ゆったりおじさんの魔導具作り~召喚に巻き込んどいて王国を救え? 勇者に言えよ!~

ぬこまる

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王位継承編

11 青春の味 3

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「ってことがあってねぇ、あたしはハイランド王国にいるんだよぉ」

 ここは紫娼館にあるマッカランの部屋。
 彼女の身の上話を聞いているうちに、ヤマザキとヒビキは、「えんえん」「しくしく」と泣いていた。

「大変だったな~マッカラ~ン! えんえん」
「女将さん……絶対にお母さんに会いに行きましょう! しくしく」

 あんたたち……とマッカランの瞳もうるうるしてきた。
 
「ヒビキ、すまなかったねぇ……ダニエル王から使えない聖女だ! って聞いただけで、異世界人だとは知らんかったよぉ」
「いいんです。わたしが怖くて言えなかったのも悪いので」
「それにしても、回復魔法かぇ……すごいねぇ」

 いえ、それしか使えません、とヒビキは謙遜する。
 マッカランは茶をすすり、おほんと咳払いをした。

「だったら魔法の基礎を教えてやるよぉ。魔力探知できるようにしたいんだろぉ?」
「はい、ありがとうございます」
「まずは魔力のコントロールから始めるよぉ」
「はい!」

 ヒビキは優等生のように姿勢を正した。
 まるで空気みたいになったヤマザキは、中庭にある植物の観察をすることにした。
 竹林、稲、ピーマン、ナス、キャベツなどの野菜たち。
 
(奇跡だ……)

 と、ヤマザキは感動した。
 沈没船から漂着した宝箱、その中に入っていたマッカランと種が、今こうして実り良く育っているのだから。
 キャベツの葉をもぎ取って、むしゃむしゃ食べてみる。

「うまい!」

 お好み焼きとか作りたいな、と思うヤマザキ。
 しばらくすると、ヒビキがやってきた。
 まるで、うさぎのように、むしゃむしゃ野菜を食べてるヤマザキを見て、嫌な顔をするヒビキ。

「え、きもっ……何やってるですか?」
「ん……ちょっと味見を」
「味見ってレベルじゃあないですよ……これじゃあ畑荒らしです」
「そうか……それより、魔力探知はできるようになったのか?」
「ばっちりです」

 ヒビキは、片目をつむってウィンクした。
 可愛いじゃねぇか、とヤマザキは思った。
 すると、ははははっ、とマッカランが笑いながらやって来る。

「ヤマザキさん、あんた野菜が好きかぇ?」
「うん」
「あたしも野菜が好きなんだぁ」
「じゃあ、今度、はらぺこ食堂に来いよ。お好み焼き、食べさせてやるから」
「あんた、料理できるのかぇ?」
「うん、だからちょっと食材を分けてくれよ」
「いいよいいよぉ! ああん、ホントに好きになりそうだよぉ」
 
 マッカランは、ぎゅっとヤマザキに抱きつく。
 ヒビキは目を細めた。

(女将さん、太客にもああいうことしてたな……)

 しかし、ヤマザキは嬉しそうだ。
 このおじさん、悪い女に騙されるタイプだ、とヒビキは思った。

(私が守ってあげないと……)

 そう決心していると、ヤマザキは食材を分けてもらうため、ガンガン鞄に詰めていた。
 まるでスーパーに買い物に来た主婦だ。

「そんなにいっぱい持ってぇ、また来ればいいだろぉ」
「それもそうだな」
「そうさ、また一人でおいでよぉ、今度はあっちの方も楽しませてあげるからさぁ」
「……お、おう」

 マッカランの誘惑に、鼻の下を伸ばすヤマザキ。
 すると、ぐいっとヤマザキの腕が引っ張られる。
 ヒビキは正義感が強いのだ。

「おじさん、私といっしょに行きましょう」
「え、なんで?」
「なんでもです。一人で紫娼館に行ったら、怒りますからね!」

 ぎろっとヒビキから睨まれるヤマザキ。
 マッカランは、なんとなくヒビキの恋心が理解できたので、「ふふっ」と微笑んでしまう。

「ヒビキ、ヤマザキさん、いっしょにおいでよぉ」
「マッカランも食堂に来いよな」
「ええ、そうするわぁ」
 
 手を振って、二人は紫娼館から出ていった。
 外はもうすっかり暗くて、飲み屋の灯りが風に揺れている。
 ちょっと肌寒い。
 そんな中、通り道に人が集まっている。
 なんだろう? と覗き込むと、上半身裸の男が逆立ちしたり、バク転したり、まるで曲芸師のようだ。

