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番外編
いざ、成敗! ※
陛下との謁見の後、ジルはバウアー伯爵家の養子に入り、俺はアーボルド伯爵となった。
俺がいただいた爵位は伯爵だが、同時に授かったのは、廃爵となった前領主のワイル公爵が持っていた、広大な領地だった。
「ジル、本音を言えば、すぐにでもジルと結婚したい。だが領主として、領民の暮らしをこの目で見なければならない。ワイル公爵領は、肥沃で恵まれた土地の割に、あまり作物が取れないと聞いた事があるんだ」
「アイク様、僕の事は気にしないでください。どうか、思う存分、領地を見てきてください」
「ジルは俺と離れても平気なのか?」
「えっ!?」
「俺はジルと一緒に、領地に行こうと思ってたんだが、まさか、見てきてくださいと言われるとは思わなかった」
「へっ?」
「だって、そうだろ?俺の領地はジルの領地でもあるんだから」
「はわっ」
「ジルは可愛いな」
「はわわっ」
「ああーっ!早く結婚したいっ!!」
俺は早速ジルと2人で、領地を隈なく視察して回った。
ジルと婚前旅行ができるなんて、邪な考えも無きにしもあらずだったが、領地に着いてそんな考えは吹き飛んでしまった。
「なんだこれは⋯」
「ルディア様のザカリー領とは、随分違います」
「ああ、使っている農具がぼろぼろじゃないか。それに、せっかくこんな大きな川が流れているのに、畑に水を汲み上げるのが、手作業とは⋯。ジル⋯」
「はい、アイク様」
「これは、しばらく帰れそうにないな」
「はいっ!」
「ふっ、ジル、嬉しそうだな」
「だって、アイク様が笑ってるから」
「俺、笑ってたか?」
「はい」
ジルは目を細めて微笑みながら、俺の頬をむにっと摘んだ。
「ふふっ、アイク様、可愛い。まるで、新しいおもちゃを与えられた子供みたいです」
「なっ!?」
ジルは、俺の頬を両手で優しく包み込み、目が眩むほどの神々しい笑顔を見せた。
「アイク様、アイク様のしたいようにすればいいのです。きっと領民もついてきてくれます」
「ジル⋯、ああ、そうだな、いっちょやるか!」
「はいっ!」
俺たちは一度王都に戻り、父上に頭を下げて、領地を再生するための資金を借りた。
「⋯父上、少しばかり多くないですか?」
「ああ、それは、陛下の私的な蓄えからも援助をいただいたんだ」
「えっ!?」
「アイク、陛下から伝言がある」
「何でしょうか」
「荒れ果てた公爵領を丸投げしてすまない、と。それと税金は、しっかり作物が実るまでは免除するとのことだ」
「ほ、本当ですか?」
「ああ、だが、軌道に乗ったら、いくらでも納めてもらって構わない、だそうだ」
「あ、ありがとうございます。必ず成功させて、父上から借りた分もきちんとお返しします」
「アイク、そんな事は気にするな。20年も離れていた我が子からの、初めてのわがままだ。もう少し、私に親の顔をさせてくれないか」
父上は少し切なそうな顔をして、俺の肩をぽんと叩いた。
早速、俺とジルは、借りた資金で農具を買えるだけ買い、領地に向かった。
俺たちが農具を無償で農民に配ると、まるで神を拝む勢いで感謝された。まあ半分は、ジルの銀色の髪を見た領民が、神が降臨された、と言って勝手に拝み出したんだが。
それと、一度に全域とはいかないが、水路も少しずつだが整え始めた。
俺とジルは、領民が戸惑う中、自ら進んで鍬を持ち、領民と苦楽を共にした。
それから、あれよあれよと時は過ぎ、3年が経った今、我が領地には、見渡す限りの麦の穂が揺れている。
