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33 メインクエスト チャプター1 姫の旅立ち5
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「冒険者よ! 民を救い出し、魔族を討伐するのだぁ!」
俺とヴェリタスは王様から命令を受けた。
そして仲間になったのは美しい金髪の姫ステラ。と、彼女が抱っこする可愛い猫型の魔道機械ペルペトだ。
「回復はまかせろニャ~」
「敵の弱点やアイテムの性能など、データ収集なら私に聞くといいわ。鑑定能力で調べてあげるから」
うん、なかなか心強い。
先を歩くステラは、城のなかにある兵舎へと向かっていた。
「姫様、ついに出陣ですね」
「ご武運を!」
訓練中の兵士たちだ。
おてんばな姫だけど、意外と人気があるみたい。彼女が触れた馬が、ぶるるんと気持ちよさそうに震えている。
「よしよし、いい子ね」
「馬に乗れるのか? ステラ」
「ええ、旅の訓練は受けているわ。戦闘はできないけど……よっ」
ステラは馬に乗って走り出した。
白い馬だ。疾走して風になびく尻尾が美しい。ペルペトは飛ばされないよう、「ニャニャ!」と馬の立て髪にしがみつく。あたりを一周した姫が言った。
「さあ、乗って! 好きな馬を選ぶといいわ」
どれにしよう。
馬屋には、白、黒、茶、それに赤、青、緑といった珍しい毛の色をした馬もいる。ヴェリタスは黒を選んだ。俺は茶色にしておこう。ステラ姫が白い馬だからな。よし、乗ってみよう。
「おお! 操作は簡単だな。自転車に乗るような感じか……ヴェリタスさーん、大丈夫ですかー?」
「はーい、でもどうやって走り出すのでしょうかー?」
「足で馬の腹を蹴ると走りますよ、ほらっ」
「あ、本当ですね!」
俺とヴェリタスは馬で走り出す。
門に近づくと兵士が開けてくれた。姫はそのまま城から出ていく。
「行こう! ヴェリタスさん」
「はい!」
うーん、風が気持ちいい。
青い空の下、馬に乗って駆ける。外は農場が広がっており、農民たちが作業の手を休ませ、「姫様ぁ~!」とステラに手を振っている。大人気だな。ヴェリタスは感心していた。
「ステラって顔が広いようですね。子どもたちが追いかけてきてる。うふふ」
「まぁ、あれでも姫だから」
ぎろり、とステラから睨まれた。
「ツッチー、聞こえているわよ。あれ、とは失礼ね」
「す、すいません……」
「あなたモテないでしょ? 女の子には優しくしなきゃ」
「はい……」
ぺこり、と俺は頭を下げる。
な、何でゲームで説教されなきゃならん? ヴェリタスが「うふふ」と笑っているのが救いだけど。一方、ステラは馬を加速させた。緑豊かなコーデリア草原を抜け、東の未開地へと向かう。
「ステラ、どこに向かうつもりだ? たしか魔族がビュテスで拠点を作っていると言っていたが」
「そのとおりビュテスよ。この道を進めば村があるわ。今の時期は“ぶどう祭り”をやっているはず」
「ぶどう祭り?」
「ええ、収穫したぶどうでワインというお酒を作るの。ビュテス村には視察のためよくお父様とともに訪れているわ」
「ワインか、飲んでみたいな」
「あぁ思い出すとムカつくわ~!」
「ん?」
「私は村の娘たちと混じって、ぶどう踏みをしたかった……けど、執事たちに止められたの」
悔しがるステラ。
ヴェリタスは女性だけあって女心がわかるようだ。姫の白い馬と並走して寄り添う。
「ステラさん、ぶどう踏みしましょう!」
「え?」
「今なら邪魔をする執事はいません」
「そ、そうよね! 今度こそ踏み踏みするわ~!」
ステラは元気よく同意した。
あれ? だけど待てよ。ぶどう踏みができるのは、穢れの無い処女のみ。思わず質問してしまった。
