42 / 59
4章今更戻れと言われてもお断りです
40.エピローグ
しおりを挟む
クレムス国王の別荘は山の麓にある湖畔に建てられた木造建築だった。デーア大公国に移り住んだとき最初に暮らした離宮と比較してもより一層小規模で、かなり家庭的な印象だ。もちろん一般市民が住まえるようなものではないが、陛下はここで平民風の暮らしをするのが楽しみの一つなのだそうだ。
僕とグスタフは陛下に招かれ、子どもたちを連れてその別荘を訪れていた。建物の二階にある寝室に入り、木枠の窓を開けながら僕はグスタフに向かって言う。
「なんて気持ちいい所なんだろう! 見て、窓を開けたらすぐに湖が。遠くの山も綺麗に見えるよ」
「眺めが気に入ったか? 建物は質素だが、たまにはこういう暮らしをするのも良いものだろう」
漆喰の壁に太い梁、天井と床は板張りだ。僕は室内をキョロキョロと見回してつぶやく。
「木造の建物自体あまり馴染みがないからとっても興味深い。平面図と立面図を見てみたいなぁ」
「やれやれ、こんな所まで来て図面の話か?」
「ああ、ごめんね。あ! 見て、ボート。後で乗りに行こうよ」
「わかったわかった。そうはしゃぐな。荷物を解いたらまず子どもたちにおやつを食べさせてやらないと」
「それもそうだね。あんまり素敵な所だから、つい」
荷解きをして広間に行くと、子どもたちは年上の従兄妹たちに遊んでもらっていた。
「陛下、本日はお招きありがとうございます」
「来てもらえてよかった。私の子どもたちも退屈せずに済む」
「早速一緒に遊んでいただいてるみたいですね」
レオナルド四世には子どもが既に五人いるが、今回来ているのは下の二人――次女のマリアンヌと三男のティモシーだけだった。上の兄弟達は学校などで忙しいのだそうだ。
「マリアンヌは赤ん坊が好きだから放って置いたらいつまでも面倒を見続けそうだな」
「乳母いらずですね」
「兄上、ルネがボートに乗りたがっているのですが子どもたちを置いて散歩に出掛けてもよろしいですか?」
「ああ、勿論だ。私も妻と後で向かおう」
「ではお先に」
◇◇◇
「ああ、静かで本当に素敵なところ。デーア大公国の離宮も大好きだけど、ここはまた壮大な景色だね」
離宮は森に囲まれた小さな湖に面しているが、ここの湖は山に囲まれたかなり大きなものだ。僕とグスタフはボートに乗って湖に漕ぎ出した。
「ルネ、お前はボートなんて漕いだことはあるのか?」
「ううん、リュカシオンではボートに乗った記憶はないなぁ」
「じゃあやってみろ」
そう言われてやってみたけどあっちに曲がったりこっちに曲がったりして全然思うように進まなかった。それで結局グスタフが櫂を持ってくれることになった。
湖面に太陽の光がキラキラと反射していて眩しい。このまま目を瞑っていたら寝てしまいそうなくらいの心地良さだった。
「陛下に感謝しないとね。こんな素晴らしい所に呼んでいただいて」
「そうだな。兄上も、お前のことを心配している」
「え? 僕を?」
「ああ。バラデュールの人間に処罰を下しはしたものの、お前の受けた心の傷がすぐに癒えるわけではないと言ってね」
「そうだったんだ……ありがたいな。僕、元気でもっと頑張らないとね」
「ああ。だが無理はするなよ」
「継母やヘクター達も今頃頑張っているかな?」
水道橋の工事は順調に進んでいると聞いていた。
「少し前にオットーが視察に行ったはずだから今度話を聞こう」
「え? オットーが? 彼、なんでも屋さんみたいだね」
「この間のマルセルとの旅行がよほど楽しかったようで、ご機嫌で俺の言うことを何でも聞いてくれるんだ。今のうちに頼めることは全部頼むつもりだよ」
「わぁ、人使いが荒い大公様」
どうやらオットーの恋が上手くいっているようで僕も嬉しい。
今回の旅の間、ニコラとペネロープには休暇を出して珍しく別行動をしている。彼らはおそらく自分の生家に帰って家族との時間を楽しんでいるだろう。
僕は夫の顔を見つめた。グスタフの緑色の瞳は、湖面の光を受けて輝いている。成人してからずっとつらい目に遭ってきて、人間不信にもなりかけたけどこの人と出会えて僕は救われた。
優しくて頼もしい僕の夫。僕に生きる希望と、目標と、可愛い子どもたちを授けてくれた愛しい人。僕は静かに薬指に口づけした。ただ願いを込めるのではなく、必ず幸せになるという決意を込めて。
〈完〉
僕とグスタフは陛下に招かれ、子どもたちを連れてその別荘を訪れていた。建物の二階にある寝室に入り、木枠の窓を開けながら僕はグスタフに向かって言う。
「なんて気持ちいい所なんだろう! 見て、窓を開けたらすぐに湖が。遠くの山も綺麗に見えるよ」
「眺めが気に入ったか? 建物は質素だが、たまにはこういう暮らしをするのも良いものだろう」
漆喰の壁に太い梁、天井と床は板張りだ。僕は室内をキョロキョロと見回してつぶやく。
「木造の建物自体あまり馴染みがないからとっても興味深い。平面図と立面図を見てみたいなぁ」
「やれやれ、こんな所まで来て図面の話か?」
「ああ、ごめんね。あ! 見て、ボート。後で乗りに行こうよ」
「わかったわかった。そうはしゃぐな。荷物を解いたらまず子どもたちにおやつを食べさせてやらないと」
「それもそうだね。あんまり素敵な所だから、つい」