「ジル、やったぞ、やっと、ここまできた」
「アイク様、ぐすっ、きれいですね」
「ああ、美しい光景だ。ジル、ありがとう。成功するかどうか分からない計画に、何も言わずについてきてくれて、感謝している」
俺は繋いだジルの手を引き寄せ、ジルを包み込むように抱き締めた。
ジルは俺の胸の中で、ゆるゆると首を横に振って、俺の背中にそっと腕を回した。
「僕がアイク様についていくのは当たり前です。だって、僕が息を上手く吸える場所は、アイク様のお傍だけですから」
「⋯っ!」
なんという、熱烈な愛の告白だろうか。
「ジル、そんな事を言われては、俺はもう、我慢ができないかもしれない」
「アイク様、僕はとっくに覚悟はできてます」
「なっ!?」
ジルは、すりっと、俺の胸に頬擦りをした。
「ああっ!くそっ!ジル、王都に戻るぞ!」
「えっ?」
「ジル、王都に着いたら、神殿に直行だ!」
「へっ?神殿?」
「ジル、改めて、言わせてくれ」
俺は腕の力を緩め、ジルの両肩に手を置いた。
「ジル、俺と結婚してくれ」
「アイク様、ぐすっ、はい、よろしく、お願いします」
「ジル、愛してる」
「アイク様、僕も、僕も、心から愛しています」
「ジル⋯」
俺は、ジルの銀色の髪に一つ唇を落とし、そして、そっと唇を重ねた。
1週間後。
「アイク様!?本当に神殿に来たんですか!?」
「ああ、そう言っただろ?ジル、心配するな、神殿にはちゃんと言ってある。と言っても、3年も前だがな」
「えっ!?それって、有効⋯なの?」
ジルが、こてんと首を傾げた。
「ふっ、ジル、大丈夫だ。神殿から、ジルの婚姻式ならいつでも歓迎です、と言われている。ジル、案ずるより産むが易しだ。行くぞ」
「ふぁっ」
俺がジルの手を引いて勢いよく歩き出すと、ジルは足をもつれさせながら、俺について歩き出した。
「アイク・アーボルド、ジル・バウアー、汝ら、生涯をかけて互いを愛し、慈しみ合う事を、神に誓いますか」
「「はいっ、誓います」」
「アイク様、僕、本当にアイク様と結婚したんでしょうか⋯?」
「あ、ああ、そうだ」
本音を言えば、俺も一か八かの勝負だった。
「本当にやってくれるとは⋯」
「えっ?アイク様、何かおっしゃいましたか?」
「い、いや、何でもない」
俺が誤魔化すようにジルを抱き締めると、ジルは、そうですか、と言って笑った。
初夜⋯何て甘美で淫らな響きだろう。
なんて、悠長な事を言っている場合ではない。
俺には、ジルと初夜を迎える前に、やっておかねばならない事がある。
この3年、俺は口づけさえも、躊躇いながらだった。ジルの柔らかな唇に一度触れてしまえば、俺の理性なんて簡単に吹っ飛んでしまうからだ。
おそらく、ジルは今でも、人に触れられる事を恐れている。
もし俺が触れる事で、ジルを怖がらせてしまったら、俺は自分で自分が許せないだろう。
だから今日、俺は決行する。
この3年、俺はただ鍬を手にして畑を耕していた訳ではない。
ジルの仇を打つために、俺は使えるものは全て使った。
俺だけでは調べきれなかった奴の余罪を、父上に頼んで洗い出してもらった。思った通り、犠牲者はジルだけではなかった。
未成年者を手籠めにするだけでは飽き足らず、奴は孤児院の子の養子縁組を斡旋するふりをして、人身売買にまで手を染めていた。
俺はバウアー公爵に頼んで、陛下に奴の処遇、いや、極刑を望む旨を伝えてもらった。
バウアー公爵は、何故か食い気味に、俺に協力してくれた。何でも、以前の舞踏会で、ルディアにしつこく言い寄っていた男が、ジルの仇と同一人物だったらしい。
