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勇者召喚編
9 因果応報
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「魔物たちが街をつくってる!?」
ここは異世界、モーレンジの森の中。
ハニィは丘の上から、トントンと木材で建設される家を眺めていた。
(魔物はここを拠点にして勢力を拡大させるつもりか……)
魔物の街は堅固に守られていた。
周囲には柵があり、遠くを見通せる矢倉には、弓を持ったオークがいる。
森を切り拓いた正門には、最も巨体なオークが槍を装備し、仲間の魔物以外、誰も通すつもりはなさそうだ。
ハニィは執事に命令を出した。
「ジョニ! 勇者リクと聖女ヒビキの退路を確保してくれ」
「かしこまりました」
「ジョニ」
「はい」
「死ぬなよ」
はい、とジョニは返答し、姿を消した。
ジョニは魔法が使える特別な戦士。オークの大群がいたとしても、子ども二人を助けるだけなら可能だろう。
ハニィは祈るような目で、魔物の街を眺めていた。
(頼んだぞ、ジョニ……)
◉
「さあ、魔物どもを一掃してこい!」
両手を広げたジャックが命令をする。
勇者リクと聖女ヒビキは、さっと衛兵や魔術師たちが離れていくので、「え?」と不安になった。
「嘘だろジャックさん、俺たちだけで戦うのか?」
「……ひどい」
抗議するリク。
泣きそうになるヒビキ。
ジャックは、ニヤリと笑った。
「君たちだけで十分だ。貴重な衛兵や魔術師の数を減らしたくない」
「は? 俺たちは死んでもいいっていうのかよ!?」
「ああ、かまわん、また召喚すればいいだけのこと」
ちくしょー! とリクは怒鳴った。
キョトン、としたジャックはやれやれと肩をすくめる。
「そんなに怒るな。逆に魔物を一掃してくれたら、君たちは英雄として王国に帰還できる。それからの未来は素晴らしいものを用意してあるのだぞ」
「な、なんだよ?」
「贅沢三昧なスローライフさ! まぁ、前世に帰ってもいいが、戦勝の美酒を味わったら、帰りたくなくなるだろうがな」
「……帰る」
「あ?」
「魔物を倒したら帰してくれ!」
ああ、わかった、とジャックは静かに答えた。
(嘘だ……)
と、ヒビキは直感した。
魔物たちの様子を観察するが、とても恐ろしい生き物とは思えない。人間と同じように家を建て、洗濯や料理をして、ただ平穏に暮らしているように見える。
(じゃあ、私たちのやろうとしてることって……)
ヒビキが真理を探究する一方、リクは戦闘体制に入る。たった一人で魔物の巣窟に挑むつもりだ。
「うおぉぉー!」
リクは走って正門へと向かう。
立ちはだかるのは巨体なオークだ。
「ファイヤーソード!」
リクの剣が燃え上がる。
華麗に飛び上がると、一閃!
