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番外編【マルセル視点】
歪んだ真珠の肖像(5)
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月日は流れ、ついにオットーも十八歳で成人を迎えた。
彼の邸宅で成人を祝う宴が催され、私も招待されたが大勢人が集まる中にはオメガの男女が含まれている。私は数年前に起きた婚約者との出来事を思い出し、パーティーは欠席すると返事をした。
本来ならば直接出向いて祝いの言葉を述べるべきなのだがどうしても出席はできそうにない。私は贈り物だけ届けさせた。
私がプレゼントしたのはクロスボウ(ボウガン)だった。でもこれは後から考えてみたら自分からまた狩りに誘って欲しいと言ったようなものだと気づいた。私から彼のことを誘ったことは一度も無かったから、少なくともこれで私が誘いを嫌がっていないことは伝わっただろう。それで良いと思うことにした。
最初はいけ好かない人間だと思っていたのに、自分にしては珍しくオットーのことは気に入っているのだった。
成人祝いのパーティーに私が行けなかった理由を知らない彼は落胆したと言いつつ、すぐに私のことを狩りに誘ってきた。そして今回は彼も成人したので初めて従者を付けず、私と彼の二人だけで鹿狩りに出掛けたのだった。
「マルセル、素敵なプレゼントをありがとうございます」
「いや、パーティーに出席もせず申し訳なかった」
「正直なところ少し残念でした。ですが、あなたがああいった人の集まる場を好まないのは知っていますから」
「ああ……」
――単に好き嫌いの問題なら、相手が君なら我慢してでも祝いに駆けつけたよ。
だけど私にはオメガの居る場所に出られない切実な理由があるのだ。このことを打ち明けるわけにはいかないが、彼が深く追求せずにいてくれたのは助かった。
「さあ、大物を仕留めに行きましょう」
「私にそんな芸当が無理なのはわかっているだろう」
狩りと言っても毎回大したものは捕れないのだ。
「わかっています。でも、気持ちだけでも楽しむということですよ。もう狩りはお嫌いじゃないでしょう?」
「ああ」
そうだ。彼の言う通り最初は面倒だとしか思わなかった乗馬や狩りも、オットーと会うようになって少し認識が変わった。
静まり返った森の中で足跡や排泄物、食べかけの植物などの痕跡を探し出し、息を潜めて鹿が現れるのを待つ。自分も人間ではなく自然の一部になったような気持ちで黙ってじっとしているのは不思議なものだ。
私のクロスボウの腕前は酷いものだった。なので大抵私はオットーが狙いを定めるのを横で見ながら補助をする。
この日も現れた若い雄鹿にクロスボウを構えるオットーの横で私は跪いて鹿と人間の攻防を見守っていた。
草を喰む雄鹿はまだこちらに気がついていない。オットーは引き金を引いた。矢が空を切る音で鹿がこちらに気がついたが、時既に遅く胴体に矢が食い込んだ。
弾かれたように鹿は走り出した。そこへ私が第二の矢を放つ。
木立でよく見えなかったが手応えがあった。
「当たりましたね」
「追いかけよう」
矢が当たってもすぐには死なず、鹿は逃げ回ってからどこかで息絶えているはずだった。私とオットーは馬で鹿を追うことにした。鹿の通った痕跡を辿っていく。
しばらくの間探し回って私たちはようやく絶命した雄鹿を見つけた。
亡骸を馬にくくりつけていると、ぽつりと雨粒が頬に当たった。天を仰ぐとどす黒い雲がこの辺一帯を覆っていた。
「雨だ……」
「急ぎましょう」
二人がかりでなんとかオットーの馬に鹿を括り付けることが出来た。しかしその時にはもう雨足はかなり強くなり、遠くに雷の音が聞こえた。
すぐに止むことを期待したが、間の悪いことに風まで出てきて、森を抜ける前に土砂降りの雨になってしまった。
「一旦山小屋へ避難しましょう」
「ああ」
私達は急いで小屋へ向かった。この近くに獲物を解体するための木造の粗末な小屋があるのだ。ほとんど使われておらず、今は誰も管理をしていないから荒れているだろうが少なくとも雨風はしのげるはずだ。
