異世界で魔族が全滅してるらしいが、俺は普通にゴルフしてるだけ ~無能扱いされた男が 、距離だけで世界を変える話~

ぬこまる

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10 ドライバー完成

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朝の草原を、風が低く流れていた。

夜露を含んだ芝が、ゆっくりと身を揺らす。踏まれていない場所は柔らかく、踏まれた跡はすぐに戻る。寝起きの人間みたいに、少し遅れて、でもちゃんと元に戻る。自然が呼吸している証拠だ。

その上を、シルフィが飛んでいた。

芝すれすれを、羽音も立てずに滑るように進む。風に身を預け、森を抜け、丘を越え、さらに遠くへ。空が高い。雲はまだ薄く、朝の光を透かしている。

「きれい」
「すき」

短い言葉を落としながら、妖精は空を渡る。

だが、遠く。

山の稜線が、どこか歪んで見えた。なだらかだったはずの輪郭は削られ、岩と土が段々に積み上がっている。自然の線じゃない。誰かが、効率だけで削った線だ。

魔族の要塞。

無言の影が、鉱物を掘り続けていた。止まらない。考えない。ただ、掘って、集めて、積む。風も芝も、鳥も関係ない。

「やりすぎ」
「こわれる」
「きらい」

シルフィは風を切り、踵を返した。

知らせなければならない。
芝の人に。




朝、ガルドの家の前。

俺はいつも通り、芝域の端に立っていた。足元の感触を確かめ、軽く素振りをする。手に持っているのは、ドラン製の木製アイアン。まだ完成形ではないが、信頼できる相棒だ。

芝は昨日より少し湿っている。朝露が残り、転がりは抑えめ。踏み込んだときの反発が素直で、足裏が「今日は真面目にやれよ」と言っている気がする。

(悪くない)

「トップ、きれい」
「きょう、いい」

肩の上で、シルフィが採点する。飛んで行ってたはずなのに、いつの間に戻ってきたんだこの子。風って便利だ。

「朝から評価高いな」

「事実」

短い。断定。可愛い。腹立つ。

少し離れたところで、ガルドが腕を組んでいる。視線は俺ではなく、ずっと遠く。危険がないか、距離が変わっていないか、それだけを見る目だ。ゴルフ用語を知らないくせに、視線の使い方はキャディそのものだと思う。

