28 / 59
3章.新たな人生のはじまり
26.リーゼンフェルト伯爵と養子について話し合う
しおりを挟む
僕がデーア大公国に移り住んでから約二ヶ月が経った。その間に僕は十九歳の誕生日を迎え、グスタフやニコラ、そして使用人達が内輪のパーティーを催してくれた。病気療養中という表向きの立場があるため外部の人間を呼ぶことはできなかったけど、それでも昨年の誕生日よりずっと温かく祝って貰えて嬉しかった。
離宮での生活にも随分と慣れてきた。グスタフは朝食の後は公務のため出掛けて行き、夕方頃に帰って来て一緒に食事をする。早めに帰って来られたときは食事の前に一緒に庭や湖畔を散歩する。
グスタフが治水技術や建築などに関する資料を大量に持ってきてくれたので、僕は彼の帰りを待つ間それを読んでいる。だから退屈するということはなかった。その資料だけでも、リュカシオン公国にあったどんな図書類よりも格段にレベルの高い内容でとても勉強になった。
一方胎児は順調に育っているようで、僕のお腹はますます大きくなっていった。
そして僕の出産もそろそろ近いだろうというある日、グスタフが幼馴染のオットー・リーゼンフェルト伯爵を離宮に呼んだ。グスタフと並んでも引けを取らない体躯の青年だ。ダークブラウンの髪にほぼ同色の瞳をしている。
「お初にお目にかかります、ルネ様。お会いできて光栄です。噂通りのお美しさですね」
「はじめまして」
するとグスタフが面白くなさそうな顔で言う。
「オットー、彼をじろじろ見るのをやめろ」
「なんだよ、早く会わせてくれと何度も頼んだのにいつまでも君がルネ様に会わせてくれなかったんだ。少しくらい見たって良いだろう?」
「うるさい、とっとと座れ。近づきすぎだ」
まるで野犬を追い払うかのような仕草で友人を下がらせるグスタフの様子がおかしくて僕はクスッと笑ってしまった。
「ああ、笑顔はまた格別の華やかさだ……」
すると低い声でグスタフが言う。
「いい加減にしろ」
「はぁ、やれやれ。ルネ様、こうも束縛の激しい夫では息苦しくありませんか?」
「いえ、そんなことは……」
「ルネ。こいつのおふざけにまともに返事をする必要は無い」
グスタフは一見苛ついているようだけど、その実相手に気を許していることは明白だった。その後もずっとリーゼンフェルト伯爵の飄々とした様子にグスタフがたじたじなのも面白かった。二人とも同じ二十五歳で、幼い頃からの付き合いだそうだ。
「事情は聞いております。ルネ様さえ良ければ、私がお腹のお子さんを養子にさせて頂きたいと思っております」
「本当に良いのですか? 僕と伯爵は親戚でもないのに赤ん坊をいきなり引き取ってもらうなんて……」
「良いんですよ。私は訳あって結婚するつもりはないし、今後子どもができる予定もありませんからね」
「そうなのですか。差し支えなければどうしてかお聞きしても……?」
リーゼンフェルト伯爵は片頬を歪めて自嘲気味に笑った。
「恥ずかしながら、叶わぬ恋をしているのです」
「そう……でしたか」
彼くらいの地位と容姿に恵まれていても手に入らないほどの高嶺の花なのだろうか。
(それとも、もしかして既に相手がいる方とか……?)
「こいつが恋してるのは恐ろしい悪魔のような相手なんだよ。こんなひよっこが敵うわけもないさ」
「うるさいぞ、グスタフ。いいよなぁ君は。俺より絶対君のほうが結婚に手こずると思ったのになんだよ、こんな美人をさっさと捕まえやがって」
「お前はそろそろその執着を捨ててきっぱり諦めることだよ」
「嫌だね、君に言われる筋合いはない」
どうやらグスタフは伯爵の恋している相手を知っているようだ。
(悪魔のようとはどういうことなのかな。それほど美しくて蠱惑的、という意味?)
