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Ⅳ.温かだという、君
雨雲
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「……待たせたかしら」
「いいえ、さっき来たところですから」
寮の一階。もう日は壁の向こうに沈んで、窓の外には群青の闇が訪れている。壁にいくつか取り付けられた、オレンジ色の照明にぼんやりと照らされるセイラは、微笑んで首を振った。
書架は壁沿いにずらりと並び、長い机とたくさんの椅子が物悲しげに人の訪れを待っている。私たちは適当な椅子を選び、並んで座った。
「それで、相談っていうのは?……というか、私が聞いていいのかしら。アドバイスとかならあまり期待しないほうがいいわよ」
「いいんです。それにハンナさんは頼りになりますから。
相談は、昨日の作戦についてのことなんです」
そこで一度言葉を切ったセイラは、一瞬伏せ目になってからまっすぐ私の目を見た。
「なんだか、違和感を覚えませんでしたか。よく言い表せないけど……。Aクラスの隊員だけなのに、最後はスムーズさに欠けましたよね」
「ええ、そうね……」
確かに。大型のケモノと言ったものの、手応えを感じなかった。それなのにセイラの第六部隊はかなり手こずっていたようだった。
第六部隊は去年の校内戦でも三位を獲得した、かなり強い部隊のはずなのだが。
「……変なことを言うっていうのは承知ですが……。音が聞こえたんです。笛みたいな。
ちょうど、大型のケモノが現れたときでした」
痺れのような感覚が、脳を通り過ぎた。
「それ、私もよ。第六部隊を見つけるときも、その音を頼りにしたわ」
興奮して、早口にまくしたてる。
「本当ですか!?ああ、よかった。気のせいではなかったんですね」
セイラは安堵して、息をついた。
「笛の音と作戦の滞りに、どんな関係が?」
「あの音が聞こえたとたん私たち、武器を上手く扱えなくなってしまって……。接続が悪いというか、自分に合っていないものを使っているような感覚になりました」
なるほど。だからあそこまで押されていたのだな。
これは大変なことかもしれない。鳥肌が立ち、私は二の腕をさすった。
私たちアゲハ隊にそんな影響はなかった。龍____だろうか。
「他の隊員には聞こえていなかったようで……。もしかして私がハンナさんの能力をコピーして、スナイパーとの中継地点になっていたから影響を受けたのかもしれない、と思いまして……」
「そうね、そう考えられるわ」
だから私に相談を……。
「も、もし……。アゲハ隊以外の生徒全員がその音の影響を受けるとしたら……、ケモノを討伐できなくなるんじゃ……」
深く俯き、結った金髪は不安げに垂れている。ぎゅうと握りしめた両手が震えているのが見て取れた。
戦うために教育されている私たちにとって、戦えないことはどれだけ辛いことか。
「大丈夫よ、心配ないわ」
両手を包み込み、体温を伝えるようにゆっくりとさする。
____これは重要な情報ね。相談して報告すべきだわ。
✾
入浴のときにはシャルに会うことができた。ひどく上機嫌のようだった。
約束通り、シャルの部屋に皆で集まった。相変わらず、なぜこんなに部屋が広いのかは不明である。
「ちょっとまってくださいねー」
促されて、猫脚のソファに座る。壁面に飾られた少女人形は両側に並んでいる。一体一体違った容姿で、色とりどりの服や瞳。微笑んでいるもの、口を引き結んでいるもの。
シャルはタンスの一番下の大きな引き出しを引っ掻き回していた。お菓子の空き缶やら靴の入っていた箱を小物入れにしているようだ。
「あれでもない、あれ?これじゃなかったっけ?…………これだ!」
そうして一つの紙袋を引っ張り出した頃には、シャルの周囲に空き缶、箱が散乱していた。
えい、と横着に足で、積まれた箱を退ける。
「じゃじゃーん」
前の机に置かれたのはおそらく、服の入っていた紙袋。ピンクの花柄にブランドのロゴが入っている。
「んん?なあに?」
エイミーが少し身を乗り出す。
「んふふ……。出しますよ~」
ほれっ!と一気に引っ張り出されたのは。
「うさぎ!」
反射的に声を上げるエリン。彼女は特にうさぎに何かあるわけではないと思う。
そう、4つのうさぎのキーホルダー。薄い茶色の毛で、片方の耳についたリボンは色違いだ。黄色、青色、緑色、紫色。
「お近づきの印に!私とおそろいですよ!」
ほら、白いショルダーバッグについたうさぎを見せる。そういえば、昨日持っていたこのバッグについていたな。リボンは紫色。
「もらっていいの?」
「はい!皆さんがうさぎとか好きだったらいいんですけど……」
「もちろんよ、嬉しいわ。そうね……私は青色の子をもらうわ、ありがとう」
手にとって撫でてみる。ふわふわしていてかわいい。頬がゆるむ。
エイミーは黄色、エリンは緑色。
皆でおそろいというようなことはしたことがなかったからか、3人で顔を見合わせて照れたようき笑った。シャルは満足しているようだ、にこにこして1つ残った紫色のうさぎをしまっている。
「あのね、今日セイラの話をきいたのだけど……」
そう切り出して、今日のことを一通り話した。深刻さに、みるみる顔が青ざめていっている。
「それって……かなりまずくない?」
「その音で私たちが戦えなくなるなら、ケモノにどう太刀打ちすれば……」
「だ、大丈夫ですよ、帝国の研究技術は素晴らしいですから」
