公爵様、どうか僕を忘れてください

まんまる

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26.親友の真の姿と覚悟

「おかえりなさいませ。楽しまれましたか?」

ザカリー邸に着くとすぐに、トマスさんが声を掛けてきた。
すぐに返事をしようとしたら、トマスさんの顔が、急に真剣な顔つきになった。

「フィンセント様が、お2人に大事なお話があるそうです。既にリビングでお待ちですので、お屋敷に上がられてください」

トマスさんの固い表情を見て、せっかく、安心した顔を見せていたジルが、途端に不安そうに俺を見つめた。

「ジル、俺が傍にいるから、心配するな」
「は、はい」

お茶を準備しに行ったトマスさんと玄関で別れ、俺は不安がるジルの肩を抱いて、リビングまで行った。
リビングに入ると、ルディアと公爵様が先に待っていて、俺達に気づいたルディアが、微笑みながらうなずいた。

ルディアの笑顔を見ても、俺の胸が苦しくなる事はなかった。


俺の初恋は、ちゃんと思い出になったんだな。


ルディアの姿を見て緊張がほぐれたのか、ジルは肩から力が抜けて、柔らかな笑顔を見せてくれた。
俺はジルの肩から手を下ろし、先にソファに腰掛けていた2人の向かい側に、ジルと揃って座った。






◇◇◇◇◇

アイクがジルを屋敷から連れ出してから、かれこれもう2時間が経とうとしている。
アイクがついているから、心配はいらないと思うけど、僕も早くジルと話がしたかった。

「遅いな⋯」
「ルディア、そんなに心配しなくても大丈夫だ」

僕が窓の外を眺めて呟くと、フィンセント様が、僕を後ろからそっと抱き締めた。

「フィンセント様、ジルの体は、本当に治っているんでしょうか⋯」
「ああ、大丈夫だ。ザカリー領に来ることを決めたのはジル自身だ。それに医師にもちゃんと診てもらったから、心配はいらないよ」
「そうなんですね。よかった⋯」
「ルディア、ソファに座ろう。立っていると体に負担がかかるだろう?」

フィンセント様は、僕の肩に回していた手を、すっとお腹に下ろして、愛しそうに目を細めた。


ソファに腰を下ろすと、フィンセント様は真剣な顔つきで僕の手を取って、ぎゅっと握り締めた。

「フィンセント様、どうされました?」
「ルディア、ジルとアイクの事で話がある」
「えっ⋯?」

僕が咄嗟にフィンセント様の顔を覗き込むと、リビングの扉を叩く音がして、トマスさんが入ってきた。

「アイク様とジル様がお帰りになりました」

「アイクとジル⋯?」

僕が首を傾げると、フィンセント様は握っている僕の手に、もう片方の手をぽんと重ねた。

「ああ、帰って来たか。仕方ない、ルディア、今から私は2人に大事な話があるんだ。ルディアも一緒に聞いてくれないか?」

何の話だろうと思ったけど、フィンセント様の真剣な顔を見て、僕はただ黙って首を縦に振るしかなかった。


しばらくして、ジルとアイクがリビングに入ってきた。
少し緊張気味に見えるジルは、なぜかアイクに肩を抱かれてた。

「ジル、領地は楽しめた?」
「はい、アイクさんのお気に入りの場所に連れて行ってもらいました」
「ふふっ、よかった。それにしても、2人とも随分仲良くなったね」

アイクとジルがリビングに入ってきた時、2人から漂う、むずがゆい雰囲気に気がついた。
僕は早く2人の話を聞きたくて、2人を交互に見ながら、身を乗り出した。

「アイク、ジルを案内してくれて、ありがとう」
「ああ、今日は天気もよかったし、風も気持ちよかったぞ。ジルといろいろ話もできたし、こっちが礼を言いたいくらいだ」
「んっ?アイク、それどういう意味?」
「ふっ、それは内緒だ。なっ、ジル」

アイクがジルを見て笑いかけると、ジルは恥ずかしそうに頬を赤く染めて、小さく頷いた。

この甘い空気は⋯、もしかして、恋?

