魔法を奇跡とかたる魔女の物語

アイボリー

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第十一話

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 ヘラが目覚めると、いつもと違うシーツの感触に眉を潜め、瞼を押し上げた。

 眠気で落ちそうになる頭を振って、眠気を追い払う。室内を見渡してみると、見覚えのあるところであるのだが、果たしてどこだっただろう。寝起きの頭はうまく動いてくれなかった。

 窓から差し込む光はとても明るく、すでに朝が過ぎていることを告げていた。

 溜まっている洗濯物を片付けないと。

 そう思うも、ここはヘラの部屋ではない。上着がソファーのところに無造作に置かれていたので、袖を通して部屋を出た。

 ここ、どこだっけ。

 見覚えはあるけど、まだ思い出せない。

「あら、ヘラさん! ようやくお目覚めですね」

 見知った顔の中年女性がやってきて、ヘラを洗面所へ案内してくれた。

「さ、顔を洗ってください。今、司教様がいらしていますから」

「司教様が?」

 思い出した。ここはシルベスターの屋敷だ。ヘラが寝ていたのは屋敷の二階の客間で、屋敷に泊まるときに使わせてもらう部屋だった。

 ヘラは身だしなみを整えて、司教とシルベスターのいる部屋へと向かう。

「失礼します」

 ヘラがノックして入ると、苦笑を浮かべたシルベスターと、どこか怒った様子の私服の司教がいた。

「あの、おはようございます」

 まずい瞬間に入ってしまったか。

 声音に憤りを滲ませたまま、司教が挨拶を返す。

「おはようございます。ヘラさん、体調はどうですか?」

「普通です」

「そうですか。昨日の遅くまでシルベスターに付き合って魔法を使ったと聞いたので心配だったのですよ。全く、彼女は計画の大事な要なのです。もっと大切に、それこそガラス細工のように扱って貰わなければ……!」

「大げさですよ、司教様」

 さすがに自分はそこまで脆くない。

 どうやらヘラに夜遅くまで何度も魔法を使わせて、疲れ果てさせたことを怒っているらしい。

 司教はヘラの父親かのごとくクドクドとシルベスターを叱り付けていた。

 ヘラは確かに夜遅くまで彼に付き合っていたことは覚えているけれど、途中から記憶がない。もしかしたら、シルベスターが部屋まで運んでくれたのかもしれない。

 司教のお叱りが一段落すると、シルベスターはヘラに謝った。

「昨日はすいませんでした。実験に没頭してしまって、ヘラさんのことに気が回りませんでした」

「いえ、大丈夫です。昨日ので、何か分かりましたか?」

「はい! 素晴らしい結果を得られました!」

 嬉しそうに答えるシルベスターを司教が睨む。一瞬、シルベスターが怯んだ。

「ヘラさんはそのまま話しても大丈夫ですか? もっと休みますか?」

「今、お願いします。結果が気になりますから」

 ヘラは昔に比べて体力がついたと感じていた。これぐらい、何てことなかった。これもマイルズの下でいいようにこき使われたおかげだろう。

 間もなくして、屋敷でシルベスターの世話をしている女性の一人がヘラの朝食を用意して持ってきてくれた。時間が時間なので、昼食みたいなものだったが。

 ヘラはパンを口にしながら、シルベスターの研究成果に耳を傾けた。

「この緑の石はやはり魔法と関係があるようです。昨日の調査の結果、そう結論付けました。昨日確認できたのは、魔法効果の増強、効果範囲の拡大等、魔法を強化できる、ということですね。強化できる反面、その制御が難しくなるようでした。この石の効果を得られるのは、術者と直接触れていなければならないようです。加工して、宝飾品、装飾品としてみて、どうなるかはまだ分かりません。そして、この石の面白いところはそれだけではないのです。見てください」

 シルベスターが二人に緑の石を見せた。

 しかし、ヘラは首を傾げる。

「あれ? これ、本当にあの石ですか?」

「もちろん。昨日ヘラさんが眠りに落ちても握っていた石です」

「澄んでる」

「そうなんです!」

 興奮を滲ませて、シルベスターが叫んだ。

 シルベスターはもう一つの緑の石と並べて机の上に置いた。そうすると、違いは一目瞭然だった。元は同じような色をしていたはずが、片方だけまるで中に水を差し込んだように透き通り、美しい。ただの緑の石が、今は輝石と呼ぶにふさわしい姿をしていた。