そして俺は、ジルを義父であるバウアー伯爵に預け、奴の屋敷に乗り込んだ。
「な、何だ、貴様っ!」
「黙れっ!」
俺は動かぬ証拠を、男に突きつけた。
男は貴族の矜持も持っていないのか、泣きながら命乞いをしてきた。
「お前が不幸に追いやった子供達も、お前と同じように、泣いて頼んだんじゃないのかっ!!」
「ひっ!」
男はとうとう腰を抜かし、床に座り込んだ。
「お前も貴族の端くれだろ?最後くらい、恥ずかしくない態度を見せろ」
男が少しでも反省しているのなら、自らの足で騎士団に出頭して欲しい、俺はそう思った。だが、そんな考えは、男には全く通じていなかった。
チャッ
「ひひっ、馬鹿が。敵に背を向けるとは」
男は後ろから、俺の喉元に剣を当てた。
「ふぅ、馬鹿はどっちだ。剣の腕の差も分からないのか?」
「は?ぐえっ!」
男の力が一瞬緩んだ隙に、俺は男の鳩尾に肘鉄を食らわせ、床に投げ飛ばした。
「ひいっ!お助けください!」
「チッ!黙れっ!クソ野郎!」
「ひいぃぃっ!!」
俺が堪えきれずに男に殴りかかろうとした瞬間、もう限界だとばかりに、父上が騎士団を引き連れて雪崩れ込んできた。
そのまま牢に入れられた男は、その日の内に、毒杯を飲まされ、地獄へと旅立った。
男の妻である伯爵夫人は、とうの昔に愛想を尽かして実家に帰っていたそうだ。
俺は何もかも終わった後、ジルを迎えに行って、屋敷に戻ってきた。屋敷と言っても、小さな借家だ。立派なタウンハウスを建てるのは、領地経営がきちんと軌道に乗ってからと、ジルと決めたからだ。
「ジル、結婚初日から、一人にしてごめんな」
俺たちは湯浴みを済ませ、ベッドに入った。
ジルに腕枕して、ぎゅっと抱き寄せると、ジルは安心したのか、俺の胸にすりっと頬ずりをした。
「アイク様、気にしないでください。大事な用事があったんですよね?」
「ああ、そうだ」
俺はジルの髪に唇を落とした。
「ジル⋯、ジルが怖がる人間は、もうこの世にいない」
「えっ⋯?」
「俺が地獄に送ったんだ」
「まさか⋯」
「ジル、何か勘違いしてるだろ?」
「へっ?」
「奴は、きちんと法で裁かれた。奴は命をもって己の罪を償ったんだ」
「アイク様が、僕の⋯ために⋯?」
ジルの瞳が涙で揺れている。
「ジル、俺も、ジルが傍にいないと、息ができないんだ。だからこれからも、安心して俺の胸の中にいてくれないか?」
「はい、はい、ぐすっ、アイク様、ありがとうございます」
俺はジルの頭から腕を抜き、くるりとジルの上になった。
「ジル、愛してる」
俺はゆっくりと体を沈め、ジルの唇に触れた。
徐々に深くなる口づけに、ジルも懸命に応えてくれる。
「ふぁっ、ふっ、う⋯ん」
「ジル、体に⋯触れても?」
俺が恐る恐るジルに聞くと、ジルは潤んだ瞳で俺を見つめ、こくんと小さく頷いた。
俺は震える手で、どうにかジルの夜着を脱がせ、自分も生まれたままの姿になった。
「ジル、ああ、なんて綺麗なんだ」
「あっ⋯」
ジルは恥じらうように、体をよじった。
「ふっ、ジル、可愛い。でも、隠さないで」
俺はジルの頬に触れた手を、細い首筋に這わせ、そのまま、すーっと胸の尖りを撫でた。
「あっ⋯ん」
「ジル、怖くない?」
「⋯⋯ない」
「えっ?」
「怖くない、アイク様に触れられてるのに、怖いわけないっ!」
ジルの瞳からみるみる涙が溢れ出した。
「ジルっ!ごめん!俺、つい、不安になって」
「僕、アイク様になら、何をされてもいいです」
