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Ⅱ.謎多き小さな君
シャルロッテ
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「ちょっと来なさい!」
「いやー」
新隊員の発表は、職員に首根っこを掴まれたシャルロッテが、引きずられるようにして連行されるという形をとって、終了された。
一体何だ?今のは。
生徒らはポカンと口を開けたまま、しばらく固まっていたが、やがて口々に驚きを語りだす。
「なに、今の子……」「あんな礼儀のなっていない子がアゲハ隊員?」「クラスAっていうけれど、あんな子、名前も聞いたことないし、見たこともないわ」
第一部隊への凄まじい尊敬故に、新隊員への期待は高かったのだ。評価は厳しかった。
小さな呟きは重なり、渦巻いて、大きなざわめきとなる。
(…………。)
確かに、なんとも衝撃的な顔合わせとなった。シャルロッテ、名前も聞いたこともない。校内戦で見たこともない。しかし“お父様”が選ばれたのだ。わからないことは多いが、凄まじい強さを誇る少女に違いない。
それを手合わせもしたことのない者たちが、相応しくないとでも言うような態度をとるというのは、呆れたものだ。
一時驚いたものの、私は至って冷静であった。
________サーベルを少し抜く音が、ざわめきの中やけに響く。
「……少し、静かにしてもらえるかしら。」
右手を柄にかけて、静かに、しかしよく通る不思議な声で私が告げた。
静まり返るホール。空気が凍ったようだ。生徒らは皆、ハンナの怒りの様子に青ざめている。
前のエリン、左のエイミーすらも、その静かで鋭い殺気に緊張感を覚える。
「確かに、先刻の新隊員は衝撃的な登場だったわね。でも……ただそれだけよ。
実力は私たちが実際に試すわ。それで合否を決めればいいだけの話。それなら納得かしら?」
つまり、お前たちは大して関係していないのだから、余計なことを言うな。どんな印象であったにしろ、アゲハ隊員には変わりはないのだ、ということだ。
有無を言わせぬ空気に、生徒らは黙ってホールから退場し始める。
最後の一人がドアを閉め、やっと一つ息をついた。鞘に戻して手を離す。
「エリン、勝手に言ってしまったけれど……。それでいい?」
「ええ。お父様にはその旨、なんとか聞き届けてもらうわ。……それにしても凄かったわ。私もちょっとびびっちゃった。」
「ハンナは厳しいものね。」
エリンとエイミーは、ほっと胸をなでおろしながら立ち上がった。
「私たちのことを憧れにしてくれるのは嬉しいのだけれど、過剰すぎないかしら?ここのところやりづらい。」
ポツリとこぼしたエリンにあとの二人は頷く。
「とりあえず、作戦室にもどりますか」
一旦落ち着きましょう、と私は廊下を行く。
窓の外では淡く夕日色に染まった雲が流れていた。暖かな春。
✾
私たちが夕食をとりに食堂へ行ったときも、シャルロッテは姿を見せなかった。もしかして、まだ説教を受けているのだろうか。
自室に戻って音楽を聴きながら宿題。時刻は八時四十分。そろそろ入浴の時間だ。今日は九時からのはず。私はタンスから着替えやタオルを出して準備を始める。
ヴィクトワール女子学園の寮生活は、あらゆる仕事を当番制にすることで成り立っている。ホテルでもないので当たり前のことである。仕事や入浴時間は基本、部隊単位で割り振られるのだが、ふと気になったのだ。シャルロッテはもう第一部隊の所属ということで割り振られたのだろうか、と。あそこまで他の生徒が認知していなかったということは、何かしらの事情で学園の外にいたのだろうか。どこの部隊にも所属していなかったというのは予想できる。
あの子と寮生活を共にすると思うと、なんだか良くない想像ばかりしてしまう。いや、後輩に言った手前、勝手な決めつけは良くない。
(……むしろチャンスじゃないか?)