「ステラ、村の人に止められないか?」
「なんでよ?」
「いや、まぁ……ステラは美人だし、いろいろと経験してるだろうからさ、年齢的にも」
「はぁー!? わ、私はまだ十六歳で純潔よ! ずっと城に閉じ込められてるの! あなたたち冒険者には理解できないでしょうけど、私にとって姫の生活なんて牢獄と同じ! 自由に恋愛なんてできないんだからっ!」
やばい、ステラを怒らせちゃった。
助けを求めるようにヴェリタスを見る。うるうると瞳が潤んでいた。
「ああん、共感しかないですぅ! ステラさん!」
「な、なによ?」
「魔族を討伐する旅をしながら、自由に恋愛しましょう!」
「え? う、うん……」
「わたしの家も厳しいので、ステラさんの気持ちすっご~く分かります!」
「あ、ありがとう……あなた見た目は男性なのに乙女チックなのね」
へ~、ヴェリタスはお嬢様なのかも。
馬に揺られながらそう考えていると、前方にふたりの冒険者を発見した。
いや、違う。あれは魔族だ。
見た目は人間だが、頭にツノが生えており、防具も野生的。おまけ縄で緊縛された女性を連れている。ステラは俺たちに命令した。
「見つけたわ! あれが民を誘拐した魔族ね! さあ、冒険者よ、やっつけておしまい!」
するとヴェリタスは颯爽と馬で駆ける。
「ツッチーさん、ここはわたしだけで大丈夫です。対魔族ようの技があるので」
「わかりましたー!」
ヴェリタスは魔族たちの前に回り込む。
そして馬から飛び降りた。刀を構え、覇気を放つ。通行止めにされた魔族は、「なんだてめぇ……」と言って武器を構えた。
[一騎討ち]
技の名前が浮かぶ。
すると不思議なことに魔族のひとりとヴェリタスが対峙し、じりじりと間合いを詰めていく。まさに一騎討ちだ。魔族は攻撃をするのか、しないのか、微妙なフェイントを入れてくる。
「はっ!」
ヴェリタスの掛け声が響く。
す、すげぇ……!! 勝負は一瞬だった。魔族が手持ちの剣を振りかぶった時、ガラ空きになった胴へとヴェリタスの斬撃が炸裂。
「グエッッ!」
ひとり魔族消滅。
さらに残っていた魔族が、「うぉぉぉ!」と気合いを入れて襲いかかる。が、ヴェリタスの斬撃は恐ろしい速さで反応していた。上段から切られた魔族が滅殺していく。
「きゃぁぁ!」
緊縛されていた女性が叫ぶ。
フルゴルによくいる格好をしたNPCの娘だ。
「お助けくださーい!」
ヴェリタスは短刀で縄を解く。
自由になった町娘は、潤んだ瞳で感謝の言葉を伝えている。
「お侍様、命を救っていただき、ありがとうございます……」
「いえ、街までの道は分かりますか? ひとりで帰れますか?」
「大丈夫です」
「草に隠れながら戻ってくださいね」
「はい……あの、ここにくる道中で聞いたのですが、魔族たちの拠点はビュテス村のさらに東の土地にあるそうです」
「教えてくれてありがとう。魔族たちは必ず討伐しますね!」
ぺこり、と町娘は頭を下げて走り去る。
ステラは心配そうな顔で言った。
「あのようにビュテス村の民も誘拐されているでしょうね……」
「ああ、急いだ方がいいな」
ヴェリタスが乗馬して戻ってきた。
「ツッチーさーん! わたしの技、見てくれましたか?」
「はい、すごいですね! どうやって魔族の攻撃を見切ったのですか?」
「一騎討ちのコツは、下半身の動きだけを見ていればいいんです。敵が踏み込んできたら攻撃のモーションに入るので、その隙を突きます」
「さすが剣道部だ」
「えへへへ」
照れてる。可愛いな。
現実世界のヴェリタスってどんな顔をしているのだろう。この美少年の侍をモデルにしてるなら、相当な美少女だけど。まぁ、会うこともないし、期待するだけ無駄か。
「な~にイチャついてるのよ……さっさとビュテス村に行くわよ!」