「⋯っ!ジル、俺、もう、止められない」
俺は勢いよくジルに覆いかぶさった。
恥じらうジルの体に舌を這わせると、ジルはぎゅっと俺を抱き締め、嬉しい、と涙声で囁いた。
初夜⋯からの、まさかの二夜目。
「ア、アイクさ⋯ま、も⋯う、無⋯理」
「ジルがアイクと呼んでくれたら、やめると言っただろ?」
「アイク⋯さ、うっ、できません」
「じゃあ、俺の腰は止められないよ。ほら」
「やあぁっ!もう⋯ほんとに、無理⋯です!僕、壊れちゃいます!」
「おわっ!ジル、何て事言うんだ!俺をどうする気だ!」
「どうもしません!どうにかなってるのは、僕の方です!」
「ふっ」
「どうしたんですか?」
「ジルの怒った顔、初めて見たなと思って」
「僕、怒ってません」
「いいや、今怒ってたぞ」
「怒ってません!」
「ほらっ!」
「もう!アイクっ!おしゃべりする時くらい、腰を動かさないでくださいっ!」
「ジル⋯やっと呼んでくれたな」
「あっ⋯」
「ジル、無理させて悪かった。もう抜くから」
「待って!」
「へ?ジル?」
「はわわっ、何でもないです!」
ジルは真っ赤な顔を、両手で覆った。
「よしっ!」
「へっ?」
「可愛い伴侶からのお願いだ。いっちょ頑張るか!」
「い、い、いやあぁぁぁ!!」
ジルは小さな拳で、俺の胸をぽかぽかと叩いた。
そんな仕草も堪らなく可愛くて、俺はまた暴走してしまった。
そして何夜か目にして、ようやく眠りに落ちた俺は、何とも幸せな夢を見た。
見渡す限りの麦畑の中、ジルが俺を見つけて幸せそうに手を振る夢だった。
その腕の中には、ジルにそっくりな、可愛い赤子が抱かれていた。
よく見ると、赤子の前髪には、一筋の銀色の髪が、きらりと輝いていた。
俺がいただいた爵位は伯爵だが、同時に授かったのは、廃爵となった前領主のワイル公爵が持っていた、広大な領地だった。
「ジル、本音を言えば、すぐにでもジルと結婚したい。だが領主として、領民の暮らしをこの目で見なければならない。ワイル公爵領は、肥沃で恵まれた土地の割に、あまり作物が取れないと聞いた事があるんだ」
「アイク様、僕の事は気にしないでください。どうか、思う存分、領地を見てきてください」
「ジルは俺と離れても平気なのか?」
「えっ!?」
「俺はジルと一緒に、領地に行こうと思ってたんだが、まさか、見てきてくださいと言われるとは思わなかった」
「へっ?」
「だって、そうだろ?俺の領地はジルの領地でもあるんだから」
「はわっ」
「ジルは可愛いな」
「はわわっ」
「ああーっ!早く結婚したいっ!!」
俺は早速ジルと2人で、領地を隈なく視察して回った。
ジルと婚前旅行ができるなんて、邪な考えも無きにしもあらずだったが、領地に着いてそんな考えは吹き飛んでしまった。
「なんだこれは⋯」
「ルディア様のザカリー領とは、随分違います」
「ああ、使っている農具がぼろぼろじゃないか。それに、せっかくこんな大きな川が流れているのに、畑に水を汲み上げるのが、手作業とは⋯。ジル⋯」
「はい、アイク様」
「これは、しばらく帰れそうにないな」
「はいっ!」
「ふっ、ジル、嬉しそうだな」
「だって、アイク様が笑ってるから」
「俺、笑ってたか?」
「はい」
ジルは目を細めて微笑みながら、俺の頬をむにっと摘んだ。
「ふふっ、アイク様、可愛い。まるで、新しいおもちゃを与えられた子供みたいです」
「なっ!?」
ジルは、俺の頬を両手で優しく包み込み、目が眩むほどの神々しい笑顔を見せた。
「アイク様、アイク様のしたいようにすればいいのです。きっと領民もついてきてくれます」
