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第三章 還る場所
第31話 信じる者を選べ
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晃が蓮見との会合を終えて、作戦本部へ戻ってきたとき。
その空気は、明らかに変わっていた。
何かが乱している。
晃はそう感じた。
部屋の温度がわずかに下がったような、張りつめた沈黙があった。
「……椎名が戻ってきた」
そう告げたのは、モニターの前に座っていたシゲルだった。
「今、別室で待たせてる。でも、あいつ……怪しい。正直、信用できない」
「証拠はあるの?」
沙織が問い返すと、シゲルは首を横に振った。
「ない。俺の勘だ。妙に動きが読めすぎるし、何より──あいつの搬送ルートを信用して突入した先で、阿久津さんが戦死した。情報が漏れたのも……あいつがいた時期と重なる」
そのとき、そっと近づいてきた沙耶が、小さく口を開いた。
「……椎名さん、きっと裏切ってると思う」
晃が振り返ると、沙耶は静かに続けた。
「この前、一緒に見たビデオ。人影に何か合図してた……あれ、演技じゃなかった。目の動きとか、あの時の呼吸……違和感、すごくあった」
しばし沈黙。
晃は静かに目を閉じた。
(……仲間を信じたい。でも、俺はもう『願い』だけにすがってはいけない)
沙耶の言葉は、心のどこかに引っかかっていた感覚と、ぴたりと重なった。
そして小さくうなずいた。
「沙耶は、人を見る目がある。……それで十分だ」
彼は立ち上がると、柿沼に目を向けた。
「椎名を呼んでくれ。……俺が会う」
そして、問いかけるように周囲を見渡す。
異論を唱えるものはいなかった。
沙織が、肯定するように小さく頷く。
「あの晃ちゃんが、ついに主人公ムーブ始めたよ……」
ようやく余裕を取り戻したらしいシゲルが、ニヤリと笑いながら肩をすくめた。
──そして数分後。
椎名が作戦本部に現れた。
「やあ。久しぶりだな、みんな」
その一言には、どこか懐かしさすら漂っていた。まるで、何事もなかったかのように。
「どうしたんだい、晃。そんな顔をして。
俺たちは……同じ目的で動いていたんじゃなかったのか?」
柔らかな声、穏やかな目。
それは、かつて信じていた椎名そのままだった。
その声は穏やかで、微笑すら浮かべていた。
背筋は伸び、どこか懐かしげな表情で部屋を見渡す。
沙織がほんのわずかに動揺し、柿沼が眉をひそめた。
(……この空気に臆さず、自然に振る舞えるのが、この男の『強さ』でもあり──怖さだ)
だが、晃は一歩も引かなかった。
「……もういい。何も言わなくていい。二度とここには来ないでくれ」
椎名は一瞬、目を見開いた。
「……晃、どうしたんだ。何か誤解があるんじゃないか?」
その声音は、なおも穏やかだった。
「俺はずっと、みんなのために動いてきた。矯正施設でのセンサー遅延も、危険を承知で潜入して、何度も情報を運んだ。あの施設の監視網をかいくぐって、収容者を外へ逃がしたこともある。……信じたもののために、自分なりに動いてきたつもりだ」
晃は一瞬だけまぶたを伏せた。
部屋の空気がわずかにざわつくのを、晃は敏感に察した。
自分ではなく、周囲が揺れている。
言葉にはならないざわめきが、周囲の空気を微かに震わせていた。
(……あの時、たしかに助けられた。けど──)
「もういい。演技はやめてくれ。俺たちは、前に進む」
その言葉に、作戦室が静まり返る。
晃の視線は真っ直ぐに椎名を射抜いていた。
「お前が何を信じていようと、もう関係ない。俺は──沙耶を、仲間を信じる」
そう言いながら、晃は沙耶をちらと見やり、彼女が静かにうなずき返すのを見届けた。
その眼差しに、決意が宿っていた。
椎名は何か言いかけたが、その言葉は喉元で途切れた。
(……やっぱり、ずるいな。真っすぐすぎる)
晃のまっすぐな眼差しに、胸の奥に沈んでいた『かつて信じていたもの』が微かに疼いた。
椎名はほんのわずかだけ視線をそらした。
代わりに、静かに踵を返す。
その背中が扉の向こうに消えようとした、その瞬間だった。
椎名のポケットから、スマホが一つ、カランと音を立てて床に滑り落ちた。
誰も、声を上げなかった。
椎名も、振り返らなかった。
ただ、落ちたままのスマホだけが、沈黙の中に残されていた。
晃は、床に転がったスマホをじっと見つめていた。
椎名の手から離れたもの。
その中に、彼の『最後の何か』が残っているのだろうか。
そっとかがみ込み、晃はそれを拾い上げた。
スマホの画面が、一瞬だけ淡く光った。
表示された意外な名前に、晃は大きく目を見開いた。
