デジタルゴーストに花束を

ぬこまる

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 水平線が光る早朝。
 焚き火を起こした僕は、ベーコンエッグを焼いて、おにぎりといっしょに腹を満たしている。
 外で食べる料理って、何でこんなに美味しいんだろう。
 料理人になろうとしている僕は、アウトドアの食事にとても興味があった。
 ある高級なレストランは、森の中にあるらしい。鳥の声や木々の香りなど、五感を研ぎ澄ましながら食べる料理は、このようなキャンプをして食べる料理と同じくらい効果があるのだろう。
 
「さて、行くか……」

 アイテムボックスを開き、キャンプギアを収納してから、「よいしょっ」と自転車とスマホを取り出す。
 21:30、エリナからメールがある。このような内容だった。

『お兄ちゃん、死んじゃダメだよ」

 ふとエリナの顔が浮かぶ。
 心配してくれて嬉しい。僕の新しい家族。そう思えるようになってきた。

『大丈夫だよ。夕方には帰るから』
 
 と、僕は返信した。
 そしてアイテムボックスを開いて収納した。
 
 貴重品
 月のお守り 
 スマホ

 このような内容欄を映す映像が、ジジジと宙に浮いている。
 本当に不思議な現象だが、エリナに見られたことがある。
 
『ゲームみたい』

 だと言われた。
 そして何事もなかったことになっている。だが、ふつうに考えて、映像が浮いているなんてありえない。こんなの未来の技術だろう。エリナにダンジョンのことがバレなきゃいいけど。
 そんな心配を抱える僕は、「んしょっ」と自転車にまたがり、例の鳥居に向かった。 
 海岸へとつなぐ急な坂を下り、浜辺の手前で自転車をしまい、移動手段を徒歩に切り替えた。
 早朝の海は干潮して、岩の鳥居がしっかりと見えている。
 それに近づいた僕は、ズズズと空間に手を入れていく。もう慣れたものだ。極彩色のワープゾーンを潜った僕の意識は肉体から離れ、ほの暗いダンジョンへと落ちていく。

「サラちゃーん! ヘルメスー!」

 そう僕が呼ぶと、ズズズとデジタル処理されたような音が響き、「にゃー」と白い猫と黒髪の美少女が現れた。

「アオくん、おはよう」

 おはよう、と僕は返事をして冒険を再開させる。しばらくヘルメスはいっしょに歩いていたが、やがて姿を消した。遠くから僕らを見守るスタンスらしい。
 新しい魔物の巣はスライムだった。
 ぽよよん、とした丸くて可愛い見た目だ。
 遠距離すぎて弓矢の攻撃が届かないので、とりあえず心眼スキルを使った。

 弱点:火

 試しに、サラにファイヤボールを撃ってもらう。
 スライムはダメージを受けた。だが、一発じゃ倒せない。魔物の体力ゲージは、まだ半分以上も残っている。
 するとスライムは、ビュッと液体を噴出して攻撃をしてきた。

「わっ!」
「きゃっ!」

 僕とサラはダメージを受けた。さらに毒にも侵されてしまう。じわじわと体力は削られ、体力ゲージが赤に変わる。僕はサラに毒けし薬を使った。

「ありがとう。でも、アオくんの毒けし薬は?」
「一個しかないんだ。だから僕はポーションを使っておくよ」

 僕の体力は回復した。
 だが毒に侵されているので、じわじわ体力は削られていく。
 
「ファイヤーボール!」

 サラの魔力がみなぎる。
 大きな火の玉を放出して、見事スライムを倒してくれた。
 
「早く毒けし薬を見つけなきゃ!」

 サラは焦る。
 宝箱を発見したので、パカッと開けてみるが、中身はエーテルだった。
 
「んもうっ! 毒けし薬が欲しいのに!」
「アイテムショップを見つけよう」
「ほうだね」

 僕らは地図を頼りに、アイテムショップを探した。
 ヤバい。毒で削られた体力ゲージが、また赤くなった。ポーションを使って、何とか乗り切る。
 だが、タイミングが悪い時に2匹のスライムが現れた。
 サラはファイヤーボールを連続で放出する。見事、スライムを撃破した。だが魔力の消耗が激しい。エーテルで回復しておく。気づけば、最後のエーテルだ。ポーションもあと一個しかない。
 瀕死の状態の僕は、だんだん歩けなくなってきた。
 
「アオくん!」

 サラは僕の肩を抱いて、いっしょに歩いてくれた。いつも彼女が使っていた、甘いシャンプーの香りが鼻をくすぐる。毒に侵された僕の体力は、もう残りわずかだ。

「僕は死んだら、どこに戻されるんだろう……」
「そしたら、うちもいっしょに戻されるだら?」
「たぶんね」
「ふぅん、でもあれってアイテムショップっぽくない?」
「おおー!」

