旦那様から出て行ってほしいと言われたのでその通りにしたら、今になって後悔の手紙が届きました

伊久留りさ

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 アリシアが三度目の復縁を果たしてから、数か月が過ぎた。

 城に戻った当初、レオンハルトは以前よりも慎重に彼女と向き合っていた。書類の整理や来客の応対についても、彼女の意見を尊重し、無理な要求は控えていた。アリシアは、その変化を喜び、自分が選んだ道が間違っていなかったと信じていた。

「……今回は、本当に変わられたのかもしれません」

 ある夜、アリシアは寝室の窓辺に立ち、遠くに見える村の灯りをぼんやりと眺めていた。あの村での生活は、確かに穏やかだった。だが、彼女の心のどこかでは、この城に戻ることを望んでいた。レオンハルトの隣に立つことには、やはり特別な意味があった。

「……これで、ようやく……」

 彼女は、そう呟いた。だが、その言葉は、どこか空虚に響いた。過去二度の経験が、彼女の心に深い傷を残していたからだ。

 しかし、現実はそう簡単には彼女を解放してくれなかった。

 領地に新たな問題が発生した。隣国との貿易協定が再び破綻し、ヴァルドリアの経済が危機に瀕していた。レオンハルトは、連日会議に追われ、睡眠時間さえ削って書類に向き合っていた。

「……アリシア、この書類を明日までに整理してくれないか。私は、会議の準備で手が離せない」

「……かしこまりました。ですが、この量ですと、明日までには――」

「できるだろう?君なら」

 レオンハルトの言葉は、かつてのそれとは違っていた。優しさを含んでいた。だが、その内容は、かつてと何ら変わらなかった。

「……はい。できる限り、努めます」

 アリシアは、そう答えるしかなかった。彼女は、夜通し書類に向き合った。しかし、どれだけ頑張っても、明日までにすべてを終わらせることは不可能だった。

 翌日、レオンハルトは、机の上に積み上げられた書類を見て、眉をひそめた。

「……まだ、終わっていないのか」

「……申し訳ありません。この量ですと、どうしても――」

「言い訳はいい。結果がすべてだ。君は、私の期待に応えられなかった」

 アリシアは、胸を刺されるような痛みを感じた。彼の言葉は、かつての冷たさを思い出させた。

「……ですが、私は――」

「いい。もういい。君には、もっとできると思っていたのに。やはり、君は――」

 レオンハルトは、そこで言葉を止めた。だが、その目には、かつての失望がよみがえっていた。

「……やはり、私は、あなたの期待に応えられないのでしょうか」

「……そうだ。少なくとも、今の君では」

 アリシアは、静かに目を閉じた。彼女の心の中で、何かが砕ける音がした。それは、かつて砕けたものと同じだった。

「……わかりました」

「……どういう意味だ」

「私は、もう一度、この城から出て行きます。あなたが、私を必要としていないのなら、ここにいる理由はありません」

「……待て。私は、君を――」

「必要としていない、とおっしゃいましたよね?結果がすべてだ、と。ならば、私の結果は、あなたの期待に応えられていない。ですから、私は去ります」

 アリシアは、静かに立ち上がった。彼女の目には、涙はなかった。ただ、深い諦めだけが宿っていた。

「……二度と、戻ってきません。どうか、お忘れなく」

 そう言い残すと、アリシアは部屋を後にした。レオンハルトは、彼女の背中を見送るしかなかった。

 彼は、また同じ過ちを繰り返してしまったことに、ようやく気づいた。だが、もう遅かった。アリシアの心は、三度と戻らないだろう。

 アリシアは、再び村へと向かった。彼女の心は、かつてよりもずっと冷めていた。もう、あの男を信じることはない。そう、彼女は誓った。

 数日後、村の郵便配達人が、再びアリシアの元に一通の手紙を届けた。

「アリシアさん、お手紙でございます」

「……また、ですか」

 アリシアは、封筒を受け取ると、ため息をついた。差出人の名は書かれていなかったが、封蝋の紋章を見た瞬間、彼女はすべてを悟った。

 それは、ヴァルドリア領主の紋章だった。

「……また、同じ言葉を……」

 彼女は、封を切らずに、机の上に置いた。もう読む必要はない。中身は、いつもと同じだろう。後悔の言葉と、彼女を必要とする言葉。そして、また同じ過ちを繰り返すことになる。

「……でも、今回は、違います」

 アリシアは、静かに微笑んだ。彼女の心には、新たな決意が宿っていた。

「……私は、もう二度と、あの男の言葉に惑わされません。でも、それでも、私はあの男を選びました。何度でも、同じ過ちを繰り返すかもしれない。でも、それも私が選んだことです」

 彼女は、そう呟くと、手紙をしまい込んだ。読む必要はない。だが、捨てることもない。それは、彼女が選んだ道の証だからだ。

「……周囲がどう思おうと、構いません。私は、私が選んだことを誇りに思います」

 アリシアは、窓の外を見つめた。遠くに見える城の尖塔は、かつての彼女の世界のすべてだった。だが今は、ただの風景の一部に過ぎなかった。

「……でも、もしまたあの男が――」

 彼女は、そこで言葉を止めた。もう、そんなことは考えない。彼女は、自分自身の力で生きていく。たとえ、また同じ過ちを繰り返すとしても、それは彼女が選んだ道だ。

「……私は、私のままです」

 アリシアは、そう言い切ると、村の子どもたちの元へと向かった。彼女には、やるべきことがあった。彼女の新しい生活が、そこにはあった。

 レオンハルトの手紙は、机の引き出しの奥にしまわれたまま、しばらくの間、忘れ去られることになる。だが、いつかまた、彼女の心が揺れる日が来るかもしれない。その時、彼女はどうするだろうか――それは、まだ誰にもわからない。

 だが、一つだけ確かなことがある。アリシアは、もう二度と、自分自身を否定しない。たとえ、周囲がどう思おうと、彼女が選んだ道は、彼女自身のものだ。

 同じ過ちは、また繰り返されるのかもしれない。だが、次に彼女が選ぶ道は、もっと違うものになるだろう――そう信じたいと、アリシアは願っていた。

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