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序章:その通知は、突然に
1.静かな放課後
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放課後の教室は、ほどよく喧騒を残しながらも、どこか乾いた静けさを含んでいた。誰かが窓際の席でプリントをまとめている音、黒板を消す擦れた音、生徒会室に行ったまま帰ってこないクラス委員を誰かが呼ぶ声。そのすべてが、まるで既に編集済みの映像素材のように、背景音として教室に流れていた。真広は、教室の隅にある自席で鞄に教科書を詰めながら、ぼんやりと天井を見上げていた。今日も特に何もなかった。授業中に先生がマスクをつけ忘れてて、2時間目が急遽自習になったことぐらいが唯一のトピック。そんな退屈すぎる一日を、まるで保存用にパック詰めされたコンビニ弁当みたいに記憶の棚にしまいかけたそのとき、スマホが震えた。いつものグループチャットか、通知オンにしたまま忘れてた学校のアプリか。そう思って軽く覗き込むと、通知欄に見慣れない名前があった。
「@kanata_1428さんから新しいメッセージがあります。」
誰だ、それ。見覚えがない。友人でもない。というか、そもそも“誰かっぽくない”IDだ。スパム?広告?いや、仮にそうでも、それほど怪しい文面には見えない。少なくともこの通知表示だけでは。
興味半分、油断半分。真広はDMを開いた。そして、その内容を見て、思わずスマホを握る手の力が少しだけ強くなった。
「24時間後に私が死んだら、これを拡散してください。」
え?文字列を読み間違えたかと思い、目をこする。だが、スクロールしてもそれだけだ。余計な説明も、絵文字も、謝罪もない。あるのは短いメッセージと、添付された画像ファイル、そして1つのリンク。画像を開いて、目を見開く。そこには、制服姿の女子生徒が写っていた。背景は公園か校舎裏か判別できないが、問題はそこではなかった。
その写真の中にいたのは、間違いなく結月だった。クラスメイト。いつも教室の後方、ロッカー側の席に座っていて、誰とも特別親しくなく、誰からも特別遠ざけられていたわけでもない女子。目立たない、という言葉では片づけられないほど、風景に溶け込むような存在だった。話したことはほとんどなかった。けれど、顔は覚えている。そんな結月が、自分にDMを?匿名で?こんな内容を?
「え……これ、なに?」
声には出さず、唇だけが動いた。いたずらにしては出来が良すぎる。拡散を頼む理由は?死ぬって何?もし本気なら、まず警察か家族に連絡するのが先だろう。でも、こんなことを他人に託してくる時点で、すでに常識から外れている。もしかして、誰かが結月になりすましているのか?いや、本人の画像をわざわざ使う理由がない。それとも、本人が本気で――?
思考が堂々巡りしはじめる中で、ふとリンクに視線が向く。明らかに自作の配信予約ページ。クリックするべきではない。きっとロクなことが起こらない。けれど、ここまで来て、見ないという選択ができるほど彼はドライではなかった。指先がリンクをタップした。
開かれたページには、真っ白な背景にカウントダウンだけが表示されていた。
《配信開始まで:23時間57分》
中央に再生ボタンがあるが、押しても何も始まらない。これは“予約”という形だけの存在らしい。右側にはチャット欄。すでに何件か、投稿があった。
「なにこれ?」「マジで死ぬやつ?」「釣り乙」「おい、結月って誰だよ」
匿名性の強い画面の中で、言葉たちは無責任な足取りで踊っていた。まるで、見知らぬ誰かの命が、ネットの舞台に投げ込まれて、おもちゃにされているかのようだ。
ページをスクロールしても、詳しい情報は一切ない。撮影場所も、名前も、発信者の素性もすべて空白のまま。ただ、画面中央に映る結月の写真が、ずっと同じ視線で真広を見ている。静かで、何も言わず、何も訴えてこない表情。それが逆に胸に迫るものがあった。彼女は、生きているのだろうか。
既視感――どこかで、この視線、この空気、この“誰かの命がカウントされるような空間”を見たことがある気がする。夢かもしれないし、かつて目にしたニュース映像かもしれない。だが、それが現実の自分と直結するような感覚に、彼の背筋はじわりと冷えていった。
