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 夜の帳が下りる。
 手を繋いで歩くアリスとケイトは、藤城家に戻ってきた。
 客人たちは、ダイゴとシズカにハグしてから車に乗って帰っていく。フレンドリーに手を振って、
 
「アリスさん、会えてよかった~」
「おやすみ~」

 別れの挨拶をされたが、アリスは華麗にスルー。
 もう帰る。ここには、二度と来ない。
 そう決意しているが、藤城家の住人から、じとっとした目で見つめられると帰してもらえるか心配になる。

「さあ、ディナーにしよう」
「今晩は家政婦に作らせてあるわ」
「お兄ちゃん、アリスちゃん、いこー!」

 レミが気軽に話しかけてくる。
 だが、アリスの様子がおかしいことに気づき、「お……」と真剣な目つきになった。

「アリスちゃん?」
「ごめんあそばせ、私たち帰らせていただきますわ」
「え、まじ? お兄ちゃん?」

 ああ、とケイトは答える。
 階段を駆け上り、家族たちを見下げた。

「ぼくも東京に帰る」

 なんだと? とダイゴが眉間にシワを寄せる。
 一瞬にして凍りつく藤城家。
 アリスも二階に上がり、荷造りを急ぐ。旅行鞄に衣服をまとめ、手荷物ポーチにスマホをつっこむ。他に忘れ物がないか確認……よし、ワンピースのポケットには、ちゃんとイヤホンケースが入っている。

「いいですわ、帰りましょうケイト」
「ああ、ちょっと待ってくれ、服がない」
「え?」
「お気に入りのシャツなんだ……くそっ、洗濯に出してた……とってくる」

 うん、とアリスは承諾し、ケイトに続いて一階に降りる。
 玄関ロビーでは、レミ、家政婦、執事、シズカ、ダイゴ、と藤城家の住人すべてが集結していた。

「ディナーを食べてから帰ったら?」
「そうだよ、アリスちゃん」

 シズカとレミが、妙になれなれしく誘う。
 扉の前には、鬼のような顔をした執事がいて、絶対に開けてくれそうにない。
 詰んだか?
 とアリスが感じたとき、髭を触るダイゴが「アリスさん……」と口を開いた。

「諸行無常だ」
「え?」
「永遠なんてものはない。人生とは儚く虚しいものだ……それでも君は幸運をつかもうとしている」

 ついに狂ったか。
 ダイゴの言葉が意味不明すぎる。アリスは大声で、「ケイトー!」と叫んだ。

「早くしてくださいませー! 帰りたいですわー!」

 しかしケイトの返事はない。
 洗濯した服が外に干したままだったのか? 

「ケイトー!」

 大声が伝わらない。
 相変わらずケイトの返事がないので、拳を握る。こうなったら強行突破しかない。執事をぶん殴って逃げよう。と、アリスは暴力で解決する手段に出た。

「おりゃーですわっ!」

 速い!
 凄まじいストレートパンチが執事の顔面に直撃……しそうになったところで!?

 カチカチカチ

 秒針の音が響く。
 シズカが手元で懐中時計の蓋を開けていた。
 カッと目を丸くしたアリスは、ぴくぴく痙攣すると、バタンと倒れる。催眠術だ。

「……あ、ああ」

 声が出ない。動くこともできない。
 混沌とした闇の中に、アリスは深く、深く、沈んでいく。
 視野がどんどん悪くなり、自分の顔を覗き込むシズカが、

「地下室に連れてって」

 と執事とダイゴに命令する。
 レミは手を振って、「キャハハ」と笑っていた。

「バイバーイ、アリスちゃん」
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