見事、巨体オークは切られて倒れた。
舞い散る火の粉、燃える剣先、リクの身体からは、ボワッと魔力のオーラが放出していた。
「かっけぇぇぇー! 勇者リク! 魔族どもを燃やし尽くせぇー!」
はしゃぐジャック。
衛兵も魔術師も、その光景を遠くから眺めていたが、一人の若い衛兵がジャックに近づく。
「ジャック様、危険ですから離れてください」
「うるさい! こんな愉快な劇場はめったに見られんぞ? ほら、見ろ、忌々しい魔物がゴミのように燃えている! あはははは」
ジャックの目は赤い炎が宿り、心底まで狂ってしまったようだ。
ビクッと衛兵は引いてしまう。
魔術師が、そっと衛兵の肩に手を置いた。
「ほっておこう」
「だが……」
「ジャック様は魔物を恨んでいる。幼少のころ、王妃様を魔物に殺されて以来、ずっとな」
「そんなことが……」
「他国への旅の途中、魔物に襲われたのだ……」
「ジャック様……」
若い衛兵は、ジャックのことを悲しそうに見つめた。
当のジャックは踊り狂っている。
「いけー! やれ勇者よ! あははは、召喚してよかったー! スカッとしたぞ!」
燃え上がる魔物の群れ。
焼き尽くされる家。泣きさけぶオークの子ども。雌オークの亡骸。ひっくり返った土鍋。
燃え崩れる家の柱が、子オークに迫る。
だが、ヒビキが子オークを抱えて救出した。
暴れる子オークは何か叫び、どこかへ行ってしまう。
「ヒビキちゃん! なにやってんだよ?」
リクは特大な炎を放っていた。
ヒビキは自分の存在意義を失いかけていたが、子オークを助けたことで迷いが吹っ切れたようだ。
「なにって、魔物を助けたのよ」
「は? こいつらを倒さないと……」
「もうやめなよ!」
リクが言い切る前に、ヒビキが大声をあげる。
ビクッと驚いたリクだったが、魔物を倒すことはやめない。
ヒビキの訴えは続いていた。目から涙がこぼれ落ちている。
「もういいよ、やめよ……前世に帰る方法は他にもきっとあるよ……二人で逃げよう」
「ヒビキ……」
リクの炎が消えた。
わっと泣き崩れるヒビキのことを、リクは強く抱きしめる。
「ごめん、ヒビキ……」
「リク……」
勇者はやっと気づいたようだ。
こんなことをしても意味がない。こんなことをしたら、逆に因果応報のむくいを受けることとなる。
「きゃああ!」
「……しまった、やりすぎた」
燃え上がる火炎竜巻が森を飲み込んでいく。
リクの炎魔法が、モーレンジの森に引火したのだ。
魔物や動物たちが森から逃げていく。
衛兵や魔術師たちもだ。
みんな血相を変えて逃げていく。
「おい! はやく火を消せ!」
慌てふためくジャック。
魔術師たちは水魔法を放出するが、森の火は消えない。
森林火災は一度燃え上がったら最後、木々という燃料を焼き尽くすまでとまらない。
その火炎のうねりは、邪悪な悪魔となってジャックに襲いかかる。
燃え尽きる大木が、メキメキと爆音を立ててジャックの方に倒れてきた。
「ひぃいい!」
間一髪、ジャックは横っ飛びで逃げた。
だが、周囲は炎の海に飲み込まれている。
「おーい! 僕を助けろ! 衛兵! 魔術師ぃー!」
衛兵が近くにいたが、それは火だるまの人影に変わった。
「嘘だろ……」
ジャックに死の戦慄が走る。
魔術師が必死になって水魔法を放出するが、まるで役に立たない。
鎮火をあきらめた魔術師は、水をかぶり逃げていく。
「ジャック様も逃げてくださーい!」
「おい! 僕を置いて逃げるな! こらぁぁ! ひっ!」
メキメキメキ!
