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第1章:誰かのSOS
1.レイナの反応
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教室の片隅で、真広はタイミングを見計らっていた。昼休みになったばかりの今が最もリスクが少ない。次の授業まで少し時間があり、同級生たちが弁当やらスマホやらに意識を向けている隙に、さりげなく話しかければ、不審者感は最低限で済む――はず。彼の目線の先には、スマホ片手にポテトチップスを食べているレイナの姿があった。あいかわらずの“自由主義の塊”みたいな雰囲気で、カバンの上に足を置いたまま、画面を見つめている。真広はひとつ深呼吸して、何気ない風を装って近づいた。思い切って声をかけようとした瞬間、彼女がスマホを裏返してこちらを見た。
「なに?急に深刻な顔して」
まだ何も言っていないのに、すでに“相談される気配”を察知されていたらしい。真広はごくりと喉を鳴らしながら、昨日の出来事をなるべく端的に、かつ怪しまれないようにまとめて話した。DMのこと、結月の写真、謎の配信ページ、そして例のカウントダウン。言葉を並べながら、自分でもこれがどこかの都市伝説に出てきそうな出来事だと気づく。でも、実際に起きているのだ。目の前のこの現実で。
話を聞いていたレイナは、最初こそ興味のなさそうな顔で頬杖をついていたが、結月の名前を聞いたあたりで、わずかに眉を動かした。それは驚きというよりも、思い出しかけた何かに触れたような反応だった。しかし次の瞬間には、いつもの“現実主義者”の顔に戻っていた。
「うーん、それ、たぶん釣りだよ」
きっぱりと言い切るその口調には迷いがなかった。SNSにありがちな話。注目を集めたいだけの自作自演。誰かのなりすまし。いろんな可能性を並べ立てながら、レイナは淡々と話し続けた。その姿はまるで“よくある症例を即診断する医者”のようで、いささか頼もしくもあった。
「でも、結月の写真が添付されてたんだ。たしかに本人だった」
「それも拾い物かもよ。学校の文化祭の写真とか、集合写真とか、どこかで流出したやつを加工して――」
「いや、背景とか光の感じが、今っぽかった。あれ、撮り下ろし感あった」
「撮り下ろし感ってなによ」
レイナは呆れたように笑ったが、指先ではすでにスマホの画面を開いていた。興味がないふりをしながら、ちゃんと“引っかかっている”のが彼女のクセだ。検索欄に「結月 高校」と打ち込み、検索結果をざっと眺める。該当しそうなアカウントは鍵付きだったり、名前の一致しないものばかりだった。
「アカウント名とか、見せてもらっていい?」
真広がスマホを差し出すと、レイナは器用に親指を使って画面を操作した。配信ページを開いた瞬間、彼女の指が止まった。画面に表示されているカウントダウンが、ちょうど「22時間44分」になっていた。それを見た彼女は、すぐに画面を閉じた。
「……演出くさいけど、ちょっと気味悪いね」
「だろ?」
「でもSNSって基本、全部演出だからね。誰だって“ちょっと盛って”投稿するじゃん。ラーメン屋の写真ですら、3割美味しそうに見せてるんだよ?人間関係とか、死ぬとかなら、もう8割増しくらい盛られててもおかしくない」
その理屈には確かに一理ある。が、真広は言葉に詰まった。じゃあ、この“死ぬ”っていう宣言も、やっぱりただの演出なのか。構ってほしい、注目されたい、そういう気持ちの延長にある芝居なのか。彼は信じたいわけでも、疑いたいわけでもなかった。ただ、知りたかった。本当に、あのメッセージを送ったのは、あの結月なのか。そして、本気だったのか。
「一応、今日も学校来てるか確認してみる?」
レイナが言い、二人は結月の席をそれとなく見た。教室の後方、窓際でも廊下側でもない中途半端な位置。そこに彼女の姿はなかった。机の上には何も置かれていない。誰も気に留めていないのが、逆に怖かった。誰かが「今日休みだっけ?」と尋ねるわけでもなく、担任も何事もなかったように出席を読み飛ばした。
レイナはしばらく考え込むように沈黙していたが、その後でふっと軽く笑った。
「でもさ、あの子、そういう“影薄い”タイプじゃん?休んでてもあんまり目立たないし、みんな深く考えないよね」
それは事実だった。結月という存在は、まるで“いるけど、いない”ような輪郭の曖昧さを持っていた。空気のように教室に存在し、誰の記憶にも強く残らない。でも、だからこそ、あんな形で誰かに存在を示す必要があったのではないか。真広はそう思った。
教室の空気は、あいかわらず平坦だった。誰も気づかないふりをしているのか、本当に何も知らないのか。それさえも判別できない。レイナはそんな空気を見透かすようにため息をつき、スマホを閉じた。
「一応、気にはしとくよ。でも、あんまりのめり込まないようにね。ネットの“救い”って、案外うさんくさいから」
