公爵様、どうか僕を忘れてください

まんまる

文字の大きさ
31 / 34
番外編

いざ、成敗! ※

陛下との謁見の後、ジルはバウアー伯爵家の養子に入り、俺はアーボルド伯爵となった。
俺がいただいた爵位は伯爵だが、同時に授かったのは、廃爵となった前領主のワイル公爵が持っていた、広大な領地だった。


「ジル、本音を言えば、すぐにでもジルと結婚したい。だが領主として、領民の暮らしをこの目で見なければならない。ワイル公爵領は、肥沃ひよくで恵まれた土地の割に、あまり作物が取れないと聞いた事があるんだ」
「アイク様、僕の事は気にしないでください。どうか、思う存分、領地を見てきてください」
「ジルは俺と離れても平気なのか?」
「えっ!?」
「俺はジルと一緒に、領地に行こうと思ってたんだが、まさか、見てきてくださいと言われるとは思わなかった」
「へっ?」
「だって、そうだろ?俺の領地はジルの領地でもあるんだから」
「はわっ」
「ジルは可愛いな」
「はわわっ」
「ああーっ!早く結婚したいっ!!」


俺は早速ジルと2人で、領地を隈なく視察して回った。
ジルと婚前旅行ができるなんて、邪な考えも無きにしもあらずだったが、領地に着いてそんな考えは吹き飛んでしまった。

「なんだこれは⋯」
「ルディア様のザカリー領とは、随分違います」
「ああ、使っている農具がぼろぼろじゃないか。それに、せっかくこんな大きな川が流れているのに、畑に水を汲み上げるのが、手作業とは⋯。ジル⋯」
「はい、アイク様」
「これは、しばらく帰れそうにないな」
「はいっ!」
「ふっ、ジル、嬉しそうだな」
「だって、アイク様が笑ってるから」
「俺、笑ってたか?」
「はい」

ジルは目を細めて微笑みながら、俺の頬をむにっと摘んだ。

「ふふっ、アイク様、可愛い。まるで、新しいおもちゃを与えられた子供みたいです」
「なっ!?」

ジルは、俺の頬を両手で優しく包み込み、目が眩むほどの神々しい笑顔を見せた。

「アイク様、アイク様のしたいようにすればいいのです。きっと領民もついてきてくれます」
「ジル⋯、ああ、そうだな、いっちょやるか!」
「はいっ!」

俺たちは一度王都に戻り、父上に頭を下げて、領地を再生するための資金を借りた。

「⋯父上、少しばかり多くないですか?」
「ああ、それは、陛下の私的な蓄えからも援助をいただいたんだ」
「えっ!?」
「アイク、陛下から伝言がある」
「何でしょうか」
「荒れ果てた公爵領を丸投げしてすまない、と。それと税金は、しっかり作物が実るまでは免除するとのことだ」
「ほ、本当ですか?」
「ああ、だが、軌道に乗ったら、いくらでも納めてもらって構わない、だそうだ」
「あ、ありがとうございます。必ず成功させて、父上から借りた分もきちんとお返しします」
「アイク、そんな事は気にするな。20年も離れていた我が子からの、初めてのわがままだ。もう少し、私に親の顔をさせてくれないか」

父上は少し切なそうな顔をして、俺の肩をぽんと叩いた。


早速、俺とジルは、借りた資金で農具を買えるだけ買い、領地に向かった。
俺たちが農具を無償で農民に配ると、まるで神を拝む勢いで感謝された。まあ半分は、ジルの銀色の髪を見た領民が、神が降臨された、と言って勝手に拝み出したんだが。
それと、一度に全域とはいかないが、水路も少しずつだが整え始めた。
俺とジルは、領民が戸惑う中、自ら進んで鍬を持ち、領民と苦楽を共にした。

それから、あれよあれよと時は過ぎ、3年が経った今、我が領地には、見渡す限りの麦の穂が揺れている。

「ジル、やったぞ、やっと、ここまできた」
「アイク様、ぐすっ、きれいですね」
「ああ、美しい光景だ。ジル、ありがとう。成功するかどうか分からない計画に、何も言わずについてきてくれて、感謝している」