爆炎があがる。
炎の波が、まるで赤い竜のようにジャックを飲み込もうとしていた。
「ぎゃぁぁぁぁ!」
◉
「リク、どうしよう? 火を消さないと……」
うん、とリクは燃え盛る森を眺めていた。
魔物の街はすでに燃えつき、燻った灰と化している。
「どうしよう……どうしよう……」
ああ、情けない。
ヒビキの前でカッコいいところを見せたいが、火を消す知識も能力も彼にはなかった。
ただここにいるのは勇者でも何でもない。ただの子どもであり、火遊びで山火事を起こした張本人である。
その現実をヒビキは言わないが、心の中で思っていた。
だから、リクを責めるように提案した。
「王国に知らせに行こう!」
「なにを?」
「山火事を起こしてすいませんって謝るの」
「え? 嫌だよ……魔物を倒せって言ったのは王国のほうだろ? それに謝っても火は消えないぜ」
「私はいく……」
「マジか! 大人たちに怒られるぞヒビキ! 火なんて自然に消えるだろ、どうせ」
「でも、はやく知らせたほうが……火を消せる人が動いてくれるかもしれないし」
「そんなやついるか? 魔術師の水魔法だってダメなのに」
でも、とヒビキは反対する。
リクに謝る気配はない。
「もういいわ……私だけ王国に知らせにいく」
「ヒビキ! おい! 俺が燃やしたってチクるなよ!」
(ガキすぎる、この人……)
ヒビキの心は完全に冷めていた。
二人で逃げよう、なんて告白したが、きっと頭がどうかしてたのだ。
ヒビキは、ぶんぶんと頭を振って、リクの思いを記憶から消去した。
リクから離れていくヒビキ。
「ふん、勝手にしろヒビキ! 俺は他の国で異世界をスローライフするもんね! ハーレムをつくってやる……ぐへへ」
異世界の女の子から、チヤホヤされる妄想をする勇者。
だがそこへ、ザザッと不穏の音が鳴る。
振り返ると、生き残っていたオークが集結していた。
彼らの顔は怒りと憎しみで歪み、復讐の鬼となってリクに襲いかかる。
一方、王国に走り出すヒビキは襲われなかった。
子オークを抱えた雄オークが、「あの娘には手を出すな」と指示をだしているからだ。
「まだ生きていたか……しぶとい魔物め! おりゃあ!」
リクは強かった。
オークたちを返り討ちしていく。
彼は今、異世界で地上最強の勇者と言えた。
だが、永遠なんてものはない。
リクの魔力は限界に達し……底を尽きた。
「あれ? おっかしいな……火が出ない」
そこからは無惨であった。
泣きべそをかくリクは、じりじりと近づくオークから縄で縛られ、森の深くへと連れていかれるのだった。
◉
飛び散る火の粉、上空を舞う黒煙。
ヒビキは燃える森を迂回して歩いていた。
だが、王国の城にまったく近づけない。
(どうしよう……)
途方に暮れ、歩く足も疲れてきたその時!
メラメラ、と火の粉が飛んできた。
それは木を食べるように燃やし、ヒビキの周りはあっといまに火に包まれた。
「きゃぁぁあ!」
悲鳴をあげるヒビキ。
燃える木々が倒れ、ヒビキに襲いかかる。
(死んじゃう……)
と、ヒビキは絶望したが、なぜか身体がシャボン玉のなかにあった。
「聖女様! よかった、ご無事で!」
執事ジョニが走ってくる。
彼が水魔法でヒビキを助けていたのだ。
「さあ、避難しましょう」
「はい」
ジョニも身体に水魔法を張っていた。
「急ぎましょう! 私の魔力が底を尽きそうだ」
「はい!」
ヒビキはジョニの後を必死になって追いかけた。
向かった場所は王国とは反対だった。
勾配のある坂をのぼり、見晴らしのいい丘へとたどり着く。そこにいたのは、羽兜の剣士ハニィだった。
「ヒビキ!」
「ハニィ様!」