「……朝からやるな」
「……まだ飯前だ」

「軽くだけです」
「芝の様子を見るのが好きで」

「……やりすぎるな」

ツンだ。だが言葉が冷たいほど、守る気は熱いのが分かる。本人は認めないだろうけど。

そのとき、背後から足音。

「おはようございます」

振り返ると、フードを被った女性が立っていた。声で分かる。

「おはようございます」

フードを少し直して、リリアーナ姫が小さく頭を下げる。

「朝の芝が、きれいで……」
「つい、見に来てしまいました」

「分かります」
「一日の調子、ここで決まりますから」

姫は、ほっと息を吐いた。空気を吸うのが上手い人だ。王城の中より、こっちの風の方が似合う。

ガルドが小さく咳払いをする。

「……姫」
「ここは、少し……」

「分かっています」
「この距離で」

距離。今日も出た。

俺が芝を見ると、姫も芝を見る。ガルドは芝ではなく遠くを見る。シルフィは芝を愛でながら遠くの匂いを嗅いでいる。俺だけが「朝っていいな」と思っている。平和だ。



少し並んで、芝を眺める。

風が一定の間隔で抜けていく。遠くで鳥が鳴いた。芝の先が揃って、またほどける。ゴルフ雑誌なら「朝の芝は、嘘をつかない」とか書きそうだ。

「……あの」
姫がぽつりと口を開く。
「昨日の要塞のことですが……」

「遠いですね」
俺は即答した。

「……はい」
「近づけません」

「正面突破は無理です」
「ゴルフ的にも」

「……ごるふ?」

「距離の問題です」
「無理すると、全部壊れます」

姫は芝を見つめたまま言った。

「……お父様に、相談できませんか」

お、と思った。

だが、すぐに続く。

「……でも」
「最近、話せていなくて」

一瞬、間。

「……え?」
俺は素で声が出た。

横で、ガルドが低く言う。

「……思春期だな」

「……!」

姫の顔が一瞬で赤くなる。

「ち、違います」
「距離の問題です」

「距離、多用しますね」

「……芝が傷みますから」

なるほど。逃げ方がうまい。芝を盾にすると強い。俺も使おうかな、今度。

「じゃあ」
俺は少し考えて言った。
「ゴルフの話から入りましょう」

「……ごるふ?」

「距離の話です」
「お父様、興味持ちます」

姫は迷ってから、こくりと頷いた。

「……一緒なら」
「話せるかもしれません」

ガルドが小さく息を吐いた。
たぶん、姫が逃げずに話したことが嬉しい。たぶん、認めない。



王の前。

広い謁見室。石床に朝の光が差している。王の席は高く、言葉も重い。なのに、今日は少しだけ空気が柔らかい。姫がいるからだ。

「……久しぶりだな」
レオンハルト王が娘を見る。

「……はい」

ぎこちないが、逃げない。姫は一歩も引かなかった。

俺は木製アイアンを差し出した。

「遠くを、無理せず打つ道具です。でも、まだこれでは距離が出ません。強化するには鉱物がいります」

王は手に取り、重さを確かめ、静かに振る。剣の素振りとは違う、道具の確認の振りだ。

「わしにも、できるか?」

「むしろ」
俺は即答する。
「高齢者の方が多いです」

王が眉を上げる。

「ほう?」

「定年後の趣味です」
「無理しない競技なので」

「……理にかなっている」

横でシルフィが言う。

「じょしぷろ」
「にんき」

姫の目が、きらっと光った。

「……私も」
「やってみたいです」

王はほんの少しだけ笑った。たぶん、娘と話せたことが嬉しい。王の笑顔って、宝石より珍しい。

「……宝物庫を開けよ」



ドランの工房は、木の匂いが支配していた。

火はある。
金属もある。
だが、今日の主役は剣でも鎧でもない。

作業台の中央に置かれているのは、
一本の、削りかけの木だ。

樹皮はすでに剥がされ、
芯だけが、まっすぐ残されている。

「これだ」

ドランが短く言った。

俺は近づき、指でそっと触れた。

乾いている。
だが、死んでいない。

「……いい木ですね」

「だろう」
ドランは少しだけ胸を張る。
「山の北側だ」
「風を受けて育った」

俺は頷いた。

ゴルフ雑誌で何度も読んだ言葉が、頭に浮かぶ。

――風を受けて育った木は、芯が強い。  
――強いが、折れない。

「シャフトは」
俺は言葉を選びながら続けた。
「**しならないとダメです**」

ドランが、にやりと笑う。

「そこだ」
「剣とは、真逆だな」

「剣は、曲がったら終わりですけど」
俺は正直に言う。
「ゴルフは、**曲がってからが本番**です」

ドランは、削り途中の木を持ち上げ、
両手で軽く力をかけた。

わずかに、しなる。

「……なるほどな」
「溜めて、戻る」

「はい」
「振るんじゃなくて」
「**振らせる**感じです」

ドランは、削り台に木を戻し、
刃物を持ち直した。