荷解きをして広間に行くと、子どもたちは年上の従兄妹たちに遊んでもらっていた。
「陛下、本日はお招きありがとうございます」
「来てもらえてよかった。私の子どもたちも退屈せずに済む」
「早速一緒に遊んでいただいてるみたいですね」
レオナルド四世には子どもが既に五人いるが、今回来ているのは下の二人――次女のマリアンヌと三男のティモシーだけだった。上の兄弟達は学校などで忙しいのだそうだ。
「マリアンヌは赤ん坊が好きだから放って置いたらいつまでも面倒を見続けそうだな」
「乳母いらずですね」
「兄上、ルネがボートに乗りたがっているのですが子どもたちを置いて散歩に出掛けてもよろしいですか?」
「ああ、勿論だ。私も妻と後で向かおう」
「ではお先に」
◇◇◇
「ああ、静かで本当に素敵なところ。デーア大公国の離宮も大好きだけど、ここはまた壮大な景色だね」
離宮は森に囲まれた小さな湖に面しているが、ここの湖は山に囲まれたかなり大きなものだ。僕とグスタフはボートに乗って湖に漕ぎ出した。
「ルネ、お前はボートなんて漕いだことはあるのか?」
「ううん、リュカシオンではボートに乗った記憶はないなぁ」
「じゃあやってみろ」
そう言われてやってみたけどあっちに曲がったりこっちに曲がったりして全然思うように進まなかった。それで結局グスタフが櫂を持ってくれることになった。
湖面に太陽の光がキラキラと反射していて眩しい。このまま目を瞑っていたら寝てしまいそうなくらいの心地良さだった。
「陛下に感謝しないとね。こんな素晴らしい所に呼んでいただいて」
「そうだな。兄上も、お前のことを心配している」
「え? 僕を?」
「ああ。バラデュールの人間に処罰を下しはしたものの、お前の受けた心の傷がすぐに癒えるわけではないと言ってね」
「そうだったんだ……ありがたいな。僕、元気でもっと頑張らないとね」
「ああ。だが無理はするなよ」
「継母やヘクター達も今頃頑張っているかな?」
水道橋の工事は順調に進んでいると聞いていた。
「少し前にオットーが視察に行ったはずだから今度話を聞こう」
「え? オットーが? 彼、なんでも屋さんみたいだね」
「この間のマルセルとの旅行がよほど楽しかったようで、ご機嫌で俺の言うことを何でも聞いてくれるんだ。今のうちに頼めることは全部頼むつもりだよ」
「わぁ、人使いが荒い大公様」
どうやらオットーの恋が上手くいっているようで僕も嬉しい。
今回の旅の間、ニコラとペネロープには休暇を出して珍しく別行動をしている。彼らはおそらく自分の生家に帰って家族との時間を楽しんでいるだろう。
僕は夫の顔を見つめた。グスタフの緑色の瞳は、湖面の光を受けて輝いている。成人してからずっとつらい目に遭ってきて、人間不信にもなりかけたけどこの人と出会えて僕は救われた。
優しくて頼もしい僕の夫。僕に生きる希望と、目標と、可愛い子どもたちを授けてくれた愛しい人。僕は静かに薬指に口づけした。ただ願いを込めるのではなく、必ず幸せになるという決意を込めて。
〈完〉
42
あなたにおすすめの小説
【完結済】極上アルファを嵌めた俺の話
降魔 鬼灯
BL
ピアニスト志望の悠理は子供の頃、仲の良かったアルファの東郷司にコンクールで敗北した。
両親を早くに亡くしその借金の返済が迫っている悠理にとって未成年最後のこのコンクールの賞金を得る事がラストチャンスだった。
しかし、司に敗北した悠理ははオメガ専用の娼館にいくより他なくなってしまう。
コンサート入賞者を招いたパーティーで司に想い人がいることを知った悠理は地味な自分がオメガだとバレていない事を利用して司を嵌めて慰謝料を奪おうと計画するが……。
結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした
紫
BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。
実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。
オメガバースでオメガの立場が低い世界
こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです
強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です
主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です
倫理観もちょっと薄いです
というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります
※この主人公は受けです
ノリで付き合っただけなのに、別れてくれなくて詰んでる
cheeery
BL
告白23連敗中の高校二年生・浅海凪。失恋のショックと友人たちの悪ノリから、クラス一のモテ男で親友、久遠碧斗に勢いで「付き合うか」と言ってしまう。冗談で済むと思いきや、碧斗は「いいよ」とあっさり承諾し本気で付き合うことになってしまった。
「付き合おうって言ったのは凪だよね」
あの流れで本気だとは思わないだろおおお。
凪はなんとか碧斗に愛想を尽かされようと、嫌われよう大作戦を実行するが……?
