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第5章:継がれし遺書
5.再び剣を取る理由
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剣を抜く、という行為は本来とてもシンプルだ。腰にある鞘から、柄を握り、真っ直ぐに引き抜くだけ。だが、その動作に“理由”が加わった途端、ことは急にややこしくなる。守るためか、討つためか、あるいは見せかけか。剣は無言のまま、持ち主の感情をただ吸い込み、その理由に従って重さを変える。
そして今、セリオが腰の剣にそっと触れたとき――その重さが、前とは違っていた。
“軽くなった”というより、“意味が変わった”。
谷間の遺跡を後にしたセリオは、石段を一段ずつゆっくりと降りていた。頭の中ではずっと、遺書の最後の言葉が反芻されていた。
剣を抜く理由が、誰かを守るためであってほしい。
それは願いであり、祈りであり、かつての自分が今の自分に託した“可能性”だった。だが、じゃあ今の自分はそれに応えられるのか? 守るべき誰かを想像できるのか? その問いに対する答えは、簡単には見つからなかった。
これまでは違った。魔王を討つという“物語の役割”に従って剣を抜き、選ばれた勇者として“戦いに赴くこと”が前提だった。それは、筋書き通りの決断で、疑いようもなく正しい選択に見えていた。
だが今、セリオの中には確かな違和感がある。
「これは俺の物語じゃない。他人が書いた台本の上を歩かされてるだけだ」
そう気づいてしまった以上、“物語の中の剣”をそのまま振るうことはできなかった。
森の小道を抜けた先、丘の上に立つと、王都が小さく見えた。人々が生き、笑い、争い、そしてまた仲直りする日々の営み。その下にある“物語”の外側に、自分はいる。
そのときセリオは、ふと幼い頃の記憶を思い出した。
子どもだったころ、剣など持たず、毎日木の棒で“見えない魔王”と戦っていた時代。あの頃のセリオには、討つべき魔王は実在しなかった。ただ、自分が誰かの役に立てる日を夢見て、棒を振っていただけだった。
それがどうしてこうなった?
歴代勇者の名簿に名が刻まれ、禁書庫の最奥に“記録されない選択肢”として追いやられ、魔王の遺書に自分自身の筆致を見つけ、過去と現在の境界線が融解するなかで、セリオはようやく――ようやく、“剣を抜く理由”が分かり始めていた。
それは誰かを守るため、という動機だけではなかった。
もっと根本的に、“自分で決めるため”だった。
誰かの筋書きでもなく、過去の繰り返しでもなく、物語の都合でもなく。今ここで、自分が“どうしたいか”。それだけを確かめるために、剣を抜く。それが、十四代目セリオ=リューネという人間の“初めての戦い”になる。
だからこそ、剣は重たくていい。迷いが残っても構わない。ただ、手を離さないこと。そう決めたのだった。
足元の草むらで、何かが跳ねた。セリオが振り返ると、小さなウサギがひょこり顔を出した。目が合い、セリオは思わず笑った。自分がいま剣について哲学している最中に、呑気に草をもしゃもしゃ食べているこの生命体。なんとも自由だ。
「いいな、お前は」
セリオはウサギに言った。もちろん返事はなかったが、それでも心は軽くなった。戦う理由、守る理由、どちらでもいい。いま大事なのは“自分のままで剣を持つ”という選択だった。
そのとき、空気が変わった。
丘の向こうから、不穏な気配が迫ってきた。魔物の気配。それは、今までに感じたことのない“古く、重く、深い”敵意だった。いや、“敵”と呼んでしまっていいのかも分からない。ただ、そこには“問い”があった。
お前は、それでも剣を抜くのか?
問われた気がして、セリオは剣の柄に手をかけた。
前よりも、ほんのわずかに、指の動きが軽かった。
前よりも、ほんのわずかに、胸の奥の迷いが消えていた。
そして、剣が抜かれた。
風が吹いた。陽が落ちた。空が、ゆっくりと赤く染まり始めていた。
これが十四代目セリオの物語の始まりだ。
いや、ようやく“自分の物語”になったのだ。
そして今、セリオが腰の剣にそっと触れたとき――その重さが、前とは違っていた。
“軽くなった”というより、“意味が変わった”。
谷間の遺跡を後にしたセリオは、石段を一段ずつゆっくりと降りていた。頭の中ではずっと、遺書の最後の言葉が反芻されていた。
剣を抜く理由が、誰かを守るためであってほしい。
それは願いであり、祈りであり、かつての自分が今の自分に託した“可能性”だった。だが、じゃあ今の自分はそれに応えられるのか? 守るべき誰かを想像できるのか? その問いに対する答えは、簡単には見つからなかった。
これまでは違った。魔王を討つという“物語の役割”に従って剣を抜き、選ばれた勇者として“戦いに赴くこと”が前提だった。それは、筋書き通りの決断で、疑いようもなく正しい選択に見えていた。
だが今、セリオの中には確かな違和感がある。
「これは俺の物語じゃない。他人が書いた台本の上を歩かされてるだけだ」
そう気づいてしまった以上、“物語の中の剣”をそのまま振るうことはできなかった。
森の小道を抜けた先、丘の上に立つと、王都が小さく見えた。人々が生き、笑い、争い、そしてまた仲直りする日々の営み。その下にある“物語”の外側に、自分はいる。
そのときセリオは、ふと幼い頃の記憶を思い出した。
子どもだったころ、剣など持たず、毎日木の棒で“見えない魔王”と戦っていた時代。あの頃のセリオには、討つべき魔王は実在しなかった。ただ、自分が誰かの役に立てる日を夢見て、棒を振っていただけだった。
それがどうしてこうなった?
歴代勇者の名簿に名が刻まれ、禁書庫の最奥に“記録されない選択肢”として追いやられ、魔王の遺書に自分自身の筆致を見つけ、過去と現在の境界線が融解するなかで、セリオはようやく――ようやく、“剣を抜く理由”が分かり始めていた。
それは誰かを守るため、という動機だけではなかった。
もっと根本的に、“自分で決めるため”だった。
誰かの筋書きでもなく、過去の繰り返しでもなく、物語の都合でもなく。今ここで、自分が“どうしたいか”。それだけを確かめるために、剣を抜く。それが、十四代目セリオ=リューネという人間の“初めての戦い”になる。
だからこそ、剣は重たくていい。迷いが残っても構わない。ただ、手を離さないこと。そう決めたのだった。
足元の草むらで、何かが跳ねた。セリオが振り返ると、小さなウサギがひょこり顔を出した。目が合い、セリオは思わず笑った。自分がいま剣について哲学している最中に、呑気に草をもしゃもしゃ食べているこの生命体。なんとも自由だ。
「いいな、お前は」
セリオはウサギに言った。もちろん返事はなかったが、それでも心は軽くなった。戦う理由、守る理由、どちらでもいい。いま大事なのは“自分のままで剣を持つ”という選択だった。
そのとき、空気が変わった。
丘の向こうから、不穏な気配が迫ってきた。魔物の気配。それは、今までに感じたことのない“古く、重く、深い”敵意だった。いや、“敵”と呼んでしまっていいのかも分からない。ただ、そこには“問い”があった。
お前は、それでも剣を抜くのか?
問われた気がして、セリオは剣の柄に手をかけた。
前よりも、ほんのわずかに、指の動きが軽かった。
前よりも、ほんのわずかに、胸の奥の迷いが消えていた。
そして、剣が抜かれた。
風が吹いた。陽が落ちた。空が、ゆっくりと赤く染まり始めていた。
これが十四代目セリオの物語の始まりだ。
いや、ようやく“自分の物語”になったのだ。
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