「じゃあ、最初から完成形は作らん」
「削って、削って」
「使うたびに、癖を出す」

「名器の育て方ですね」

「ほう」
ドランが顔を上げる。
「そんな言葉があるのか」

「あります」
俺は笑った。
「“このクラブは、プレイヤーと一緒に育つ”って」

ドランは、少し黙ってから言った。

「……嫌いじゃない」

工房の隅で、ガルドが腕を組んで見ている。

「……それで、飛ぶのか」

「飛ばす道具じゃないです」
俺は首を振った。
「**届かせる道具**です」

ガルドは、俺を見る。

「距離は?」

「この道具の名前はドライバー」
俺は少し考える。
「作ってくれたアイアンの倍くらい、ですかね」

ガルドは即答した。

「……十分だ」

その一言に、無駄はなかった。

シルフィが、作業台の上に降りてくる。

「これ」
「つよい」

「まだ打ってないだろ」

「わかる」

「どこが」

シルフィは、木を指さした。

「ここ」
「まだ、いきてる」

ドランが、目を細める。

「妖精ってのは」
「そういうのが分かるのか」

「芝と」
「おなじ」

俺は、その言葉に少しだけ安心した。

「ヘッドはどうします?」

ドランは、布をめくった。

そこにあったのは、
綺麗に研磨された鉱物の塊だった。王様から頂いた、宝箱に入っていたもの。

丸く、重く、
だが、どこか優しい形。

「これは最高に硬い鉱物だ! 飛ぶぜ!」

「おお!」

俺はうなった。

「当たった感触が」
「ちゃんと、手に返ってくる方がいい」

「そうだな」
ドランが言う。
「だが壊す道具じゃない」
「**距離を覚える道具**だ」

組み上がったドライバーは、
剣よりも長く、
槍よりも太い。

だが、手に取ると、不思議と馴染む。

「……軽いですね」

「軽く作った」
ドランは言った。
「力は、人間が足す」

ガルドが、ぼそっと言う。

「……振りすぎるな」

「はい」
俺は素直に返す。
「無理すると、だいたいミスるので」

シルフィが、くるっと回る。

「ティー」
「どうする?」

「砂です」

俺は即答した。

「盛って」
「軽く置く」
「芝を傷めません」

ドランは、深く頷いた。

「現場の知恵だな」

完成した木製ドライバーを、
俺は胸の前で構えた。

まだ、打たない。
今日は、眺めるだけだ。

「……最初の一本ですね」

「最初で」
ドランが言う。
「最後じゃない」

俺は笑った。

「はい」
「育てます」

工房の外では、
芝が、風に揺れていた。

剣でも、魔法でもない。

距離を信じるための道具が、
静かに生まれた朝だった。

「ティーが要ります」
俺が言う。

「ティー?」

「砂を盛って使います」
「芝を傷めません」

ドランが目を細めた。

「……現場の知恵だな」

シルフィが横で頷く。

「すな」
「いい」
「芝、いたくない」

俺は内心でガッツポーズした。芝に優しいのは正義。



芝域。

俺は完成した新しい武器、ドライバーを握る。
砂を盛り、小さな山を作る。その上に球を置く。ティーがなくても、芝を傷めずに高さが出る。たったこれだけの工夫で、世界は変わる。

芝域には自然と人が集まっていた。

冒険者。商人。工房の職人。城下町の人々。  
遠くの要塞を見て、ざわつく。

「……あれを、ここから?」
「本当に届くのか?」

ガルドが静かに前へ出る。

「……距離、問題ない」

それだけで場が静まった。  
距離の人の一言は、妙に重い。

シルフィが俺の肩で両手を広げる。

「ぜんぶ」
「かぜ」
「あげる」

風が集まるのが分かる。背中が軽くなる。呼吸が揃う。芝の揺れが揃う。世界が「今だ」と言っている。

俺は芝に立った。足元の感触を確かめる。

構える。
いつも通り。

ただ、振り幅だけが違う。

誰かが息を呑んだ。

振る。

一発。
二発。
三発。

遠くで、要塞が崩れた。

音が遅れて届き、山が砕ける。土煙が立つ。  
見えない距離で、確かに何かが終わっていく。

魔族は全滅した。

次の瞬間、空に光が散った。鉱物、宝石、結晶。花火みたいに、大地へ降り注ぐ。

「回収だ!」
ドランが叫び、商人たちが走る。

「……増えてるぞ!」
「要塞を潰しただけで、これだけ!」

王も宝箱を開き、目を見張った。

「……不思議だな」
「渡したはずの鉱物より、増えている」

そして、俺を見る。

「よくやった」
「国が、回る」

姫は完全に顔を赤くしていた。

「……すてきです」

俺は頭を掻いた。

「普通にゴルフしてただけなんですけど」
「あはは」

芝は無事だった。
自然も、経済も、人の距離も。

全部、ちょうどよく回っていた。
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