「ジル⋯、ああ、そうだな、いっちょやるか!」
「はいっ!」
俺たちは一度王都に戻り、父上に頭を下げて、領地を再生するための資金を借りた。
「⋯父上、少しばかり多くないですか?」
「ああ、それは、陛下の私的な蓄えからも援助をいただいたんだ」
「えっ!?」
「アイク、陛下から伝言がある」
「何でしょうか」
「荒れ果てた公爵領を丸投げしてすまない、と。それと税金は、しっかり作物が実るまでは免除するとのことだ」
「ほ、本当ですか?」
「ああ、だが、軌道に乗ったら、いくらでも納めてもらって構わない、だそうだ」
「あ、ありがとうございます。必ず成功させて、父上から借りた分もきちんとお返しします」
「アイク、そんな事は気にするな。20年も離れていた我が子からの、初めてのわがままだ。もう少し、私に親の顔をさせてくれないか」
父上は少し切なそうな顔をして、俺の肩をぽんと叩いた。
早速、俺とジルは、借りた資金で農具を買えるだけ買い、領地に向かった。
俺たちが農具を無償で農民に配ると、まるで神を拝む勢いで感謝された。まあ半分は、ジルの銀色の髪を見た領民が、神が降臨された、と言って勝手に拝み出したんだが。
それと、一度に全域とはいかないが、水路も少しずつだが整え始めた。
俺とジルは、領民が戸惑う中、自ら進んで鍬を持ち、領民と苦楽を共にした。
それから、あれよあれよと時は過ぎ、3年が経った今、我が領地には、見渡す限りの麦の穂が揺れている。
「ジル、やったぞ、やっと、ここまできた」
「アイク様、ぐすっ、きれいですね」
「ああ、美しい光景だ。ジル、ありがとう。成功するかどうか分からない計画に、何も言わずについてきてくれて、感謝している」
俺は繋いだジルの手を引き寄せ、ジルを包み込むように抱き締めた。
ジルは俺の胸の中で、ゆるゆると首を横に振って、俺の背中にそっと腕を回した。
「僕がアイク様についていくのは当たり前です。だって、僕が息を上手く吸える場所は、アイク様のお傍だけですから」
「⋯っ!」
なんという、熱烈な愛の告白だろうか。
「ジル、そんな事を言われては、俺はもう、我慢ができないかもしれない」
「アイク様、僕はとっくに覚悟はできてます」
「なっ!?」
ジルは、すりっと、俺の胸に頬擦りをした。
「ああっ!くそっ!ジル、王都に戻るぞ!」
「えっ?」
「ジル、王都に着いたら、神殿に直行だ!」
「へっ?神殿?」
「ジル、改めて、言わせてくれ」
俺は腕の力を緩め、ジルの両肩に手を置いた。
「ジル、俺と結婚してくれ」
「アイク様、ぐすっ、はい、よろしく、お願いします」
「ジル、愛してる」
「アイク様、僕も、僕も、心から愛しています」
「ジル⋯」
俺は、ジルの銀色の髪に一つ唇を落とし、そして、そっと唇を重ねた。
1週間後。
「アイク様!?本当に神殿に来たんですか!?」
「ああ、そう言っただろ?ジル、心配するな、神殿にはちゃんと言ってある。と言っても、3年も前だがな」
「えっ!?それって、有効⋯なの?」
ジルが、こてんと首を傾げた。
「ふっ、ジル、大丈夫だ。神殿から、ジルの婚姻式ならいつでも歓迎です、と言われている。ジル、案ずるより産むが易しだ。行くぞ」
「ふぁっ」
俺がジルの手を引いて勢いよく歩き出すと、ジルは足をもつれさせながら、俺について歩き出した。
「アイク・アーボルド、ジル・バウアー、汝ら、生涯をかけて互いを愛し、慈しみ合う事を、神に誓いますか」
「「はいっ、誓います」」
