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ヴガッティ城の殺人

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 ヴガッティ城へいくには、一本のワインディングロードを通らなければならないようです。
 うっそうとした森を抜け、はげしい川を渡ると、さわやかな草原が出現。
 レオの運転する車に乗っている私は、窓の外を眺め、ぽつりとつぶやきます。

「ハーランドには、広大な農地が広がっていますね」

 はい、と答えてくれるレオ。
 
「のどかですよね。マイラさんの故郷と似ています」
「そうね」

 牛、羊、馬がむしゃむしゃと草を食べ、小麦やじゃがいも畑などでは、せっせと働く人々がいます。おや? よく見ると、あれは奴隷。
 
「外国から連れてこられた大勢の奴隷が、こうやって労働しているのね」
 
 私がそう言うと、後で座っているクライフが言います。
 
「奴隷を使っているから、この島の食べ物は安いんですよ。それに美味しいし……移住してくる人が多いのも納得ですな」
「たしかにハーランドの物価は安いですね。本土でパスタを食べようと思ったら5クイド支払いますが、ここなら1クイドで食べれます」
「でも、それも奴隷たちの苦労があってのこと……マイラさん、この光景を見ても、美味しく料理を食べられますか?」

 奴隷たちが、ビシッと鞭で打たれながらも働いている。
 ちゃんと休憩や食事、寝るところなどはあるのでしょうか?
 人権がない、という言葉が私の頭に浮かんだとき、車が急に止まります。
 
「関所です。マイラさん、クライフさん、降りてください」

 レオはそう言って、エンジンを切ります。その顔は、ピリッとした硬い表情。
 私は、車から降ります。目の前に現れたのは強固な城門。
 壁や塔の窓には、クロスボウが置いてあり、敵が来たら迎え撃てるようになっていますね。
 
「……立派なね」

 と私がつぶやくと、隣にいるクライフが、
 
もんだけに……ですなぁ」

 と冗談を言います。くっ……不覚にも笑ってしまう、私。
 一方、レオは兵隊と何やら話していますね。近づいてみましょう。
 
「レオ、いま軍が演習しているから、絶対に射撃場には入るなよ」
「わかった」
「……ん? そこにいる美しい女性は?」
「ああ、ヴガッティ家の婚約者だよ」
「え、ロベルト大佐の? それともケビンの? まさか総督じゃあないよな?」

 兵士は、ははは、と笑う。
 つられて笑顔になるレオは、チラッと私を見てから答えます。

「後継者の婚約者らしいから、兄か弟か、まだわからない」
「……なるほど、まぁ、俺たち兵士はずっとロベルト大佐についていくけどな……おまえはどうするつもりなんだレオ?」

 俺は……と言葉を詰まらせるレオ。
 本当にしたいことが、まだ決まっていないようにも見えますが。
 
「俺は、母親といっしょに城に住めれば、それでいいかな」
「……レオは本当にマザコンだな」
「うるさいっ」
「ははは」
「じゃあ、通るからな」
「待て!」

 兵士は、私とクライフを指さして、
 
「ボディチェックさせてもらう、いちおうルールだからな」

 と言う。そして、ぞろぞろと現れた兵士たちに、クライフは服を脱がされます。

「帽子もとれ」

 と言われ、しぶしぶクライフが帽子をとると、なんとハゲているではないですか!?
 笑っていはいけませんが、私は、つい吹き出します。
 
「み、見ないでくだされ、マイラさん……」
「何をですか? うふふ」
「うわぁ、ひどい……マイラさん性格悪い」
「何か言いまして?」
「なんでもありません」

 かくして危険な物を持っていないと判断されたクライフは、やっと兵士たちから解放されます。
 そして次は私の番になろうとしたところで、レオが近づいて腕を伸ばして、
 
「彼女はダメだ。触ったら……」

 と言います。
 するとひとりの若い兵士が、ニヤニヤしながら私に肉薄。
 
「婚約者だか知らんが、これもルールだからな、レオ」
「……やめといたほうが」

 ぐへへ、と笑いながら兵士が、私の鞄の中身を荒っぽく物色。化粧品やらハンカチ、あと父の手紙が出てくるだけですから、危険なものなんてありません。
 すると次に、私の身体をつま先から、ねっとりと値踏みするように触ってきやがります!? 
 どこまで触るつもりか様子を見ていると、ん……胸をもんできます。

「きゃあああっ!」

 やだっ! ボディチェックを悪用して私の身体で遊ぶつもりですね。こらしめてやりましょう。
 
 シュッ!
 