もっと話を聞きたいと思った時、フィンセント様が咳払いをした。

「ごほん、ルディア、話を進めていいかい?」

僕ははっとなって、慌ててうなずいた。

「早速本題に入るが⋯、ジルに王命が下った」

「「「えっ!?」」」

「ああっと、正確に言うと、王命ではない。今回の一連の騒動は、陛下の耳にも入っていて、私もきつく叱責を受けた」
「フィンセント様⋯」
「私はそれだけの事をしたんだ。だからルディアが気に病む事はない」

フィンセント様はそう言って、僕の背中をそっとさすった。

「ごほん、話がそれてしまったな。話を戻そう。皆も気づいているだろうが、ジルのその髪は、神のご加護を受けた証だ。それで陛下から直々に、私にジルを保護するように言われた」

「「「⋯っ!」」」

「そこで、陛下に私の考えをご提案したところ、陛下も納得された」

応接室に重い沈黙が流れ、フィンセント様がジルを真っ直ぐ見た。

「ジル、君をバウアー公爵家の傍系、バウアー伯爵家の養子にする」
「えっ!?そんな⋯、そんな事、僕にはもったいないです!とてもお受けできません!」
「ジルは神の加護の件がなくとも、ルディアを救ってくれた恩人だ。私から礼をしたいんだ。受けてくれないか?陛下も本来なら王命にされるべきところ、ルディアを王命で苦しめた経験を反省なさっていて、今回は私に一任すると仰ってくださったんだ」
「⋯少し、考えさせてください」
「ああ、もちろんだ。だがジル、私はルディアを安心させるためにも、是非、君を保護したいんだ。それを頭の隅に留めておいてくれ」
「はい⋯」

ジルが戸惑っているのが分かる。
突然、伯爵家の養子になるなんて、ジルは今にも不安に押し潰されそうになっているのだろう。
アイクも膝の上で拳を握り締めて、辛そうに唇を噛んでいる。

もし、2人が想いを通わせているとしたら、この提案をジルが受けた時点で、ジルにもアイクにもとても残酷な結果が待ち受けている。
僕はいても立ってもいられず、2人に声を掛けようとした時、フィンセント様がアイクの名前を呼んだ。

「アイク、いや、アイク殿と言った方がいいか」

えっ⋯?

アイクの眉がぴくっと跳ね上がった。

「アイク殿、あなたのお父上は、王宮騎士団長、アーボルド侯爵ではないか?」
「えっ!?」
「ルディア、驚かせてすまない。だが、ここではっきりさせておいた方がいいだろう。ジルの今後にも大きく関わってくるかもしれない」

フィンセント様は僕の腰に手を回すと、アイクを見るように促した。
促されるまま前を向くと、ジルの見開かれた大きな瞳が、今にも零れ落ちそうになっている。

「公爵、なぜ⋯」

アイクの重い口調が、フィンセント様の放った言葉が、真実だと語っていた。

「立ち居振る舞い、身のこなし、言葉遣い、全てにおいて、平民のそれとは明らかに違う」
「⋯⋯」
「まあ、確信はなかったが⋯、ふっ、アイク殿はお父上にそっくりだな」

僕とジルは、固唾を呑んで、アイクの次の言葉を待った。
    
「⋯俺には父上、いや王都にいる家族との思い出が数える程しかない。ルディアが生まれた時、王家はルディアを保護すべく動き出した。«神の愛し子»に悟られる事なく、近くで守る存在が必要だった王家は、俺に目をつけた。そして俺は、物心つく前に、ザカリー領に連れて来られた」

淡々と語るアイクに悲愴感はなく、むしろ懐かしい思い出を語っているようだった。

「そんな⋯」
「ルディア、何も言わなくていい。俺は、ザカリー領に来れてよかったと思ってる。ふっ、嘘じゃないぞ」
「じゃあ、こっちにいるアイクのご両親は⋯?」
「親父は父上の忠臣だ。それに、俺の剣の師匠でもある。親父と母さんには子供がいなかったから、白羽の矢が立ったんだろう。⋯俺は両親に捨てられたと思っていた。だが、違った。両親は多忙の中でも、時間を作って俺に会いに来てくれた。まあ、それもほんの数回だったが、俺がルディアを守る覚悟を決めるのには充分だった」

アイクは言葉に詰まる僕を見て、ふっと柔らかく微笑んだ。

「ルディアと過ごした時間は、俺にとって、宝物だった。ルディア、黙っていてすまなかった。ルディア、守れなくて、ごめん」

アイクは背筋を伸ばし、すっと頭を下げた。
そして頭を上げると、ジルに向かい合った。

「ジル、俺は侯爵家の三男だ。家督は長兄が継ぐ事が決まっているし、次兄は母の実家の子爵家を継ぐ。だから俺には何もない。平民と言ったのは事実だから、そう言ったんだ。だが俺は、ジルを守るためなら、俺の中に流れる貴族の血にしがみつくつもりだ。ジル、俺が守るから、俺が絶対守るから、公爵の提案を受けてくれないか?」

ジルはアイクの真っ直ぐな気持ちを聞いて、ゆらゆらと戸惑うように瞳を潤ませ、こくんと小さくうなずいた。



ひと月後、僕は安定期に入った。

そして今日、4人で王都に発つ。
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