※この作品はライト文芸大賞にエントリー中です。
もし何か感じるものがあったら、「❤」や「お気に入り」で応援していただけたら嬉しいです。
5月末に完結予定で、毎日更新します。
その空気は、明らかに変わっていた。
何かが乱している。
晃はそう感じた。
部屋の温度がわずかに下がったような、張りつめた沈黙があった。
「……椎名が戻ってきた」
そう告げたのは、モニターの前に座っていたシゲルだった。
「今、別室で待たせてる。でも、あいつ……怪しい。正直、信用できない」
「証拠はあるの?」
沙織が問い返すと、シゲルは首を横に振った。
「ない。俺の勘だ。妙に動きが読めすぎるし、何より──あいつの搬送ルートを信用して突入した先で、阿久津さんが戦死した。情報が漏れたのも……あいつがいた時期と重なる」
そのとき、そっと近づいてきた沙耶が、小さく口を開いた。
「……椎名さん、きっと裏切ってると思う」
晃が振り返ると、沙耶は静かに続けた。
「この前、一緒に見たビデオ。人影に何か合図してた……あれ、演技じゃなかった。目の動きとか、あの時の呼吸……違和感、すごくあった」
しばし沈黙。
晃は静かに目を閉じた。
(……仲間を信じたい。でも、俺はもう『願い』だけにすがってはいけない)
沙耶の言葉は、心のどこかに引っかかっていた感覚と、ぴたりと重なった。
そして小さくうなずいた。
「沙耶は、人を見る目がある。……それで十分だ」
彼は立ち上がると、柿沼に目を向けた。
「椎名を呼んでくれ。……俺が会う」
そして、問いかけるように周囲を見渡す。
異論を唱えるものはいなかった。
沙織が、肯定するように小さく頷く。
「あの晃ちゃんが、ついに主人公ムーブ始めたよ……」
ようやく余裕を取り戻したらしいシゲルが、ニヤリと笑いながら肩をすくめた。
──そして数分後。
椎名が作戦本部に現れた。
「やあ。久しぶりだな、みんな」
その一言には、どこか懐かしさすら漂っていた。まるで、何事もなかったかのように。
「どうしたんだい、晃。そんな顔をして。
俺たちは……同じ目的で動いていたんじゃなかったのか?」
柔らかな声、穏やかな目。
それは、かつて信じていた椎名そのままだった。
その声は穏やかで、微笑すら浮かべていた。
背筋は伸び、どこか懐かしげな表情で部屋を見渡す。
沙織がほんのわずかに動揺し、柿沼が眉をひそめた。
(……この空気に臆さず、自然に振る舞えるのが、この男の『強さ』でもあり──怖さだ)
だが、晃は一歩も引かなかった。
「……もういい。何も言わなくていい。二度とここには来ないでくれ」
椎名は一瞬、目を見開いた。
「……晃、どうしたんだ。何か誤解があるんじゃないか?」
その声音は、なおも穏やかだった。
「俺はずっと、みんなのために動いてきた。矯正施設でのセンサー遅延も、危険を承知で潜入して、何度も情報を運んだ。あの施設の監視網をかいくぐって、収容者を外へ逃がしたこともある。……信じたもののために、自分なりに動いてきたつもりだ」
晃は一瞬だけまぶたを伏せた。
部屋の空気がわずかにざわつくのを、晃は敏感に察した。
自分ではなく、周囲が揺れている。
言葉にはならないざわめきが、周囲の空気を微かに震わせていた。
(……あの時、たしかに助けられた。けど──)
「もういい。演技はやめてくれ。俺たちは、前に進む」
その言葉に、作戦室が静まり返る。
晃の視線は真っ直ぐに椎名を射抜いていた。
「お前が何を信じていようと、もう関係ない。俺は──沙耶を、仲間を信じる」
そう言いながら、晃は沙耶をちらと見やり、彼女が静かにうなずき返すのを見届けた。
その眼差しに、決意が宿っていた。
椎名は何か言いかけたが、その言葉は喉元で途切れた。
(……やっぱり、ずるいな。真っすぐすぎる)
晃のまっすぐな眼差しに、胸の奥に沈んでいた『かつて信じていたもの』が微かに疼いた。
椎名はほんのわずかだけ視線をそらした。
代わりに、静かに踵を返す。
その背中が扉の向こうに消えようとした、その瞬間だった。
椎名のポケットから、スマホが一つ、カランと音を立てて床に滑り落ちた。
誰も、声を上げなかった。
椎名も、振り返らなかった。
ただ、落ちたままのスマホだけが、沈黙の中に残されていた。
晃は、床に転がったスマホをじっと見つめていた。
椎名の手から離れたもの。
その中に、彼の『最後の何か』が残っているのだろうか。
そっとかがみ込み、晃はそれを拾い上げた。
スマホの画面が、一瞬だけ淡く光った。
表示された意外な名前に、晃は大きく目を見開いた。
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