悪役令息(Ω)に転生したので、破滅を避けてスローライフを目指します。だけどなぜか最強騎士団長(α)の運命の番に認定され、溺愛ルートに突入!
水凪しおん
BL
貧乏男爵家の三男リヒトには秘密があった。
それは、自分が乙女ゲームの「悪役令息」であり、現代日本から転生してきたという記憶だ。
家は没落寸前、自身の立場は断罪エンドへまっしぐら。
そんな破滅フラグを回避するため、前世の知識を活かして領地改革に奮闘するリヒトだったが、彼が生まれ持った「Ω」という性は、否応なく運命の渦へと彼を巻き込んでいく。
ある夜会で出会ったのは、氷のように冷徹で、王国最強と謳われる騎士団長のカイ。
誰もが恐れるαの彼に、なぜかリヒトは興味を持たれてしまう。
「関わってはいけない」――そう思えば思うほど、抗いがたいフェロモンと、カイの不器用な優しさがリヒトの心を揺さぶる。
これは、運命に翻弄される悪役令息が、最強騎士団長の激重な愛に包まれ、やがて国をも動かす存在へと成り上がっていく、甘くて刺激的な溺愛ラブストーリー。
追放された味見係、【神の舌】で冷徹皇帝と聖獣の胃袋を掴んで溺愛される
水凪しおん
BL
「無能」と罵られ、故郷の王宮を追放された「味見係」のリオ。
行き場を失った彼を拾ったのは、氷のような美貌を持つ隣国の冷徹皇帝アレスだった。
「聖獣に何か食わせろ」という無理難題に対し、リオが作ったのは素朴な野菜スープ。しかしその料理には、食べた者を癒やす伝説のスキル【神の舌】の力が宿っていた!
聖獣を元気にし、皇帝の凍てついた心をも溶かしていくリオ。
「君は俺の宝だ」
冷酷だと思われていた皇帝からの、不器用で真っ直ぐな溺愛。
これは、捨てられた料理人が温かいご飯で居場所を作り、最高にハッピーになる物語。
沈黙のΩ、冷血宰相に拾われて溺愛されました
ホワイトヴァイス
BL
声を奪われ、競売にかけられたΩ《オメガ》――ノア。
落札したのは、冷血と呼ばれる宰相アルマン・ヴァルナティス。
“番契約”を偽装した取引から始まったふたりの関係は、
やがて国を揺るがす“真実”へとつながっていく。
喋れぬΩと、血を信じない宰相。
ただの契約だったはずの絆が、
互いの傷と孤独を少しずつ融かしていく。
だが、王都の夜に潜む副宰相ルシアンの影が、
彼らの「嘘」を暴こうとしていた――。
沈黙が祈りに変わるとき、
血の支配が終わりを告げ、
“番”の意味が書き換えられる。
冷血宰相×沈黙のΩ、
偽りの契約から始まる救済と革命の物語。
冷酷なアルファ(氷の将軍)に嫁いだオメガ、実はめちゃくちゃ愛されていた。
水凪しおん
BL
これは、愛を知らなかった二人が、本当の愛を見つけるまでの物語。
国のための「生贄」として、敵国の将軍に嫁いだオメガの王子、ユアン。
彼を待っていたのは、「氷の将軍」と恐れられるアルファ、クロヴィスとの心ない日々だった。
世継ぎを産むための「道具」として扱われ、絶望に暮れるユアン。
しかし、冷たい仮面の下に隠された、不器用な優しさと孤独な瞳。
孤独な夜にかけられた一枚の外套が、凍てついた心を少しずつ溶かし始める。
これは、政略結婚という偽りから始まった、運命の恋。
帝国に渦巻く陰謀に立ち向かう中で、二人は互いを守り、支え合う「共犯者」となる。
偽りの夫婦が、唯一無二の「番」になるまでの軌跡を、どうぞ見届けてください。
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる