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第8章:最後の頁
1.真の遺書
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山を越え、谷を抜け、森の奥へと進んだ先に、それはあると伝えられていた。誰も訪れず、地図にも載らず、旅人の噂話にすら昇らない、忘れられた神殿。その奥深くに、“真の遺書”が封じられているというのだ。
情報の出どころは、アナンタの使い魔――あの、やたら人懐っこい白いリス“ヌヌ”である。コミュニケーションは基本的に「きゅう」と「ぴぃ」だけだが、アナンタ曰く「彼は重要なことしか言わないから逆に分かりやすい」とのこと。セリオにはそのあたりの信頼性にいささか不安が残ったが、もはや選択肢はなかった。
“最後の頁”をめくるための旅。セリオはそれをそう呼んだ。
世界のどこにも記されていない遺書。その存在は記録の外側で密かに語り継がれていた。記録を信仰とする者にとっては“禁忌”であり、勇者の物語を支える最後の土台が、もしそこにあるのだとすれば、それはまさに“世界の裏ページ”と呼ぶにふさわしい。
だからこそ、道中には異様な静けさがあった。
天気は良かった。風も穏やかだった。鳥が鳴き、虫が飛び、季節は進んでいる。それなのに、すべてが“演出のない舞台”のように感じられた。どこかで誰かが“物語のBGM”を切ったかのような、不自然な静寂。
セリオはその空気を、かつて感じたことがあった。第零階。記録の中心に降りたときと同じ、あの“整いすぎた不気味さ”だ。
つまり――ここは、“記録の外側”であることが、確定していた。
神殿が見えてきたのは、日暮れの直前だった。山と山の間に挟まれた盆地の中央。黒ずんだ石造りの建築物が、まるで地面から突き出した巨岩のように、自然と不自然の境界に鎮座していた。扉はなかった。入口は“開いている”のではなく、“閉ざせなかった”ように見えた。
中に足を踏み入れると、空気が変わった。重い。濃い。そして、どこか懐かしい。
いや、懐かしいのではない。“知っている”のだ。
この空気、この空間の記憶が、セリオの皮膚の下でぴりぴりと反応していた。
天井は高く、窓はない。だが光は差していた。建物のどこにも“記録媒体”は見当たらず、壁には“文字ではない何か”が無数に彫られていた。それはおそらく、記録魔法の痕跡だった。読み取れる者は限られている。あるいは、今のセリオなら――。
奥へ進むと、石畳の中央に小さな壇があった。祭壇のようなものではない。ただの台座。だがその上に、一本の巻物が置かれていた。
それは保護されていなかった。封印も、結界も、罠もない。ただ、そこにある。
誰も触れなかった。誰も近づかなかった。なぜなら、それは“読むべき存在”が現れるまで、ただそこに“あること”を許されていたのだ。
セリオはその巻物に手を伸ばした。
視界がゆっくりと白んでいく。音が遠のき、空気が溶け、世界が“記録の読み取りモード”へと移行していく。
彼の指先が紙に触れた瞬間、かつての“自分”が微笑んだ気がした。
これは“読む”のではない。“再会”なのだ。
この遺書は、かつての自分が書いた、“本当の最後”の言葉。誰にも見せるためではない。次に旅立つ“誰か”に向けた、そして何より、自分自身に向けた、“答えなき問い”の続き。
セリオは静かに膝をついた。胸の中で何かが軋んだ。何かが溶け、何かがほどけていく。記憶でも思い出でもない。もっと深いところにある、“自分が何者でありたかったのか”という、叫びにも似た輪郭。
書かれている文字は、想像よりもずっと少なかった。
そしてそのどれもが、やけに温かく、やけに静かだった。
セリオはその場に座り込んだまま、しばらく何もせずにいた。
風が抜けた。石壁が冷たい音を鳴らす。
外の世界は、何も変わっていないように見えた。
だが彼の中で、何かが“終わり”を迎えようとしていた。
まだ旅は終わらない。けれど、“最後の頁”が、いま確かにめくられようとしている。
情報の出どころは、アナンタの使い魔――あの、やたら人懐っこい白いリス“ヌヌ”である。コミュニケーションは基本的に「きゅう」と「ぴぃ」だけだが、アナンタ曰く「彼は重要なことしか言わないから逆に分かりやすい」とのこと。セリオにはそのあたりの信頼性にいささか不安が残ったが、もはや選択肢はなかった。
“最後の頁”をめくるための旅。セリオはそれをそう呼んだ。
世界のどこにも記されていない遺書。その存在は記録の外側で密かに語り継がれていた。記録を信仰とする者にとっては“禁忌”であり、勇者の物語を支える最後の土台が、もしそこにあるのだとすれば、それはまさに“世界の裏ページ”と呼ぶにふさわしい。
だからこそ、道中には異様な静けさがあった。
天気は良かった。風も穏やかだった。鳥が鳴き、虫が飛び、季節は進んでいる。それなのに、すべてが“演出のない舞台”のように感じられた。どこかで誰かが“物語のBGM”を切ったかのような、不自然な静寂。
セリオはその空気を、かつて感じたことがあった。第零階。記録の中心に降りたときと同じ、あの“整いすぎた不気味さ”だ。
つまり――ここは、“記録の外側”であることが、確定していた。
神殿が見えてきたのは、日暮れの直前だった。山と山の間に挟まれた盆地の中央。黒ずんだ石造りの建築物が、まるで地面から突き出した巨岩のように、自然と不自然の境界に鎮座していた。扉はなかった。入口は“開いている”のではなく、“閉ざせなかった”ように見えた。
中に足を踏み入れると、空気が変わった。重い。濃い。そして、どこか懐かしい。
いや、懐かしいのではない。“知っている”のだ。
この空気、この空間の記憶が、セリオの皮膚の下でぴりぴりと反応していた。
天井は高く、窓はない。だが光は差していた。建物のどこにも“記録媒体”は見当たらず、壁には“文字ではない何か”が無数に彫られていた。それはおそらく、記録魔法の痕跡だった。読み取れる者は限られている。あるいは、今のセリオなら――。
奥へ進むと、石畳の中央に小さな壇があった。祭壇のようなものではない。ただの台座。だがその上に、一本の巻物が置かれていた。
それは保護されていなかった。封印も、結界も、罠もない。ただ、そこにある。
誰も触れなかった。誰も近づかなかった。なぜなら、それは“読むべき存在”が現れるまで、ただそこに“あること”を許されていたのだ。
セリオはその巻物に手を伸ばした。
視界がゆっくりと白んでいく。音が遠のき、空気が溶け、世界が“記録の読み取りモード”へと移行していく。
彼の指先が紙に触れた瞬間、かつての“自分”が微笑んだ気がした。
これは“読む”のではない。“再会”なのだ。
この遺書は、かつての自分が書いた、“本当の最後”の言葉。誰にも見せるためではない。次に旅立つ“誰か”に向けた、そして何より、自分自身に向けた、“答えなき問い”の続き。
セリオは静かに膝をついた。胸の中で何かが軋んだ。何かが溶け、何かがほどけていく。記憶でも思い出でもない。もっと深いところにある、“自分が何者でありたかったのか”という、叫びにも似た輪郭。
書かれている文字は、想像よりもずっと少なかった。
そしてそのどれもが、やけに温かく、やけに静かだった。
セリオはその場に座り込んだまま、しばらく何もせずにいた。
風が抜けた。石壁が冷たい音を鳴らす。
外の世界は、何も変わっていないように見えた。
だが彼の中で、何かが“終わり”を迎えようとしていた。
まだ旅は終わらない。けれど、“最後の頁”が、いま確かにめくられようとしている。
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