胡蝶、泥の夢

音﨑@もち

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Ⅳ.温かだという、君

夕焼けの声

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「お父様って、何歳いくつなんだろうね」
私たちの間では『隠れ家』と呼ばれている先程の建物から寮に戻る道。お父様の話題になった。
「言われてみれば……。本名も教えてもらった気がするけど、忘れちゃった」
「謎が多くてかっこよくて……。素敵ですね!」
森の中、石畳の道。曇りで肌寒い。緑の香りと言うのかわからないが、自然らしい香りがする。
「確かに……。見た目では三十代前半かしら?言っておいてなんだけど、間違っていたら失礼ね」
「あー、でも確かにそれくらいに見えるね。大人の落ち着きがあるというか」
エリンはうんうんと頷いた。
「あの、少し緑がかった黒髪とか、綺麗な指とか……。本当に素敵だよね……」
エイミーはうっとりしながら、ほうとため息をつく。
お父様の指は、何か魔法がかかっているみたいなのだ。細くてすらりと長い。撫でられると思わず頬ずりしたくなってしまうような魔法。
そこまで考えて、自分の考えたことながら、恥ずかしくなって一人赤くなった。
「私はお父様の声が好きかなぁ」
「あ!それわかります!」
エリンがこぼした一言に同調し、うはーっと笑うシャル。「やっぱわかる!?」と嬉しさ満開になったエリンに両手を握られて、ぶんぶん振られている。
声、か。
「…………。」
木々を見上げると、なんというか、違和感を覚えた。もや、と頭に何かが浮かぶ。いうなれば……既視感に似たもの。あくまでそれは「似た」ものであって、見たことがあるとは思わなかった。見たことがある気がする景色によく似ている、気がする。ただただ違和感が増していくのだけで、私は考えるのをやめた。気まぐれな勘違いだろう。何度も通った道だ。

「父」という単語には、こんな意味があると教えられている。
それは、「主君であり、愛すべき男性」
そう、お父様は主君。命にかえてお守りし、望みを叶えるために働き、そして愛すべき尊い存在。
私たちに何かを与えてくれるのは、私たちのことを私たち以上に理解してくれるのは、お父様だけ。だからというわけではないが、私たちはお父様を心から尊敬し、愛している。……「愛」の定義が何なのかわからないけれど、きっとこういう気持ちをいうのだろう。

そっと、両の手のひらに私以外の熱。自分の思考に潜っていた私には、それは全くの視界外からの刺激だった。
見れば右にはエイミー、左にはシャルとエリンが並んで私の手を握っていて、四人で並んで歩いていた。
「どうしたの?ぼーっとしちゃってさ」
「あ、まだ疲れてる?」
「ううん、少し考え事」
温かい。手だけじゃなく胸も。
「怪しい~!何考えてたんですかー」
「ちょっ、くすぐったい……!」
シャルに脇腹をくすぐられて、笑いながら身をよじった。
幸せを、こんなに感じていていいのだろうか。そんなふうに思ってしまう程に、私の心は穏やかだった。
きっと、それでいいのだ。壁の中では、それだけで。

「……あら?」
ポケットの中で端末が震えた。誰かから連絡だろうか。ディスプレイを見ると、どうやらメールを受信したようだった。
「セイラ……?珍しいわね」
「へぇ、あの子から?」
不思議そうにしているエリンに頷き、受信ボックスを開く。

From:セイラ
To:ハンナ
Title:相談
突然のメール、ごめんなさい。
昨日の作戦では、私の意見を採用してください、ありがとうございましたm(__)m
もし、よろしければなのですが……お礼をしたいのと、少し相談があるので2人で会えませんか?同じクラスなのと、この間お話して、またお話したいと思っていたので。
場所は寮の図書室でどうでしょうか?
ご都合の良い時間で構いません。

私は目をぱちくりと瞬いた。
「私に、相談……」
同じ隊の隊員たちにはできない相談なのだろうか。それにしても、私が聞いていいことなのだろうか。数日前の食堂の件以来、てっきり私は嫌われているものだと思っていたのだが。
……生徒たちの悩みをできるだけ把握するのもアゲハ隊の務め、ね。
アゲハ隊員としてでもあるが、ただ単に頼られることが嬉しいということもある。私は誘いを受ける旨の返信を送った。夕飯のあとに図書室で会うことになった。
ちょうど森から抜けた。隠れ家に続く道は、まるで隠されるように、時計台の後ろからひっそりとある。隠れ家のことは他の生徒たちは知らないのではないだろうか。
時計台の影から出ると、西日が眩しく照りつけた。そばに見える運動場では、戦闘の自主練をする生徒らが汗を流している。まだ少し肌寒いが、一生懸命しているのだろう。

「…………」
左に並んだシャルが固まっている。その目はまっすぐ前を見ているけれど、何も目には映っていないような……。不思議で声もかけず、しばらく待っていると薄紫のガラス玉のような目が、ゆっくりと瞬いた。
「あ、ハンナ先輩、私用事があったんだった。行かなくちゃいけないんだけど……」
「あら、そうなの。けど?」
「渡したいものがあって……。今日はセイラ先輩と会うんでしょ?」
手を後ろに組んで、前後に体を揺らしながら、む……と考える仕草。
「そうね……。でも、お風呂に入った後があるんじゃないかしら?シャルの部屋に行けばいいの?」
「そうですね!そうしましょう!エイミー先輩とエリン先輩も誘っておきます」
「ええ、よろしくね」
シャルはミルクティー色の髪を揺らしながら、中央棟へ向かっていった。前髪の白いメッシュが、一瞬光って綺麗だった。
エイミーとエリンは先に寮に戻ってしまったようだ。時計台を振り仰ぐと、夕飯まで少し時間がある。

夕日が遥か遠く、微かに見える壁に沈もうとしていた。
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