「どうやらこの石は魔法を使えば使うほど透き通っていくようなんです。そして、澄んでいくほどに、魔法の強化もより一層強くなる」

「え!?」

「やはり気付いていなかったのですね。ヘラさんが眠る前に同じ魔法を何度も使っていただいたのですが、覚えていませんか?」

 ヘラは首を振る。そんな記憶はさっぱりない。司教が呆れたようにため息を吐いた。

「何度もやっていただいたのは、明らかにはじめの頃と比べて威力が違ったからです」

「ただ疲れていただけではないのですか?」

 司教が突っ込んだ。

「そんなことはありませんよ。疲れて過ぎていたのなら魔法が不発になりますからね!」

 得意げに語るシルベスターに、司教は恨めしげに言った。

「見張りでもつけましょうか。あなたがこれ以上ヘラさんに無茶をさせないように」

「次からは気をつけますから、勘弁してください」

 見張りを付けられたら研究が自由にできないだろう。その事を恐れたシルベスターは慌てて頭を下げた。

「今回は見逃しましょう。ですが、次はありません」

 この緑の石は、フローリア計画が抱えていた問題を一つ解決させた。ヘラの魔法の限界である。フローリアに期待する人々も総本山の審問官も納得させるには、奇跡を徐々に派手に、大げさにしてゆく必要がある。だが、奇跡はヘラの魔法の限界に再び迫っていた。この石を使えばその限界を超えられる。これでまた、奇跡の幅が広がった。

 司教は、これまでの奇跡の地で、同じような緑の石がないか、密かに探させた。すると、三ヶ所から同じような石が見つかり、シルベスターの下へと届けられた。三ヶ所から石は見つかったが、シルベスターの元に届けられた石は五つだった。あるところから三つも見つかったのだ。

「すごい! こんなにあるなんて!」

 シルベスターは五つの緑の石を目の前に、目を輝かせる。ヘラは引きつった顔でそんな彼を見つめる。

 司教に釘を刺されたとはいえ、彼の探究心は止まらない。司教にばれないようにうまくやろうとするだろう。

 次はどんな研究に付き合わされることになるのやら。

 シルベスターはそれから、緑の石の研究に没頭した。そして、彼の研究のため、必然的にヘラも付き合わされることになり、ヘラは週末、シルベスターの屋敷に泊まるのが恒例となった。連日魔法の使い過ぎで疲れ果てても、屋敷には身の回りを世話してくれる人がいるのでありがたかった。

「次の奇跡ですが」

 司教が屋敷を訪れたある夜、ヘラとシルベスターと司教の三人で、奇跡について話し合った。シルベスターからこの話を切り出すのは珍しく、ヘラは意外に思った。たいていこういうことは司教から言い出すのだ。

 シルベスターと司教は年代物のワインをたしなみつつ、ヘラは蜂蜜を溶かした温かい牛乳をチビチビと口をつけていた。

「何か希望はございますか?」

「緑の石があるのでしょう? 救いを前面に出したものでお願いします。そして、そろそろ王都から離れてもいいでしょう」

「おや、何でまたそんな心変わりを?」

「大した理由はありませんよ。王都や王都周辺ではもう目ぼしいところは救いつくしてしまっただけです」

「なるほど」

 そうは言うが、王都の人々がすべて救われたとは言えない。しかし、計画ではフローリアは用が済んだらいなくなる存在で、計画の目的は楽園の叡智である。フローリアがすべてを救わなくていいのだ。それに、王都とその周辺に奇跡が集中しているのもおかしい。王都が離れれば、できる奇跡の幅も広がる。そういう意味では王都を離れるのも悪くない。そして、王都をはなれるほどに、村や町は貧しくなり、人々の生活も苦しくなっていくのだ。救いを求める人、救われるべき人は山のようにいた。

「王都を離れるなら、南にある鉱山の辺りにしますか」

 シルベスターは言った。

「何をするんですか?」

「水を湧き上がらせようかと。この辺りは鉄鉱石の鉱山があるでしょう? でも水を得るのが難しいと聞いています。水源があれば鉱山にもいい影響があるかと思いまして」

「いいですね」

 司教も賛成した。現在見つかっている鉱脈は南にある鉱山だけ。王国の生命線でもあった。農産物が満足に採れないし、売れもしない。それなら他の資源を他国に売るしかない。鉄鉱石は貧しいこの国の唯一ともいえる外貨獲得資源だった。