ステラが俺たちに命令する。
はいはい、行きますよ。俺とヴェリタスはステラに続いて馬を走らせた。しばらくすると森林に入る。木漏れ日が漏れる道を抜けると、目的地のビュテス村が見えて来た。
「ん? 甘い香りがする……」
周辺にはぶどう畑が広がっていた。
本当に収穫時期だな。赤くて大きなぶどうが実っている。ヴェリタスは、じゅるりとよだれを垂らしていた。
「お、美味しそうですねぇ……」
「勝手に食べちゃダメよ。村の特産品なんだから」
ステラにお叱りを受ける。
ヴェリタスは、そっとお腹をさすった。
「はい……でも、何だかお腹空いてきちゃいましたね。ツッチーさんは大丈夫ですか?」
「う~ん、実は俺も」
「じゃあ、良い物がありますよ」
「何ですか?」
「ちょっと待ってくださいね」
俺たちは村の外に馬を繋いだ。
そしてヴェリタスはアイテムボックスを開く。空中に浮かんだ画面を指先でクリックすると、出現したのは黄色い果物。ミカンだった。
「あーん、もぐもぐ……めっちゃ甘いですよ。ツッチーさんも、おひとつどうぞ」
「ありがとう。もぐもぐ……うまい!」
「これ、実はツッチーさんがうちのハウスの畑に蒔いた種から育ったんですよ」
「そうだったの!?」
「はい、体力だけじゃなく魔力も少しだけ回復するから、果物は旅の必需品です。あーん、もぐもぐ……美味しぃ~」
うん、たしかに美味い。
ん? ステラとペルペトが、じーとミカンを見つめてくる。
「ミカン、食べるか?」
「何言っちゃってんの!? 私は姫よ……冒険者から施しを受けるなど……」
「いらんなら食べちゃおっと」
「うわぁぁ、よこしなさい!」
ミカンを割ってステラとペルぺトにあげた。
ここは田舎村の道端。美しいお姫様がミカンをむさぼり食っている。というあり得ない絵はとても面白い。
「なにこれ美味しいわね……もぐもぐ」
「甘いニャ~」
あ、いかん。
ミカンが美味しすぎて、すっかりビュテス村のことを忘れていた。俺たちは村の様子を調べる。村人はお祭りの準備をしているが、どこか深刻な顔をしていた。建物が壊れている様子はない。広場にある青い水晶のモニュメント[結界]も無傷だ。
「大丈夫そうだニャン」
「結界は問題ないわね……けど、村人の様子がおかしいわ」
「あの~ツッチーさん、こんなシリアスなときにすいません」
「どうしました?」
「見てください! ほら、美味しそうなぶどうがいっぱい!」
緊張感ないなこの人っ!?
ヴェリタスは俺の腕をぐいっと引っ張る。なんか旅行してるみたい。ぶどう祭りだから、ここは中世ヨーロッパの村ってことでいいだろう。ヴェリタスとの会話が弾む。
「サクッと魔族を討伐してぶどう祭りに参加したいですね~」
「そうですね……うーん、それにしてもいい香りだ。この大きな桶に穢れなき女の子たちが入ってぶどう踏みするわけか」
「ああん、わたし女性キャラで育成すればよかったです……」
「え?」
「ツッチーさんに会うのが遅すぎました……」
ガックリと肩を落とすヴェリタス。
なんかよく分からんけど、勇気づけておこう。
「えっと……男のままでも素敵ですよ。うんうん、ぶどう踏みはできないかもだけど、俺と風呂が入れるし!」
「……っ!」
あ、これ言わん方がよかったか!?
ヴェリタスは顔を赤くして下を向いてしまった。すると、俺たちの間にペルペトを抱いたステラが入ってくる。NPCなりに場の空気を読んでくれたのだろうか。
「あんたたち、ほんっと仲が良いわね」
「あ、ああ、まぁ……」
「それより村の人たちに行方不明者がいないか聞き込みを……ん?」
ステラは怪しい人物を発見した。
俺とヴェリタスもそれを見る。紺色のマントにフードを深く被り、端正な口元だけ露出している男性がいる。明らかに村人ではない。何者だ、こいつ?