 私は、兵士の腰に装備されていた拳銃を奪い、
 
「動かないで……」

 と言って銃口を兵士の頭に突きつけます。
 
「あわわわ……」

 青い顔をする兵士さん。
 あらあら、銃口が頭に当たっているくらいでビビるなんて、そんな弱っちい精神では戦場で活躍できませんよ。私が本当に撃つわけありませんのに。
 おそらく兵士たちのリーダーだったのでしょう。先ほどレオと仲良さそうに話していた人物が、スッと手をあげて言います。
 
「や、やめなさい……」
「何をやめるのですか? やめるのは私をボディチェックすることだと思いますが?」
「あの、こちらも仕事なのです。関所を通る者すべての人に検査をしないと、ロベルト大佐に怒られます」
「……私は、危険な武器など持っていませんよ?」
「そうでしょうけど、これもルールなんです。お許しください」

 すると、銃口を当てていた兵士が、ビビって気絶してしまいます。
 あら、メンタル弱すぎ。
 私は、拳銃を彼に返すと、おもむろにスカートをたくしあげ、
 
「じゃあ、ここでストリップすればよろしくて?」
「……え!?」
「裸になれば、何も武器を持っていないと、信用してくれますか?」

 !?
 
 私の言葉がそんなに恐ろしかったのでしょうか?
 兵士だけでなく、レオ、クライフもびっくりして私を見ています。そして、何かを期待するような目をしていますね。本当に男ってエッチなんだから、まったく。
 すると、そのとき。
 
「レオ、ここで何をしている?」

 と、男らしいかっこいい声が響きます。
 城門の向こうからやってくるのは、青銅の鎧を装備した男性。
 おっと……まるで騎士ですね。
 
「ロベルト大佐っ!」

 リーダー兵士がそう言って敬礼すると、すべての兵士がならって敬礼。
 すごい統率力。ロベルトと呼ばれた男性は、私のことをまったく見ないで、レオに近づきます。
 
「久しぶりだな、レオ」
「ロベルト様……もう島に来ていたのですね」と言うレオはお辞儀。
「ああ、父上からハーランドの城に来いと連絡があってな。何やら後継者を決める話があると言っていたが、まったく……なぜ本土で言わないのだろう?」
「さあ……でも、もしかしたらケビン様が本土に行こうとしないからかもしれませんね」
「あ、それはあるかも、フハハ」

 急に笑いだすロベルトは、腕を組みます。
 
「あの愚弟は、本当にギャンブルと女が好きだからな……この島にほどんといるじゃあないか?」
「はい……」
「まぁ、よい。私が後継者となったらケビンは義絶ぎぜつ、つまり弟とは縁を切るから心配するな、レオよ」
「……はぁ」
「レオは、よくケビンにいじめられていたからな。恨みもあるだろ? そんなやつが後継者になったら最悪だ」
「……」
「私の代になったら、レオには新しくできる空軍を率いてもらうからな」
「え?」
「何をとぼけておる。本当は武術にたけており、誰よりも血に飢えておるくせに、フハハ」
「……そ、そんなことありません」

 フハハ、と不敵に笑うロベルト。
 レオのことならなんでも知っている、そんな顔をしていますね。
 そして、ロベルトは、チラッとクライフを見ると声をかけます。
 
「もしかして、おまえが王宮弁護士のものか?」

 はい、そうです、と答えるクライフは、緊張してか背筋を正します。
 その振る舞いが面白かったのか、ロベルトが笑うとそれにならって兵士たちも、くすくすと笑っていますね。
 私は、兵士たちのことが嫌いです。なぜなら全員、ロベルトの言いなり、つまり金魚のふん、みたいですから。
 
「よろしく頼むよ、弁護士さん」
「はい。ロベルト大佐」
「フハハ、僕は軍の演習しているから、父に会ったらよろしく言っておいてくれ」
「……はい」

 よし、と気合を入れたロベルトは、ふとレオを見ると、
 
「じゃあ、レオ。もう執事の仕事はいいから、こっちへ来い。いいものを見せてやる」

 と言って右手を回し、レオの肩を、ガシッと抱擁。
 レオは、少し困った顔をして言います。
 
「……すいません。俺は総督に頼まれた用事があるんです」
「ん? そんなのいいから来いよ。新しい戦車が届いたんだっ! どんな悪路でも走行できるキャタピラーとかいう足をつけているんだが、これがダンゴムシみたいにさ、敵兵をブチブチブチって踏み潰すから笑えるんだ」
「……」
「よく子どものころダンゴムシを捕まえて、燃やして遊んでいたよなぁ、懐かしいぜ」
「……ロベルト様、変わってませんね」
「あ?」
「命を大切にしないところが……虫や動物、人間だって……」
「まぁな、所詮、この世は弱肉強食。だったら、俺は一番強くなってみせるさ」
「……ふぅ」

