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初めてのお買い物
しおりを挟む後ろの方から聞こえてくる声を無視して部屋に戻り一休みすると、メアリーさんが持ってきた薄手のケープを纏ってお出かけ。
ソフィアさんに連れられて塔内を進むと、入口の傍にある部屋の中へ入る。
天井と床一面に複雑な文字や図形で作られた魔法陣が刻まれていて、広い部屋を支える四本の柱には蒼い焔が灯されている、いかにも怪しげな儀式とか行われそうな部屋の中央へ立つと、ソフィアさんが手で目隠しをしてくる。
「眩しくなるので少し我慢してください。……はい、もういいですよ」
瞼越しの感覚がなくなったので目を開けたら、部屋の様子は何も変わっていなかった。移動したのかな?
「さ、こちらへ」
手を引かれながら部屋を出ると、目に飛び込んできた光景に思わず息をのむ。
その場所は廊下ではなく結構な広さの部屋で、その部屋の中にひしめき合っていると感じるぐらいの全身鎧を着込んだ人達。圧迫感と威圧感が凄い。
「ここは街を警邏している者達の詰め所になります。クレハ様、大丈夫ですから落ちついてください」
転移用の魔法陣を使って悪さをしない様にこういう作りにしているらしい。後、有事の際に乗り込むのにも迅速に動けるとか。ただ、行先によっては許可が必要らしい。
多少落ち着いたところで、部屋の中にいる兵士を観察してみる。
背丈は子供ほどの大きさから三メートルほどの巨人までと幅があり、細身からがっちりした体形まで様々。ただ、鎧の意匠は同じ。これは隊章を兼ねているので他の詰め所に行けば違う意匠になる。
部屋の中ほどにあるカウンターの前に来ると、内側から標準的な背丈の兵士が一人出てきて、姿勢を正し左手を右胸の前に持っていく。
「お疲れ様です。魔王城勤務、幹部級の方とお見受けいたしますが、警護は必要でしょうか」
「お勤めご苦労様です。四人お願いします」
「はい。お任せください」
返事をして奥に向かって手を振ると、細身の全身鎧の人が四人並んで先程と同じ格好で止まる。
本来はこの場で身元確認と行程の確認が行われるそうだけど。幹部級と言われる人達は知るだけで危険に巻き込まれる秘密のお仕事が有ったりするので、そのまま通す(見ないふりともいう)ことになっているとか。
警護を開始するために一足先に出ていく四人を見送ると、ゆっくりと詰め所の出口に向かう。
こう、長い距離を移動していると、思っているよりも進みが遅いことや、ソフィアさんが僅かばかり動きを止めていることを見ると、自分が小さくなったことを痛感する。ちょっとつらい。
やがて、外へと通じる大きな扉に手を掛けたソフィアさんが、顔だけ振り返る。
「ではクレハ様。お覚悟を」
不穏な一言につい反応して唾を飲み込むと、ソフィアさんが声を少しだけ出して笑うから恥ずかしさで顔が熱を持つ。きっと赤くなってるんだろうなぁ。
顔を手で扇ぎながら建物から出ると、そこに広がるのはハーラントの王都。
石畳が敷かれた道は一分の隙も無く、建物は煉瓦か石のようではあるけれど様々な色合い。花や木といった緑も多く、聞こえてくる人々の声は賑やかで、街を吹き抜ける風は柔らかい。
詰め所の前がちょっとした広場になっているので、行き交う人々も多い。
羊の様な角が生えた人、黒くつやつやした全身骨格な人、かなり動物寄りの獣人、魚の様な見た目の人、背中に羽の生えた人等、実に多彩な見た目の人が多く、異世界に来たんだなと実感が込み上げてくる。
「では、家具を買いに行きましょうか」
口を半分開けた状態で街を見ていた私の背中を、ソフィアさんが軽く押して促してくるので、横目で見ながら歩き出す。
詰め所の脇に停められていた辻鳥車(走ることに特化した見た目の鳥が車を牽いている)に乗って車専用の通りを移動する。
王都は人が通る路が中心で、こういう車(騎乗含む)は人用の通りから一段下がった場所で少し遠回りになるようになっている。事故を防ぐためではあるけれど、みな健脚だったり空を飛べたりで必要とする人が少ないというのも理由になっているとか。
車から街並みはそれほど見えないけれど、道に沿うように水路が巡らされていて、時折異形な魚が跳ねたりして退屈しない。たとえ沢山目のついたカサゴのような魚だったとしても。退屈しないんです。
さて、暫く乗って到着したのは家具屋コトコット。見た目はごく普通のお店で看板も変わったところはない。なのに、一歩入った店内は異様に広くて唖然とする。
「クレハ様、どうなさいました?」
「えっと、外で見たより広いような」
「魔法で空間を広げています。ほとんどの店で、店の全部または一部を広げていますよ」