「あ! ヤマザキさーん、やっと帰ってきた」

 しゅたっと地面に着地したのは、執事ジョニ。
 彼はずっと筋トレしていたようだ。綺麗に腹筋が割れている。
 ヒビキは、「え?」と引いていた。

「こわっ……この人、なんで裸なんですか?」
「すまんすまん、ジャケットをジョニから借りていたんだ」
「そういうことでしたか」

 ジョニはジャケットを受け取って、さらに手を伸ばす。

「あのぉ、シャツは?」
「あ、ごめん、破けた」
「え? ないんですか?」
「うん、ごめん」
「ええええ! じゃあ、ジャケットの下が裸なんて、変態じゃないですか!」
「いや、もう十分ジョニは変態だから」
「え?」

 やだ~なにあれ~、と貴族のお姉さんたちから、ジョニは好奇な目で見られていた。

「うわぁぁ! ヤマザキさんのせいですからね!」
「まぁ、いいじゃないか、聖女様も救出てきたんだし」
「お! 聖女様!」

 ヒビキは紫の衣装を着ている。
 なので、パッと見ではヒビキだと確認できなかったのだろう。
 ジョニは、ヒビキに駆け寄ると頭を下げた。

「申し訳ありませんでした。もっと早く紫娼館から救出したかったのですが、時間がかかってしまいました……」
「もういいです。勇者リクの暴走を止められなかった私も悪いですから、当然の罰だと思います」
「聖女様……」

 ジョニは泣いていた。
 ヤマザキは彼の肩を、ぽんと叩く。後は頼んだぞ、という意思が感じられた。

「じゃあな、おやすみ~」
「ちょちょちょっと待ってください! 聖女様は?」 
「あ? 城に連れていけば?」
「無理ですよ~ダニエル王に怒られます」
「ああ~、そんならジョニの家は?」
「むりむり! 妻に怒られます」
「あんた怒られてばっかりだな……じゃあ、ホテルとかない?」

 いや~、とジョニは渋い顔をする。
 見ての通り、どうやら貴族街は酔っ払いが多く、治安が悪いらしい。

「貴族街に一件ありますけど、強盗する冒険者に注意してくださいね」
「なぁ、その強盗する冒険者ってなんだよ?」
「ギルドが上手く機能してないんです。クエストだけじゃあ食っていけないのが現実でして……」

 ふと思う。
 ラフロイグたちもそうだった。かつて冒険者として活躍していたが、仕方なく強盗に転職していたな、と。
 
「おいおい、この国は問題ばかりだな」
「はい! すごいですよね! わははは!」
「いや、笑うとこじゃないから……」

 やれやれ、と肩をすくめるヤマザキ。
 すると、ちょんちょんと背中を触られた。ヒビキが指さしている。

「ホテルってあれですか?」

 ん? と見てみると、そこにはピンク色の明かりが灯る建物があった。
 まぁ、ホテルに変わりないが、ヒビキが納得するとは思えない。

「いや、あそこマズイだろ」
「別にいいです。今日は疲れました。魔法を使ったせいでしょうか……シャワー浴びて寝たいです……」

 目がしょぼしょぼしているヒビキ。
 適切な判断ができないのだろう。自分から歩いて、ホテルに入っていく。

「あいつ、金も持ってないのに! ったく世話の焼けるガキだぜ」

 ヤマザキは、走ってヒビキを追いかける。
 それを後ろから見ているジョニは、

「なんだかんだ言って優しいんだよな~、ヤマザキさんは……だからハニィ様も……」

 とつぶやいて、踵を返して去っていくのだった。


 ◉


「ちょっとここで待ってろ」

 はい、と返事をするヒビキ。
 ここは貴族街にあるホテル。
 ヤマザキは受付でチェックインの手続きにいった。
 一人ぽつん、とロビーで立っていると、なんでこんなことに? と急に冷静になったヒビキは思う。

