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Ⅲ.霞む、君
甘き霧
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「ふっ……!」
飛びかかってきた、狼のような姿のケモノを斬り、息絶えるのを確認した。返り血で体中ベタベタだ。サーベルを振って血を飛ばした。
これで、このあたりは大方片付いただろうか。
能力を開放しているため、小さな音でも聞き取れる。視力だって上がっていて、霧はほとんど気にならなかった。それほど濃い霧ではなかったようだ。近くでエイミーとシャルが戦っている音が聞こえた。
針葉樹の森。木々に邪魔をされているようにも感じるが、それは相手も同じことだ。利用すればいい戦いができるだろう。
気配を感じ取り、構えた。が、次の瞬間。
パアンッという乾いた音と共に、木の幹がぶち抜かれ、その裏にいたケモノを撃ち抜いた。
……エリン。
見張り台から二百メートルは離れているだろうに、一発で仕留めた。スナイパーライフルでは射程圏内だろうが、この悪条件のなか、かなり好調じゃないだろうか。私でも少し霧がかかって見えるのに。呼吸や鼓動による腕の震え、風や湿度に影響される。そんなスナイパーに向いたエリンの能力、それは。
『完全静止』これだ。
自分の体の一部を、任意の時間動かないようにできる。腕に使えば震えがなくなり、精度が上がる。また、視界に入っているもので、念じたものの動きや思考を止めることができる。これは一分までしか止められない。瞬時には発動できないという欠点をもっている。
ちなみに、エイミーの能力はチートとも言えるのだが……。それは今度にしよう。またケモノを切り裂き、血を浴びた。
作戦開始から二時間ほど経っただろうか。敵の勢いが弱まったので、見張り台に部隊で集まっていた。それは小さな石レンガの建物で、二階建てだ。エリンが配置されている屋上には、少し古くなった我が国の国旗がはためいている。私たちは一階に、輪になって座った。
「緊急事態って呼ばれた割には、それほど大事には思えないんだけど」
「そうね。大型のケモノが現れたって聞いたのだけど……」
「もう逃げちゃった、とか?ありえますかね」
「うーん……。ケモノは隣国の兵器なんだよね?でも、あくまで生き物なんだから、思うように動かしたりできるのかな?」
皆で首を傾げる。イヤホン型の無線機は沈黙している。と、思いきや。
『こちら第三部隊。大型のケモノ出現!負傷者一名、全部隊に応援を要請します!』
焦りの滲んだ、セイラの声が聞こえた。皆すかさず立ち上がり、エリンが応答した。
「第一部隊、向かいます。場所はこちらで探すので、戦闘に集中してください」
『はい……!』
『こちら第六部隊。今は手が離せません、後で合流します』
『こちら第十八部隊。第六部隊と同じく、今は向かえません。後で合流します』
『了解しました……ッ』
ひと通り会話が終わり、エリンに目配せされる。
「ハンナ、いけるね?」
「ええ。能力で探せばいいのでしょう?」
エリンは頷いた。とりあえず、見張り台から出る。霧が濃くなっているようだ。エイミーとシャルは顔をしかめていた。早速、目を閉じて神経を、周りの音や気配に集中させた。大きな気配が少し遠くに感じられる。戦闘の音と同時に聞こえたのは。
「…………笛」
「えっ?」
エイミーが素っ頓狂な声を上げた。何か、笛のような高く細い音が聞こえる。何だろう、もっと集中する。激しく抑揚をつけて吹いている、やはり笛だ。波のような旋律、それはまるで話しているようにも聞こえる。それに答えるかのような、大きな足音。これがあちらの言う、大型のケモノだろう。
「ハンナ先輩、後ろッ!」
シャルの声にハッとし、振り返りながらサーベルを振るう。大きなサソリのケモノだった。避けられてしまった。針を向けられるが、エイミーとエリンがすかさず撃ち込み、シャルがとどめを刺した。
「……ごめんなさい、近くの気配を察知できないなんて……。どうしたのかしら、なんだか頭が重くて。」
笛の音、正しくはそれを吹いている者の気配に意識を集中したときから、頭が重く、目の奥が痛み始めた。深呼吸をしてみるが、収まるどころかむしろひどくなっていく。
