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13 檻の匂いと、税の穴
しおりを挟む夜明け前の森は、音が死んでいた。
風は低く、木々の葉はほとんど揺れない。
芝と苔は朝露を含み、柔らかく息をしている。
本来なら、安心できる時間帯だ。
その森の上を、シルフィが飛んでいた。
風に身を預け、枝と枝の隙間を滑る。
妖精にとって森は、地図であり、記憶であり、会話相手だ。
だが、途中でシルフィはぴたりと止まった。
匂いが、違う。
鉄。
濡れた金属。
それに、鼻の奥にまとわりつく、甘くて嫌な匂い。
「……くさい」
下を見ると、剣と盾の音が響いていた。
冒険者たちが、魔族と戦っている。
盾を構え、剣を振り、必死に押し返している。
魔族は、強すぎない。
一対一なら、勝てる。
だが、数が多い。
一体倒す。
次の瞬間、また来る。
「……へん」
「おおい」
「つづく」
自然の湧き方じゃない。
シルフィは、冒険者たちの戦場を離れ、匂いの流れを辿った。
森のさらに奥。
人の手で切り開かれた道。
不自然に固められた地面。
石造りの邸宅。
壁沿いを滑り、窓から中を覗く。
廊下は、わざとらしいほど曲がっている。
見張りの人間が立ち、先を見せない。
さらに奥。
鉄の檻。
床には魔法陣。
周囲には薬瓶。
中には、眠るように横たわる魔族たち。
整然と並び、動かない。
「ティー」
「いっぱい」
「ならんでる」
「まだ」
「スイング」
「しない」
スタート地点に固定されたボール。
これは狩りじゃない。
管理だ。
「……わるい」
シルフィは背中に嫌な感触を覚え、すぐにその場を離れた。
「しらせる」
風を切り、森を抜けていく。
⸻
朝。
ガルドの家。
俺はテーブルに並んだ朝食を見て、少し首を傾げた。
いつもより一品少ない。
「今日は、これで」
ローナが申し訳なさそうに言う。
「……物流か」
ガルドが即座に言う。
「ええ」
ローナは頷いた。
「まあ、朝は軽いほうがいいですよね」
俺はパンをかじりながら言った。
その横で、シルフィが落ち着かない。
皿の周りを行ったり来たりしている。
「OB」
「まだ」
「うつ」
「はいはい」
俺は笑って返す。
「朝から打ちっぱなしはやりません」
完全に子ども扱いだ。
「……妖精は、いつもおかしい」
ガルドが言う。
ローナだけが、少し首を傾げた。
「でも……」
「何か言いたそうじゃないですか?」
「気のせいですって」
俺は軽く流した。
そのとき、自然に混ざっていた人影が動いた。
「……おはようございます」
フードの奥から聞こえる声。
もう誰も驚かない。
「……殿下」
ガルドが即ツッコミを入れる。
「なぜ、ここに」
「朝食の距離です」
姫は真顔で答えた。
「距離の問題じゃありません」
ガルドが言う。
「もう慣れましたけどね」
ローナがさらっとフォローする。
「慣れるな」
ガルドが即返す。
俺は、もぐもぐしながら思った。
(このやり取り、完全に定番だな)
姫がぽつりと言った。
「……最近」
「税の納が、悪い領があるんです」
「へえ」
俺は相槌だけ打つ。
「魔族被害を理由に、減免申請」
「でも……その領だけ、生活が潤っていて」
「……不自然だ」
ガルドが短く言う。
シルフィが、さらに小さく言った。
「フェアウェイ」
「じゃない」
「でも」
「ボール」
「ある」
「ほらね」
俺は肩をすくめる。
「意味わからないでしょ」
だが、違和感だけは、確かにテーブルに残った。
⸻
昼。
工房ドラン。
俺は木製アイアンのフェースを布で拭いていた。
油の匂い、金属の音。
落ち着く時間だ。
「……いい顔になってきたな」
ドランが言う。
「顔って」
「道具にも顔はある」
(分かるのが怖い)
ドランが続ける。
「そろそろだ」
「強化、考えないか」
「ああ」
俺は即答した。
「鉱物が欲しいだけだろ?」
ドランが、ぴたりと止まる。
「……参ったな」
「分かりやすいですよ」
「最近、目がキラキラしてますし」
「職人の目だ」
ドランは咳払いした。
「無駄にはしない」
「はいはい」
俺は笑った。
「順番に、ですね」
そのとき、工房の扉が開いた。
ブロックたち冒険者が入ってくる。
防具は削れ、剣は欠けている。
歩き方も重い。
「……すまん」
ブロックが言う。
「直してくれ」
「酷使しすぎだ」
ドランが即座に言う。
武器を預けながら、冒険者たちが話し始めた。
「魔族が減らねえ」
ブロックが吐き出す。
「倒しても、また来る」
「出る時間も、数も同じです」
エルネスが言う。
「風向きまで……」
カイが続けた。
「毎回、同じだ」
俺はアイアンを磨いたまま、何気なく聞いた。
「手当は?」
一瞬、空気が止まる。
「……少ない」
ブロックが答えた。
「でも、文句は言えねえ」
「領主の管轄だからな」
ドランの手が、ぴたりと止まった。
「……その領主」
ドランが低く言う。
「グラウス・エディンだ」
朝の姫の言葉が、頭をよぎる。
税を納めていない領。
点が、線になる。
「……調べたほうがいいな」
ドランが言う。
ブロックは、静かに頷いた。
「俺たちで、確かめる」
シルフィが、もう一度だけ言った。
「うつ」
俺は、また笑って流した。
「はいはい」
でも、このとき俺は、はっきり感じていた。
――“打つ”相手が、
魔族じゃないかもしれない、ってことを。
——第13話(前編)、終わり。
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