「アイク様、僕、本当にアイク様と結婚したんでしょうか⋯?」
「あ、ああ、そうだ」
本音を言えば、俺も一か八かの勝負だった。
「本当にやってくれるとは⋯」
「えっ?アイク様、何かおっしゃいましたか?」
「い、いや、何でもない」
俺が誤魔化すようにジルを抱き締めると、ジルは、そうですか、と言って笑った。
初夜⋯何て甘美で淫らな響きだろう。
なんて、悠長な事を言っている場合ではない。
俺には、ジルと初夜を迎える前に、やっておかねばならない事がある。
この3年、俺は口づけさえも、躊躇いながらだった。ジルの柔らかな唇に一度触れてしまえば、俺の理性なんて簡単に吹っ飛んでしまうからだ。
おそらく、ジルは今でも、人に触れられる事を恐れている。
もし俺が触れる事で、ジルを怖がらせてしまったら、俺は自分で自分が許せないだろう。
だから今日、俺は決行する。
この3年、俺はただ鍬を手にして畑を耕していた訳ではない。
ジルの仇を打つために、俺は使えるものは全て使った。
俺だけでは調べきれなかった奴の余罪を、父上に頼んで洗い出してもらった。思った通り、犠牲者はジルだけではなかった。
未成年者を手籠めにするだけでは飽き足らず、奴は孤児院の子の養子縁組を斡旋するふりをして、人身売買にまで手を染めていた。
俺はバウアー公爵に頼んで、陛下に奴の処遇、いや、極刑を望む旨を伝えてもらった。
バウアー公爵は、何故か食い気味に、俺に協力してくれた。何でも、以前の舞踏会で、ルディアにしつこく言い寄っていた男が、ジルの仇と同一人物だったらしい。
そして俺は、ジルを義父であるバウアー伯爵に預け、奴の屋敷に乗り込んだ。
「な、何だ、貴様っ!」
「黙れっ!」
俺は動かぬ証拠を、男に突きつけた。
男は貴族の矜持も持っていないのか、泣きながら命乞いをしてきた。
「お前が不幸に追いやった子供達も、お前と同じように、泣いて頼んだんじゃないのかっ!!」
「ひっ!」
男はとうとう腰を抜かし、床に座り込んだ。
「お前も貴族の端くれだろ?最後くらい、恥ずかしくない態度を見せろ」
男が少しでも反省しているのなら、自らの足で騎士団に出頭して欲しい、俺はそう思った。だが、そんな考えは、男には全く通じていなかった。
チャッ
「ひひっ、馬鹿が。敵に背を向けるとは」
男は後ろから、俺の喉元に剣を当てた。
「ふぅ、馬鹿はどっちだ。剣の腕の差も分からないのか?」
「は?ぐえっ!」
男の力が一瞬緩んだ隙に、俺は男の鳩尾に肘鉄を食らわせ、床に投げ飛ばした。
「ひいっ!お助けください!」
「チッ!黙れっ!クソ野郎!」
「ひいぃぃっ!!」
俺が堪えきれずに男に殴りかかろうとした瞬間、もう限界だとばかりに、父上が騎士団を引き連れて雪崩れ込んできた。
そのまま牢に入れられた男は、その日の内に、毒杯を飲まされ、地獄へと旅立った。
男の妻である伯爵夫人は、とうの昔に愛想を尽かして実家に帰っていたそうだ。
俺は何もかも終わった後、ジルを迎えに行って、屋敷に戻ってきた。屋敷と言っても、小さな借家だ。立派なタウンハウスを建てるのは、領地経営がきちんと軌道に乗ってからと、ジルと決めたからだ。
「ジル、結婚初日から、一人にしてごめんな」
俺たちは湯浴みを済ませ、ベッドに入った。
ジルに腕枕して、ぎゅっと抱き寄せると、ジルは安心したのか、俺の胸にすりっと頬ずりをした。
「アイク様、気にしないでください。大事な用事があったんですよね?」
「ああ、そうだ」
俺はジルの髪に唇を落とした。
「ジル⋯、ジルが怖がる人間は、もうこの世にいない」