「大丈夫ですか?ひどいようなら休んだほうが……」
「ありがとう、大丈夫よ。大型のケモノを倒したらきっと任務完了でしょうから、やりきるわ」
「無理はしないでよ?」
「エリン、ハンナは聞かないよ。自分に厳しいんだから、もう」
「……迷惑はかけないわ」
呆れたように笑うエイミーに苦笑を返す。特にエイミーは私のことをよく理解してくれている。何気なくサポートしてくれるのがありがたかった。
再び意識を集中させ、第三部隊の場所を探る。
「こっちね」
✾
大型のケモノ、というのは大きなライオンのような姿をしていた。闇に溶けるほど真っ黒な毛に覆われた体に、輝くような銀色のたてがみ。燃え盛る赤い瞳は、興奮をたたえている。
第三部隊の負傷者は一人増えて、木に寄りかかって休まされている。残されたセイラとスナイパーのリリィは、苦戦していた。
「第一部隊、応援に来ました!」
エリンは叫ぶと共に、サブマシンガンを構えた。二人の顔に微かな安堵が灯る。
「行くよ!」
四人が駆け出し、一斉に攻撃を開始。エイミーは腹の下に滑り込んで連射、僅かにできた隙に私とシャルが首を狙った。木々を蹴って上空へ舞い上がったエリンが、顔面に向かって連射した。目に当たったらしい、ケモノが咆哮を上げて前脚を振り回した。鋭い爪が乱暴に振り回されて、皆が飛び退く。
「……!」
その時聞こえたのは、一層強くなった笛の音。
聞こえたほうへ顔を向けると、背の高い、男のシルエットが見えたような気がした。気がしただけで、霧に紛れて消えてしまった。幻だったのだろうか。じゃあ、この笛の音は何?
「せりゃあっ!!」
シャルが一撃を繰り出した。効いたらしい、あと少しで倒れるだろう。
頭の下に潜り込み、両手のサーベルで首を突き刺した。
断末魔を上げて倒れたケモノから、泉のように血が溢れ出る。緊張と興奮が解け、全身の筋肉が機能を失ったようになった私は、血の池に膝をついた。長く能力を使っていたのもあって、酷い疲労だった。頭の重さが痛みに変わり、脈打つような衝撃が響いていた。耐えきれず倒れ込んだ私の脳裏に浮かぶイメージは、笛の音とあのシルエット。
(だめ、負傷者がいるのに……)
使命感とは裏腹に、意識は遠ざかっていってしまった。
(あなたは、誰なの……)
飛びかかってきた、狼のような姿のケモノを斬り、息絶えるのを確認した。返り血で体中ベタベタだ。サーベルを振って血を飛ばした。
これで、このあたりは大方片付いただろうか。
能力を開放しているため、小さな音でも聞き取れる。視力だって上がっていて、霧はほとんど気にならなかった。それほど濃い霧ではなかったようだ。近くでエイミーとシャルが戦っている音が聞こえた。
針葉樹の森。木々に邪魔をされているようにも感じるが、それは相手も同じことだ。利用すればいい戦いができるだろう。
気配を感じ取り、構えた。が、次の瞬間。
パアンッという乾いた音と共に、木の幹がぶち抜かれ、その裏にいたケモノを撃ち抜いた。
……エリン。
見張り台から二百メートルは離れているだろうに、一発で仕留めた。スナイパーライフルでは射程圏内だろうが、この悪条件のなか、かなり好調じゃないだろうか。私でも少し霧がかかって見えるのに。呼吸や鼓動による腕の震え、風や湿度に影響される。そんなスナイパーに向いたエリンの能力、それは。
『完全静止』これだ。
自分の体の一部を、任意の時間動かないようにできる。腕に使えば震えがなくなり、精度が上がる。また、視界に入っているもので、念じたものの動きや思考を止めることができる。これは一分までしか止められない。瞬時には発動できないという欠点をもっている。
ちなみに、エイミーの能力はチートとも言えるのだが……。それは今度にしよう。またケモノを切り裂き、血を浴びた。
作戦開始から二時間ほど経っただろうか。敵の勢いが弱まったので、見張り台に部隊で集まっていた。それは小さな石レンガの建物で、二階建てだ。エリンが配置されている屋上には、少し古くなった我が国の国旗がはためいている。私たちは一階に、輪になって座った。
「緊急事態って呼ばれた割には、それほど大事には思えないんだけど」
「そうね。大型のケモノが現れたって聞いたのだけど……」
「もう逃げちゃった、とか?ありえますかね」
