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第六話
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「あなた、山広智也君と付き合ってるんでしょ」
翌日の昼休み、鷹崎祐介をB棟校舎裏に呼び出した美乃は話を切り出した。
たちまち祐介の顔に警戒の色が浮かぶ。
「安心して。別に言いふらすつもりはない。私たちはただ真実が知りたいだけだから」
じっと見つめる美乃とぼんやりした凪の顔を交互に眺め、祐介はやがて諦めたように溜息をついた。
「ここらが限界か……よく分かったね」
その表情が僅かに緩む。
「最初におかしいと感じたのはあなたと話した時よ。あの時私はちょっとした違和感を覚えた。そしてそれが何かがやっと分かったわ。私が引っ掛かったのはあなたの言葉よ」
祐介は何も答えず不思議そうに首を傾げた。
「あの時あなたは浜野紀里香のことをこう呼んだわ。『浜野さん』て……普通私たちくらいの年齢だと恋人は下の名前で呼び合うものよ。それが他人の前でもね。浜野さんはあなたのこと『祐介』って呼んでるのに、なぜかあなたは今でも『浜野さん』のまま」
美乃は一言一言試すような口調で語った。
「それに浜野さんの話では、あなたたちまだ手も握ったことないんでしょ。それでふと思ったの。あなたは恥ずかしがってるんじゃなくて、ひょっとしたら親しくなるのを避けてるんじゃないかって」
祐介は肩を竦めて肯定の意を示した。
「山広君との関係については例の盗撮が決め手となった。あの一件で、彼が撮りたかったのは浜野さんじゃなくてあなただと分かった」
ここで美乃は、凪が消しゴムで示した推論を繰り返した。
なぜ犯人がわざわざ紀里香の背後から盗撮したのかを。
「思い返せば、山広君がストーカー行為をしていたのはあなたたちが一緒の時ばかりだった。狙いが浜野さんなら一人の時を狙うべきじゃない。しかも覗かれる方向はいつも浜野さんの背後から……浜野さんの見られているという言葉に、すっかりそうと思い込んでしまった。彼が見ていたのはあなただとも気づかずに」
祐介は感心したように笑みを浮かべた。
「いや、たいしたもんだ。そんなことまで見抜かれているとはね……智也には何度もやめろと言ったんだ。でも聞きやしない。挙句にはあんな小細工で誘き出すようなマネまでして……」
「彼はなんであんなことしたの?」
祐介は暫し沈黙した後、おもむろに口を開いた。
「……嫉妬だよ」
「嫉妬!?」
オーム返しに美乃が呟く。
「仰せの通り、最初から僕には浜野さんと付き合う気はなかった。ただ、ああでもしないと毎日のように女子から告られてしまうんだ。その都度返事するのも面倒だし、かと言って智也との関係を表沙汰にする訳にもいかない。知られたら何を言われるか分かったもんじゃないからね。だから相談して特定の女子と付き合うフリをすることにしたんだ。そうすれば他の女子は近寄って来ないだろ。それにいいカムフラージュにもなる」
祐介は髪を掻き上げながら話を続けた。
「ところが思いのほか浜野さんからの誘いが頻繁だった。やれ一緒に帰ろうとか、お昼を食べようとか……さすがに智也も心配になって陰から様子を覗くようになった。挙句に僕がデレデレしてると言って怒り出す始末さ。あれは演技だと言っても聞きやしない。どんな顔になってるか一度見せてやるなんて言ってね」
「それで偽のメモで誘い出してあなたを盗撮したのね」
美乃の言葉に祐介は溜息をつきながら頷いた。
「その都度、浜野さんを言いくるめるのも大変だった。人の苦労も知らずにいい気なもんさ、まったく……」
祐介は顔を顰め舌打ちした。
「アイツ……智也とも手を切るよ。最初は僕の言うことなら何でも聞く従順な奴だと思ったけど、とんだ検討違いさ。今回の件でよく分かった。僕は僕に服従さえしてくれれば、相手は男でも女でもどっちでもいいんだ。なあに、僕なら探せばまたすぐ見つかるさ」
「……一つだけ聞きたいんだけど」
美乃は湧き上がる怒りを抑えながら言った。
「あなた、浜野さんに悪いとは思ってないの」
その言葉に祐介は心外だと言わんばかりに目を丸くした。
「え、なんで?まだ手も握ってないんだぜ。それに彼女だって結構喜んでたし……」
パアァァァン!!!