こういう魔法を使わないと土地を無駄に使うことになるから当然だそうです。
気を取り直して家具を見ることに。
入口付近に置いてある家具は、妙に安っぽい感じのするものばかりで、形は日本でも見るような大量生産品といった感じ。まぁ、この方が安心するけど。
「クレハ様には申し訳ないのですが、この辺の物は購入しません。お好きな物をと言った手前申し訳ないのですが、最低限の見栄というものがありまして」
魔王様が住む場所だからこそ、見栄というものが必要らしい。一応グレイス様の部屋にある家具もそれなりの品(あくまでもそれなり)で揃えているそうです。……それなりでいいのかな。
「これは見て回るだけでも骨が折れそうですね。店員さんは――」
「お呼びでしょうか、お客様」
「ひゃあ! ――ひっ」
唐突に背後から声を掛けられてびっくり。振り返ったら逆さの女性と目が合って二度びっくり。
店員の女性は、魔蟲族で蜘蛛系の方。普段は天井に張り付いていて、お客様と話すときは降りてくるそうです。
何で天井にいるのかなと気になりつつ天井の方を見上げると、数人張り付いているのを見つけてしまい、慌てて正面へ視線を向けると、逆さまのままの女性が口を大きく開けて笑っていた。
「お客様は良い声で鳴きますね。それで、どのような家具をお求めで?」
「えっと、どういうのって、どうしたら」
「お悩み中ですか。お客様の背丈ですと見て回るのは大変でしょうから、こちらへ」
床に降り立った女性に案内された先はミニチュアサイズの家具が驚くほどに大量に飾られている場所。実際に販売している家具の縮小版なので、私みたいなのは例外として、方向性を決める時には重宝されているとか。
なお、値段は一切書かれていない。これは値段を客側が掲示して店員さんと交渉して決定するからだそうで。交渉が上手ければ格安で、下手だったら吹っ掛けられるとか。中には破産しそうな額でお買い上げになった人も。
値段の分からない物を買う恐怖心か、人のお金で買い物をする背徳感か。背中に嫌な汗が流れている感じがするのを理解しつつ、棚に飾られている家具を見ていく。
「これは可愛いけれど、こっちは呪われていそうですね」
直線しかない家具、丸みの多い家具、動物っぽい形をした家具、黒い靄を纏う家具。骨っぽい何かで作られた家具。木製もあれば鉄製もある。一目で使い方が分からない物まで、本当に様々な家具が並べられていて見ていて退屈しない。
「あれ、これって棺ですよね?」
ある家具セットの中に置かれていた物を手に取って店員さんに聞いてみると、良い笑顔で答えてくれる。
「ベッドです」
この棺型ベッドは二種類存在していて、古くからある木製又は鉄製の筐体に絹織物の内張をした物と、ハーラントの技術を惜しげもなく注ぎ込んで開発された魔道具の物。
古くからある方は一部の種族で今もなお現役で使われているが、魔道具の方は他の種族も使っている人がいるほどの人気商品。
「内部温度を快適な温度に保ち、外の音が聞こえない完全防音、上級魔法ですら防ぎきる結界付き。勿論既定の時間に目が覚ませるように目覚まし機能付きとなっております。もう目覚めたくないと思っていただけるぐらいに、最高の眠りを提供しております」
二度寝したいとかよくある願い事だけど、このベッドでそれをやるとシャレにならない気がするんだけど。
「いかがです?」
「高いので止めておきます」
悔しいぐらい魅力的だけど、馬鹿みたいに高い気がする。値段なんてまったく分からないんだけどね、絶対高いって分かる。
棺のミニチュアを元の場所に戻して、探索の再開。本当に数が多い。
「んー。ソフィアさん。これをお願いできますか」
「それなら問題ありません。ちょっと交渉してきますね」
結構悩んだ末に決めたのは簡素で質素な暗めの茶色な家具達。派手なの苦手なんですよ。
さて。少し離れたところで店員の女性とソフィアさんが交渉を始めたわけですが。
お二人共笑顔で殺気を振りまいているんですよ。値段交渉ってもう少し穏やかなものだよね?
恐ろしいので、ミニチュアでも見ていよう。数が多いので退屈しないし。
暫くして普段の笑顔に比べて幾分上機嫌に見えるソフィアさんと、大分やつれた店員の女性が肩を組んでやってきた。一体何があったんですか。
「家具も無事に買いましたし、帰りましょうか」
という訳で、ササッと居住塔に帰ってきました。
本来なら家具屋に行ったついでに市場へ行って食材を見るつもりだったけど、人が多すぎて安全が確保できないという表向きの理由があるから見送りに。いや、表向きって言わないでくださいな。
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