薊の檻~瑠璃鳥はいばらの籠に囚われる

あきた

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第一章

1・兎織(とおる)と瑠璃(るり)

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 まだ江戸の名残を残す商店の残る街に、ひとつの西洋館があった。
 瓦屋根の並ぶ街並みの奥にひっそりとたたずむ小さな西洋は、瑠璃るりにとっては興味の的だった。

「ねえ、とーる、ろくめいかんってこんなのかしら?」

 幼い瑠璃にとって、西洋と言えばそのくらいの知識しかない。

「呼び捨てにするなって言ったろ?あと鹿鳴館ろくめいかんはもっとデカいぞ。僕の事はせめてお兄ちゃんって言えよ」
「だってとーるは瑠璃のおにいちゃんじゃないもん」

 とーる、こと兎織とおるは十五歳、今日は全寮制の学校が休みなので帰って来たところだ。
 幼馴染で昔からよく知っている瑠璃の世話で散歩中、この西洋館に通りがかった。

「あと、僕をとーるっていうな。ちゃんととおる、って言いなさい」
「あ、あそこみて!新しい柵が出来てる!」

 そういって瑠璃はだっと走り出す。

「もう、ほんと瑠璃はお転婆なんだから」
「じょせいもこれからは元気いっぱいに生きるんですって!私も博士になれるのよ!」
「はいはい……」

 聞きかじったあたらしい言葉を自慢げに言う瑠璃に兎織は苦笑する。
 まだ幼い瑠璃はよく判っていないが、呉服問屋の兎織と染物屋の跡継ぎの瑠璃は、いずれ婚約することになっている。
 兎織にとって瑠璃は妹のような存在であり、また親同士が決めた許嫁でもある。
 可愛らしい瑠璃はきっと大きくなっても美しくなるだろう。
 それに、瑠璃はずっと兎織に懐いて信用してくれている、可愛い存在だ。

(ま、そのうちわかるようになるだろうけど)

 今日も、久しぶりに全寮制の学校から帰って来た兎織と一緒が嬉しくて、思う存分我儘を言って甘えているだけ。
 それを知っているから、兎織もまあいいか、と瑠璃に付き合っているのだが。

「あっ、あの隙間、入れるかも!」

 瑠璃が柵の一部、うっすらとズレている場所を見つけ、そこを曲げた。

「簡単に曲がったわ!」
「本当だ」

 サビてたのかな、と兎織が首を傾げていると、小さな瑠璃はあっというまに庭に入り込んでしまった。

「こら!瑠璃!」

 庭に入り込んでしまった瑠璃を慌てて兎織は追いかけるが、さっさと中へ入り込み、あろうことか洋館の扉を開けた。

「すごい!中に入れる!」
「こら、瑠璃、待てってば!ひとんちだぞ!」

 そう言って追いかけるも、瑠璃は素早く屋敷の中へ入り込んでしまった。

「こらもう、泥棒になっちゃうぞ!」
「やだあ」

 必死でなんとか瑠璃を捕まえた兎織だが、屋敷の中を見て妙だな、と思った。

(誰もいないはずなのに、ほこりっぽくないな)

 なんとなく嫌な雰囲気を感じ取り、瑠璃に言った。

「早く出よう瑠璃。ここはなんだかおかしい」
「うそお、素敵なおうちよぉ」

 ぐずる瑠璃をなだめながら、本当にふとしたはずみで、兎織は部屋の中の机に置いてある書類を見つけた。

(なんだこれ?)

 単なる好奇心と、あとはただの勘だった。
 中を見て、兎織は焦り、慌ててその机の引き出しを引いた。

(これは……まさか!)

 中には冊子が入っていた。
 めくってみると、兎織や瑠璃の屋敷や商売のことが詳しく書いてあった。
 しかも人の繋がりや商売人の情報まで。
 それだけではなく。

(どうしてこんなものが?)

 驚く兎織は、思わずその冊子を懐へ突っ込む。
 この場所は危険だ。
 ただの廃墟じゃない。
 多分、すぐにこの事を画策しているしている奴が、いや、連中が帰って来る。

(ここにいちゃいけない!)

「瑠璃、ここを出るぞ」
「なんで?もっと遊びたい」
「駄目だ。ひょっとしたら、泥棒扱いされて逮捕されちゃうかも」
「やだ!こわい!」
「だろう?それより、お前パーラーに行きたいって言ってただろ?そっちに連れてってやる」
「本当?」
「ああ、約束だ。だからここから出よう」
「うん!」

 兎織はよしよし、と瑠璃の頭を撫でた。

(早くここから出ないといけない)

 どう考えてもここはまずい。
 そう思い、急いで出ようとしたその時だ。

(誰かが……)

 遠くからではあるが、足音がいくつか聞こえ、兎織はぶるっと震えた。
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