 ため息を吐いているレオ。
 このふたり、幼なじみだったのでしょうね。そして、弟のケビンとも。
 すると、レオはロベルトの手を払って、目つきを鋭くさせて言います。
 
「婚約者を連れて来てます」
「は? 婚約者? 誰の?」
「ヴガッティ家の後継者となる方のです」
「それは僕じゃあないか……でも僕は結婚する気なんてないんだよなぁ」
「そ、そうなのですか?」
「ああ、女なんて戦争の邪魔。兵士を誘惑させ、混乱に導く悪魔さ」
「……」
「かつて、ハーランドを攻めた父の部隊が、たったひとりの少女に全滅したらしい。現場にいた兵士から話を聞いたところ、あまりにも美しいから油断した、そして恐ろしい罠にかかったと」
「罠ですか?」
「ああ、おそらく少女は戦闘民族ハーランドの末裔で、徹底的に戦術を教育されたに違いない」
「……」
「だから、僕は女なんて信用できないのさ。罠にハメられたら殺されてしまう。僕は、一生独身でいいと思っている」
「彼女もいらないのですか?」
「いらない、いらない。この僕を縛りつける存在なんていらない。でも、父上は僕に婚約者をしむけてくるとは……どういうつもりだ?」
「跡取りが欲しいのではないですか? つまり、赤ちゃんですよ」

 あ、ああ、とうなるロベルトは、空を見上げて言います。
 
「たしかにな、赤ちゃんだけは、欲しいかもしれん……くそっ、なぜ神は人間を男と女のふたつの性に創造したのだ……めんどくさい」
「……」

 レオは、少し飽きれた様子でロベルトを見つめています。
 
「婚約者を連れて来ましたが、ロベルト様は拒否するってことですね?」
「ああ、そんな女はケビンにでもくれてしまえ」
「……本当にいいのですか? 彼女を見なくてもいいのですか?」
「あ? 見るって、近くにいるのか?」
「あそこにいるじゃあないですか……」
「ん? あのスカートをたくしあげている女か? 城に見学に来ている平民が、兵士のボディチェックに興奮して脱ぎだしたのかと思ったぜ」
「違います。あの方が婚約者です。お名前は、マイラさん。美しくて、知的で、めちゃくちゃ強いですよ」

 強い? と聞き返すロベルトは、私に近づくなり、瞳と口を大きく開いて、
 
「おぉぉおぉぉぉっ! 美しいー!」

 と叫んでいますが、私は、完全に無視してスカートをさらにたくしあげます。
 ロベルトは、まるで動物のように飛んできて、私に質問。
 
「な、な、何をしている?」
「何って? 兵士たちが武器を持っていないか聞いてくるので、裸になって証明しようと思っていることろです」
 
 ダメダメっ! と言って激しく首を振るロベルト。
 
「君のような美しい女性が、男どもの前で脱いではいけない!」
「は?」
「おい、誰だ? 僕の婚約者にボディチェックをしようとしたやつは? ギロチンで処刑にしてやる!」

 ビクッと震える兵士たち。気絶したままの兵士は、わたしです、と返事できるわけのないのですから、めんどくさいことになりましたね。
 私は、おほん、と咳払いをするとスカートを戻します。
 
「じゃあ、ボディチェックはなし、ということでいいですか?」

 いや、僕がやろう! と言うロベルトは、さらに私に近づくと身体を触ってきます。
 
「んッ……あッ……」

 不覚にも触り方がやらしくて、変な声がでちゃう。やだ、身体も……熱い。

「うむ、何も持っていないな……それにしても、あぁ、なんていい身体をしているんだぁ……素晴らしい」
「……んあッ、ぁあッ! やめて……」
「おっぱいが大きいな……それに対してなんとも華奢な腰のくびれ、ヒップはまるびを帯びて女らしい曲線を描いている……」
「……あんッ、や、やめてくださいッ、あッ」

 心とは裏腹に、気持ちよくなってしまう私。
 するとロベルトは、いきなり片膝をついて、

「僕と結婚してください!」

 と求婚。

 !?

 これには、さすがにレオもクライフも兵士も、目を開いてびっくり仰天。
 おそらく、私と同じことを考えていると思いますので、みんなの代表として私が、ツッコミます。
 
「あなたさっき結婚なんてしたくない。そう言ってませんでしたか?」
「気が変わった……マイラのような美しい女性を見たのは、生まれて初めてだ……ああ、神よ! 僕は今まで何をやっていたんだ? この世界に、こんなにも胸をドキドキさせる女性がいるなんて!」
「……は、はぁ」
「よし、僕も城に行こう。そして父と母の前で婚約しようではないか、マイラ」
「……」

 スッと立ち上がるロベルトは、兵士たちに指示。
 
「演習は中止。僕はしばらく城にいるから、兵士は誰もくるな。ボディガードは必要ない」

 しかし、リーダーの兵士が、つばを飛ばして反論します。
 
「ですが大佐。敵国のスパイが命を狙っているかもしれんのですぞ」
「フハハ、なんのために関所でボディチェックしているのだ。陸路はここを通るしかないのだから安心しろ」
「……は、はい」
「それに、最強の戦士が僕の近くにいるではないか……」

 と言うロベルトは、ニコッと笑うとレオを見て言います。
 
「な、レオ」
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