(おじさんとホテルに……どうしよう……)

 だが、どこにも行くあてがない。
 紫娼館にやっぱり戻るか?
 いや、戻りたくない。鳥籠の生活はもう嫌だ。もっと、もっと自由に暮らしたい。
 ふとヤマザキを見る。
 おじさんは異世界に来ても、楽しそうに暮らしているようだ。受付の男性と愉快に談笑している。

(すごいなぁ……)

 と、感心していると、「踊り子ちゃん!」と声をかけられた。
 振り向くと、派手な衣装を着た貴族がいる。
 太客だ。
 と、ヒビキは理解した。貴族の指には大きな宝石がある。
 彼らは見栄の塊。見た目でしか価値を測れない愚者だ。

「金貨2枚でどう?」
「どう? ってなんですかいきなり」
「立ちんぼ、してるじゃないか」

 はっ! として自分の来ている衣装を確認する。 
 しまった。
 ヒビキは紫の衣装のまま外に出ている。これでは勘違いされても仕方ない。

「ほら、行こう!」
「やめてください!」

 無理やりに腕を引くので、

「きゃぁぁああ!」

 と悲鳴をあげてしまう。
 だが、スッと腕を引かれる力がなくなった。貴族の手は誰かに捕まれ、痛そうに顔をしかめている。
 顔を上げると、ヤマザキがいた。

「おれの女に手を出すな……」
「ひぇっ! すいませんでしたー!」

 貴族は一目散に逃げていく。
 やれやれ、とヤマザキはヒビキの衣装を見つめた。

「着替えないとな……それに、治安が悪すぎる、ここにヒビキちゃんを一人で泊まらせるのは危険だな……う~ん」
「……あ、あ」
「このホテルはやめよう。貧民街の方がまだマシだ、あっちに行こう」
「……は、は」
「どした? ヒビキちゃん?」

 ヒビキは瞳を大きく開けて、口に手を当てている。
 めちゃくちゃ驚いているようだ。
 
(えぇぇぇ! 私って、おじさんの女だったの!?)

 なんとなく察したヤマザキは、ぽりぽりと頭をかく。

「ああ、ごめん、ああ言った方が迫力あるかなと思って」
「いえ、かっこよかったです」

 なぜか、しょんぼりしてしまうヒビキ。
 自分の心情が、ふわふわと不安定になっていることに気づいた。

(なんだ演技か……でも、なんでドキドキしてるんだろう)

 とぼとぼ、とヤマザキの横を歩く。
 貧民街はパレードのときに行ったので、川や橋、それに古びた商店街などは見覚えがある。
 広場を抜けて、一件の店にたどり着く。看板には、はらぺこ食堂と書いてあった。

「とりあえず、しばらくここに泊まってくれ」
「え? ここって何ですか?」
「おれのバイト先さ、住み込みで働いてる」
「へ~ちゃんと働いてるんですね……リクとは考え方がまったく違う」
「そりゃそうさ、勇者はすごい能力があるからスローライフだって夢じゃない。でも、おれはおじさんだし、魔法が使えない無能だからな、こうやって地味に働くしかない」

 あははは、とヤマザキは笑いながら店に入っていく。
 ヒビキもそれに続いた。
 中はふつうのレストランで、控え目に言っても綺麗ではなかった。
 しかし、ヒビキの気持ちは落ち着いた。
 こういうのでいいのだ。こういう、中世ヨーロッパっぽい、古びた木材の家具やレンガの暖炉、厨房に立つよく知らないおじさん、そのどれもが異世界っぽくて良い感じがする。

 ぐぅ~

 顔を赤くするヒビキは、お腹を手で当てた。
 気を許した瞬間、お腹が鳴ってしまったのだ。

「お腹、空いたよな……そこにメニュー表があるから好きなの選べよ、作ってやるから」

 ヒビキは店内を見渡す。
 高めの椅子とカウンターがあり、そこに一枚の紙が置いてあった。
 それを見ると、ずらりと料理名が載っている。
 その中で、「お!」と一番目を引くものがあったので、ヒビキはそれを注文することにした。