 魔物が現れないことを祈りながら、アイテムショップまで急ぐ。
 
「いらっしゃい!」
「何か買っていくかい?」

 死んだはずの両親が、目の前にいる。僕は泣きながら話しかけた。

「父さん! 母さん! 僕は生きるって決めたよ!」

 だが、返事はない。
 彼らは簡易なデジタルゴーストだ。そんなことは分かっていたはずなのに。それでも僕は一方的に話けてしまう。

「母さん、サラちゃんが僕を守ってくれたんだよ」
「何か欲しい物はあるかい?」
「父さん、今は月野さんの家で暮らしているよ」
「さあ、冒険の準備をしてくれ」
「ふっ、あはははは!」

 毒のせいだろうか。
 僕はおかしくなっていた。不気味なほど笑いが込み上げて、頭を抱えてしまう。
 僕の目の前にいるのは、いったい何者だ? 両親の顔をした、デジタルゴースト? なんだそれ? サラと何が違う? サラだってデジタルゴーストだ。サラだって、もうこの世からもういないんだ……。

「アオくん、大丈夫?」

 サラが話しかけてくれる。
 だが、急に怖くなってきた。亡霊と冒険する、このラストサマーダンジョンというゲームに。

「ヘルメス!」
 
 僕は大きな声で叫んだ。
 すると脳内で、「どうしたにゃ?」と声が響いた。

「このゲームはいつまで遊べるんだ?」
「夏休みまでにゃ」
「その間にゲームをクリアしたら?」
「周回して遊べるにゃ!」
「なるほど、つまりサラと冒険できるのは八月いっぱいまでか……」

 にゃ、とヘルメスは返事をする。
 僕はサラを見つめて、

「最後の夏休みだね」

 と言った。
 彼女は、うふふと微笑んでいる。
 よし、クリアまでがんばろう!
 僕はアイテムを買うため、メニュー表を開いた。

 チタンナイフ:100
 狩人のナイフ:200
 鉄の弓:80
 鉄の矢100本:20
 狩人の弓:140
 狩人の矢100本:40
 炎の杖:400

 冒険者の服:20
 狩人の服:50

 ポーション:5
 ハイポーション10
 エーテル:20
 毒けし薬:6

 以上だ。
 残りのポイントは200ポイントある。
 まず鉄の弓を売って40ポイント稼いだ。
 そして狩人の弓と矢、ポーションを4つ、ハイポーションを1つ、毒けし薬を5つ購入した。
 残りのポイントは0になってしまったが、魔物を倒してまた貯めればいい。
 僕は毒けし薬を使って治し、さらにポーションも使って回復させたが、体力は全快しなかった。ハイポーションでないと足りないのだろう。
 僕のレベルは11で体力は最大で360ある。ポーションの回復は100まで、ハイポーションの回復は500だ。
 つまりゲームのなかで、インフレが起きている状態といえる。僕も魔物も強くなり、それに相まって武器やアイテムも強くなっているのだ。
 狩人の弓を装備すると、かなり飛距離が上がった。これで遠くにいる魔物を攻撃することができる。
 ちょうどスライムを発見したので、試し撃ちしてみよう。
 鉄の矢にサラから火の魔力をもらい、ぐいーっと弓を引いた。心眼スキルの効果で、ぽよぽよと動くスライムがゆっくりになり、透明な身体の中心には、きらりと光るコアを発見した。

「あそこに当てればいいのか……よし!」

 僕はコアを狙って撃った。
 シュッ! 火を宿った矢が飛んでいき、見事スライムに命中。魔物は溶けるように消えていく。

「やったね、アオくん!」
「うん、毒のあるスライムは遠くから倒そう!」

 その作戦はこうだ。
 魔物と接近してしまう宝箱は無視して、まずはレベル上げをすることにした。
 スライムは接近しなければ怖くない。遠くから弓矢で攻撃して、ガンガン倒していく。
 青、赤、緑、黄色、さまざまなスライムがいた。特に黒い色のスライムは強くて、僕の先制攻撃でも倒れず、怒ったように接近することもあったが、そうなったらサラがファイヤボールで倒してくれた。
 
「危なかったね~」
「黒いスライムは気をつけよう」

 そして僕らはスライムを倒し続けた。
 サラちゃんから火の魔力をもらい、僕が弓矢を撃つ。それをひたすら繰り返す。
 レベルアップすれば魔力は全快するので、エーテルを使う必要はない。気がつけば僕らのレベルは20になっていた。ステータスはこんな感じだ。