「とにかく私は喜んでお子様を引き取らせていただきます。もちろん、いつでも我が家に会いに来ていただいて構わないですから」
「ありがとう、リーゼンフェルト伯爵」
「オットーで良いですよ。あなたはグスタフの奥方になられるのですから」
「そうですか。ではオットーと呼ばせてもらいますね」
「ルネ、こんな奴に敬語を使う必要はないぞ」
「もちろん構いません。が、君に言われるのは腹が立つな」
「ふん」
僕にはこのように気の置けない友人というものがいなかったので、二人の様子がとても羨ましかった。
離宮での生活にも随分と慣れてきた。グスタフは朝食の後は公務のため出掛けて行き、夕方頃に帰って来て一緒に食事をする。早めに帰って来られたときは食事の前に一緒に庭や湖畔を散歩する。
グスタフが治水技術や建築などに関する資料を大量に持ってきてくれたので、僕は彼の帰りを待つ間それを読んでいる。だから退屈するということはなかった。その資料だけでも、リュカシオン公国にあったどんな図書類よりも格段にレベルの高い内容でとても勉強になった。
一方胎児は順調に育っているようで、僕のお腹はますます大きくなっていった。
そして僕の出産もそろそろ近いだろうというある日、グスタフが幼馴染のオットー・リーゼンフェルト伯爵を離宮に呼んだ。グスタフと並んでも引けを取らない体躯の青年だ。ダークブラウンの髪にほぼ同色の瞳をしている。
「お初にお目にかかります、ルネ様。お会いできて光栄です。噂通りのお美しさですね」
「はじめまして」
するとグスタフが面白くなさそうな顔で言う。
「オットー、彼をじろじろ見るのをやめろ」
「なんだよ、早く会わせてくれと何度も頼んだのにいつまでも君がルネ様に会わせてくれなかったんだ。少しくらい見たって良いだろう?」
「うるさい、とっとと座れ。近づきすぎだ」
まるで野犬を追い払うかのような仕草で友人を下がらせるグスタフの様子がおかしくて僕はクスッと笑ってしまった。
「ああ、笑顔はまた格別の華やかさだ……」
すると低い声でグスタフが言う。
「いい加減にしろ」
「はぁ、やれやれ。ルネ様、こうも束縛の激しい夫では息苦しくありませんか?」
「いえ、そんなことは……」
「ルネ。こいつのおふざけにまともに返事をする必要は無い」
グスタフは一見苛ついているようだけど、その実相手に気を許していることは明白だった。その後もずっとリーゼンフェルト伯爵の飄々とした様子にグスタフがたじたじなのも面白かった。二人とも同じ二十五歳で、幼い頃からの付き合いだそうだ。
「事情は聞いております。ルネ様さえ良ければ、私がお腹のお子さんを養子にさせて頂きたいと思っております」
「本当に良いのですか? 僕と伯爵は親戚でもないのに赤ん坊をいきなり引き取ってもらうなんて……」
「良いんですよ。私は訳あって結婚するつもりはないし、今後子どもができる予定もありませんからね」
「そうなのですか。差し支えなければどうしてかお聞きしても……?」
リーゼンフェルト伯爵は片頬を歪めて自嘲気味に笑った。
「恥ずかしながら、叶わぬ恋をしているのです」
「そう……でしたか」
彼くらいの地位と容姿に恵まれていても手に入らないほどの高嶺の花なのだろうか。
(それとも、もしかして既に相手がいる方とか……?)
「こいつが恋してるのは恐ろしい悪魔のような相手なんだよ。こんなひよっこが敵うわけもないさ」
「うるさいぞ、グスタフ。いいよなぁ君は。俺より絶対君のほうが結婚に手こずると思ったのになんだよ、こんな美人をさっさと捕まえやがって」
「お前はそろそろその執着を捨ててきっぱり諦めることだよ」
「嫌だね、君に言われる筋合いはない」
どうやらグスタフは伯爵の恋している相手を知っているようだ。
(悪魔のようとはどういうことなのかな。それほど美しくて蠱惑的、という意味?)
「とにかく私は喜んでお子様を引き取らせていただきます。もちろん、いつでも我が家に会いに来ていただいて構わないですから」
「ありがとう、リーゼンフェルト伯爵」
「オットーで良いですよ。あなたはグスタフの奥方になられるのですから」
「そうですか。ではオットーと呼ばせてもらいますね」
「ルネ、こんな奴に敬語を使う必要はないぞ」
「もちろん構いません。が、君に言われるのは腹が立つな」
「ふん」
僕にはこのように気の置けない友人というものがいなかったので、二人の様子がとても羨ましかった。
39
あなたにおすすめの小説
結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした
紫
BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。
実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。
オメガバースでオメガの立場が低い世界
こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです
強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です
主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です
倫理観もちょっと薄いです
というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります
※この主人公は受けです
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
【運命】に捨てられ捨てたΩ
あまやどり
BL
「拓海さん、ごめんなさい」
秀也は白磁の肌を青く染め、瞼に陰影をつけている。
「お前が決めたことだろう、こっちはそれに従うさ」
秀也の安堵する声を聞きたくなく、逃げるように拓海は音を立ててカップを置いた。
【運命】に翻弄された両親を持ち、【運命】なんて言葉を信じなくなった医大生の拓海。大学で入学式が行われた日、「一目惚れしました」と眉目秀麗、頭脳明晰なインテリ眼鏡風な新入生、秀也に突然告白された。
なんと、彼は有名な大病院の院長の一人息子でαだった。
右往左往ありながらも番を前提に恋人となった二人。卒業後、二人の前に、秀也の幼馴染で元婚約者であるαの女が突然現れて……。
前から拓海を狙っていた先輩は傷ついた拓海を慰め、ここぞとばかりに自分と同居することを提案する。
※オメガバース独自解釈です。合わない人は危険です。
縦読みを推奨します。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です
ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」
「では、契約結婚といたしましょう」
そうして今の夫と結婚したシドローネ。
夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。
彼には愛するひとがいる。
それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?
番解除した僕等の末路【完結済・短編】
藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。
番になって数日後、「番解除」された事を悟った。
「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。
けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ノエルの結婚
仁茂田もに
BL
オメガのノエルは顔も知らないアルファと結婚することになった。
お相手のヴィンセントは旦那さまの部下で、階級は中尉。東方司令部に勤めているらしい。
生まれ育った帝都を離れ、ノエルはヴィンセントとふたり東部の街で新婚生活を送ることになる。
無表情だが穏やかで優しい帝国軍人(アルファ)×明るいがトラウマ持ちのオメガ
過去につらい経験をしたオメガのノエルが、ヴィンセントと結婚して幸せになる話です。
J.GARDEN58にて本編+書き下ろしで頒布する予定です。
詳しくは後日、活動報告またはXにてご告知します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる