灰の翼は自由を知らない

悠・A・ロッサ

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第三章 還る場所

第32話 覚悟と集結

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椎名が落としていった端末。
画面には、淡い光でひとつの名前が浮かび上がっている。

──黒江誠一。

都市開発ベンチャー時代の上司。
沙耶が矯正センターに連行されたその日、自分を即座に切り捨てた男。
驚きと、やはりという感情が胸の奥で絡み合う。

「……やっぱり、繋がってたんだな」

晃の呟きに、隣で覗き込んでいたシゲルが顔をしかめた。
「あー、そいつ……お前の元上司だろ?」

晃の脳裏に浮かぶのは、かつての管理職の顔。
今は『白の裂界』──南市中央医療センターの副理事を務めている。

「偉くなったもんだよな。まるでテンプレの『悪役』じゃねぇか。
出世街道、裏口ルート付きでさ」
冗談めかした言葉とは裏腹に、シゲルの目はどこか沈んでいた。
「……にしても、やっぱそういう連中が、全部繋がってんだな」
「とにかく、これは後で調べよう。今は……」

晃が顔を上げる。

「……突入の準備だ」

***

作戦室にメンバーが集まり、全体会議が始まった。
晃は立ち上がり、モニターに向かってゆっくりと語り始めた。

「……蓮見さんと話をした。止めるには、世界に『今』を見せるしかないって。
だから俺たちは──白の裂界から『生配信』する」

息を飲む気配が部屋を満たす。

「……現実的じゃないって話になったじゃない、前に」
沙織の声に、晃はうなずいた。

「そうだ。だから、こっちも現実的に備える」

シゲルが端末を操作しながら続ける。
「中継ラインは三本に分けた。衛星、仮想ルーター、光回線。
どれかが落ちても、即アウトにはならないようにする。IPも分散させる」

晃が頷き、質問を重ねる。
「発信元が特定されたら?」

シゲルが即座に返す。
「そのリスクは当然ある」
「施設ごと通信遮断されたら──?」

少し間をおいて、シゲルが肩をすくめるように言う。
「正直、完全遮断されたらアウトだ。けど、それを防ぐための手も打ってある。外部からのジャミング妨害装置を設置する予定だし、EMP対策済みの中継機材も持ち込む。あとは、建物内の死角と構造を使って中継拠点を選ぶ。……完璧じゃないが、『やれるだけのこと』はやる」

晃は言葉を重ねながら、それでも迷いは見せなかった。

「そう、リスクは高い。……それでも、やるしかない。三千人の命がかかってる」

一同が沈黙する中、晃は改めて全員を見渡す。

「……これに賭けてくれないか」

沈黙が部屋を包む。
それでも、誰も目を逸らさなかった。
晃はわずかに目を伏せて、呟いた。

「この作戦は、成功しても後味が悪いかもしれない。
真実を暴けば、誰かが傷つく。
……それでも、やる意味はある」

その沈黙は、言葉以上の信頼だった。
それは、声にならない「了解」だった。
誰かがうなずき、誰かが息を吸い直し、誰かが拳を握りしめる──
いくつもの小さな仕草が、決意を刻んでいた。

晃は、それを見届けると、ホワイトボードの前に立ち、手元のペンを取った。
しばし沈黙のあと、口を開く。

「現状の戦力を整理する。撮影班は柿沼、沙織さん、そして俺。中継と陽動のバックアップがシゲル。全部で4人は確定──。『灰翼』のネットワークで、志願してくれてる連中は他にもいる。声をかければ、あと数人は動かせる」

シゲルが眉をひそめる。

「数は正義ってのはアニメだけだ。現場じゃ、キャラ被りとスキル被りで事故る。あと、お祭り編成は絶対どっかから情報漏れる。コラボ先が信用ならんってやつだ」

晃は、苦笑ともため息ともつかない表情でうなずいた。

「……そう。だから、重要な部分は任せられない」
「向こうは最低でも二十名以上の武装警備。配置も固定じゃない。
AI監視、センサー、迎撃ドローン。ざっと見積もっても、正面からじゃ勝てない」

沙織が口を開く。
「……患者や職員になりすませば?偽造IDと服さえ用意すれば。
私は、元の職場だから土地勘もあるわ」

沙織の言葉に、晃がうなずく。
「それはいい。ただ、1つが失敗したリスクに備えて、もう1つの班が欲しい」

シゲルが後を継いだ。
「あとは陽動を用意したい。
外で騒ぎを起こし、警備をそちらに向かわせれば、それだけで成功の確率は跳ね上がる」

柿沼が数え上げる。
「突入3人、中継1人、追加で数名。…少なすぎ。……普通に考えれば無謀だ」

そして、ぽつりと付け加えた。
「……やるなら、覚悟はある。無駄死にはしたくない」

沙織が静かに言う。
「……戦力が足りないわね」

そのとき、沙耶が一歩前に出た。
短く刈られていた少年のような髪は、いまではわずかに伸びて、彼女をどこか大人びて見せていた。

「……私も、何ができるかわからないけど、止めたいと思ってる。だから、行く」
その目には、かつて晃が知らなかった強さが宿っていた。

晃が言葉を探して口を開きかけるが──
沙耶は、小さく、しかしはっきりと首を振った。
沙織が一歩前に出て、そっと言った。

「一緒に潜入しましょう。あなたがいるだけで、助けられる人がきっといる」

そのとき、扉が静かに開いた。
響いた声に、晃の肩がわずかに動く。

「待たせたな……って、一回言ってみたかったんだよ」

現れたのは、仁科佑真だった。
晃の高校時代からの親友で、かつては誰よりも近くにいた男だ。
そしてその背後には──黒服の影が、静かに並んでいた。

空気が、明確に変わった。
本当の「準備」は、ここからだった。

※この作品はライト文芸大賞にエントリー中です。

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5月末に完結予定で、毎日更新します。
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