「ジョニ、ご苦労であった」
こくっとジョニはうなずく。
だが、リクの姿が見えないのでハニィは目を細め、遠くを見つめた。
「勇者リクはどうした?」
「別れました!」
ヒビキは、キッパリと言い切った。
唖然とするハニィとジョニ。
「どういうことだ?」
「森に火をつけたのはリクなんです。それなのに謝らないし、王国にも戻りたくない、他の国でスローライフするって言ってました」
「そうか……それは残念だ」
ハニィは首を振って目を閉じた。
(リクは強い……きっと大丈夫だろう)
それよりも問題は火災だ。
丘の上は絶景で、燃えている森が見渡せる。
ヒビキは、はっとして危機感を覚えた。
「もしかして……火災が王国の方に向かってる?」
その通りだった。
ハニィたちのいる丘から見ると一目瞭然。轟音をあげる火災は、ゆっくりとだが王国に向かっていた。
しかもそれは貧民街ではなく、城側の貴族街であった。
ハニィは燃えあがる森を見つめる。火は生き物のように動き、モーレンジの森を食べ尽くそうとしていた。
「国家滅亡の危機だ……」
ここは異世界、モーレンジの森の中。
ハニィは丘の上から、トントンと木材で建設される家を眺めていた。
(魔物はここを拠点にして勢力を拡大させるつもりか……)
魔物の街は堅固に守られていた。
周囲には柵があり、遠くを見通せる矢倉には、弓を持ったオークがいる。
森を切り拓いた正門には、最も巨体なオークが槍を装備し、仲間の魔物以外、誰も通すつもりはなさそうだ。
ハニィは執事に命令を出した。
「ジョニ! 勇者リクと聖女ヒビキの退路を確保してくれ」
「かしこまりました」
「ジョニ」
「はい」
「死ぬなよ」
はい、とジョニは返答し、姿を消した。
ジョニは魔法が使える特別な戦士。オークの大群がいたとしても、子ども二人を助けるだけなら可能だろう。
ハニィは祈るような目で、魔物の街を眺めていた。
(頼んだぞ、ジョニ……)
◉
「さあ、魔物どもを一掃してこい!」
両手を広げたジャックが命令をする。
勇者リクと聖女ヒビキは、さっと衛兵や魔術師たちが離れていくので、「え?」と不安になった。
「嘘だろジャックさん、俺たちだけで戦うのか?」
「……ひどい」
抗議するリク。
泣きそうになるヒビキ。
ジャックは、ニヤリと笑った。
「君たちだけで十分だ。貴重な衛兵や魔術師の数を減らしたくない」
「は? 俺たちは死んでもいいっていうのかよ!?」
「ああ、かまわん、また召喚すればいいだけのこと」
ちくしょー! とリクは怒鳴った。
キョトン、としたジャックはやれやれと肩をすくめる。
「そんなに怒るな。逆に魔物を一掃してくれたら、君たちは英雄として王国に帰還できる。それからの未来は素晴らしいものを用意してあるのだぞ」
「な、なんだよ?」
「贅沢三昧なスローライフさ! まぁ、前世に帰ってもいいが、戦勝の美酒を味わったら、帰りたくなくなるだろうがな」
「……帰る」
「あ?」
「魔物を倒したら帰してくれ!」
ああ、わかった、とジャックは静かに答えた。
(嘘だ……)
と、ヒビキは直感した。
魔物たちの様子を観察するが、とても恐ろしい生き物とは思えない。人間と同じように家を建て、洗濯や料理をして、ただ平穏に暮らしているように見える。
(じゃあ、私たちのやろうとしてることって……)
ヒビキが真理を探究する一方、リクは戦闘体制に入る。たった一人で魔物の巣窟に挑むつもりだ。
「うおぉぉー!」
リクは走って正門へと向かう。
立ちはだかるのは巨体なオークだ。
「ファイヤーソード!」
リクの剣が燃え上がる。
華麗に飛び上がると、一閃!