俺は繋いだジルの手を引き寄せ、ジルを包み込むように抱き締めた。
ジルは俺の胸の中で、ゆるゆると首を横に振って、俺の背中にそっと腕を回した。

「僕がアイク様についていくのは当たり前です。だって、僕が息を上手く吸える場所は、アイク様のお傍だけですから」
「⋯っ!」

なんという、熱烈な愛の告白だろうか。

「ジル、そんな事を言われては、俺はもう、我慢ができないかもしれない」
「アイク様、僕はとっくに覚悟はできてます」
「なっ!?」

ジルは、すりっと、俺の胸に頬擦りをした。

「ああっ!くそっ!ジル、王都に戻るぞ!」
「えっ?」
「ジル、王都に着いたら、神殿に直行だ!」
「へっ?神殿?」
「ジル、改めて、言わせてくれ」

俺は腕の力を緩め、ジルの両肩に手を置いた。

「ジル、俺と結婚してくれ」
「アイク様、ぐすっ、はい、よろしく、お願いします」
「ジル、愛してる」
「アイク様、僕も、僕も、心から愛しています」
「ジル⋯」

俺は、ジルの銀色の髪に一つ唇を落とし、そして、そっと唇を重ねた。



1週間後。

「アイク様!?本当に神殿に来たんですか!?」
「ああ、そう言っただろ?ジル、心配するな、神殿にはちゃんと言ってある。と言っても、3年も前だがな」
「えっ!?それって、有効⋯なの?」

ジルが、こてんと首を傾げた。

「ふっ、ジル、大丈夫だ。神殿から、ジルの婚姻式ならいつでも歓迎です、と言われている。ジル、案ずるより産むが易しだ。行くぞ」
「ふぁっ」

俺がジルの手を引いて勢いよく歩き出すと、ジルは足をもつれさせながら、俺について歩き出した。


「アイク・アーボルド、ジル・バウアー、汝ら、生涯をかけて互いを愛し、慈しみ合う事を、神に誓いますか」

「「はいっ、誓います」」


「アイク様、僕、本当にアイク様と結婚したんでしょうか⋯?」
「あ、ああ、そうだ」

本音を言えば、俺も一か八かの勝負だった。

「本当にやってくれるとは⋯」
「えっ?アイク様、何かおっしゃいましたか?」
「い、いや、何でもない」

俺が誤魔化すようにジルを抱き締めると、ジルは、そうですか、と言って笑った。



初夜⋯何て甘美で淫らな響きだろう。

なんて、悠長な事を言っている場合ではない。
俺には、ジルと初夜を迎える前に、やっておかねばならない事がある。

この3年、俺は口づけさえも、躊躇ためらいながらだった。ジルの柔らかな唇に一度触れてしまえば、俺の理性なんて簡単に吹っ飛んでしまうからだ。
おそらく、ジルは今でも、人に触れられる事を恐れている。
もし俺が触れる事で、ジルを怖がらせてしまったら、俺は自分で自分が許せないだろう。

だから今日、俺は決行する。

この3年、俺はただ鍬を手にして畑を耕していた訳ではない。
ジルの仇を打つために、俺は使えるものは全て使った。
俺だけでは調べきれなかった奴の余罪を、父上に頼んで洗い出してもらった。思った通り、犠牲者はジルだけではなかった。
未成年者を手籠めにするだけでは飽き足らず、奴は孤児院の子の養子縁組を斡旋するふりをして、人身売買にまで手を染めていた。

俺はバウアー公爵に頼んで、陛下に奴の処遇、いや、極刑を望む旨を伝えてもらった。
バウアー公爵は、何故か食い気味に、俺に協力してくれた。何でも、以前の舞踏会で、ルディアにしつこく言い寄っていた男が、ジルの仇と同一人物だったらしい。