「ハンバーガー、お願いします」

 わかった、と答えるヤマザキはエプロンに着替え、さっそく料理に取りかかった。
 トントン、と野菜や肉を包丁で切り、熱したフライパンで、それらを炒めていく。
 そのおじさんの姿、仕草を、じっと見つめてしまう。
 かっこいいのだ。
 料理する男の人って、こんなにかっこいいものなのか、とカウンターに座るヒビキは感動していた。
 あまりにも可愛い女の子が見てくるので、「シャワーでも浴びてこい」とヤマザキは恥ずかしそうに手を払う。

「厨房の奥にある、タオルと着替えは適当におれのやつを使ってくれ」

 はい、とヒビキは答え、シャワーに向かった。
 はらり、と紫の衣装を脱いだ瞬間、もう着なくてもいいんだ、と思い安心した。
 熱いシャワーを浴びると、心も身体も綺麗になって、嫌なこともリセットされた気持ちになる。

(さあ、がんばろうヒビキ! 元の世界に戻るため!)

 と自分に言い聞かせ、浴室から出た。
 着替えは、なるべく綺麗な服を来た。かなり大きいが、男物なので仕方ない。
 下はどれもウェストがぶかぶかで、履けそうにない。

(まぁ、見えないからいっか……)

 たしかに、太ももは露出しているが、ぶかぶかな服のせいで下着は隠せる。
 だが、その格好はヤマザキにとって、どストライクであった。自分の服を女子が着ていることも相まって、恥ずかしくて顔が赤くなってしまう。

「シャワーありがとうございます」
「……う、うん」
「わー! ハンバーガーできてる! 美味しそー!」
「あの、その……紙に包んで食べて」
「はい」

 ヤマザキの作ったハンバーガーは似ていた。
 青春の味だ。
 ヒビキの空っぽになった胃に、懐かしい味が入っていく。
 魔力が消費していると、かなりお腹が空くようだ。彼女は夢中で食べている。
 ふと顔を上げると、ヤマザキと目が合う。彼は笑っていた。

「なんですか? 口についてますか?」
「いや、美味しそうに食べるなぁ、と思って」
「似てるんです」
「あ、気づいたか! ハンバーガーショップの味を再現してみたんだ」
「トマトの酸味、それと肉汁を絡めるソースの味がそっくりです! わぁー学校の帰りに食べてた味だぁぁー! しくしく」

 ヒビキは泣いてしまった。
 それでも、もぐもぐ食べている。
 ヤマザキは察した。ホームシックになっているのだと。
 食べ終えたヒビキを見て、ヤマザキは優しい声で、「ヒビキちゃん」と呼んだ。

「帰りたいよな、日本に……」
「はい……でもどうやって?」

 ヤマザキは、ふっと微笑んだ。

「まぁ、なんとかなるさ」
「……はぁ」
 
 本当にゆったりしてる、とヒビキは思った。

 
 ◉


 その日の夜。
 
 ヒビキは四畳半の部屋で寝ることになった。
 ヤマザキは、毛布にくるまって廊下で寝ている。

「あの~、いっしょに寝ないんですか?」

 ヒビキの提案に、もう寝そうになっているヤマザキが答えた。

「んあぁ、狭いからいいよ、おれはここで……ふぁ~」
「じゃあ、タマを触らしてください。そうすればいっしょに寝れるのでは?」
「ん……ああ、そうかもな……」

 眠気で判断力が鈍っているヤマザキ。
 
「んしょ、んしょ」

 とヤマザキの手を引き、なんとかベットまで移動させることに成功。
 ガサゴソ、と鞄に手を入れたヒビキは、ぽわわんと二頭身のミニモフに変身した。あとは布団の中にダイブするだけだ。

「んしょっ! くん、くん、ん~やっぱり甘くていい香り……」

 ヒビキの心は落ち着いた。
 異世界に来て、ずっと独りだったせいか寂しかったのだ。
 ヤマザキは、ぬいぐるみのような二頭身ヒビキといっしょに、深い眠りへと落ちていく。
 翌日、朝チュンして大騒ぎすることになるのは、言うまでもない。
 
「うわぁぁぁああ! ヒビキちゃん!?」
「おはようございます……ふぁ~よく寝た」

 
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