「えっ⋯?」
「俺が地獄に送ったんだ」
「まさか⋯」
「ジル、何か勘違いしてるだろ?」
「へっ?」
「奴は、きちんと法で裁かれた。奴は命をもって己の罪を償ったんだ」
「アイク様が、僕の⋯ために⋯?」
ジルの瞳が涙で揺れている。
「ジル、俺も、ジルが傍にいないと、息ができないんだ。だからこれからも、安心して俺の胸の中にいてくれないか?」
「はい、はい、ぐすっ、アイク様、ありがとうございます」
俺はジルの頭から腕を抜き、くるりとジルの上になった。
「ジル、愛してる」
俺はゆっくりと体を沈め、ジルの唇に触れた。
徐々に深くなる口づけに、ジルも懸命に応えてくれる。
「ふぁっ、ふっ、う⋯ん」
「ジル、体に⋯触れても?」
俺が恐る恐るジルに聞くと、ジルは潤んだ瞳で俺を見つめ、こくんと小さく頷いた。
俺は震える手で、どうにかジルの夜着を脱がせ、自分も生まれたままの姿になった。
「ジル、ああ、なんて綺麗なんだ」
「あっ⋯」
ジルは恥じらうように、体をよじった。
「ふっ、ジル、可愛い。でも、隠さないで」
俺はジルの頬に触れた手を、細い首筋に這わせ、そのまま、すーっと胸の尖りを撫でた。
「あっ⋯ん」
「ジル、怖くない?」
「⋯⋯ない」
「えっ?」
「怖くない、アイク様に触れられてるのに、怖いわけないっ!」
ジルの瞳からみるみる涙が溢れ出した。
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「僕、アイク様になら、何をされてもいいです」
「⋯っ!ジル、俺、もう、止められない」
俺は勢いよくジルに覆いかぶさった。
恥じらうジルの体に舌を這わせると、ジルはぎゅっと俺を抱き締め、嬉しい、と涙声で囁いた。
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「ア、アイクさ⋯ま、も⋯う、無⋯理」
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「アイク⋯さ、うっ、できません」
「じゃあ、俺の腰は止められないよ。ほら」
「やあぁっ!もう⋯ほんとに、無理⋯です!僕、壊れちゃいます!」
「おわっ!ジル、何て事言うんだ!俺をどうする気だ!」
「どうもしません!どうにかなってるのは、僕の方です!」
「ふっ」
「どうしたんですか?」
「ジルの怒った顔、初めて見たなと思って」
「僕、怒ってません」
「いいや、今怒ってたぞ」
「怒ってません!」
「ほらっ!」
「もう!アイクっ!おしゃべりする時くらい、腰を動かさないでくださいっ!」
「ジル⋯やっと呼んでくれたな」
「あっ⋯」
「ジル、無理させて悪かった。もう抜くから」
「待って!」
「へ?ジル?」
「はわわっ、何でもないです!」
ジルは真っ赤な顔を、両手で覆った。
「よしっ!」
「へっ?」
「可愛い伴侶からのお願いだ。いっちょ頑張るか!」
「い、い、いやあぁぁぁ!!」
ジルは小さな拳で、俺の胸をぽかぽかと叩いた。
そんな仕草も堪らなく可愛くて、俺はまた暴走してしまった。
そして何夜か目にして、ようやく眠りに落ちた俺は、何とも幸せな夢を見た。
見渡す限りの麦畑の中、ジルが俺を見つけて幸せそうに手を振る夢だった。
その腕の中には、ジルにそっくりな、可愛い赤子が抱かれていた。
よく見ると、赤子の前髪には、一筋の銀色の髪が、きらりと輝いていた。
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