胡蝶、泥の夢

音﨑@もち

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Ⅳ.温かだという、君

舞い戻る

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目が覚めたのは、夜明け前の空を帰るヘリの中だった。変な傾け方をしていたのか、首が痛い。脚が鉛のように重かった。
「あ、起きました?」
隣に座っているシャルがニコーっと笑いかけた。
「よく寝ますねぇ」
「んん……。シャルに言われたくないわね。緊急事態なだけで、こんなに疲れるものかしら」
伸びをすれば、至るところの関節がパキパキと音を立てた。
いつもの任務で、これほど疲れたことはなかった。もっと長時間のときもあったし、今回よりも強いケモノと戦ったこともあるのに。
「よく、わからないね……。頭が重いとか言ってたでしょ?原因に心当たりはないの?」
寝起きだが、頭はさっぱりとしていた。向かいに座ったエイミーの問いに、瞬時に思い浮かんだ。
「笛よ、笛の音が聞こえてから調子が変になったの」
「笛?そういえばそんなこと言ってたっけ。私には全く聞こえなかったけど……」
早口で答えると、エイミーがああ、と頷く。
「そんなの聞こえた?」
「私も聞こえなかったです」
私にだけ聞こえていた?私の能力によるものだったなら、少しはエリンや他のスナイパーたちにも聞こえたはずでは。
気味の悪さではなく、単に不思議に思う気持ちが深まる。きっとそれは、あの大型のケモノが音に反応していたから。
窓の外を見やれば、壁の外の森、そして連なる山々が見えた。

…………山の向こうにある国では、何が行われているのかしら。

ただの好奇心。でもそれは許されないもの。必要のないもの。私たちは国のために、お父様のために存在する。それ以外には何もいらない。壁の中の生活で満たされているのだから。
「人影を見たのよ。きっと笛を吹いていた者だわ。音に合わせてケモノが動いたの」
「……へえ、能力を共有してた私にも聞こえなかったってことは…………どういうことだ?」
「敵国の新しい技術だとしたら、調査するべきだよね。報告はした方がいいよ」
「……うーむ。なんですかねぇ、あっけなかった、というかなんというか」
2人がそれぞれ意見を述べた後、シャルはつまらなさそうにつぶやいた。
まあ、確かに。私は戦闘に快感を覚えはしないが、手応えを感じなかった。特殊能力のある者たちの中のエリートと言えど、学生のしかも少女の力などたかが知れているだろう。私たちが「龍の力」を開眼していないのと同じように、敵国も不完全なのかもしれない。


「……次はもっと楽しくしてくれるよね?」


呟きに垣間見えた彼女の狂気には、誰も気が付かない。



「……お父様、帰還いたしました」
「ああ、おかえり。可愛い私の娘たち」
『私の娘たち』……。その言葉に思わず頬が緩みそうになる。お父様への思いや嬉しさで胸が満たされる。やはり、私にはこの人だけしか要らないのだと。
高等部の校舎よりももっと東、学園の土地の最も東にある建物。白い外壁、二階建ての中央に伸びた、塔のような部分の先端には帝国の紋章が光る。いわば教会のような建物。
薄暗い二階の部屋。奥に、大きなステンドグラスの窓を背にして、玉座にお父様が座っている。私たちは跪いてお父様を見つめていた。
「今日はどんな『土産話』を聞かせてくれるのかな?」
ステンドグラスを通した、頼りない日光だけに照らされた部屋では、逆光だけれど、お父様の僅かに細められた目が見えた。それはまるで試すように。
「……今回、予期せぬ隣国の攻撃ということでしたが、特に強敵ということもなく、滞りなく終わりました。参加した部隊にも、問題はありませんでした。ただ……一つ、気になることが。ハンナ」
「はい。私以外には認識されていなかったようなので不確かですが……。作戦の終盤、笛の音色が聞こえました。それに合わせてケモノも動いているようにも見えました。加えて、一瞬でしたが、笛を持った人影も見ました。音色のせいか、頭痛がしたなど、調査するべきと考えられる箇所が多くあったのですが」
頬杖をついたまま、ふむ、と少し考え込んだお父様は、そのすらりと長い脚を組み直した。
「そうだね。実に不思議だ。……ハンナだけに聞こえたのも気になるね。それも含めて調べることにしよう。……他に何かあるかい?」
「はい、お父様」
ここに来て初めて声を発したシャルに、お父様は眉を上げる。
はて、何かあっただろうか。というか、彼女はここでもまた何かしでかしそうだが……。
「どうしたんだい、シャルロッテ。新しい部隊にはもう慣れたかな?」
優しい声で問うたお父様に、シャルもまたニコリと笑う。
「ええ、いい部隊に入れてくださって感謝しています。……第六部隊の、セイラが何か怪しいと思うのです」
すう、と表情の温度を下げて発せられたその言葉に、私は目を見開いた。
「シャル、どういうこと?」
お父様の前だというのに、思わず上ずった声を出してしまった自分が恥ずかしい。
「一昨日、ハンナ先輩に対する態度が不自然でした。昨日の作戦では、内気ながらも心を許しているようにも見えたのですが」
「……確かに、一昨日は少し変だと思ったわ。でも、それだけでは判断できないはずよ。なにか悩み事があっただけかもしれないわ」
体を前かがみにして、二つ左のシャルの顔を見て言うと、彼女は少しつまらなさそうに眉を寄せた……ように見えた。が、おそらく実際には反省したような、バツの悪そうな顔だったに違いない。
「む……。そうですね。失礼しました、お父様」
「いいんだよ。アゲハ隊の務めがしっかりわかっているということだ。忙しい三日間だったね、特に初日は……」
ふふっと肩を震わせて笑ったお父様は、立ち上がってこちらへ歩み寄ってくる。
「おつかれさま、よく頑張ったね」
ひとりひとりの頭と頬を撫でてくれる。
「エイミー、具合は悪くないかい?悩み事もないね?」
「ええ、お父様……。お心遣い、感謝します」
「何かあったらすぐに言うんだよ」
最初にエイミー。抱え込みやすい彼女はよく心配されている。頷いたのを見て、お父様は微笑んだ。
「ハンナ、君はしっかりしてるから信頼してるよ。生徒たちに目を光らせておくんだよ。……やっぱり、エリンより君の方が隊長に向いてるかな?」
「ちょ、お父様……っ」
「ふふふ、冗談だよ」
バッとこちらを向いて、すかさずツッコんだエリンは「怪しい……」と疑いの眼差しをお父様に向けている。ふ、と笑えば、黒い革手袋をはめた大きな手が、するりと頬を撫でた。ひんやりとした革の温度しか感じなかったが、この見つめられると蕩けそうな、優しい瑠璃色の瞳をした人は、きっと温かな手をしているのだろうと思った。
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