手合わせを申し入れるとして、戦闘以外の面も審査すべきだろう。途中入隊する隊員は初めてなのだが、自分たちの受け入れられる範囲内なのか、様々な面で見ていく必要があるのではないだろうか。観察して、どんな人間か知るチャンスだ。しばらく様子を見よう。うん、そうしよう。
お父様を疑うようで悪いが、実際に行動を共にするのは私たちだ。許してもらえるだろう。
「……さて。」
バスタオルに着替えを包み、自室のロックを開けてノブを引く。
「きゃ!?」
可愛らしい悲鳴を上げて飛び退いた、小さなシルエット。思わず身構えるが、ミルクティー色のウェーブのかかった髪。制服に着替えているが……まさか。
「シャルロッテ……」
「あ、ごめんなさい!びっくりしてしまってっ」
ぴょんぴょんぴょこぴょこというのが正しいか。小動物めいた無駄の多い動きで頭を下げる。いいのよ、と制して首を傾げる。
「何か用があったの?」
「えーっと……部隊は当番などを一緒に行うと管理部のじじ……、方に聞いたので、お風呂の場所を教えてもらおうと」
管理部のじじい、と聞こえたような。とりあえず案内することにし、カードキーで自室を施錠してから、並んで歩き始める。
二年生の自室がある三階からは、地下一階の大浴場は遠い。エレベーターを使って行くのがいいだろう。スイッチを押して待つ。エレベーターホールには二人だけだった。
そういえば。
「どうして私のところに?隊長のエリンに聞けばよかったでしょう」
シャルロッテが白いバスタオルを抱えると、タオルが余計大きく見える。目をぱちくりと瞬いて、えへ、と照れ笑いする。
「実は……エリン先輩の部屋に行こうとしたら迷ってしまって。ぐるぐる歩いていたら偶然ハンナ先輩の部屋を見つけたって訳です。」
は?と思わず口から飛び出そうになった。この寮のどこに迷う要素があるのだろう。大きな建物ではあるが、複雑に入り組んでいたりなどしない。
私は苦笑しながら、心の中で呟いた。
(ひとつわかったわ。
____この子は極度の方向音痴、と。)
「いやー」
新隊員の発表は、職員に首根っこを掴まれたシャルロッテが、引きずられるようにして連行されるという形をとって、終了された。
一体何だ?今のは。
生徒らはポカンと口を開けたまま、しばらく固まっていたが、やがて口々に驚きを語りだす。
「なに、今の子……」「あんな礼儀のなっていない子がアゲハ隊員?」「クラスAっていうけれど、あんな子、名前も聞いたことないし、見たこともないわ」
第一部隊への凄まじい尊敬故に、新隊員への期待は高かったのだ。評価は厳しかった。
小さな呟きは重なり、渦巻いて、大きなざわめきとなる。
(…………。)
確かに、なんとも衝撃的な顔合わせとなった。シャルロッテ、名前も聞いたこともない。校内戦で見たこともない。しかし“お父様”が選ばれたのだ。わからないことは多いが、凄まじい強さを誇る少女に違いない。
それを手合わせもしたことのない者たちが、相応しくないとでも言うような態度をとるというのは、呆れたものだ。
一時驚いたものの、私は至って冷静であった。
________サーベルを少し抜く音が、ざわめきの中やけに響く。
「……少し、静かにしてもらえるかしら。」
右手を柄にかけて、静かに、しかしよく通る不思議な声で私が告げた。
静まり返るホール。空気が凍ったようだ。生徒らは皆、ハンナの怒りの様子に青ざめている。
前のエリン、左のエイミーすらも、その静かで鋭い殺気に緊張感を覚える。
「確かに、先刻の新隊員は衝撃的な登場だったわね。でも……ただそれだけよ。
実力は私たちが実際に試すわ。それで合否を決めればいいだけの話。それなら納得かしら?」
つまり、お前たちは大して関係していないのだから、余計なことを言うな。どんな印象であったにしろ、アゲハ隊員には変わりはないのだ、ということだ。
有無を言わせぬ空気に、生徒らは黙ってホールから退場し始める。