「うーん……。ケモノは隣国の兵器なんだよね?でも、あくまで生き物なんだから、思うように動かしたりできるのかな?」
皆で首を傾げる。イヤホン型の無線機は沈黙している。と、思いきや。
『こちら第三部隊。大型のケモノ出現!負傷者一名、全部隊に応援を要請します!』
焦りの滲んだ、セイラの声が聞こえた。皆すかさず立ち上がり、エリンが応答した。
「第一部隊、向かいます。場所はこちらで探すので、戦闘に集中してください」
『はい……!』
『こちら第六部隊。今は手が離せません、後で合流します』
『こちら第十八部隊。第六部隊と同じく、今は向かえません。後で合流します』
『了解しました……ッ』
ひと通り会話が終わり、エリンに目配せされる。
「ハンナ、いけるね?」
「ええ。能力で探せばいいのでしょう?」
エリンは頷いた。とりあえず、見張り台から出る。霧が濃くなっているようだ。エイミーとシャルは顔をしかめていた。早速、目を閉じて神経を、周りの音や気配に集中させた。大きな気配が少し遠くに感じられる。戦闘の音と同時に聞こえたのは。
「…………笛」
「えっ?」
エイミーが素っ頓狂な声を上げた。何か、笛のような高く細い音が聞こえる。何だろう、もっと集中する。激しく抑揚をつけて吹いている、やはり笛だ。波のような旋律、それはまるで話しているようにも聞こえる。それに答えるかのような、大きな足音。これがあちらの言う、大型のケモノだろう。
「ハンナ先輩、後ろッ!」
シャルの声にハッとし、振り返りながらサーベルを振るう。大きなサソリのケモノだった。避けられてしまった。針を向けられるが、エイミーとエリンがすかさず撃ち込み、シャルがとどめを刺した。
「……ごめんなさい、近くの気配を察知できないなんて……。どうしたのかしら、なんだか頭が重くて。」
笛の音、正しくはそれを吹いている者の気配に意識を集中したときから、頭が重く、目の奥が痛み始めた。深呼吸をしてみるが、収まるどころかむしろひどくなっていく。
「大丈夫ですか?ひどいようなら休んだほうが……」
「ありがとう、大丈夫よ。大型のケモノを倒したらきっと任務完了でしょうから、やりきるわ」
「無理はしないでよ?」
「エリン、ハンナは聞かないよ。自分に厳しいんだから、もう」
「……迷惑はかけないわ」
呆れたように笑うエイミーに苦笑を返す。特にエイミーは私のことをよく理解してくれている。何気なくサポートしてくれるのがありがたかった。
再び意識を集中させ、第三部隊の場所を探る。
「こっちね」
✾
大型のケモノ、というのは大きなライオンのような姿をしていた。闇に溶けるほど真っ黒な毛に覆われた体に、輝くような銀色のたてがみ。燃え盛る赤い瞳は、興奮をたたえている。
第三部隊の負傷者は一人増えて、木に寄りかかって休まされている。残されたセイラとスナイパーのリリィは、苦戦していた。
「第一部隊、応援に来ました!」
エリンは叫ぶと共に、サブマシンガンを構えた。二人の顔に微かな安堵が灯る。
「行くよ!」
四人が駆け出し、一斉に攻撃を開始。エイミーは腹の下に滑り込んで連射、僅かにできた隙に私とシャルが首を狙った。木々を蹴って上空へ舞い上がったエリンが、顔面に向かって連射した。目に当たったらしい、ケモノが咆哮を上げて前脚を振り回した。鋭い爪が乱暴に振り回されて、皆が飛び退く。
「……!」
その時聞こえたのは、一層強くなった笛の音。
聞こえたほうへ顔を向けると、背の高い、男のシルエットが見えたような気がした。気がしただけで、霧に紛れて消えてしまった。幻だったのだろうか。じゃあ、この笛の音は何?
「せりゃあっ!!」
シャルが一撃を繰り出した。効いたらしい、あと少しで倒れるだろう。
頭の下に潜り込み、両手のサーベルで首を突き刺した。
断末魔を上げて倒れたケモノから、泉のように血が溢れ出る。緊張と興奮が解け、全身の筋肉が機能を失ったようになった私は、血の池に膝をついた。長く能力を使っていたのもあって、酷い疲労だった。頭の重さが痛みに変わり、脈打つような衝撃が響いていた。耐えきれず倒れ込んだ私の脳裏に浮かぶイメージは、笛の音とあのシルエット。
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