私が愛しているのは、誰でしょう?

ぬこまる

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ヴガッティ城の殺人

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 美しい風景画、神々をモチーフにした絵画。
 時代を超えたルネッサンスという芸術の花が、一定の間隔をもって整然と壁にかけられています。
 ここが本当に美術館で、今日という日が何げない日常ならば、ぜひともゆっくり見てまわりたいところですが、私は急ぎ足で城のなかを歩き、目当ての絵画を探索。
 そう、この城の設計図です。

「これですか、レオ?」
「はい」
「……」
「違いますか?」
「これは、風景画ですね」

 私が目にしているのは、ヴガッティ城が綺麗に描かれた絵画。
 そのスケールは大きくて、私の背よりも高い。横幅はどうでしょう、両手を広げたレオの二人分と言ったところかしら。

「綺麗な風景画ですが、私が見たいのは緻密な設計図です」
「……そ、そんなこと言われても」
「ですが、この風景画を描いた人物に聞けば、何かわかりそうですね」
「え?」
「ここにサインがあります」
「……マキシマス?」
「はい。この人に会いにいきましょう」
「ちょっと、マイラさん!」

 走り出した私の隣に、ぴったりとついてくるレオ。

「マイラさん! さっき殺人事件って言いましたよね?」
「……はい」
「誰かが殺されるというのですか?」

 レオは、いつになく真剣な顔で質問してきます。
 私は、流し目で彼を見つめながら答えます。彼の真剣な顔は、とても無視はできませんから。

「特定はできませんが、こういう遺産相続の争いがある金持ちの家に探偵が招かれるという展開。非常に危険なんです。人間の欲望が渦巻いていますから……」
「あの、マイラさんは探偵としてではなく、として招かれていますよ」

 本当にそうでしょうか? と逆に尋ねる私は足を止めます。
 
「ハーランドに到着して、後継者候補の兄弟に会ってみて、私は確信しました」
「何を?」
「父があのような自己中な男たちのもとに、私を嫁がせるわけがありません。手紙だけで婚約者の話を進めるなんて絶対にありえない」
「!?」
「それに古代遺跡にしか興味のない父が、わざわざ私の婚約話をもってくるあたりも、よくよく考えてみると変な話ですからね……これは黒幕がいて、何やら悪いことが起きる予感がします」
「で、でも、俺は総督からマイラさんを連れてくるように頼まれましたよ! 探偵としてではなく、婚約者として!」
「はい。そこは信用しています。信用できないのは総督ではなく別の……」

 と、私が続きを言おうとしたとき。
 
「無礼者ぉぉ! 歩いて芸術と向き合いなさい!」

 怒鳴り声が響きます。
 びっくりした私は立ち止まり、首を振ってそちらを振り向きます。
 そこには、ひとりの背の高い女性が立っていますね。その印象は痩せこけた美人。年齢は三十代後半。大きな帽子に、大きな扇子をもって口元を隠す。その目つきは、肉を食らう猛禽類を思わせ、獲物を狩るような瞳で私をとらえています。
 
「執事が城内を走るとは何事ですか? お行儀が悪すぎますよ」

 女性から、ぴしゃりと言われたレオは深々と頭を下げ、
 
「申し訳ありません。レベッカ様」

 と謝ります。なるほど、彼女がヴガッティ総督の妻レベッカですね。予想した以上の気の強そうな女性。これは修羅場になりそう。
 
「まったく、わたくしの集めた芸術に対して失礼ですよ、レオ」
「……はい」
「そこにいる平民の娘も同罪です!」

 もっている扇子を私に向け、レベッカは口頭で攻めてきます。
 どうやら私のことを知らないようですね。総督はレオ以外には、婚約の話をしていないのでしょうか?
 たまらずレオが、私をかばうように説明。
 
「レベッカ様。彼女の名前は、マイラ・グラディオラ。後継者との婚約者です」

 は? と聞き返すレベッカは首を傾けて、眉間に皺を寄せます。

「そんな話は聞いていませんよ! 総督ったらわたくしに内緒で……ぐっ! 遺産相続の話をもってきた王宮弁護士といい、婚約の話といい、今日はなんて日なのっ! まったく!」

 パシッと扇子をとじたレベッカは、私をにらみつけて言います。
 
「とは言え、グラディオラ伯爵のことは知っていますよ。考古学者として有名ですからね。家柄もいいし……ですが、金持ちではないので、ヴガッティ家とは不釣り合いです」
「……は、はぁ」
「本土におかえりください、マイラさん」
「え?」
「婚約破棄です」
「……」