既に日没を迎えようとしている時間だったから今夜は雨が弱まるのを待って、明日の朝天気が回復してから帰宅すれば良い。
彼の邸宅で成人を祝う宴が催され、私も招待されたが大勢人が集まる中にはオメガの男女が含まれている。私は数年前に起きた婚約者との出来事を思い出し、パーティーは欠席すると返事をした。
本来ならば直接出向いて祝いの言葉を述べるべきなのだがどうしても出席はできそうにない。私は贈り物だけ届けさせた。
私がプレゼントしたのはクロスボウ(ボウガン)だった。でもこれは後から考えてみたら自分からまた狩りに誘って欲しいと言ったようなものだと気づいた。私から彼のことを誘ったことは一度も無かったから、少なくともこれで私が誘いを嫌がっていないことは伝わっただろう。それで良いと思うことにした。
最初はいけ好かない人間だと思っていたのに、自分にしては珍しくオットーのことは気に入っているのだった。
成人祝いのパーティーに私が行けなかった理由を知らない彼は落胆したと言いつつ、すぐに私のことを狩りに誘ってきた。そして今回は彼も成人したので初めて従者を付けず、私と彼の二人だけで鹿狩りに出掛けたのだった。
「マルセル、素敵なプレゼントをありがとうございます」
「いや、パーティーに出席もせず申し訳なかった」
「正直なところ少し残念でした。ですが、あなたがああいった人の集まる場を好まないのは知っていますから」
「ああ……」
――単に好き嫌いの問題なら、相手が君なら我慢してでも祝いに駆けつけたよ。
だけど私にはオメガの居る場所に出られない切実な理由があるのだ。このことを打ち明けるわけにはいかないが、彼が深く追求せずにいてくれたのは助かった。
「さあ、大物を仕留めに行きましょう」
「私にそんな芸当が無理なのはわかっているだろう」
狩りと言っても毎回大したものは捕れないのだ。
「わかっています。でも、気持ちだけでも楽しむということですよ。もう狩りはお嫌いじゃないでしょう?」
「ああ」
そうだ。彼の言う通り最初は面倒だとしか思わなかった乗馬や狩りも、オットーと会うようになって少し認識が変わった。
静まり返った森の中で足跡や排泄物、食べかけの植物などの痕跡を探し出し、息を潜めて鹿が現れるのを待つ。自分も人間ではなく自然の一部になったような気持ちで黙ってじっとしているのは不思議なものだ。
私のクロスボウの腕前は酷いものだった。なので大抵私はオットーが狙いを定めるのを横で見ながら補助をする。
この日も現れた若い雄鹿にクロスボウを構えるオットーの横で私は跪いて鹿と人間の攻防を見守っていた。
草を喰む雄鹿はまだこちらに気がついていない。オットーは引き金を引いた。矢が空を切る音で鹿がこちらに気がついたが、時既に遅く胴体に矢が食い込んだ。
弾かれたように鹿は走り出した。そこへ私が第二の矢を放つ。
木立でよく見えなかったが手応えがあった。
「当たりましたね」
「追いかけよう」
矢が当たってもすぐには死なず、鹿は逃げ回ってからどこかで息絶えているはずだった。私とオットーは馬で鹿を追うことにした。鹿の通った痕跡を辿っていく。
しばらくの間探し回って私たちはようやく絶命した雄鹿を見つけた。
亡骸を馬にくくりつけていると、ぽつりと雨粒が頬に当たった。天を仰ぐとどす黒い雲がこの辺一帯を覆っていた。
「雨だ……」
「急ぎましょう」
二人がかりでなんとかオットーの馬に鹿を括り付けることが出来た。しかしその時にはもう雨足はかなり強くなり、遠くに雷の音が聞こえた。
すぐに止むことを期待したが、間の悪いことに風まで出てきて、森を抜ける前に土砂降りの雨になってしまった。
「一旦山小屋へ避難しましょう」
「ああ」
私達は急いで小屋へ向かった。この近くに獲物を解体するための木造の粗末な小屋があるのだ。ほとんど使われておらず、今は誰も管理をしていないから荒れているだろうが少なくとも雨風はしのげるはずだ。
既に日没を迎えようとしている時間だったから今夜は雨が弱まるのを待って、明日の朝天気が回復してから帰宅すれば良い。
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