最後の一人がドアを閉め、やっと一つ息をついた。鞘に戻して手を離す。
「エリン、勝手に言ってしまったけれど……。それでいい?」
「ええ。お父様にはその旨、なんとか聞き届けてもらうわ。……それにしても凄かったわ。私もちょっとびびっちゃった。」
「ハンナは厳しいものね。」
エリンとエイミーは、ほっと胸をなでおろしながら立ち上がった。
「私たちのことを憧れにしてくれるのは嬉しいのだけれど、過剰すぎないかしら?ここのところやりづらい。」
ポツリとこぼしたエリンにあとの二人は頷く。
「とりあえず、作戦室にもどりますか」
一旦落ち着きましょう、と私は廊下を行く。
窓の外では淡く夕日色に染まった雲が流れていた。暖かな春。
✾
私たちが夕食をとりに食堂へ行ったときも、シャルロッテは姿を見せなかった。もしかして、まだ説教を受けているのだろうか。
自室に戻って音楽を聴きながら宿題。時刻は八時四十分。そろそろ入浴の時間だ。今日は九時からのはず。私はタンスから着替えやタオルを出して準備を始める。
ヴィクトワール女子学園の寮生活は、あらゆる仕事を当番制にすることで成り立っている。ホテルでもないので当たり前のことである。仕事や入浴時間は基本、部隊単位で割り振られるのだが、ふと気になったのだ。シャルロッテはもう第一部隊の所属ということで割り振られたのだろうか、と。あそこまで他の生徒が認知していなかったということは、何かしらの事情で学園の外にいたのだろうか。どこの部隊にも所属していなかったというのは予想できる。
あの子と寮生活を共にすると思うと、なんだか良くない想像ばかりしてしまう。いや、後輩に言った手前、勝手な決めつけは良くない。
(……むしろチャンスじゃないか?)
手合わせを申し入れるとして、戦闘以外の面も審査すべきだろう。途中入隊する隊員は初めてなのだが、自分たちの受け入れられる範囲内なのか、様々な面で見ていく必要があるのではないだろうか。観察して、どんな人間か知るチャンスだ。しばらく様子を見よう。うん、そうしよう。
お父様を疑うようで悪いが、実際に行動を共にするのは私たちだ。許してもらえるだろう。
「……さて。」
バスタオルに着替えを包み、自室のロックを開けてノブを引く。
「きゃ!?」
可愛らしい悲鳴を上げて飛び退いた、小さなシルエット。思わず身構えるが、ミルクティー色のウェーブのかかった髪。制服に着替えているが……まさか。
「シャルロッテ……」
「あ、ごめんなさい!びっくりしてしまってっ」
ぴょんぴょんぴょこぴょこというのが正しいか。小動物めいた無駄の多い動きで頭を下げる。いいのよ、と制して首を傾げる。
「何か用があったの?」
「えーっと……部隊は当番などを一緒に行うと管理部のじじ……、方に聞いたので、お風呂の場所を教えてもらおうと」
管理部のじじい、と聞こえたような。とりあえず案内することにし、カードキーで自室を施錠してから、並んで歩き始める。
二年生の自室がある三階からは、地下一階の大浴場は遠い。エレベーターを使って行くのがいいだろう。スイッチを押して待つ。エレベーターホールには二人だけだった。
そういえば。
「どうして私のところに?隊長のエリンに聞けばよかったでしょう」
シャルロッテが白いバスタオルを抱えると、タオルが余計大きく見える。目をぱちくりと瞬いて、えへ、と照れ笑いする。
「実は……エリン先輩の部屋に行こうとしたら迷ってしまって。ぐるぐる歩いていたら偶然ハンナ先輩の部屋を見つけたって訳です。」
は?と思わず口から飛び出そうになった。この寮のどこに迷う要素があるのだろう。大きな建物ではあるが、複雑に入り組んでいたりなどしない。
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____この子は極度の方向音痴、と。)
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