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11 いい芝を探してただけなのに、畑が助かっていた
しおりを挟む旅に出る理由は、たった一つだった。
いい芝を踏みたい。
それだけだ。
芝域は確かに良い。
毎日踏めば、足裏が覚える。
風の抜け方も分かってくる。
でも、同じ場所ばかりだと、感覚は鈍る。
(異世界の他の土地の芝も踏んでみたいんだよな)
俺はゴルフがしたい。
自然の中で、ラウンドがしたい。
戦争だの、国家だの、魔族だの。
そういうのは、俺の担当じゃない。
……担当じゃないはずなんだけど、
この世界は、たまに勝手に担当を割り振ってくる。
⸻
朝。
ガルドの家の台所で、ローナが作ってくれた朝食を取った。
硬めのパンに、昨日のスープの残り。
贅沢じゃないが、落ち着く味だ。
「……行くのか」
ガルドが、パンを割りながら言った。
「行きます」
俺は素直に答えた。
「いい芝を探しに」
「……命がけで、芝を探すな」
「命がけじゃないです」
「散歩です」
「……散歩で死ぬ場所がある」
(それはそう)
シルフィが肩の上で、パンを覗き込む。
「かたい」
「でも、すき」
「顎が鍛えられるからな」
ガルドが、小さく鼻を鳴らした。
「……意味が分からん」
こうして、俺は旅に出た。
目的は芝。
世界救済は副産物。
⸻
昼前。
城下町を離れると、景色が変わる。
人の匂いが薄れ、土の匂いが濃くなる。
風が素直になる。
空が、広くなる。
歩きながら、俺は足裏で地面を拾う。
硬い。
柔らかい。
砂っぽい。
湿っている。
たったそれだけで、頭の中にコースが立ち上がる。
(ここはフェアウェイっぽい)
(ここはラフだ)
(ここは踏み込むと滑る)
ガルドは黙って付いてくる。
一定の距離を保ち、俺の右後ろ。
「……その先、踏むな」
「どこがです?」
「地面が落ちる」
「地面が?」
「地面が」
(この世界、地面が信用できない)
シルフィが短く言う。
「そこ」
「だめ」
「はいはい」
ガルドが小さく言った。
「……従うのは、偉い」
「今、褒めました?」
「……事実だ」
(デレ、出た)
⸻
昼。
小さな村に着いた。
畑が広がっている。
柵が低く、納屋が点在している。
……のに、空気が重い。
畑の端が踏み荒らされ、土が剥き出しだ。
収穫前の作物が、途中で倒されている。
村人の動きが遅い。
俺の第一感想は、我ながらひどい。
(ラウンドしづらそうだな)
村の端で、ミアが畑を片づけていた。
泥だらけで、手袋も破れている。
それでも、黙々と動いている。
目が合った瞬間、彼女が固まる。
「……芝の人?」
「お久しぶりです」
俺は軽く手を振った。
「元気そうで」
「元気……ではないです」
ミアは苦笑した。
「でも、来てくれて……」
話を聞く前に、昼飯をご馳走になった。
畑で取れた芋のスープと、少しだけの干し肉。
質素だが、ちゃんと腹にたまる。
「夜に、魔族が出るんです」
ミアがスプーンを止めて言った。
「畑の端を、踏み荒らして」
「なるほど」
俺は頷いた。
「夜は打ちづらいですね」
「打つって何を!?」
ミアが即ツッコむ。
「こっちの話です」
シルフィが肩で言う。
「いや」
「ここ、だめ」
「ほら、妖精も言ってます」
「妖精って……!?」
ミアが目を見開く。
ガルドが淡々と言った。
「……騒ぐな」
「寄る」
「寄るって何が!?」
「魔族が」
(会話が物騒に戻った)
⸻
夜。
村の灯りが少しずつ消える。
夕食は、昼の残りを分け合った。
「明日、畑が残ってたら……」
ミアが小さく言う。
「残りますよ」
俺は軽く答えた。
「芝、悪くないですし」
「畑ですよ!?」
俺は畑の外れの草地に立った。
木製アイアン。
金属玉。
ガルドは右後ろ。
動かない。
「……前に出るな」
「了解です」
「……音を立てるな」
「それは無理です」
「カキィンって言います」
「……言うな」
シルフィが肩で言う。
「きょう」
「いい」
構える。
力は入れない。
同じ動き。
カキィン。
遠くで、ドガッ。
一体。
カキィン。
ドガッ。
また一体。
俺は淡々と打つ。
練習場みたいに、次々と。
ガルドが短く言う。
「……減っている」
「そりゃ打ってますから」
「……理不尽だな」
最後の一体が倒れたとき、
風が軽くなった。
「おわり」
シルフィが言った。
「終わりね」
ガルドが、少しだけ息を吐く。
「……問題ない」
「……よくやった」
「レア褒め、いただきました」
「……黙れ」
⸻
翌朝。
畑は、無事だった。
村人が集まり、立ち尽くしている。
踏み荒らされた跡は増えていない。
作物が残っている。
朝食は、昨日より少しだけ豪華だった。
焼いた芋と、温かいスープ。
それだけで、空気が違う。
ミアが走ってきて、俺の前で止まった。
目が赤い。
でも、笑っている。
「……ありがとうございました!」
「いや」
俺は手を振った。
「芝、良かったです」
「そこ!?」
ミアが泣き笑いで突っ込む。
「名前……」
ミアが言いかける。
「いいです」
俺は首を振った。
「通りすがりなんで」
ミアは少し悔しそうにしてから、言った。
「……じゃあ」
「芝の人」
「定着してるな」
ガルドが横で呟く。
「……諦めろ」
「冷たいな」
「……事実だ」
シルフィが肩で言う。
「芝」
「すき」
「俺も」
畑に、風が通る。
昨日とは違う、静けさだ。
生活が戻る音がした。
俺は空を見上げた。
(いい芝、探しに来ただけなんだけどな)
それでも、また何かが回り始めている。
それが少し可笑しくて、
俺は小さく笑った。
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