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一章
10-蜘蛛の糸
しおりを挟む「―――どう、ザット。『 蜘蛛の糸』は繋がりそう?」
「ああ、問題なさそうだ。」
「そっちはどう? オルフ」
「こっちもOKだよ」
4人は彼等の仕事場―――AIが人間を管理する塔の内部にいた。
場所はイトがイズを連れ出した場所と同じ、無数のコクーンが浮かぶ空間。
その下に4つのコクーンが、隣り合わせに並んでいた。
「あ……あひっ……イギッ……」
「いひひひっグヒッ、グヒヒッ」
中央の2つには見知らぬ男女がそれぞれ入っており、女性の方は涙を流しながら目口を大きく開き、男性の方は口から涎を垂らしながら笑みを浮かべていた。
そしてその両脇のコクーンの中には、テスとイトが対象者と同じく一糸纏わぬ姿でスタンバイしていた。
テスの方のコクーンはザットが手を触れ、浮かび上がったホログラムに何やら高速で文字が流れていく。
同じくイトの方も、オルフがコクーンに手を触れていた。
「よし。蜘蛛の糸が対象者のコクーンに繋がった」
「こっちもOKだよ」
するとザットとオルフはほぼ同時に準備完了を伝え、テスとイトが頷く。
「イト、健闘を祈るわ」
「ああ、そっちも」
テスとイトが互いを激励し合うと、二人は静かに目を瞑った。
「「カウント、5、4、3、2、1―――」」
ザットとオルフが声を合わせながらカウントを取る。そして、
「「アクセススタート」」
同時に開始を宣言すると、テスとイトの意識はVRの世界へとダイブした―――
『ガラガラガラッ』
『コツコツコツ』
多くの足音や物が行き交う音。
『ガヤガヤ』
『ワイワイ』
周囲の騒がしい声がイトの耳に届き目を開くと、そこには街が広がっていた。
イトは石畳の道路に立っており、隣を馬車が通り過ぎていく。道の両脇にはレンガの家が建ち並ぶ。
家の前には露店が所狭しと広げられ、店主が通行人に向かって呼び込みをしている。
「これは……何処かの国の、過去を再現しているのか?」
辺りの光景を眺めながら、イトは呟いた。
人の手によって造られたであろう街並みは、古い歴史を感じさせた。
全ての仕事をAIが行う現代に対し、ここでは人力や動物の力を借りながら、文明を営んでいる。
『いや、どうやら少し違うみたいだよ。上を見てよ、イト』
何処からかオルフの声が響き、イトは上空を見上げた。
「あれは……鳥? いや……"龍"か」
イトの視線の先には、空想上の生き物が優雅に羽ばたいていた。
『これはいわゆる"ファンタジー"の世界観だね。AIによると、西暦1980年頃から存在したビデオゲームという娯楽で、こういった世界を冒険する物語が多数存在したらしい。
VRが人間に提供され始めた初期段階もこういった世界観が持て囃され、テンプレートにもいくつか似たようなのがあるみたいだね』
「ファンタジー……」
イトの視界にオルフの顔だけが映り込み、イトの耳にオルフの声が届く。
二人はこのようにイトがVRの世界にダイブし、オルフがコクーンの外からナビゲートする形で仕事を行っていた。
テスとザットについても同様だ。
イトが再度周りを見渡すと、そこには剣を腰から下げた屈強な男や、弓を担いだ女等、武器を持った人間も多数見受けられた。
「兇器を持っている人間が多いが……彼等は、戦争にでも出るのか?」
『いや、どうだろう……一応調べてみるよ。
―――ふぅむ。AIの分析によると、彼等は『冒険者』と呼ばれる職業である可能性が高いらしい。
戦争に出る者は、もっと頑丈な装備に身を包んでいることが殆どみたいだよ』
「冒険者……」
その聞き慣れない言葉に、イトはまじまじと視線を送る。
よく見ると武器を持っている者達の格好は、布の服の上に革で出来たような簡易な防具を纏っている者が多かった。
ちなみに裸でコクーンに入ったイトは、街の住人と同じような布の服に身を包んでいた。
イト達が仕事を行う際は、その環境に最も適した服装を纏うように設定されている。
「それで―――対象者はどの辺りにいる?」
粗方の世界観を理解したところで、イトが本題に入る。
『ええと、ちょっと待って。この辺りには居ないみたいだな……
―――見つけた! イトが現在居る場所から、東に60km程離れた場所に居るみたいだ』
「ならその場所まで転送してくれ」
オルフが対象者を発見すると、イトはすぐに接触出来る場所への移動を依頼した。すると―――