そしてそのとき、スマホを握る指に自然と力が入った。「拡散するか、無視するか」。たったそれだけの選択が、世界を分ける気がした。拡散すれば、誰かに知られる。ネタにされる。叩かれる可能性もある。無視すれば、何も起きない。少なくとも、自分の手は汚れない。でも――
画面の上で指が止まる。触れそうで触れない。「リツイート」のボタンが、冷たくそこにあった。
物語のカウントダウンは、すでに始まっていた。静かな放課後に、不穏な通知音だけが、やけに大きく響いていた。
「@kanata_1428さんから新しいメッセージがあります。」
誰だ、それ。見覚えがない。友人でもない。というか、そもそも“誰かっぽくない”IDだ。スパム?広告?いや、仮にそうでも、それほど怪しい文面には見えない。少なくともこの通知表示だけでは。
興味半分、油断半分。真広はDMを開いた。そして、その内容を見て、思わずスマホを握る手の力が少しだけ強くなった。
「24時間後に私が死んだら、これを拡散してください。」
え?文字列を読み間違えたかと思い、目をこする。だが、スクロールしてもそれだけだ。余計な説明も、絵文字も、謝罪もない。あるのは短いメッセージと、添付された画像ファイル、そして1つのリンク。画像を開いて、目を見開く。そこには、制服姿の女子生徒が写っていた。背景は公園か校舎裏か判別できないが、問題はそこではなかった。
その写真の中にいたのは、間違いなく結月だった。クラスメイト。いつも教室の後方、ロッカー側の席に座っていて、誰とも特別親しくなく、誰からも特別遠ざけられていたわけでもない女子。目立たない、という言葉では片づけられないほど、風景に溶け込むような存在だった。話したことはほとんどなかった。けれど、顔は覚えている。そんな結月が、自分にDMを?匿名で?こんな内容を?
「え……これ、なに?」
声には出さず、唇だけが動いた。いたずらにしては出来が良すぎる。拡散を頼む理由は?死ぬって何?もし本気なら、まず警察か家族に連絡するのが先だろう。でも、こんなことを他人に託してくる時点で、すでに常識から外れている。もしかして、誰かが結月になりすましているのか?いや、本人の画像をわざわざ使う理由がない。それとも、本人が本気で――?
思考が堂々巡りしはじめる中で、ふとリンクに視線が向く。明らかに自作の配信予約ページ。クリックするべきではない。きっとロクなことが起こらない。けれど、ここまで来て、見ないという選択ができるほど彼はドライではなかった。指先がリンクをタップした。
開かれたページには、真っ白な背景にカウントダウンだけが表示されていた。
《配信開始まで:23時間57分》
中央に再生ボタンがあるが、押しても何も始まらない。これは“予約”という形だけの存在らしい。右側にはチャット欄。すでに何件か、投稿があった。
「なにこれ?」「マジで死ぬやつ?」「釣り乙」「おい、結月って誰だよ」
匿名性の強い画面の中で、言葉たちは無責任な足取りで踊っていた。まるで、見知らぬ誰かの命が、ネットの舞台に投げ込まれて、おもちゃにされているかのようだ。
ページをスクロールしても、詳しい情報は一切ない。撮影場所も、名前も、発信者の素性もすべて空白のまま。ただ、画面中央に映る結月の写真が、ずっと同じ視線で真広を見ている。静かで、何も言わず、何も訴えてこない表情。それが逆に胸に迫るものがあった。彼女は、生きているのだろうか。
既視感――どこかで、この視線、この空気、この“誰かの命がカウントされるような空間”を見たことがある気がする。夢かもしれないし、かつて目にしたニュース映像かもしれない。だが、それが現実の自分と直結するような感覚に、彼の背筋はじわりと冷えていった。
そしてそのとき、スマホを握る指に自然と力が入った。「拡散するか、無視するか」。たったそれだけの選択が、世界を分ける気がした。拡散すれば、誰かに知られる。ネタにされる。叩かれる可能性もある。無視すれば、何も起きない。少なくとも、自分の手は汚れない。でも――
画面の上で指が止まる。触れそうで触れない。「リツイート」のボタンが、冷たくそこにあった。
物語のカウントダウンは、すでに始まっていた。静かな放課後に、不穏な通知音だけが、やけに大きく響いていた。
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