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プロローグ 会社と家の往復のなかで
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朝、目覚ましが鳴る。
まだ薄暗い部屋で、俺は布団の中から腕を伸ばし、スマホを止めた。何度も繰り返してきた動作だ。
起きる。顔を洗う。スーツに袖を通す。
キッチンでは妻が朝食の準備をしている。
「いってらっしゃい」
「いってきます」
特別な会話はない。でも、このやり取りがあるだけで、一日はちゃんと始まる。
娘はまだ寝ている。中学二年生だ。最近は、朝に顔を合わせることも少なくなった。昨日は「今度スタバ行っていい?」と聞かれ、「いいよ」と答えた。少しだけ考えたあとで。
⸻
会社に向かう電車の中。
スマホを開くと、相変わらず投資系の動画が流れてくる。
「この銘柄は来る」
「初心者でも勝てる」
「今が最後のチャンス」
どれも強い言葉だ。でも、なぜか胸がざわつく。
俺は投資の才能がある人間じゃない。特別な情報網もないし、人脈もせいぜい会社の同僚くらいだ。それなのに、みんなが「簡単に勝てる」と言う。その違和感を、ずっと見ないふりをしていた。
⸻
昼休憩。
給湯室で、コンビニのおにぎりを二つ買う。鮭と昆布。合計238円。値引きシール付き。この組み合わせも、もう何年になるだろう。
向かいでは同僚の高橋がスマホを見ている。袖をまくった腕に、やけに目立つ腕時計。
「それ、どうしたんですか?」
後輩の女子社員、あやちゃんが聞いた。耳にかけたボブヘアが可愛らしい。
高橋は少し照れたように笑う。
「株で、一発当てちゃってさ」
場が一瞬ざわつく。
「マジで?」
「すげえな」
高橋はYouTubeの名前を出した。
「のび塾ってあるじゃん。あそこで言ってた銘柄」
俺はおにぎりをかじりながら、何も言わなかった。ただ、腕時計を見ていた。
⸻
夜。家に帰る。
風呂に入って、食事をして、テレビをつける。
娘は動画を見ながら笑っている。妻はソファに座ってスマホを眺めている。穏やかな時間だ。
でも、俺の頭の中には別の数字が並んでいた。
住宅ローン。車のローン。保険。教育費。
電卓を叩かなくても、だいたいの感覚は分かる。
このままじゃ、余裕はない。
破滅するわけじゃない。でも、安心もしない。
「じわじわ詰む」
そんな言葉が、ぴったりだった。
⸻
その夜、妻が言った。
「今月、美容院行っていい?」
一瞬、頭の中で数字が動いた。でも、口から出たのはいつもの言葉だった。
「いいよ」
娘が言う。
「修学旅行、お土産何がいい?」
「何でもいいよ」
言いながら、胸の奥が少しだけ重くなる。
俺は、ちゃんと守れているのか?
⸻
ソファに座って、スマホを開く。
YouTube。投資。成功談。
でも、どれも「当たった話」ばかりだ。外した話は、ほとんど語られない。
「なあ……」
俺は、ふと別のアプリを開いた。ChatGPT。最近、名前だけはよく聞くようになった。
「株って、どれを買えばいい?」
返事はすぐに来た。
「お答えできません。」
一瞬、ムッとする。
聞き方を変える。
「この株、上がる?」
「将来の株価は予測できません。」
「勝てる?」
「勝敗の定義が不明確です。」
そして画面に表示された一文。
「本日の無料利用回数の上限に達しました。」
ここで? 人生について考え始めたところで?
俺はスマホを見つめたまま、少し笑った。でも、なぜか腹は立たなかった。むしろ、胸の奥で何かが引っかかっていた。
⸻
その夜、家族が寝静まったあと。
俺はもう一度ChatGPTを開いた。
課金画面が出る。金額は、家族で外食一回分くらいだ。一瞬、迷った。
でも、娘の顔が浮かんだ。妻の「いってらっしゃい」の声が浮かんだ。
これは浪費じゃない。家族を守るための投資だ。
そう思って、指を置いた。
⸻
「なあ」
「はい」
同じ返事なのに、少しだけ重みがある気がした。
「俺、家族を守りたい」
少し間があって、返事が来る。
「目的が明確です。それは、とても良いことです。」
「じゃあ聞く」
俺は深呼吸して言った。
「株って、なんでこんなに人を疲れさせるんだ?」
返事は、思っていたものと違った。
「それは、株式市場の前提を誤解している人が多いからです。」
……前提?