「えっ!?……うそ、でしょ」
びっくりして目を丸くするステラ。
フードの男は結界に近づくと、
「……」
黙ったまま、じっと水晶を観察している。
どこか、ホッとした様子があった。とても落ち着いているし、悪いやつじゃなさそうだな。だが、ステラの様子がおかしい。男性を見て動揺している。すると村のどこかで怒声があがった。
「うぉぉぉぉおお! 破壊! 破壊! 破壊ぃぃぃっ!!」
げっ、やべぇのがいる。
斧を持った男性が叫びながら突進して来た。その目は赤く。狂ったように、ピクピクと顔の皮膚や関節が痙攣している。だが目的はしっかりしているようだ。真っ直ぐこちらに進んでくる。狙っているのは結界の破壊だろう。よし、土魔法を使って……いやダメだ。ここは結界のなかだから魔法禁止。どうしよう? ヴェリタスも驚いたまま動けずにいた。
「やはり来たか……」
フードの男がつぶやく。
彼は荒ぶる男に向き合った。さっきまで平和だった村で今、戦闘が起きようとしていた。
俺とヴェリタスは王様から命令を受けた。
そして仲間になったのは美しい金髪の姫ステラ。と、彼女が抱っこする可愛い猫型の魔道機械ペルペトだ。
「回復はまかせろニャ~」
「敵の弱点やアイテムの性能など、データ収集なら私に聞くといいわ。鑑定能力で調べてあげるから」
うん、なかなか心強い。
先を歩くステラは、城のなかにある兵舎へと向かっていた。
「姫様、ついに出陣ですね」
「ご武運を!」
訓練中の兵士たちだ。
おてんばな姫だけど、意外と人気があるみたい。彼女が触れた馬が、ぶるるんと気持ちよさそうに震えている。
「よしよし、いい子ね」
「馬に乗れるのか? ステラ」
「ええ、旅の訓練は受けているわ。戦闘はできないけど……よっ」
ステラは馬に乗って走り出した。
白い馬だ。疾走して風になびく尻尾が美しい。ペルペトは飛ばされないよう、「ニャニャ!」と馬の立て髪にしがみつく。あたりを一周した姫が言った。
「さあ、乗って! 好きな馬を選ぶといいわ」
どれにしよう。
馬屋には、白、黒、茶、それに赤、青、緑といった珍しい毛の色をした馬もいる。ヴェリタスは黒を選んだ。俺は茶色にしておこう。ステラ姫が白い馬だからな。よし、乗ってみよう。
「おお! 操作は簡単だな。自転車に乗るような感じか……ヴェリタスさーん、大丈夫ですかー?」
「はーい、でもどうやって走り出すのでしょうかー?」
「足で馬の腹を蹴ると走りますよ、ほらっ」
「あ、本当ですね!」
俺とヴェリタスは馬で走り出す。
門に近づくと兵士が開けてくれた。姫はそのまま城から出ていく。
「行こう! ヴェリタスさん」
「はい!」
うーん、風が気持ちいい。
青い空の下、馬に乗って駆ける。外は農場が広がっており、農民たちが作業の手を休ませ、「姫様ぁ~!」とステラに手を振っている。大人気だな。ヴェリタスは感心していた。
「ステラって顔が広いようですね。子どもたちが追いかけてきてる。うふふ」
「まぁ、あれでも姫だから」
ぎろり、とステラから睨まれた。
「ツッチー、聞こえているわよ。あれ、とは失礼ね」
「す、すいません……」
「あなたモテないでしょ? 女の子には優しくしなきゃ」
「はい……」
ぺこり、と俺は頭を下げる。
な、何でゲームで説教されなきゃならん? ヴェリタスが「うふふ」と笑っているのが救いだけど。一方、ステラは馬を加速させた。緑豊かなコーデリア草原を抜け、東の未開地へと向かう。
「ステラ、どこに向かうつもりだ? たしか魔族がビュテスで拠点を作っていると言っていたが」
「そのとおりビュテスよ。この道を進めば村があるわ。今の時期は“ぶどう祭り”をやっているはず」
「ぶどう祭り?」
「ええ、収穫したぶどうでワインというお酒を作るの。ビュテス村には視察のためよくお父様とともに訪れているわ」
「ワインか、飲んでみたいな」
「あぁ思い出すとムカつくわ~!」
「ん?」
「私は村の娘たちと混じって、ぶどう踏みをしたかった……けど、執事たちに止められたの」
悔しがるステラ。
ヴェリタスは女性だけあって女心がわかるようだ。姫の白い馬と並走して寄り添う。
「ステラさん、ぶどう踏みしましょう!」
「え?」
「今なら邪魔をする執事はいません」
「そ、そうよね! 今度こそ踏み踏みするわ~!」
ステラは元気よく同意した。