 帰っていいなら帰るけど、と私が思っていると、レオが反論。
 
「しかしながら、ロベルト様もケビン様もマイラさんのことを気に入っており、後継者として認められたら婚約すると言っていました」

 ふんっとレベッカは鼻で笑います。
 
「息子たちの意見なんて何の意味もありません。戦争バカとギャンブル依存症の息子たちなど」
「?」
「総督が亡くなったらヴガッティ家の実権は、わたくしのもの! そうよ! 財産はすべてわたくしレベッカのもの! 息子たちには渡しません!」
「……え?」
「崇めなさい! この芸術の花を! そして、これらを蒐集したわたくしのことを!」
「……」

 レベッカの強烈な個性に、私はただ黙っていることしかできません。
 このまま無視して、製図を探しにいこうかしら……。
 なんて思っていると、レベッカは私が装備している“女神の首飾り”を指さして驚いています。
 
「あっ! そのタリスマンは……おおぉぉぉおお!」
「な、なんですか?」
「マキシマスが製作したタリスマン! 探していたのですよっ!」
「……そ、そうなんですか。ところで、そのマキシマスとは?」
「ああ、なんて無知なのでしょう。マキシマスはこの城をデザインした伝説の建築家です。しかも彼は芸術家でもあり、思想家、ハーランドに暮らしながら絵画や彫刻などの芸術を世に出しているのよ」
「ふぅん……」
「関心がないのなら、それ売ってくれないかしら? 100クイドだします」
「うーん……」

 しばらく考えた結果、私は首を横に振ります。
 
「売るのはやめておきます。これを持っているとと石屋のおじさんが言っていたので」
「石屋? どこの?」
「港町のですが」
「まだ売っていますか?」
「いいえ、これしかありませんでした」
「オーマイゴット!」

 いきなり、膝から崩れ落ちるレベッカ。
 な、何この人? 芸術のことになると人格がおかしくなるみたい。
 
「マキシマスは風来坊で、自分の芸術の価値を知らず、ときどき生活費のために製作した物を売るそうですが……どうやら、あなたはたまたま運よく手に入れたようね」
「そうなんだぁ、ラッキー」

 私は、タリスマンを持ちあげて眺めます。
 たしかに、きらきら光って美しいですね。よく見ると、女神が彫られており、慈悲深い笑みをたたえています。
 一方、執念の炎を燃やすレベッカは、あきらめる様子がありません。
 
「500クイド! いいえ、1000クイドでどう?」
「無理です」
「2000クイド!」
「無理でーす」
「くそぉ、小娘ぇぇ! 10000クイドでどうじゃぁぁ!」
「無理っ!」

 プイっと私は、横を向いて知らん顔。
 それを見ていて痛快だったのか、レオがくすくすと笑っています。
 ざまぁですよね、私はお金では動かない人間なのですから。
 はぁ、はぁ、と息を切らすレベッカは、私をにらんで言います。
 
「あ、あなた……お金目当てでヴガッティ家の婚約者になったんじゃあないの?」
「やれやれ、お金なんて興味ありません。それに私は好きな人と結婚したい」
「好き? おーほほほほ! 好きですって!」
「……」

 何がおかしいのでしょう? レベッカは私を指さして言います。
 
「好きな人と結婚できるなんて、そんな夢物語を信じているなんて、あなたはガキね! マイラ」
「あ?」
「おーほほほ! なんだかこの世間知らずのお嬢様に、ヴガッティ家と婚約させて地獄を見させてやりたくなったわぁぁ!」
「……!?」
「ヴガッティ家に嫁いだわたくしは、姑から壮絶ないじめにあいました。もっとも、もう死んでいませんが……くそあの忌々しかった姑のやつ……」
「も、もしかして、その腹いせに私をいじめようと?」

 こくり、とうなずくレベッカの顔は、悪魔そのもの。
 ねぇ、怖すぎるんですけど……レオ助けて。
 おーほほほ! と大声で笑うレベッカのことを、レオはじっと見つめ、
 
「こいつは母さんのこともいじめるんだ……」

 と私の耳もとで小声で言います。なるほど、レオもレベッカのことが嫌いなのようですね。だったら、思う存分ぶっ飛ばしてもいいでしょう。
 私は、拳をつくって、レベッカと間合いを取ります。どうせ婚約破棄するなら、一発殴っておいてもいいですよね? レオ。
 するとそのとき!
 
「なんだ騒がしい……」

 ドスの効いた、太い声が響きます。
 
「!?」
 
 びっくりして振り返るとそこには、体格のいい紳士が立っています。
 レオもレベッカも、さっと頭を下げ、
 
「総督……」
「あなた……」

 と言います。
 こ、この男性が、ヴガッティ総督!?
 年齢は四十代ほど。ツーブロックにカットされた短髪には、ところどころに白いものが混じり、墨のように太い眉は男らしくなんとも威厳がありますね。若いころは、さぞモテたことでしょう。まさに、イケおじって感じ。
 彼は、じっと私を見つめて言います。な、なんなの?
 
「君がマイラか……おお、なんて美しい!」
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