 アオ
 職業:狩人
 レベル:20
 体力:620
 魔力:230
 武器:狩人の矢
 防具:狩人の服
 アクセサリ:疾風の指輪
 物理攻撃力:85
 物理防御力:60
 魔法攻撃力:57
 魔法防御力:55
 力:34
 すばやさ:167
 精神:36
 運:45
 
 スキル:心眼
 風魔法:ウィンドカッター
 土魔法:サンドホール
 

 サラ
 職業:魔法使い
 レベル:20
 体力:430
 魔力:390
 武器:氷の杖
 防具:学生服
 アクセサリ:ハイパーガードリング
 物理攻撃力:40
 物理防御力:92
 魔法攻撃力:258
 魔法防御力:130
 力:16
 すばやさ:68
 精神:56
 運:68
 
 火魔法:ファイヤーボール
 水魔法:アクアボール
 光魔法:ヒール

 かなり体力も向上したので、宝箱の回収をすることにした。
 狩人の矢を100本ゲットした。アイテムショップで買わなくてよかった。
 続いて、ハイポーションを5つ手に入れた。さらに、宝箱を守るスライムたちを倒すと、炎の杖を手に入れた。サラに装備させると、魔法攻撃力が大きく上昇。スライムの巣もクリアできそうだ。
 最終エリアは、3匹の黒色スライムがいた。
 動きが速い魔物だ。土魔法サンドホールで穴にハメても、すぐに抜け出して攻撃してくる。
 ハイポーションや毒けし薬だ対処しながら、こちらも弓矢やファイヤーボールで応戦した。しかし、なかなか黒色スライムは強くてしぶとい。
 
「サラちゃん! 僕の土魔法と火魔法を融合させてみよう」
「うん、まだ試してなかったのん!」

 ああ、と僕は土魔法サンドウォールを詠唱しつつ両手の中に魔力を貯めた。サラもファイヤボールを手中に貯め、僕らは手を繋いで魔力を放出した。
 
 ファイヤーウォール

 炎の壁がスライムたちに迫る。
 僕らは魔力を全開にした。

「いっけー!」
「やぁぁぁ!」

 炎の壁は、ゴゴゴゴと爆音をあげると竜に変形した。そしてスライムに襲いかかる。

「キュピィィ!」

 見事、スライムは光りの粒子となって消えた。経験値とポイントが得られ、僕らはスライムの巣をクリアできた。

「やったね、サラちゃん!」

 僕はサラとハイタッチして、喜びを分かち合った。 
 だが、サラはどこか浮かない表情を浮かべている。

「どした?」
「冒険をするのは楽しいけど、アオくんに会えるのも夏休みまでかぁ、と思って」
「……そうだね。悲しいけど、もうお別れしなきゃ」
「あれ? なんか成長したね、アオくん」

 サラは僕の顔を覗き込んだ。
 顔が近い。ちょっと照れてしまう。

「そうかな……」
「うん、大人っぽくなってる」
「そりゃそうだろ。僕はもう十八歳なんだから」
「それだけじゃない気がするじゃんね~」
「ん?」
「これ、なに?」

 サラはアイテムボックスを開いた。
 指をさすのは貴重品にある、

【月のお守り】

 であった。
 これはエリナから貰った物だ。女の勘が働いたのだろうか。妙に鋭い目で僕を見てくる。

「こ、これは貰ったものだよ……」
「誰から?」
「居候先の人だよ」
「女の子?」
「そうだけど……」
「ふぅん、まぁいっけどね」
「……なんだよ」
「アオくん、その子のこと好きだら?」

 はあ? と僕は心が波打った。
 
「僕の好きな子はサラちゃんだよ!」
「でも、うちはもう死んでるじゃん」
「それはそうだけど……でも、僕はずっとサラちゃんが好きだ! これからもずっとずっと……」
「アオくん……嬉しいけど、やめときん」
「え?」
「他に好きな人を作りんってこと!」
「でも……」
「さあ、うじうじするのはやめりん!」

 ダメだ、また目頭が熱くなる。
 君への想いが溢れてしまう。

「……サラちゃん」
「アオくん、今日はもうログアウトして、またおいでん」

 うん、と僕はステータスをオープンしてログアウトボタンに手を伸ばす。

「バイバイ、アオくん」

 サラは手を振っていた。
 まるで太陽のような笑顔で、曖昧なままの僕をずっと見ている。向こう側へ消えていく僕のことを、ずっと、ずっと。
 そんな彼女はデジタルゴースト。好きなままじゃダメだ。亡霊を好きなままでは、絶対にダメなはずなのに僕は、ずっと彼女を好きでいたい。そう思っているのだった。
 
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