見事、巨体オークは切られて倒れた。
舞い散る火の粉、燃える剣先、リクの身体からは、ボワッと魔力のオーラが放出していた。
「かっけぇぇぇー! 勇者リク! 魔族どもを燃やし尽くせぇー!」
はしゃぐジャック。
衛兵も魔術師も、その光景を遠くから眺めていたが、一人の若い衛兵がジャックに近づく。
「ジャック様、危険ですから離れてください」
「うるさい! こんな愉快な劇場はめったに見られんぞ? ほら、見ろ、忌々しい魔物がゴミのように燃えている! あはははは」
ジャックの目は赤い炎が宿り、心底まで狂ってしまったようだ。
ビクッと衛兵は引いてしまう。
魔術師が、そっと衛兵の肩に手を置いた。
「ほっておこう」
「だが……」
「ジャック様は魔物を恨んでいる。幼少のころ、王妃様を魔物に殺されて以来、ずっとな」
「そんなことが……」
「他国への旅の途中、魔物に襲われたのだ……」
「ジャック様……」
若い衛兵は、ジャックのことを悲しそうに見つめた。
当のジャックは踊り狂っている。
「いけー! やれ勇者よ! あははは、召喚してよかったー! スカッとしたぞ!」
燃え上がる魔物の群れ。
焼き尽くされる家。泣きさけぶオークの子ども。雌オークの亡骸。ひっくり返った土鍋。
燃え崩れる家の柱が、子オークに迫る。
だが、ヒビキが子オークを抱えて救出した。
暴れる子オークは何か叫び、どこかへ行ってしまう。
「ヒビキちゃん! なにやってんだよ?」
リクは特大な炎を放っていた。
ヒビキは自分の存在意義を失いかけていたが、子オークを助けたことで迷いが吹っ切れたようだ。
「なにって、魔物を助けたのよ」
「は? こいつらを倒さないと……」
「もうやめなよ!」
リクが言い切る前に、ヒビキが大声をあげる。
ビクッと驚いたリクだったが、魔物を倒すことはやめない。
ヒビキの訴えは続いていた。目から涙がこぼれ落ちている。
「もういいよ、やめよ……前世に帰る方法は他にもきっとあるよ……二人で逃げよう」
「ヒビキ……」
リクの炎が消えた。
わっと泣き崩れるヒビキのことを、リクは強く抱きしめる。
「ごめん、ヒビキ……」
「リク……」
勇者はやっと気づいたようだ。
こんなことをしても意味がない。こんなことをしたら、逆に因果応報のむくいを受けることとなる。
「きゃああ!」
「……しまった、やりすぎた」
燃え上がる火炎竜巻が森を飲み込んでいく。
リクの炎魔法が、モーレンジの森に引火したのだ。
魔物や動物たちが森から逃げていく。
衛兵や魔術師たちもだ。
みんな血相を変えて逃げていく。
「おい! はやく火を消せ!」
慌てふためくジャック。
魔術師たちは水魔法を放出するが、森の火は消えない。
森林火災は一度燃え上がったら最後、木々という燃料を焼き尽くすまでとまらない。
その火炎のうねりは、邪悪な悪魔となってジャックに襲いかかる。
燃え尽きる大木が、メキメキと爆音を立ててジャックの方に倒れてきた。
「ひぃいい!」
間一髪、ジャックは横っ飛びで逃げた。
だが、周囲は炎の海に飲み込まれている。
「おーい! 僕を助けろ! 衛兵! 魔術師ぃー!」
衛兵が近くにいたが、それは火だるまの人影に変わった。
「嘘だろ……」
ジャックに死の戦慄が走る。
魔術師が必死になって水魔法を放出するが、まるで役に立たない。
鎮火をあきらめた魔術師は、水をかぶり逃げていく。
「ジャック様も逃げてくださーい!」
「おい! 僕を置いて逃げるな! こらぁぁ! ひっ!」
メキメキメキ!