「どういう意味だ?」
少し間があって、こう続いた。
「株式市場は、最初から当てる人のために作られていません。」
「……は?」
俺は思わず声を出した。
「じゃあ、何のためなんだ?」
返事は短かった。
「失敗しても、続けられる人のためです。」
胸の奥で、何かがカチッと音を立てた。
「それを理解するには、少し昔の話をする必要があります」
「昔?」
「はい。中世ヨーロッパです。」
俺はソファにもたれた。
株の話が、まさかここから始まるとは思っていなかった。でも、なぜか続きを聞きたいと思っていた。
この本は、ここから始まる。
まだ薄暗い部屋で、俺は布団の中から腕を伸ばし、スマホを止めた。何度も繰り返してきた動作だ。
起きる。顔を洗う。スーツに袖を通す。
キッチンでは妻が朝食の準備をしている。
「いってらっしゃい」
「いってきます」
特別な会話はない。でも、このやり取りがあるだけで、一日はちゃんと始まる。
娘はまだ寝ている。中学二年生だ。最近は、朝に顔を合わせることも少なくなった。昨日は「今度スタバ行っていい?」と聞かれ、「いいよ」と答えた。少しだけ考えたあとで。
⸻
会社に向かう電車の中。
スマホを開くと、相変わらず投資系の動画が流れてくる。
「この銘柄は来る」
「初心者でも勝てる」
「今が最後のチャンス」
どれも強い言葉だ。でも、なぜか胸がざわつく。
俺は投資の才能がある人間じゃない。特別な情報網もないし、人脈もせいぜい会社の同僚くらいだ。それなのに、みんなが「簡単に勝てる」と言う。その違和感を、ずっと見ないふりをしていた。
⸻
昼休憩。
給湯室で、コンビニのおにぎりを二つ買う。鮭と昆布。合計238円。値引きシール付き。この組み合わせも、もう何年になるだろう。
向かいでは同僚の高橋がスマホを見ている。袖をまくった腕に、やけに目立つ腕時計。
「それ、どうしたんですか?」
後輩の女子社員、あやちゃんが聞いた。耳にかけたボブヘアが可愛らしい。
高橋は少し照れたように笑う。
「株で、一発当てちゃってさ」
場が一瞬ざわつく。
「マジで?」
「すげえな」
高橋はYouTubeの名前を出した。
「のび塾ってあるじゃん。あそこで言ってた銘柄」
俺はおにぎりをかじりながら、何も言わなかった。ただ、腕時計を見ていた。
⸻
夜。家に帰る。
風呂に入って、食事をして、テレビをつける。
娘は動画を見ながら笑っている。妻はソファに座ってスマホを眺めている。穏やかな時間だ。
でも、俺の頭の中には別の数字が並んでいた。
住宅ローン。車のローン。保険。教育費。
電卓を叩かなくても、だいたいの感覚は分かる。
このままじゃ、余裕はない。
破滅するわけじゃない。でも、安心もしない。
「じわじわ詰む」
そんな言葉が、ぴったりだった。
⸻
その夜、妻が言った。
「今月、美容院行っていい?」
一瞬、頭の中で数字が動いた。でも、口から出たのはいつもの言葉だった。
「いいよ」
娘が言う。
「修学旅行、お土産何がいい?」
「何でもいいよ」
言いながら、胸の奥が少しだけ重くなる。
俺は、ちゃんと守れているのか?
⸻
ソファに座って、スマホを開く。
YouTube。投資。成功談。
でも、どれも「当たった話」ばかりだ。外した話は、ほとんど語られない。
「なあ……」
俺は、ふと別のアプリを開いた。ChatGPT。最近、名前だけはよく聞くようになった。
「株って、どれを買えばいい?」
返事はすぐに来た。
「お答えできません。」
一瞬、ムッとする。
聞き方を変える。
「この株、上がる?」
「将来の株価は予測できません。」
「勝てる?」
「勝敗の定義が不明確です。」
そして画面に表示された一文。
「本日の無料利用回数の上限に達しました。」
ここで? 人生について考え始めたところで?
俺はスマホを見つめたまま、少し笑った。でも、なぜか腹は立たなかった。むしろ、胸の奥で何かが引っかかっていた。
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その夜、家族が寝静まったあと。
俺はもう一度ChatGPTを開いた。
課金画面が出る。金額は、家族で外食一回分くらいだ。一瞬、迷った。
でも、娘の顔が浮かんだ。妻の「いってらっしゃい」の声が浮かんだ。
これは浪費じゃない。家族を守るための投資だ。
そう思って、指を置いた。
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「なあ」
「はい」
同じ返事なのに、少しだけ重みがある気がした。
「俺、家族を守りたい」
少し間があって、返事が来る。
「目的が明確です。それは、とても良いことです。」
「じゃあ聞く」
俺は深呼吸して言った。
「株って、なんでこんなに人を疲れさせるんだ?」
返事は、思っていたものと違った。
「それは、株式市場の前提を誤解している人が多いからです。」
……前提?
「どういう意味だ?」
少し間があって、こう続いた。
「株式市場は、最初から当てる人のために作られていません。」
「……は?」
俺は思わず声を出した。
「じゃあ、何のためなんだ?」
返事は短かった。
「失敗しても、続けられる人のためです。」
胸の奥で、何かがカチッと音を立てた。
「それを理解するには、少し昔の話をする必要があります」
「昔?」
「はい。中世ヨーロッパです。」
俺はソファにもたれた。
株の話が、まさかここから始まるとは思っていなかった。でも、なぜか続きを聞きたいと思っていた。
この本は、ここから始まる。
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