あれ? だけど待てよ。ぶどう踏みができるのは、穢れの無い処女のみ。思わず質問してしまった。
「ステラ、村の人に止められないか?」
「なんでよ?」
「いや、まぁ……ステラは美人だし、いろいろと経験してるだろうからさ、年齢的にも」
「はぁー!? わ、私はまだ十六歳で純潔よ! ずっと城に閉じ込められてるの! あなたたち冒険者には理解できないでしょうけど、私にとって姫の生活なんて牢獄と同じ! 自由に恋愛なんてできないんだからっ!」
やばい、ステラを怒らせちゃった。
助けを求めるようにヴェリタスを見る。うるうると瞳が潤んでいた。
「ああん、共感しかないですぅ! ステラさん!」
「な、なによ?」
「魔族を討伐する旅をしながら、自由に恋愛しましょう!」
「え? う、うん……」
「わたしの家も厳しいので、ステラさんの気持ちすっご~く分かります!」
「あ、ありがとう……あなた見た目は男性なのに乙女チックなのね」
へ~、ヴェリタスはお嬢様なのかも。
馬に揺られながらそう考えていると、前方にふたりの冒険者を発見した。
いや、違う。あれは魔族だ。
見た目は人間だが、頭にツノが生えており、防具も野生的。おまけ縄で緊縛された女性を連れている。ステラは俺たちに命令した。
「見つけたわ! あれが民を誘拐した魔族ね! さあ、冒険者よ、やっつけておしまい!」
するとヴェリタスは颯爽と馬で駆ける。
「ツッチーさん、ここはわたしだけで大丈夫です。対魔族ようの技があるので」
「わかりましたー!」
ヴェリタスは魔族たちの前に回り込む。
そして馬から飛び降りた。刀を構え、覇気を放つ。通行止めにされた魔族は、「なんだてめぇ……」と言って武器を構えた。
[一騎討ち]
技の名前が浮かぶ。
すると不思議なことに魔族のひとりとヴェリタスが対峙し、じりじりと間合いを詰めていく。まさに一騎討ちだ。魔族は攻撃をするのか、しないのか、微妙なフェイントを入れてくる。
「はっ!」
ヴェリタスの掛け声が響く。
す、すげぇ……!! 勝負は一瞬だった。魔族が手持ちの剣を振りかぶった時、ガラ空きになった胴へとヴェリタスの斬撃が炸裂。
「グエッッ!」
ひとり魔族消滅。
さらに残っていた魔族が、「うぉぉぉ!」と気合いを入れて襲いかかる。が、ヴェリタスの斬撃は恐ろしい速さで反応していた。上段から切られた魔族が滅殺していく。
「きゃぁぁ!」
緊縛されていた女性が叫ぶ。
フルゴルによくいる格好をしたNPCの娘だ。
「お助けくださーい!」
ヴェリタスは短刀で縄を解く。
自由になった町娘は、潤んだ瞳で感謝の言葉を伝えている。
「お侍様、命を救っていただき、ありがとうございます……」
「いえ、街までの道は分かりますか? ひとりで帰れますか?」
「大丈夫です」
「草に隠れながら戻ってくださいね」
「はい……あの、ここにくる道中で聞いたのですが、魔族たちの拠点はビュテス村のさらに東の土地にあるそうです」
「教えてくれてありがとう。魔族たちは必ず討伐しますね!」
ぺこり、と町娘は頭を下げて走り去る。
ステラは心配そうな顔で言った。
「あのようにビュテス村の民も誘拐されているでしょうね……」
「ああ、急いだ方がいいな」
ヴェリタスが乗馬して戻ってきた。
「ツッチーさーん! わたしの技、見てくれましたか?」
「はい、すごいですね! どうやって魔族の攻撃を見切ったのですか?」
「一騎討ちのコツは、下半身の動きだけを見ていればいいんです。敵が踏み込んできたら攻撃のモーションに入るので、その隙を突きます」
「さすが剣道部だ」
「えへへへ」
照れてる。可愛いな。
現実世界のヴェリタスってどんな顔をしているのだろう。この美少年の侍をモデルにしてるなら、相当な美少女だけど。まぁ、会うこともないし、期待するだけ無駄か。
「な~にイチャついてるのよ……さっさとビュテス村に行くわよ!」
ステラが俺たちに命令する。
はいはい、行きますよ。俺とヴェリタスはステラに続いて馬を走らせた。しばらくすると森林に入る。木漏れ日が漏れる道を抜けると、目的地のビュテス村が見えて来た。
「ん? 甘い香りがする……」
周辺にはぶどう畑が広がっていた。
本当に収穫時期だな。赤くて大きなぶどうが実っている。ヴェリタスは、じゅるりとよだれを垂らしていた。
「お、美味しそうですねぇ……」
