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第2章:消された投稿

1.検索履歴の空白

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日曜日の昼下がり。真広はリビングの隅にある自分の定位置、使い古したクッションソファの上で膝を立て、スマホを両手で挟み込むようにしていた。誰に見られるわけでもないのに、まるで背中を丸めて秘密を抱えるスパイのような姿勢になるのは、表示している画面が“人の痕跡”であって“人そのもの”ではないからかもしれない。画面には、検索欄に打ち込んだ「結月」の文字列が表示されていた。が、その下に表示される検索結果は、あまりにも貧弱だった。

昨日まではもう少し――といっても数件程度――あったはずの彼女の名前に関連する投稿が、目に見えて減っていた。明らかに少なくなっている。表示されていたものが削除されたのか、それともフィルターにかけられたのか、原因はわからない。だが、感覚的に“巻き戻っている”ような印象を受けた。少しずつ、確実に、彼女にまつわる情報がネットの海から“剥がれ落ちている”のだ。

SNSではよくあることだ。ユーザーがアカウントを削除したり、投稿を消したり、プライバシー保護のために鍵をかけることは日常茶飯事。だが、これはそういう“自主的な消去”とは違う。まるで存在そのものが、“書き換えられている”。彼女にまつわる記述の削除ではなく、まるで“初めから存在しなかったことにするための処理”が進行しているような、不気味な静けさだった。

ブラウザの検索履歴を開くと、昨日アクセスしたはずの彼女のアカウントURLが「ページが存在しません」に変わっていた。キャッシュに残っていたスクリーンショットを開いてみても、リンク先のプレビューがすべて無効化されている。再生数やいいね数もすべて“0”になっていた。それはまるで、彼女という存在の“人気”までもが巻き戻され、ゼロ地点にリセットされたかのような感覚だった。

真広はスマホを置き、代わりにノートPCを開いた。検索エンジンを変えたり、ログアウト状態で再検索したりしても、結果は同じだった。「結月 高校名」「結月 配信」「結月 失踪」「結月 拡散希望」――いくつものキーワードで探してみても、出てくるのは似たような話題ばかり。他人の自殺予告アカウント、過去に話題になった炎上投稿、フェイクニュース、都市伝説的な読み物。それらが検索結果の表層を占め、彼女の影はどこにもなかった。

ここまで“消える”ものなのか。彼女の名前は、そんなにありふれた単語ではない。なのに、特定の彼女だけが“見えなくなっていく”。スクロールするたびに、時間を遡るたびに、まるで誰かの手が“存在の上から薄い膜を何重にも塗り重ねていく”ような、そんな錯覚に陥った。

ふと、画面の隅に表示された関連検索ワードに目が留まった。「存在削除 SNS」「投稿消去 自動化」「アカウント巻き戻し」――そのどれもが、一見都市伝説のような、あるいは陰謀論のような匂いを纏っていた。しかし真広は、そのどれもが今の状況に対する“何らかの答え”になりうる気がしてならなかった。

そのうちのひとつ、「投稿消去 自動化」をクリックすると、いくつかの掲示板系サイトがヒットした。匿名掲示板のひとつを開くと、そこには「最近、投稿を消されたって話が増えてない?」というスレッドが立っていた。本文は短く、数行の愚痴程度だったが、レスの中には妙に具体的な話が含まれていた。

〈ある子が“死にたい”って投稿してから、全部の過去投稿が一気に消された〉
〈しかも、投稿者が消したんじゃなくて、たぶん“外から”消された〉
〈あの学校、昔から変な噂あるよ〉

そのレスに「どこの学校?」という返信が付き、さらにその下には、真広の通う高校の略称が書き込まれていた。正確な校名こそ伏せられていたが、地域名や制服の色の描写から、同じ学校を指しているのは明白だった。

ぞわり、と背筋が震えた。ここまで来ると、もはや単なる“偶然”では片付けられない。何者かが、彼女の痕跡を消し、あたかも“最初から存在していなかった”ように見せかけようとしている。しかも、それが“この学校”に関係している可能性がある。

真広は思い返す。教室の空気。誰もが彼女の不在を自然にスルーしていた異様な一体感。あれは本当に“無関心”だったのか?それとも、“思い出せないようにされている”のか?もしかしたら、自分だけが何らかの理由で“記憶を保持できている”のではないか?あのDMが届いたこと。それだけが、自分の中で唯一の現実との接点であるとすれば――。

スマホの通知音が鳴った。画面を見ると、結月のアカウントに関する“最後の投稿”が、再び削除されたという報告だった。それを記録していたアカウントからの通知だったが、同時にそのスクリーンショットが“画像保存用”の別アカウントに再投稿されていることも書かれていた。

真広は反射的にそのリンクを開いた。そこには、ストーリー形式で投稿された一枚の写真があった。薄暗い校舎の裏手。フェンス越しに見える空。そして、小さく記されたテキスト。

〈最後の写真を撮ってきた。さようなら〉

それは、まるで“自分の存在をアーカイブ化する”ような投稿だった。もう消えてしまうことを前提に、“一枚だけ遺す”。この画像が、彼女の“現実との最後の接点”かもしれないと思ったとき、真広は自分の心臓がいつになく早く脈打っているのを感じた。

検索結果は空白になりつつある。存在は希釈され、記録は巻き戻され、言葉は誰かに引用されて本来の意味を失っていく。だが、それでもここに“見つかった”ものがある。たった一枚の写真。それが、今のところの“唯一の残骸”だった。
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