そして俺は、ジルを義父であるバウアー伯爵に預け、奴の屋敷に乗り込んだ。

「な、何だ、貴様っ!」
「黙れっ!」

俺は動かぬ証拠を、男に突きつけた。
男は貴族の矜持も持っていないのか、泣きながら命乞いをしてきた。

「お前が不幸に追いやった子供達も、お前と同じように、泣いて頼んだんじゃないのかっ!!」
「ひっ!」

男はとうとう腰を抜かし、床に座り込んだ。

「お前も貴族の端くれだろ?最後くらい、恥ずかしくない態度を見せろ」

男が少しでも反省しているのなら、自らの足で騎士団に出頭して欲しい、俺はそう思った。だが、そんな考えは、男には全く通じていなかった。

チャッ

「ひひっ、馬鹿が。敵に背を向けるとは」

男は後ろから、俺の喉元に剣を当てた。

「ふぅ、馬鹿はどっちだ。剣の腕ちからの差も分からないのか?」
「は?ぐえっ!」

男の力が一瞬緩んだ隙に、俺は男の鳩尾みぞおちに肘鉄を食らわせ、床に投げ飛ばした。

「ひいっ!お助けください!」
「チッ!黙れっ!クソ野郎!」
「ひいぃぃっ!!」

俺が堪えきれずに男に殴りかかろうとした瞬間、もう限界だとばかりに、父上が騎士団を引き連れて雪崩れ込んできた。

そのまま牢に入れられた男は、その日の内に、毒杯を飲まされ、地獄へと旅立った。
男の妻である伯爵夫人は、とうの昔に愛想を尽かして実家に帰っていたそうだ。




俺は何もかも終わった後、ジルを迎えに行って、屋敷に戻ってきた。屋敷と言っても、小さな借家だ。立派なタウンハウスを建てるのは、領地経営がきちんと軌道に乗ってからと、ジルと決めたからだ。

「ジル、結婚初日から、一人にしてごめんな」

俺たちは湯浴みを済ませ、ベッドに入った。
ジルに腕枕して、ぎゅっと抱き寄せると、ジルは安心したのか、俺の胸にすりっと頬ずりをした。

「アイク様、気にしないでください。大事な用事があったんですよね?」
「ああ、そうだ」

俺はジルの髪に唇を落とした。

「ジル⋯、ジルが怖がる人間は、もうこの世にいない」
「えっ⋯?」
「俺が地獄に送ったんだ」
「まさか⋯」
「ジル、何か勘違いしてるだろ?」
「へっ?」
「奴は、きちんと法で裁かれた。奴は命をもって己の罪を償ったんだ」
「アイク様が、僕の⋯ために⋯?」

ジルの瞳が涙で揺れている。

「ジル、俺も、ジルが傍にいないと、息ができないんだ。だからこれからも、安心して俺の胸の中にいてくれないか?」
「はい、はい、ぐすっ、アイク様、ありがとうございます」

俺はジルの頭から腕を抜き、くるりとジルの上になった。

「ジル、愛してる」

俺はゆっくりと体を沈め、ジルの唇に触れた。
徐々に深くなる口づけに、ジルも懸命に応えてくれる。

「ふぁっ、ふっ、う⋯ん」
「ジル、体に⋯触れても?」

俺が恐る恐るジルに聞くと、ジルは潤んだ瞳で俺を見つめ、こくんと小さくうなずいた。
俺は震える手で、どうにかジルの夜着を脱がせ、自分も生まれたままの姿になった。

「ジル、ああ、なんて綺麗なんだ」
「あっ⋯」

ジルは恥じらうように、体をよじった。

「ふっ、ジル、可愛い。でも、隠さないで」

俺はジルの頬に触れた手を、細い首筋に這わせ、そのまま、すーっと胸の尖りを撫でた。

「あっ⋯ん」
「ジル、怖くない?」
「⋯⋯ない」
「えっ?」
「怖くない、アイク様に触れられてるのに、怖いわけないっ!」

ジルの瞳からみるみる涙が溢れ出した。

「ジルっ!ごめん!俺、つい、不安になって」
「僕、アイク様になら、何をされてもいいです」
「⋯っ!ジル、俺、もう、止められない」

俺は勢いよくジルに覆いかぶさった。
恥じらうジルの体に舌を這わせると、ジルはぎゅっと俺を抱き締め、嬉しい、と涙声で囁いた。


初夜⋯からの、まさかの二夜目。

「ア、アイクさ⋯ま、も⋯う、無⋯理」
「ジルがアイクと呼んでくれたら、やめると言っただろ?」
「アイク⋯さ、うっ、できません」
「じゃあ、俺の腰は止められないよ。ほら」
「やあぁっ!もう⋯ほんとに、無理⋯です!僕、壊れちゃいます!」
「おわっ!ジル、何て事言うんだ!俺をどうする気だ!」
「どうもしません!どうにかなってるのは、僕の方です!」
「ふっ」
「どうしたんですか?」
「ジルの怒った顔、初めて見たなと思って」
「僕、怒ってません」
「いいや、今怒ってたぞ」
「怒ってません!」
「ほらっ!」
「もう!アイクっ!おしゃべりする時くらい、腰を動かさないでくださいっ!」
「ジル⋯やっと呼んでくれたな」
「あっ⋯」
「ジル、無理させて悪かった。もう抜くから」
「待って!」
「へ?ジル?」
「はわわっ、何でもないです!」