 鉱山の近くに水源を作ったら、鉄鉱石の採掘量も上がるかな。

 ヘラにとって、鉱山や鉄鉱石は身近な話だった。と、いうのもヘラの勤め先は、鉄鉱石を船で他国に売っている貿易会社だったからだ。

 この奇跡が成功すれば、ヘラにも見返りがある。そうと分かると、いつも以上にやる気が湧いてきた。

「どちらにせよ現地での調査が必要ですね」

 場所が王都から離れた地。勝手が分からないので、誰かを送り込まないといけない。しかし、今回は調査員を送り込みやすかった。南にある鉱山は過酷な環境にあることもあってか、常に人手を欲していた。鉱夫として潜り込ませればいい。

 今回の奇跡は、ヘラの仕事に関わっていることもあり、作戦を練るのに協力することになった。

 まだ前の奇跡、ぶどう酒の井戸から三ヵ月も経っていない。調査にしろ、準備にしろ、十分な時間があった。

「今回王都から離れますが、審問官はどうしますか?」

「そうですね」

 考え込む司教。

「彼にフローリアと接触して欲しくないのですよ」

「でも二度も奇跡を見られないのは彼の調査に影響がでるのではありませんか」

「そうなんですよ。接触させずに、奇跡を見せる形で行くしかありません」

「分かりました。そうだ、司教様、今回一つ実験をさせていただきたい」

「実験ですか?」

 司教の表情が曇る。ヘラが疲れ果てたことを思い出しているのだろう。

「ご安心ください。ヘラさんを倒れさせることではありませんから。今回の奇跡で緑の石がどれだけ見つかるのか確かめたいのです」

 シルベスターは緑の石についてまとめたことを語り始めた。

「この石はヘラさんが魔法を使った地点の地面から見つかっています。そして、より強力な魔法を使うほど石が見つかります。ほら一度に三つも見つかったことがあるでしょう? あの場所の奇跡を覚えていますか」

「ええ、もちろんですよ。木を生やした奇跡でしょう」

 それは海沿いの町でのことだった。その町は海から吹く強い風に悩まされていた。木を植え、防風林を作ろうとしたが、木が根付かず、うまく行かなかった。町の人々はそれでも諦めずに木を植え続けていた。

 ヘラの魔法に、植物の成長を促進するというものがあり、それを使えば木を林どころか森にだってできる。しかし、ヘラの魔法を使っても、ここは少し難しかった。そのときはまだ緑の石なんてものは誰も知らなかったのだ。ヘラはこのとき失敗を覚悟したほどだ。

 根付きの悪い土地に百本近い苗木を成木まで成長させる。同じ魔法でも、草と木では気の張り方も力の入れ方も全く違う。木の方が圧倒的に負荷が大きい。何とか成功させられたが、ヘラはその場で鼻血を出して倒れてしまったのだ。この一件があってから、司教はヘラのことを過剰に心配するようになった。事実、この後体調が回復するまでに一週間ほど要して、ヘラはその間会社を休む破目になった。ヘラの上司で司教の弟であるマイルズは、ヘラが何をしているか分からないが、司教が何かをさせたというのは察していて、一週間も社員を休ませることをさせた司教にひどく怒り、殴ったというのにはさすがに驚いた。

 そしてマイルズがヘラのために持ってきた見舞いの菓子はとても美味しかった。その味を思い出して、ヘラの頬は緩む。

 あの魔法は、今までの魔法の中でも大きなものだった。そして、その防風林から緑の石が三つも見つかったのだ。

「大きい魔法を使えば緑の石もそれだけ見つかります。今回の奇跡は緑の石を使いかますが、防風林の魔法と同程度です。緑の石が見つかりやすいと言えるでしょう。奇跡の直後で、いえ、できるだけ早く緑の石を探させてください」

「探すのは許可します。ですが、審問官がその鉱山を去ってからです。怪しまれたくありませんから」

「分かりました」

 渋々といった様子で、シルベスターは頷いた。彼も強力な後援者には逆らえなかった。

 そうこうしている間にあっという間に奇跡の日が近づいた。
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