嫌われ王女はパン屋の娘

りう

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1章 嫌われ王女、大国に嫁ぐ

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わたくし、貧相な従者を連れた方とは、お話をしないことにしておりますの」

そう言い切ったスカーレットに、周囲の空気は凍りついた。
まだ五歳となる幼王子ジェイは、その愛らしい目を大きく見開き、小さく震えた。

(ひんそう……? カキタスが、ひんそう??)

貧相、のぼんやりとした意味は理解している。ただどうして、このしっかり者の幼馴染にそのような悪い言葉を言われないといけないのか。意味がわからずに混乱し、反応が遅れてしまった。
睨みつけなければ気が済まない、そう気がついて、他の大人たちがするように顔をしかめたが、時遅スカーレットは居ないものとでも言うようにジェイから視線を外していた。悔しくて顔を下に向けた。つん、と鼻の奥が痛くなるが、その状況を把握した従者カキタスが、そっとジェイの背中に手を当てる。だから涙を堪えることができた。

静まり返った周囲を気にもせず、スカーレットは指定の席にたどりつく。
執事は形ばかりの笑みを浮かべ、スカーレットを誘導した。

「腰掛けてよろしくて?」

皆立ったままであるのを、厚顔にもスカーレットが諭す。
柔らかな笑みは、毒々しい赤の口紅に縁取られ、その目はブルーバイオレットのまぶたに彩られ、ジェイは改めて色彩にぞっと、泡立つ肌を押さえた。

「ええ、そうね。どうぞ、おすわりになって」

主催者の母親アルミナが、そう穏やかな声で返答したので、ジェイは肩の力を抜いた。ふと、自分が母親のアルミナのドレスを握りしめていたのに気がついて頬に朱を走らせる。もうすぐ家庭教師が増える、学習院への進学の準備も始まるというのに、なぜこんなに母親に甘えてしまうのか。
ただの子どもなら許される。けれど自分は王子なのに。将来、王になるべき存在だ、と、先日家庭教師と母親に諭されたばかりだったのに。
春のなだらかな陽を受け、茶会の会場となった温室はやわらかな光で満たされていた。
豪奢な金の刺繍が、太陽の光を反射して誰もが目を眇める。
スカーレットが動く度に、時折不快になるほどの光量が目をかすめ、皆目を反らしたい衝動を押さえていた。
アルミナは、これほど不快な相手にもかかわらず、慈愛の笑みを深め菓子を勧めた。

「これは側妃のオルタ様が領地から取り寄せたはちみつと私の故郷の木の実を混ぜてありますの。少し粘り気がありますので、一口で食べられるよう、幾つかに分けております。
皆様も、せっかく用意したお茶が冷めてしまいますわ。女同士ですもの、おしゃべりを楽しみたいわ。ねえ、スカーレット様も、そうお思いになるでしょう?」

促す女主人のその優雅な仕草に他の面々も肩の力を抜き、それぞれの席についた。
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