」
「え、待ってください。でしたら朧様は、奥様を探すために軍に?」
「ああ。そもそも薄氷の一族がわざわざ危険の多い軍で、しかも戦線にも向かうなんてありえないだろう?」
「それはおかしいと思っていました」
薄氷の一族は大抵が医師か政治家で、軍はあくまでお飾りの肩書くらいしか所属はなかった。
朧は自ら現場で動き、そのおかげで若くても絶大な支持を得ていると聞いている。
「若くして軍に所属してもあくまで肩書程度ではできることも知れている。あそこまでのぼりめてやっと、妻の事を探すことができた、という事だよ」
「奥様は、どちらのご出身でしたっけ?」
「さあな。でも、ずっと名前が隠されていたのは事実だ」
名前を隠す、変えるというのは、能力のあるものにとっては良い事も悪い事もある。
朧が見つけることが叶わなかったのなら、多分彼女はなにか失態をおかした一族か、もしくは隠された一族の子なのだろう。
無関係な娘を一族の正式な妻として迎え入れるほど、薄氷家は甘くはない。
(考えられるのなら、龍神の加護を受けた一族だった、とかかな)
しかしそれなら薄氷家でもわかりそうなものだが。
「ま、とにかく朧に対して余計なことはしないことだ。あいつだってうちの立場は判っている。だが、妻が関わるとなるといきなり敵になるだろうな。余計ないさかいはしたくない」
「そうですね。うちの規模で薄氷と全面戦争は避けたいですもんね」
「お前は賢くて助かるよ。あいつも本来は判っているはずなんだがなあ」
やはり幼いころからの恋はそう忘れられるものではないらしい。
あの朧がそうだったように。
溜息をついていると、なにやら騒がしくなった。
「どうした?」
思の兄が眉を顰めると、使用人が言った。
「軍部のものがうちへ来ています。詳しくお話を聞きたいとの事で。舛花様です」
「舛花が?」
舛花は朧の腹心の部下だ。
「なにかあったのでしょうか、兄さま」
「わからんが、とにかく話を聞こう。ここへ通してくれ」
「はい、」
潤朱家では、娘である思が叫んでいた。
「仕方がないだろう。昔から朧君の意思は強かったし、子供の頃なら懐柔もできると思ったが、いまとなっては妻を持った身だ」
「まだ結婚してないでしょう!」
叫ぶ思だが、目の前の男、思の兄は首を横に振った。
「いい加減余計なことはやめなさい思。似たような男を探してやる」
「嫌よ!なんのためにわたしがずっと」
「思。別に我々はそこまででなくても良いのだ。薄氷家はそもそもが陛下とも近く、この近年は朧の活躍でますます力を増している。十年前ならともかく、いまはもう追いつけはしないのだよ」
それに、と思の兄は言った。
「橡局長が関わっているとなると、これはもう関わってはならない案件だ」
「どうしてよ!橡のおじさまなら」
「判っていないな。下手したら我が家は逆賊だぞ」
「逆賊……?」
「とにかく、関わるのは辞めなさい。お前は家を守るどころか、家を滅ぼしかねん」
そう言われて、思はかっとなって「もういいです!」と出て行った。
思の兄はため息をつく。
「どうしますか、兄様。姉さまは多分、言う事を聞きませんよ」
黙って聞いていた思の弟がそう言うと、兄も「そうだな」と呟く。
「早急にあれを海外か、もしくはもっと厳しい女学校に入れるしかないだろうな。このままではとんでもない事に巻き込まれる。それに」
「それに?」
「こっちは朧に睨まれたくない。わかるだろ?あいつが感情的になるなんて妻以外のことではありえないんだからな」
「そんなにも朧様は?」
「昔からずっとだ。探し続けていた、憧れの女性なんだよ」
「じゃあどうして、こんなにも時間がかかったんでしょう?もっと早く婚約でもなさっていたら、姉さまもへんな希望を持ったりしなかったでしょうに」
「複雑な事情があったらしい。彼女の情報は巧妙に隠されていて、あれも探すのに苦労した、と言っていた。なにせ軍に入っても探せずに、さすがにおかしいと思って本腰を入れたと」
「え、待ってください。でしたら朧様は、奥様を探すために軍に?」
「ああ。そもそも薄氷の一族がわざわざ危険の多い軍で、しかも戦線にも向かうなんてありえないだろう?」
「それはおかしいと思っていました」
薄氷の一族は大抵が医師か政治家で、軍はあくまでお飾りの肩書くらいしか所属はなかった。
朧は自ら現場で動き、そのおかげで若くても絶大な支持を得ていると聞いている。
「若くして軍に所属してもあくまで肩書程度ではできることも知れている。あそこまでのぼりめてやっと、妻の事を探すことができた、という事だよ」
「奥様は、どちらのご出身でしたっけ?」
「さあな。でも、ずっと名前が隠されていたのは事実だ」
名前を隠す、変えるというのは、能力のあるものにとっては良い事も悪い事もある。
朧が見つけることが叶わなかったのなら、多分彼女はなにか失態をおかした一族か、もしくは隠された一族の子なのだろう。
無関係な娘を一族の正式な妻として迎え入れるほど、薄氷家は甘くはない。
(考えられるのなら、龍神の加護を受けた一族だった、とかかな)
しかしそれなら薄氷家でもわかりそうなものだが。
「ま、とにかく朧に対して余計なことはしないことだ。あいつだってうちの立場は判っている。だが、妻が関わるとなるといきなり敵になるだろうな。余計ないさかいはしたくない」
「そうですね。うちの規模で薄氷と全面戦争は避けたいですもんね」
「お前は賢くて助かるよ。あいつも本来は判っているはずなんだがなあ」
やはり幼いころからの恋はそう忘れられるものではないらしい。
あの朧がそうだったように。
溜息をついていると、なにやら騒がしくなった。
「どうした?」
思の兄が眉を顰めると、使用人が言った。
「軍部のものがうちへ来ています。詳しくお話を聞きたいとの事で。舛花様です」
「舛花が?」
舛花は朧の腹心の部下だ。
「なにかあったのでしょうか、兄さま」
「わからんが、とにかく話を聞こう。ここへ通してくれ」
「はい、」
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