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 無数の蝋燭が灯る仏壇。釈迦如来の微笑みに陰影がつく。
 アリスは畳が敷かれた和室に寝かされていた。服装に乱れはなく、綺麗な白いワンピースのままだ。

「はっ!!」

 目が覚めるアリス。 
 ここはどこだ? 
 スッと立ち上がろうとするが、首に違和感がある。しっとりした革と冷たい金属の感触があった。

「な、なんですの、これ?」

 まるで犬だ。
 首輪がついている!! 
 しかも短い鎖が柱に固定されて、うまく立つことができない。
 必死に手で首輪や鎖を破壊しようともがく。
 だが、いくら爪で引っ掻いてもダメだ。鍵がないと自由にはなれない。

「ヤバいですわ……」

 額から汗が流れるアリスは、和室を見渡す。
 壁には水墨画の掛けられ、無限の世界観が描かれていた。
 部屋の気温が蒸し暑く、首輪を解こうともがけばもがくほど、気が遠くなりそう……。
 それにしても、ここはどこだ?
 自分がどこに運ばれてたのか、まったく見当がつかない。
 なすすべもなく、仏壇の蝋燭を眺めた。
 すると……。
 仏壇の中に、一筋の光が輝き出す。
 あれはタブレットだ……タブレットから映像が現れた。
 まるでゲーム機を起動させたような動画が流れる。

『リンカネーション・プロジェクト』

 と、タイトルが出る。
 そして見知らぬ老人が映し出され、ゆっくりとした口調で語り始めた。

「やあ、私の名前は藤城武志。この映像を見てびっくりしているだろうが心配はいらない。説明しよう……」
「!?」
「君は優秀だから選ばれた。健康な若い肉体を持ち、人生を楽しく生きている。そんな君と我々の企業が手を組めばどうなるか? そう、人類をさらに進化させることができるのだ!」

 何を言ってんだ、このジジイは?
 汗だくのアリスは、きょとんとした目で映像を見ていた。さらに老人は語り続ける。

「リンカネーション……蛹が蝶へ生まれ変わるように、さあ古い肉体を捨て、新しい肉体へと生まれ変わろう!」 

 は? 嘘でしょ!? 
 アリスは首を振って混乱した。
 私は生まれ変わるのか?
 そのために殺されるのか?
 いや、まさか……?
 ぐるぐると疑問が湧いてパニックになる。何とか首輪を解きたくて、全身を掻きむしってしまう。
 すると次の瞬間!

 カチカチカチ

 映像が懐中時計に切り替わる。
 時を刻む音によってアリスは、ガクッと気絶した。催眠術にかけられ、深い闇へと吸い込まれていく。


 深く……。


 深く……。





「はっ!!」

 目覚めるアリス。
 状況は変わっていない。例の和室で犬ように鎖で繋がれ、絶対に逃げることができない。
 それでも、何とか手で鎖を破壊しようともがく。
 死にたくない! 死にたくない!

「ケイトー! ケイトー!!」

 大声で呼ぶ。
 だが返事はない。彼はどこにいったのだろう。洗濯した服を取り入ったきり戻ってこなかった。
 やはり彼も家族とグルだったのか?
 いや、違う違う……愛している、と告白してくれた。
 いっしょに帰ろう、とも言った。
 ケイトが私を裏切るはずない。
 と、アリスはケイトのことを信じていた。
 だが、じゃあ、なぜ助けに来ない? という最大の疑問が頭を悩ませる。
 ケイトもどこかで捕まっているのか?
 それともやはりグルなのか?
 いずれにしても、今から自分がどうなるか分からないのだから、どうすることもできない。
 
「ケイトー! ケイトー!!」

 大声で叫ぶアリス。
 するとまたタブレットが光り始める。
 今度は女性が現れた。

「嘘ですわ……そんなことって……」

 それは、アリスの知っている人物だった。
 車椅子に座っている彼女は……。

「池田晴子さん!」

 アリスがそう叫ぶと、うふふと晴子は微笑んだ。

「アリス……調子はどうだ? 通話できるから話せ」
「ケイトはどこにいるのですか? 知っていたら教えてくださる?」
「本当にエッチな女め……この状況で彼氏の心配とはな」
「?」
「安心したまえ、ケイトくんは無事だ。君がすべてを受け入れてくれれば、性行為してやろう」
「は? 笑止千万ですわ……いったい何を受け入れると言うのですか?」
「私をだよ! 頭の良い君なら、もう理解しているのだろう?」

 ニヤリと笑う晴子。
 アリスは、じっと画面に映る彼女を見つめていた。

「あなたは私の足が欲しい……つまり移植するつもりなのですか?」
「くくくっ……足だけじゃない」
「え?」
「その肉体すべてだ!」
「!?」
「説明しよう。まず君の脳にチップを入れて受肉になるオペをする」
「オペ?」
「ちょっとした手術だ。肉体を操作する神経系にチップを埋め込む。どうやら人間の肉体というのは電気信号で動くらしい。よって、インターネット回線でも通信操作は可能なのだ」
「……そ、そんなことをして、私はどうなるのですか?」
「心配するな死ぬことはない。君に痛みや悲しみ、または快楽といった感覚は残る。完全な死ではないのだ。ただ、身体だけを……」

 晴子がすべてを話す前に、アリスが口をはさむ。
 
「操作されるのですわね……VRゲームのキャラクターのように」
「そうだ、本当に頭が良いな……ますます楽しみだ! ああ、早く君になって泳ぎたい!!」 

 わはははは! と晴子は笑う。
 アリスの目から涙が溢れ落ちた。
 思い出すのは展覧会にいた客たち。
 ハゲを帽子で隠すB系男子。
 ピンクの毛髪をしたギャル。
 それに、カツラ疑惑の家政婦。
 アリスが抱いていた違和感が今、完全に解消した。
 彼らは頭にチップを入れた受肉。つまり操り人形だったのだ!!
 
「ヤバいですわ……」

 アリスは天を仰ぎ、ああ、神様、どうかお助けくださいませ……と祈る。
 タブレットの映像は、ぷつんと切れた。
 しーんと静寂が支配する。
 蝋燭が灯る仏壇。
 悲しくて、寂しい世界。
 ふと幼少期の記憶が蘇る。
 脳内で再生されるクラシック音楽。
 物憂げな旋律。
 いやだ、聴きたくない。
 聴きたくないから……耳を塞ぎたい。

「あ……」

 アリスは閃いた。
 ポケットの中にある膨らみに手を伸ばす。神は見放してなかった。
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