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11.フォークの告白

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「政府としては、というか君のお父さんとしてはかな。とにかく、患者――つまり薬の被害者には勘付かれないように彼らの生活を手厚く支援するという立場に回った」

ケーキの匂いを抑制する薬は国が全額負担してくれるらしい。そして、ケーキでもフォークでも、その症状が判明した場合報告が義務付けられている。保護という名目で、実際には彼らをうまく管理するためだ。

「そして、これはフォークの人間だけが知る事実なんだが――」

そこから薫が話し始めた内容は僕にとって軽く聞き流せるものではなかった。

「フォークの症状を改善する薬は今のところ出来ていない」
 
フォークは発症後味覚障害により食べ物の味がしなくなる。そして、ケーキの肉体だけを美味しいと感じられる。フォークが無理矢理ケーキを襲う事件が相次ぐようになり、政府は頭を悩ませた。

「その結果設置されたのが、あの夜唯斗が俺を追いかけて辿り着いた店なんだ」
「それって……」
「――フォークの人間がケーキを味わうための施設」
「嘘だ、薫……そんなの……嘘だよね?」
「仕方ないんだ。ああいう場所があるからこそ、フォークは欲望を発散させて日常生活を送ることができる。ケーキが捕食される事例がほとんどなくなったのはああいう店のお陰なんだよ」

(そんな……でも……)

「あそこで働いてるケーキって……?」
「国が雇って派遣している人間だ。彼らは……想像もつかないような高額で雇われている。もちろん本人の同意の上でね」

僕の胸の中に、恐怖のような、嫌悪感のような何とも言えない不快なものが広がっていく。そんな僕の胸中を知ってか知らずか薫は淡々と付け加える。

「ああ、でも安心して。本気で人間を食べたりはしていないから。ただ皮膚を舐めたり、ケーキの体液を飲んだりするだけだよ」

彼の優しい声が、口にした内容の異常さをかえって際立たせていた。僕はどうしても気になって尋ねた。

「薫も……あそこでケーキの人を……?」
「え? ああいや、まさか。俺は旦那様に雇われてあそこの支配人をやっているんだよ。月に一度現地視察に行ってるんだ」

それを聞いて僕は少しだけほっとしてしまった。

(薫があそこでいかがわしいことをしているんじゃなくてよかった――)

「俺は、唯斗以外の人間になんて触りたくもないから」

薫が僕の頬を撫でた。熱っぽい目で見つめられて僕は恐怖を忘れ彼の手を握った。

「さあ、これ以上こんな所にいたら風邪をひくよ」


◇◇◇


寝支度を整えベッドに入った。
僕はさっきの続きを催促する。

「ねえ薫。どうして薫のお母さんはうちの使用人になんてなったの? 友達だったんでしょう」
「それは……例の薬が原因で俺がフォークかもしれないとわかったのが発端でね。父が母を責めたんだ。妊娠中に不用意に薬を飲んだことや、そんなものを勧めるような友達と付き合いがあるのが悪いってね」

薬と病気の因果関係について、世間には知らされてはいなかった。しかし薫の母親は身内同然ということで、薬の話を僕の母から聞いていたのだそうだ。
薫は苦しげな顔をして言う。

「それで母は俺共々離縁されてしまった。責任を感じた唯斗のお母さんが、父に追い出された俺と母を屋敷に置いてくれたんだよ」

(そういうことだったのか……)

子供の頃のことなので記憶が曖昧だが、使用人とは名ばかりで彼の母親は仕事らしい仕事はしていなかったかもしれない。
いつも母と一緒にいたということしか思い出せなかった。

「だが、その頃俺の味覚障害は既に発症していたんだ。両親がこの件で喧嘩していたのを目の前で見ていたし、しばらくの間俺は怖くて黙っていた。だけどそのことがバレて、母は心を病んでしまった」
「そうだったの……」
「俺が発症しない可能性もあった。だけど……9歳の頃かな。唯斗が4歳のときだね。俺が初めて唯斗の家に引き取られて君に会った瞬間わかった。ああ、俺は本当にフォークなんだって。唯斗は、他の誰よりも甘くて良い匂いがした」

僕は無言で彼を見つめ、先を促した。

「その頃にはもう俺の舌は味を感じなくなってた。だから、食欲も無くてあまり空腹に感じることもなくなっていたんだ。だけど、そのとき久しぶりに心の底から思ったよ。ああ、お腹空いたな……って。お腹一杯になるまで君のことを食べたいなって」

隣で肘をついてこちらを見ている薫の目が底光りしているように見えた。
しかし、不思議ともう恐怖は感じなかった。むしろ、彼が見ているのが昔も今も僕だけなんだということに安堵していた。


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