ジルは真っ赤な顔を、両手で覆った。

「よしっ!」
「へっ?」
「可愛い伴侶からのお願いだ。いっちょ頑張るか!」
「い、い、いやあぁぁぁ!!」

ジルは小さな拳で、俺の胸をぽかぽかと叩いた。
そんな仕草も堪らなく可愛くて、俺はまた暴走してしまった。


そして何夜か目にして、ようやく眠りに落ちた俺は、何とも幸せな夢を見た。
見渡す限りの麦畑の中、ジルが俺を見つけて幸せそうに手を振る夢だった。

その腕の中には、ジルにそっくりな、可愛い赤子が抱かれていた。

よく見ると、赤子の前髪には、一筋の銀色の髪が、きらりと輝いていた。

感想 0

あなたにおすすめの小説

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

転生したようだけど?流れに身を任せていたら悪役令息?として断罪されていた――分からないまま生きる。

星乃シキ
BL
発作の後に目覚めたら、公爵家嫡男の身体だった。 前世の記憶だけを抱えたまま生きるレイは、ある夜、男の聖女への嫌がらせの罪で断罪される。 だが図書室の記録が冤罪を覆す。 そしてレイは知る。 聖女ディーンの本当の名はアキラ。 同じ日本から来た存在だった。 帰りたい聖女と、この身体で生きるレイ。 秘密を共有した二人は、友達になる。 人との関わりを避けてきたレイの人間関係が、少しずつ動き始める。

【完結。一気読みできます!】悪役令息に転生したのに、ヒーローもヒロインも不在で、拾って育てた執事が最強なんだが……なんで?!

はぴねこ
BL
前世の弟が好きだったゲームの世界に、悪役令息として転生してしまった俺。 本来なら、ヒロインをいじめ、ヒーローが活躍するための踏み台になる…… そんな役割のはずなのに、ヒーローともヒロインとも出会えない。 いじめる対象すら見つけられない新米悪役令息とか、ポンコツすぎないだろうか? そんな俺に反して、子供の頃に拾って育てた執事は超優秀で、なぜか「悪役執事スキル」を着実に磨いている。 ……いや、違う! そうじゃない!! 悪役にならなきゃいけないのは俺なんだってば!!! 

悪役令息に転生した俺は推しの為に舞台から退場する

スノウマン(ユッキー)
BL
前世の記憶を思い出したアレクシスは悪役令息に転生したことに気づく。このままでは推しである義弟ノアが世界を救った後も幸せになれない未来を迎えてしまう。それを回避する為に、俺は舞台から退場することを選んだ。全てを燃やし尽くす事で。 そんな俺の行動によってノアが俺に執着することになるとも知らずに。

妹を救うためにヒロインを口説いたら、王子に求愛されました。

藤原遊
BL
乙女ゲームの悪役令息に転生したアラン。 妹リリィが「悪役令嬢として断罪される」未来を変えるため、 彼は決意する――ヒロインを先に口説けば、妹は破滅しない、と。 だがその“奇行”を見ていた王太子シリウスが、 なぜかアラン本人に興味を持ち始める。 「君は、なぜそこまで必死なんだ?」 「妹のためです!」 ……噛み合わないはずの会話が、少しずつ心を動かしていく。 妹は完璧令嬢、でも内心は隠れ腐女子。 ヒロインは巻き込まれて腐女子覚醒。 そして王子と悪役令息は、誰も知らない“仮面の恋”へ――。 断罪回避から始まる勘違い転生BL×宮廷ラブストーリー。 誰も不幸にならない、偽りと真実のハッピーエンド。

俺の婚約者は悪役令息ですか?

SEKISUI
BL
結婚まで後1年 女性が好きで何とか婚約破棄したい子爵家のウルフロ一レン ウルフローレンをこよなく愛する婚約者 ウルフローレンを好き好ぎて24時間一緒に居たい そんな婚約者に振り回されるウルフローレンは突っ込みが止まらない

【本編完結】断罪される度に強くなる男は、いい加減転生を仕舞いたい

雷尾
BL
目の前には金髪碧眼の美形王太子と、隣には桃色の髪に水色の目を持つ美少年が生まれたてのバンビのように震えている。 延々と繰り返される婚約破棄。主人公は何回ループさせられたら気が済むのだろうか。一応完結ですが気が向いたら番外編追加予定です。