聖女じゃなかったので、カフェで働きます

風音悠鈴

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2.初めての出勤、出会い

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朝の光がカーテンを透かして部屋に差し込む。
目が覚めた瞬間、昨日までのことが夢じゃなかったって実感した。
ベッドの柔らかさ、窓から聞こえる鳥の声、遠くの馬車の音。
ここが私の新しい日常なんだ。

(…がんばろ、今日から初出勤だ)

着替えて下に降りると、リノさんがキッチンでコーヒーを淹れてた。

「おはよう、アイリちゃん! よく寝れた?」
「おはようございます……はい、久しぶりにぐっすりでした」

リノさんがにっこり。

「良かった。じゃあ、まずは朝ごはんね。今日は特別に、私の特製トースト」

テーブルに置かれたのは、厚切りトーストにバターとジャム。
一口かじると、ふわっと香ばしい匂いが広がった。

「…おいしい」

思わず声が出た。
リノさんが笑う。

「アイリちゃんのsnow Jewelも、今日からメニュー入りだよ。お客さんに喜んでもらえるといいね」

制服はシンプルな黒のワンピースに白いエプロン。
リノさんが「可愛い!」って言ってくれたけど、自分で見るとちょっと恥ずかしい。
高校の文化祭以来の接客だもん。

「分からないことあったら、すぐ聞いてね。まずはカウンターの使い方から教えるよ」

店を開ける準備。
カップを並べて、コーヒー豆を挽いて、ショーケースに昨日作ったsnow Jewelを飾る。
白いメレンゲが雪みたいにふわふわで、冷凍マスカットがキラキラ光ってる。
(…これ、私が作ったんだよね)
なんだか胸が熱くなった。
開店時間。
カランカランとベルが鳴る。
最初のお客さんは近所のおばさん。

「いつものコーヒーとケーキで」

リノさんが慣れた手つきで対応してるのを見て、私も緊張しながら。

「いらっしゃいませ! お席へどうぞ」

声が少し震えたけど、おばさんが「新入りさん? がんばってね」って笑ってくれた。
ホッとした。
お昼近くになると、少しずつお客さんが増えてきた。
常連さんらしいおじさんが入ってきて、

「リノちゃん、新メニューあるって聞いたけど?」

リノさんが私を振り返る。

「今日から働いてもらう、アイリちゃんが作ったのよ。snow Jewel、食べてみて!」

私はトレイを持って、ドキドキしながらテーブルへ。

「お待たせしました、snow Jewelです」

おじさんがスプーンですくって一口。

「……おお! これはすごいな。冷たいのに食感がいいし、マスカットの酸味がアクセントになってる」
「ありがとうございます……!」

顔が熱くなった。
おじさんが満足そうに頷く。

「また来るよ。これ目当てで」

そんな感じで、午後まで接客が続いた。
初めてのミスもあった。
コーヒーを少しこぼしちゃって、慌てて拭いたり。
でも、リノさんが「大丈夫、次から気をつけようね」って優しくフォローしてくれた。

(…ここ、居心地いいな)




夕方近く。
カランカラン。
入ってきたのは、フードを深く被った男性。
メガネをかけてて、顔がよく見えない。
カウンターに座って、メニューをじっと見てる。

リノさんが小声で。

「珍しいお客さんね。アイリちゃん、対応してみて」
「は、はい……」

私は深呼吸して、近づく。

「いらっしゃいませ。何にしますか?」

男性がフードを少しずらして、メニューを指差す。

「snow Jewel、1つ」

声が低くて、聞き覚えがあるような……?

「snow Jewelですね。少々お待ちください」

キッチンで急いで作る。
アイスを盛って、クリームを絞って、メレンゲを乗せて、マスカットをトッピング。
完成したのをトレイに乗せて、テーブルへ。

「お待たせしました! snow Jewelです」

男性が顔を上げて、フードを完全に取った。
水色の瞳に銀髪、整った顔立ち。
……あ。

「久しぶり、アイリさん」

王立騎士団のサミュエルさんだった。
召喚された日の大広間にいた、あの人。

「え……サミュエルさん!?」

声が裏返っちゃった。
サミュエルさんがくすっと笑う。

「こんなところで会うなんてな。巷で噂のsnow Jewel、食べてみたかったんだ」
「噂……って、私の作ったやつが?」
「そうだよ。城の侍女たちが『リテールの新メニューがすごいらしい』って騒いでて」

サミュエルさんがスプーンですくって、一口。

「……うまい」

短い言葉だけど、目が少し細くなって、満足そう。

「ありがとうございます……」

心臓がドキドキしてる。
騎士なのに、こんな外れのカフェに来るなんて。
しかも、私の名前覚えてて。

「また来るよ」

サミュエルさんが立ち上がって、お金を置いて去っていった。
後ろ姿を見送りながら、思った。

(……この人、なんか気になる)





その日の夜。
店を閉めて、リノさんと片付け。

「アイリちゃん、今日お疲れ様。snow Jewel、大好評だったわよ」
「リノさんのおかげです……」

リノさんがにっこり。

「これから毎日、楽しみが増えそうね」 

ベッドに横になって、今日のことを思い出す。
接客の緊張。
お客さんの笑顔。
そして、水色の瞳。
異世界に来て、初めて「ここにいてよかった」って思えた日かも
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