静かな校舎裏に小気味良い平手打ちの音が鳴り響いた。
「アンタねぇ、いい加減にしなさい!アンタに人を好きになる資格なんかカケラもないわ!」
鬼の形相で啖呵を切る美乃の横で、連鎖反応的に頬を押さえる凪の姿があった。
翌日の昼休み、鷹崎祐介をB棟校舎裏に呼び出した美乃は話を切り出した。
たちまち祐介の顔に警戒の色が浮かぶ。
「安心して。別に言いふらすつもりはない。私たちはただ真実が知りたいだけだから」
じっと見つめる美乃とぼんやりした凪の顔を交互に眺め、祐介はやがて諦めたように溜息をついた。
「ここらが限界か……よく分かったね」
その表情が僅かに緩む。
「最初におかしいと感じたのはあなたと話した時よ。あの時私はちょっとした違和感を覚えた。そしてそれが何かがやっと分かったわ。私が引っ掛かったのはあなたの言葉よ」
祐介は何も答えず不思議そうに首を傾げた。
「あの時あなたは浜野紀里香のことをこう呼んだわ。『浜野さん』て……普通私たちくらいの年齢だと恋人は下の名前で呼び合うものよ。それが他人の前でもね。浜野さんはあなたのこと『祐介』って呼んでるのに、なぜかあなたは今でも『浜野さん』のまま」
美乃は一言一言試すような口調で語った。
「それに浜野さんの話では、あなたたちまだ手も握ったことないんでしょ。それでふと思ったの。あなたは恥ずかしがってるんじゃなくて、ひょっとしたら親しくなるのを避けてるんじゃないかって」
祐介は肩を竦めて肯定の意を示した。
「山広君との関係については例の盗撮が決め手となった。あの一件で、彼が撮りたかったのは浜野さんじゃなくてあなただと分かった」
ここで美乃は、凪が消しゴムで示した推論を繰り返した。
なぜ犯人がわざわざ紀里香の背後から盗撮したのかを。
「思い返せば、山広君がストーカー行為をしていたのはあなたたちが一緒の時ばかりだった。狙いが浜野さんなら一人の時を狙うべきじゃない。しかも覗かれる方向はいつも浜野さんの背後から……浜野さんの見られているという言葉に、すっかりそうと思い込んでしまった。彼が見ていたのはあなただとも気づかずに」
祐介は感心したように笑みを浮かべた。
「いや、たいしたもんだ。そんなことまで見抜かれているとはね……智也には何度もやめろと言ったんだ。でも聞きやしない。挙句にはあんな小細工で誘き出すようなマネまでして……」
「彼はなんであんなことしたの?」
祐介は暫し沈黙した後、おもむろに口を開いた。
「……嫉妬だよ」
「嫉妬!?」
オーム返しに美乃が呟く。
「仰せの通り、最初から僕には浜野さんと付き合う気はなかった。ただ、ああでもしないと毎日のように女子から告られてしまうんだ。その都度返事するのも面倒だし、かと言って智也との関係を表沙汰にする訳にもいかない。知られたら何を言われるか分かったもんじゃないからね。だから相談して特定の女子と付き合うフリをすることにしたんだ。そうすれば他の女子は近寄って来ないだろ。それにいいカムフラージュにもなる」
祐介は髪を掻き上げながら話を続けた。
「ところが思いのほか浜野さんからの誘いが頻繁だった。やれ一緒に帰ろうとか、お昼を食べようとか……さすがに智也も心配になって陰から様子を覗くようになった。挙句に僕がデレデレしてると言って怒り出す始末さ。あれは演技だと言っても聞きやしない。どんな顔になってるか一度見せてやるなんて言ってね」
「それで偽のメモで誘い出してあなたを盗撮したのね」
美乃の言葉に祐介は溜息をつきながら頷いた。
「その都度、浜野さんを言いくるめるのも大変だった。人の苦労も知らずにいい気なもんさ、まったく……」
祐介は顔を顰め舌打ちした。
「アイツ……智也とも手を切るよ。最初は僕の言うことなら何でも聞く従順な奴だと思ったけど、とんだ検討違いさ。今回の件でよく分かった。僕は僕に服従さえしてくれれば、相手は男でも女でもどっちでもいいんだ。なあに、僕なら探せばまたすぐ見つかるさ」
「……一つだけ聞きたいんだけど」
美乃は湧き上がる怒りを抑えながら言った。
「あなた、浜野さんに悪いとは思ってないの」
その言葉に祐介は心外だと言わんばかりに目を丸くした。
「え、なんで?まだ手も握ってないんだぜ。それに彼女だって結構喜んでたし……」
パアァァァン!!!
静かな校舎裏に小気味良い平手打ちの音が鳴り響いた。
「アンタねぇ、いい加減にしなさい!アンタに人を好きになる資格なんかカケラもないわ!」
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