そう言いながら、彼女はおもむろにポテトチップスの袋を開き、ボリボリと音を立てた。その音が、やけに大きく響いた気がした。真広は再びスマホを開き、あの配信ページを見つめた。カウントダウンは、少しだけ減っていた。22時間33分。彼の中で、何かが静かに、しかし確かに、選ばれつつあった。拡散するか、黙って見守るか。誰も教えてはくれない。だが、次に選ぶ行動が、たしかにこの物語の続きを決めてしまうことだけは、わかっていた。
「なに?急に深刻な顔して」
まだ何も言っていないのに、すでに“相談される気配”を察知されていたらしい。真広はごくりと喉を鳴らしながら、昨日の出来事をなるべく端的に、かつ怪しまれないようにまとめて話した。DMのこと、結月の写真、謎の配信ページ、そして例のカウントダウン。言葉を並べながら、自分でもこれがどこかの都市伝説に出てきそうな出来事だと気づく。でも、実際に起きているのだ。目の前のこの現実で。
話を聞いていたレイナは、最初こそ興味のなさそうな顔で頬杖をついていたが、結月の名前を聞いたあたりで、わずかに眉を動かした。それは驚きというよりも、思い出しかけた何かに触れたような反応だった。しかし次の瞬間には、いつもの“現実主義者”の顔に戻っていた。
「うーん、それ、たぶん釣りだよ」
きっぱりと言い切るその口調には迷いがなかった。SNSにありがちな話。注目を集めたいだけの自作自演。誰かのなりすまし。いろんな可能性を並べ立てながら、レイナは淡々と話し続けた。その姿はまるで“よくある症例を即診断する医者”のようで、いささか頼もしくもあった。
「でも、結月の写真が添付されてたんだ。たしかに本人だった」
「それも拾い物かもよ。学校の文化祭の写真とか、集合写真とか、どこかで流出したやつを加工して――」
「いや、背景とか光の感じが、今っぽかった。あれ、撮り下ろし感あった」
「撮り下ろし感ってなによ」
レイナは呆れたように笑ったが、指先ではすでにスマホの画面を開いていた。興味がないふりをしながら、ちゃんと“引っかかっている”のが彼女のクセだ。検索欄に「結月 高校」と打ち込み、検索結果をざっと眺める。該当しそうなアカウントは鍵付きだったり、名前の一致しないものばかりだった。
「アカウント名とか、見せてもらっていい?」
真広がスマホを差し出すと、レイナは器用に親指を使って画面を操作した。配信ページを開いた瞬間、彼女の指が止まった。画面に表示されているカウントダウンが、ちょうど「22時間44分」になっていた。それを見た彼女は、すぐに画面を閉じた。
「……演出くさいけど、ちょっと気味悪いね」
「だろ?」
「でもSNSって基本、全部演出だからね。誰だって“ちょっと盛って”投稿するじゃん。ラーメン屋の写真ですら、3割美味しそうに見せてるんだよ?人間関係とか、死ぬとかなら、もう8割増しくらい盛られててもおかしくない」
その理屈には確かに一理ある。が、真広は言葉に詰まった。じゃあ、この“死ぬ”っていう宣言も、やっぱりただの演出なのか。構ってほしい、注目されたい、そういう気持ちの延長にある芝居なのか。彼は信じたいわけでも、疑いたいわけでもなかった。ただ、知りたかった。本当に、あのメッセージを送ったのは、あの結月なのか。そして、本気だったのか。
「一応、今日も学校来てるか確認してみる?」
レイナが言い、二人は結月の席をそれとなく見た。教室の後方、窓際でも廊下側でもない中途半端な位置。そこに彼女の姿はなかった。机の上には何も置かれていない。誰も気に留めていないのが、逆に怖かった。誰かが「今日休みだっけ?」と尋ねるわけでもなく、担任も何事もなかったように出席を読み飛ばした。
レイナはしばらく考え込むように沈黙していたが、その後でふっと軽く笑った。
「でもさ、あの子、そういう“影薄い”タイプじゃん?休んでてもあんまり目立たないし、みんな深く考えないよね」
それは事実だった。結月という存在は、まるで“いるけど、いない”ような輪郭の曖昧さを持っていた。空気のように教室に存在し、誰の記憶にも強く残らない。でも、だからこそ、あんな形で誰かに存在を示す必要があったのではないか。真広はそう思った。
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「一応、気にはしとくよ。でも、あんまりのめり込まないようにね。ネットの“救い”って、案外うさんくさいから」
そう言いながら、彼女はおもむろにポテトチップスの袋を開き、ボリボリと音を立てた。その音が、やけに大きく響いた気がした。真広は再びスマホを開き、あの配信ページを見つめた。カウントダウンは、少しだけ減っていた。22時間33分。彼の中で、何かが静かに、しかし確かに、選ばれつつあった。拡散するか、黙って見守るか。誰も教えてはくれない。だが、次に選ぶ行動が、たしかにこの物語の続きを決めてしまうことだけは、わかっていた。
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