「勝手に食べちゃダメよ。村の特産品なんだから」
ステラにお叱りを受ける。
ヴェリタスは、そっとお腹をさすった。
「はい……でも、何だかお腹空いてきちゃいましたね。ツッチーさんは大丈夫ですか?」
「う~ん、実は俺も」
「じゃあ、良い物がありますよ」
「何ですか?」
「ちょっと待ってくださいね」
俺たちは村の外に馬を繋いだ。
そしてヴェリタスはアイテムボックスを開く。空中に浮かんだ画面を指先でクリックすると、出現したのは黄色い果物。ミカンだった。
「あーん、もぐもぐ……めっちゃ甘いですよ。ツッチーさんも、おひとつどうぞ」
「ありがとう。もぐもぐ……うまい!」
「これ、実はツッチーさんがうちのハウスの畑に蒔いた種から育ったんですよ」
「そうだったの!?」
「はい、体力だけじゃなく魔力も少しだけ回復するから、果物は旅の必需品です。あーん、もぐもぐ……美味しぃ~」
うん、たしかに美味い。
ん? ステラとペルペトが、じーとミカンを見つめてくる。
「ミカン、食べるか?」
「何言っちゃってんの!? 私は姫よ……冒険者から施しを受けるなど……」
「いらんなら食べちゃおっと」
「うわぁぁ、よこしなさい!」
ミカンを割ってステラとペルぺトにあげた。
ここは田舎村の道端。美しいお姫様がミカンをむさぼり食っている。というあり得ない絵はとても面白い。
「なにこれ美味しいわね……もぐもぐ」
「甘いニャ~」
あ、いかん。
ミカンが美味しすぎて、すっかりビュテス村のことを忘れていた。俺たちは村の様子を調べる。村人はお祭りの準備をしているが、どこか深刻な顔をしていた。建物が壊れている様子はない。広場にある青い水晶のモニュメント[結界]も無傷だ。
「大丈夫そうだニャン」
「結界は問題ないわね……けど、村人の様子がおかしいわ」
「あの~ツッチーさん、こんなシリアスなときにすいません」
「どうしました?」
「見てください! ほら、美味しそうなぶどうがいっぱい!」
緊張感ないなこの人っ!?
ヴェリタスは俺の腕をぐいっと引っ張る。なんか旅行してるみたい。ぶどう祭りだから、ここは中世ヨーロッパの村ってことでいいだろう。ヴェリタスとの会話が弾む。
「サクッと魔族を討伐してぶどう祭りに参加したいですね~」
「そうですね……うーん、それにしてもいい香りだ。この大きな桶に穢れなき女の子たちが入ってぶどう踏みするわけか」
「ああん、わたし女性キャラで育成すればよかったです……」
「え?」
「ツッチーさんに会うのが遅すぎました……」
ガックリと肩を落とすヴェリタス。
なんかよく分からんけど、勇気づけておこう。
「えっと……男のままでも素敵ですよ。うんうん、ぶどう踏みはできないかもだけど、俺と風呂が入れるし!」
「……っ!」
あ、これ言わん方がよかったか!?
ヴェリタスは顔を赤くして下を向いてしまった。すると、俺たちの間にペルペトを抱いたステラが入ってくる。NPCなりに場の空気を読んでくれたのだろうか。
「あんたたち、ほんっと仲が良いわね」
「あ、ああ、まぁ……」
「それより村の人たちに行方不明者がいないか聞き込みを……ん?」
ステラは怪しい人物を発見した。
俺とヴェリタスもそれを見る。紺色のマントにフードを深く被り、端正な口元だけ露出している男性がいる。明らかに村人ではない。何者だ、こいつ?
「えっ!?……うそ、でしょ」
びっくりして目を丸くするステラ。
フードの男は結界に近づくと、
「……」
黙ったまま、じっと水晶を観察している。
どこか、ホッとした様子があった。とても落ち着いているし、悪いやつじゃなさそうだな。だが、ステラの様子がおかしい。男性を見て動揺している。すると村のどこかで怒声があがった。
「うぉぉぉぉおお! 破壊! 破壊! 破壊ぃぃぃっ!!」
げっ、やべぇのがいる。
斧を持った男性が叫びながら突進して来た。その目は赤く。狂ったように、ピクピクと顔の皮膚や関節が痙攣している。だが目的はしっかりしているようだ。真っ直ぐこちらに進んでくる。狙っているのは結界の破壊だろう。よし、土魔法を使って……いやダメだ。ここは結界のなかだから魔法禁止。どうしよう? ヴェリタスも驚いたまま動けずにいた。
「やはり来たか……」
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