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14 曲げます
しおりを挟む森の奥で、また嫌な匂いが広がっていた。
夜明け前。
空はまだ青みがかっていて、木々の影が長く伸びている。
本来なら、鳥の気配が戻り始める時間だ。
だが、その森には、静かすぎる場所があった。
荷車が並び、車輪が土を削る音がする。
人間たちが、眠ったままの魔族を運んでいる。
魔族の口元には、薬の痕。
呼吸は浅く、目は閉じたままだ。
「急げ」
「森に放て」
指示を出しているのは、人間だ。
魔族は地面に転がされ、
やがて、ゆっくりと目を覚ます。
考えることはない。
命令も理解しない。
ただ、本能に従って動き出す。
掘る。
掘る。
掘る。
鉱物の匂いを辿り、地面を壊し、森を削る。
その上空で、シルフィは歯を食いしばるように羽を震わせていた。
「だめ」
「こわれる」
「いや」
自然が、壊されていく。
シルフィは、風を切って飛び去った。
⸻
ガルドの家。
テーブルの上に紙が広げられ、
ガルドが炭で線を引いている。
「……ここだ」
「廊下の、曲がり角」
描かれているのは、悪徳貴族グラウスの邸宅の間取りだ。
壁の位置、通路の向き、見張りの配置。
シルフィが、紙の上を行ったり来たりする。
「OB」
「まげる」
「ロック」
「つまり」
俺は顎に手を当てた。
「真っ直ぐじゃ無理で、固定されてる、と」
ガルドが頷く。
「……近づけば死ぬ」
「監視が厚い」
「ですよね」
直接戦う気は、最初からない。
狙うのは魔族じゃない。
狙うのは――仕組みだ。
⸻
邸宅から、かなり離れた高台。
風がよく通り、地面も安定している。
ここなら、余計な揺れはない。
俺は金属玉を一つ取り出し、
指で軽く弾いて感触を確かめた。
冷たい。
重い。
「……距離は?」
俺が聞くと、
ガルドは、目を細めて言う。
「……普通なら、届かない」
「ですよね」
素振り。
肩、腰、足。
力は入れない。
流れだけを確認する。
そのとき。
「……ここで、何をしているんですか?」
背後から聞こえた声に、全員が固まった。
振り返ると、
フードを被ったリリアーナ姫が立っている。
「……殿下!?」
ガルドが本気で青ざめた。
「なぜ、ここに……!」
「距離の問題です」
姫は真顔で答えた。
「距離ではありません!!」
ガルドが即座に返す。
「大丈夫です」
姫は俺を見る。
「静かに、見ているだけなので」
俺は一度だけ頷いた。
「動かないでください」
「今、集中したいので」
姫の頬が、見る見る赤くなる。
「……は、はい」
ガルドが頭を抱える。
「……後で説教だ」
⸻
構える。
スタンスをわずかに開き、
フェースをほんの少し被せる。
力はいらない。
狙うのは、廊下の向こう。
「フックショット!」
シルフィが楽しそうに叫ぶ。
「静かに」
ガルドが低く言う。
俺は、スイングした。
乾いた音。
金属玉は、
まっすぐ窓を突き破り、
邸宅の中へ吸い込まれる。
次の瞬間、
見えない廊下の中で、
大きく、
気持ちよく、
弧を描いた。
カン。
鈍い音。
檻の鍵が、砕ける。
⸻
邸宅の中が、一気に騒がしくなった。
鉄の軋む音。
魔法陣が崩れる音。
悲鳴。
眠っていた魔族たちが目を覚まし、
本能のまま動き出す。
家来たちは、武器を捨てて逃げ出した。
床に転がり、
必死に這いずる男が一人。
グラウス・エディン。
宝石を飾っていた指は泥にまみれ、
威厳はどこにもない。
「ま、待て……!」
「金だ……!」
声が裏返る。
「全財産を渡す!」
「お前たち全員に分ける!」
「だから、助けてくれ!!」
⸻
そこへ、冒険者たちが入ってきた。
ブロックを先頭に、
エルネス、カイ、仲間たち。
檻。
薬瓶。
放流の痕跡。
誰も説明しなくても、理解できた。
「……だからか」
ブロックが低く言う。
「俺たちは、ずっと……」
グラウスが縋る。
「金はある!」
「全部だ!」
ブロックは、しばらく黙ってから言った。
「金はもらう」
「だが、助けはしない」
「俺たちは、仕事をする」
「それだけだ」
冒険者たちは散開し、
魔族を処理する。
今回は、苦戦しない。
配置も、数も、把握できている。
魔族は、
一体、また一体と倒れていった。
⸻
夜。
ガルドの家。
ローナの料理が、所狭しと並ぶ。
肉、野菜、酒。
「うまっ」
誰かが素直に言った。
「世界が変わった感じだな」
ブロックが笑う。
「別格だ」
エルネスが頷く。
「……異常」
ガルドが短くまとめる。
姫は、スプーンを止めて俺を見る。
「……とても」
「すてきでした」
俺は照れくさくなって、笑った。
「普通にゴルフしてただけなんですけど」
「あはは」
「それが普通じゃねえんだよ!」
ブロックが即ツッコむ。
そのとき。
ガルドが、深く息を吸った。
「……殿下」
「そろそろ、お帰りください」
「え!?」
姫が悲鳴を上げて逃げる。
「やだーー!」
全員、腹を抱えて笑った。
「はははは!!」
俺はその様子を見ながら、酒を一口飲んだ。
(あー、腹いっぱいだ)
シルフィが、満足そうに言った。
「ナイスショット」
ラウンドは、確かに終わった。
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