「やはり、お父様に報告すべきね」
ピンと張った空気に、息が詰まる。手元のうさぎをそっと撫でた。
「いいえ、さっき来たところですから」
寮の一階。もう日は壁の向こうに沈んで、窓の外には群青の闇が訪れている。壁にいくつか取り付けられた、オレンジ色の照明にぼんやりと照らされるセイラは、微笑んで首を振った。
書架は壁沿いにずらりと並び、長い机とたくさんの椅子が物悲しげに人の訪れを待っている。私たちは適当な椅子を選び、並んで座った。
「それで、相談っていうのは?……というか、私が聞いていいのかしら。アドバイスとかならあまり期待しないほうがいいわよ」
「いいんです。それにハンナさんは頼りになりますから。
相談は、昨日の作戦についてのことなんです」
そこで一度言葉を切ったセイラは、一瞬伏せ目になってからまっすぐ私の目を見た。
「なんだか、違和感を覚えませんでしたか。よく言い表せないけど……。Aクラスの隊員だけなのに、最後はスムーズさに欠けましたよね」
「ええ、そうね……」
確かに。大型のケモノと言ったものの、手応えを感じなかった。それなのにセイラの第六部隊はかなり手こずっていたようだった。
第六部隊は去年の校内戦でも三位を獲得した、かなり強い部隊のはずなのだが。
「……変なことを言うっていうのは承知ですが……。音が聞こえたんです。笛みたいな。
ちょうど、大型のケモノが現れたときでした」
痺れのような感覚が、脳を通り過ぎた。
「それ、私もよ。第六部隊を見つけるときも、その音を頼りにしたわ」
興奮して、早口にまくしたてる。
「本当ですか!?ああ、よかった。気のせいではなかったんですね」
セイラは安堵して、息をついた。
「笛の音と作戦の滞りに、どんな関係が?」
「あの音が聞こえたとたん私たち、武器を上手く扱えなくなってしまって……。接続が悪いというか、自分に合っていないものを使っているような感覚になりました」
なるほど。だからあそこまで押されていたのだな。
これは大変なことかもしれない。鳥肌が立ち、私は二の腕をさすった。
私たちアゲハ隊にそんな影響はなかった。龍____だろうか。
「他の隊員には聞こえていなかったようで……。もしかして私がハンナさんの能力をコピーして、スナイパーとの中継地点になっていたから影響を受けたのかもしれない、と思いまして……」
「そうね、そう考えられるわ」
だから私に相談を……。
「も、もし……。アゲハ隊以外の生徒全員がその音の影響を受けるとしたら……、ケモノを討伐できなくなるんじゃ……」
深く俯き、結った金髪は不安げに垂れている。ぎゅうと握りしめた両手が震えているのが見て取れた。
戦うために教育されている私たちにとって、戦えないことはどれだけ辛いことか。
「大丈夫よ、心配ないわ」
両手を包み込み、体温を伝えるようにゆっくりとさする。
____これは重要な情報ね。相談して報告すべきだわ。
✾
入浴のときにはシャルに会うことができた。ひどく上機嫌のようだった。
約束通り、シャルの部屋に皆で集まった。相変わらず、なぜこんなに部屋が広いのかは不明である。
「ちょっとまってくださいねー」
促されて、猫脚のソファに座る。壁面に飾られた少女人形は両側に並んでいる。一体一体違った容姿で、色とりどりの服や瞳。微笑んでいるもの、口を引き結んでいるもの。
シャルはタンスの一番下の大きな引き出しを引っ掻き回していた。お菓子の空き缶やら靴の入っていた箱を小物入れにしているようだ。
「あれでもない、あれ?これじゃなかったっけ?…………これだ!」
そうして一つの紙袋を引っ張り出した頃には、シャルの周囲に空き缶、箱が散乱していた。
えい、と横着に足で、積まれた箱を退ける。
「じゃじゃーん」
前の机に置かれたのはおそらく、服の入っていた紙袋。ピンクの花柄にブランドのロゴが入っている。
「んん?なあに?」
エイミーが少し身を乗り出す。
「んふふ……。出しますよ~」
ほれっ!と一気に引っ張り出されたのは。
「うさぎ!」
反射的に声を上げるエリン。彼女は特にうさぎに何かあるわけではないと思う。
そう、4つのうさぎのキーホルダー。薄い茶色の毛で、片方の耳についたリボンは色違いだ。黄色、青色、緑色、紫色。
「お近づきの印に!私とおそろいですよ!」
ほら、白いショルダーバッグについたうさぎを見せる。そういえば、昨日持っていたこのバッグについていたな。リボンは紫色。
「もらっていいの?」
「はい!皆さんがうさぎとか好きだったらいいんですけど……」
「もちろんよ、嬉しいわ。そうね……私は青色の子をもらうわ、ありがとう」
手にとって撫でてみる。ふわふわしていてかわいい。頬がゆるむ。
エイミーは黄色、エリンは緑色。
皆でおそろいというようなことはしたことがなかったからか、3人で顔を見合わせて照れたようき笑った。シャルは満足しているようだ、にこにこして1つ残った紫色のうさぎをしまっている。
「あのね、今日セイラの話をきいたのだけど……」
そう切り出して、今日のことを一通り話した。深刻さに、みるみる顔が青ざめていっている。
「それって……かなりまずくない?」
「その音で私たちが戦えなくなるなら、ケモノにどう太刀打ちすれば……」
「だ、大丈夫ですよ、帝国の研究技術は素晴らしいですから」
「やはり、お父様に報告すべきね」
ピンと張った空気に、息が詰まる。手元のうさぎをそっと撫でた。
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