『イト……この仕事を円滑に行う上での鉄則は何だった?』
オルフはやれやれと溜息を付きながら、イトに質問を投げかけた。
「そのVRの世界に順応し、最も自然な形で対象者への接触を図る」
『そう、ちゃんと覚えてるじゃないか。対象者は、どんな姿でどのような状況に身を置いているか分からないんだ。
もし対象者がイトの存在に違和感を覚えてしまったら、折角垂らした蜘蛛の糸を切られて、VRから排除されてしまうかもしれない。
もしそうなれば、次のチャンスは対象者がこの世界に飽きて、別のVRを始めた時。リミットの200年以内に、それが起こるかどうかは分からない。
だからなるべく自然な方法で近付くんだ。いいね?』
「……分かった」
オルフの長ったらしい指導に、イトは考えを改め頷く。
「ではこういった場合、どのように対象者へ接触するのが自然なんだ?」
『そうだねぇ……こういう普通の街が現れるのも久々だからなぁ。とりあえずAIで何か情報が得られるか探してみるよ』
そう言うとイトの脳内には、暫し静寂が流れた。
無言のまま立ち尽くすイトの横を、多くの人間が通り過ぎていく。
その光景をイトがぼんやりと眺めていると―――
『ドンッ』
突如イトの肩に、通行人の体がぶつかった。
「痛つっ……おいテメェ! ボーッと突っ立ってんじゃねえよ!」
「すまない」
ぶつかった相手に怒鳴られ、イトは謝罪を述べる。
見ると他の冒険者達と似たような格好をしているが、派手な色の髪を逆立て肩を振りながら歩く姿は、随分と柄が悪そうに見える。
相手の男は『チッ』と舌打ちをすると、地面に唾を吐き捨ててその場を去って行った。
『イト、大丈夫かい? 何か今変なNPCに絡まれてなかった?』
するとオルフの声が戻り、心配そうにイトの様子を尋ねる。
「いや、問題ない」
だがイトは何事もなかったように、首を横に振った。
「そっか、なら良いけど……
それじゃあ対象者の情報が分かったから伝えるよ。どうやらこの世界では、対象者はエミリー・ハートレイという名の冒険者みたいだ。
対象者が冒険者なら、イトも冒険者として接触を試みるのが無難だろうね』
「分かった。俺を冒険者という職業に変更してくれ」
『ええと……ダメだ。職業はVR内の特定の場所でしか、変更出来ない設定になってる。
一応冒険者のような格好や身体能力には、設定出来るみたいだけど……』
すると突然イトの服装が変化し、武器と防具を纏った姿となった。
だが先程冒険者の説明で聞いた話や道行く人間とは異なり、白金に輝く重厚な装備に身を包んでいる。
そして腰にぶら下がる剣も、柄に宝石が埋め込まれ、鞘は金色に輝いていた。
「オルフ……何やら先程聞いた冒険者の様相とは、随分異なるようだが」
『ああ、一応最高クラスの装備に設定してみたんだけど……何だか凄く派手な格好だね』
気付くと辺りの人間達が、皆驚いた顔でイトを見ている。すると―――
「おいテメェ! さっきはよくも俺様に―――」
後ろから声がし、イトが振り返る。するとそこには先程肩がぶつかった男が立っており、その後ろに男と似たような柄の悪い連中が3人程控えていた。
「なんだ?」
イトが要件を聞くと、男達は口をパクパクとさせる。
「なななななんだテメェ!? ささささっきと格好が違うじゃねーか!」
男はイトが纏う最高クラスの装備を見て、明らかに動揺しているようだ。
「お、おいお前! 話が違うじゃねーか!
どこをどう見たらコイツが『弱そうなカモ』なんだよ!」
「ここここんなの、高ランク冒険者でしか見たことねーような装備だぞ!」
どうやら男は仲間を呼んで、イトをカモにしようとしていたらしい。
「冒険者……?」
仲間の口から出たその言葉に、イトが眉を顰める。
「い、いや俺達はただのしがない低級冒険者でして!」
「そ、そうです! ああああなた様のような高級冒険者様をカモろうなどとは、決して考えておりません!」
イトの言葉が自分達に向けられたと思ったのか、男達は慌てて弁明を述べた。
「お、おい!ズラかろうぜ!」
すると男達はイトに恐れ慄いたのか、そそくさとイトの元を去ろうとする。だが―――
「―――待て」
「「ヒィィィッ!!」」
イトに呼び止められ、男達は情けなく悲鳴を上げる。
「丁度良かった。この街で冒険者になれる場所を教えてくれ」
「は、はひ……?」
イトからの予想だにしない質問に、男達は完全に呆けた顔を浮かべた―――
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