爆炎があがる。
炎の波が、まるで赤い竜のようにジャックを飲み込もうとしていた。
「ぎゃぁぁぁぁ!」
◉
「リク、どうしよう? 火を消さないと……」
うん、とリクは燃え盛る森を眺めていた。
魔物の街はすでに燃えつき、燻った灰と化している。
「どうしよう……どうしよう……」
ああ、情けない。
ヒビキの前でカッコいいところを見せたいが、火を消す知識も能力も彼にはなかった。
ただここにいるのは勇者でも何でもない。ただの子どもであり、火遊びで山火事を起こした張本人である。
その現実をヒビキは言わないが、心の中で思っていた。
だから、リクを責めるように提案した。
「王国に知らせに行こう!」
「なにを?」
「山火事を起こしてすいませんって謝るの」
「え? 嫌だよ……魔物を倒せって言ったのは王国のほうだろ? それに謝っても火は消えないぜ」
「私はいく……」
「マジか! 大人たちに怒られるぞヒビキ! 火なんて自然に消えるだろ、どうせ」
「でも、はやく知らせたほうが……火を消せる人が動いてくれるかもしれないし」
「そんなやついるか? 魔術師の水魔法だってダメなのに」
でも、とヒビキは反対する。
リクに謝る気配はない。
「もういいわ……私だけ王国に知らせにいく」
「ヒビキ! おい! 俺が燃やしたってチクるなよ!」
(ガキすぎる、この人……)
ヒビキの心は完全に冷めていた。
二人で逃げよう、なんて告白したが、きっと頭がどうかしてたのだ。
ヒビキは、ぶんぶんと頭を振って、リクの思いを記憶から消去した。
リクから離れていくヒビキ。
「ふん、勝手にしろヒビキ! 俺は他の国で異世界をスローライフするもんね! ハーレムをつくってやる……ぐへへ」
異世界の女の子から、チヤホヤされる妄想をする勇者。
だがそこへ、ザザッと不穏の音が鳴る。
振り返ると、生き残っていたオークが集結していた。
彼らの顔は怒りと憎しみで歪み、復讐の鬼となってリクに襲いかかる。
一方、王国に走り出すヒビキは襲われなかった。
子オークを抱えた雄オークが、「あの娘には手を出すな」と指示をだしているからだ。
「まだ生きていたか……しぶとい魔物め! おりゃあ!」
リクは強かった。
オークたちを返り討ちしていく。
彼は今、異世界で地上最強の勇者と言えた。
だが、永遠なんてものはない。
リクの魔力は限界に達し……底を尽きた。
「あれ? おっかしいな……火が出ない」
そこからは無惨であった。
泣きべそをかくリクは、じりじりと近づくオークから縄で縛られ、森の深くへと連れていかれるのだった。
◉
飛び散る火の粉、上空を舞う黒煙。
ヒビキは燃える森を迂回して歩いていた。
だが、王国の城にまったく近づけない。
(どうしよう……)
途方に暮れ、歩く足も疲れてきたその時!
メラメラ、と火の粉が飛んできた。
それは木を食べるように燃やし、ヒビキの周りはあっといまに火に包まれた。
「きゃぁぁあ!」
悲鳴をあげるヒビキ。
燃える木々が倒れ、ヒビキに襲いかかる。
(死んじゃう……)
と、ヒビキは絶望したが、なぜか身体がシャボン玉のなかにあった。
「聖女様! よかった、ご無事で!」
執事ジョニが走ってくる。
彼が水魔法でヒビキを助けていたのだ。
「さあ、避難しましょう」
「はい」
ジョニも身体に水魔法を張っていた。
「急ぎましょう! 私の魔力が底を尽きそうだ」
「はい!」
ヒビキはジョニの後を必死になって追いかけた。
向かった場所は王国とは反対だった。
勾配のある坂をのぼり、見晴らしのいい丘へとたどり着く。そこにいたのは、羽兜の剣士ハニィだった。
「ヒビキ!」
「ハニィ様!」
「ジョニ、ご苦労であった」
こくっとジョニはうなずく。
だが、リクの姿が見えないのでハニィは目を細め、遠くを見つめた。
「勇者リクはどうした?」
「別れました!」
ヒビキは、キッパリと言い切った。
唖然とするハニィとジョニ。
「どういうことだ?」
「森に火をつけたのはリクなんです。それなのに謝らないし、王国にも戻りたくない、他の国でスローライフするって言ってました」
「そうか……それは残念だ」
ハニィは首を振って目を閉じた。
(リクは強い……きっと大丈夫だろう)
それよりも問題は火災だ。
丘の上は絶景で、燃えている森が見渡せる。
ヒビキは、はっとして危機感を覚えた。
「もしかして……火災が王国の方に向かってる?」
その通りだった。
ハニィたちのいる丘から見ると一目瞭然。轟音をあげる火災は、ゆっくりとだが王国に向かっていた。
しかもそれは貧民街ではなく、城側の貴族街であった。
ハニィは燃えあがる森を見つめる。火は生き物のように動き、モーレンジの森を食べ尽くそうとしていた。
「国家滅亡の危機だ……」
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