異世界で魔族が全滅してるらしいが、俺は普通にゴルフしてるだけ ~無能扱いされた男が 、距離だけで世界を変える話~

ぬこまる

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43 竜釣り

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 高台の麓で、ドランの馬車が止まった。

 ゴトン、と車輪が石を踏んだ音が、妙に重く聞こえる。空は青い。雲は高い。風は乾いていて、草の匂いがする。こんな平和な天気の下で、竜が飛んでいるなんて、普通は信じない。

「着いたぞ」
 御者台のドランが振り返って言う。
「ここからは足だ。馬車ごと登らせたら、道が泣く」

「芝が泣くの次は道が泣くか」
 俺が言うと、

「泣くべ」
 どこからともなく、庭師ミグルの声が聞こえた気がした。いない。幻聴だ。俺もだいぶこの世界に馴染んでる。

 馬車から降りる。背中のゴルフバッグが少し重い。今日は“練習”じゃない。距離の勝負だ。

 メンバーは揃っている。

 俺。
 ガルド。
 妖精シルフィ。
 エルネス。
 そして――ルウナ。

 ルウナは日傘を差していた。森の奥の住人が、わざわざ太陽の下に出るだけでもう珍しいのに、傘の扱いがやけに堂々としている。

「日焼けしたくない」
 ルウナが言う。
「肌が弱いからね」

「エルフの肌って弱いんだ」
 俺が言うと、

「弱いよ」
 ルウナは即答した。
「千五百年分、守ってきたんだ」

(守り方が文明的すぎる)

 エルネスが小さく咳払いする。

「……ルウナ様は、月の方が好きなんです」
 少し誇らしげに言うのが可愛い。

 ガルドが先を指した。

「……登るぞ」
「風が変わる前に」

 登り始める。

 高台への道は、みんなで作った道だ。土を固め、石を組み、滑りやすいところに木を打ち、排水を切った。歩くたびに、あの汗の匂いが蘇る。

 高台に着いた。

 視界が一気に開ける。風が強い。空が近い。遠くの森が濃く見えて、港の白い帆が小さく光っている。芝域も見える。城も見える。世界が一枚の地図みたいに広がっていた。

 ルウナが、珍しく素直な声を出した。

「……きれい」

 日傘の影の中でも、瞳が少しだけ明るい。収集家の目だ。景色すらコレクションにしそうな顔をしている。

 ガルドがドランに言った。

「宝石を出せ」

「いきなり物騒だな」
 ドランが言いながら、渋々荷台の箱を開ける。
 中から布に包まれた小袋が出てきた。ほどくと、宝石が光る。山ほどある。キラキラしてる。眩しい。

「……どこからそんなに」
 俺が言うと、

「要塞に隠してた……あの日は大勢いたからな」
 ドランが言う。

 ガルドの目が細くなる。

「……お見通しだ」
「お前の“隠す距離”もな」

「その距離も分かるのかよ……」
 ドランが引きつった顔で言う。

 シルフィが肩の上で言った。

「きらきら」
「えさ」

「えさ言うな」
 俺は小声で注意した。

「えさ」
 シルフィは譲らない。

(妖精って、言葉選びに配慮しない生物なんだな)

 宝石を高台の中央に置く。少し離して、光が見えやすいようにする。風で飛ばないように石を重しにした。

「……釣りか?」
 ドランが言う。

「釣りだ」
 ガルドが答える。
「宝石で、竜を釣る」

「竜釣りって言葉がもうヤバいな」
 俺は言った。

 エルネスが杖を握り直す。

「……本当に、来ますか?」

「来る」
 ガルドが言い切る。
「匂いが強い。風が運ぶ」

 ルウナが日傘を傾けて言う。

「鱗だけね」
「倒さないで」
「壊さないで」

「それ、俺の方針と一致してる」
 俺が言うと、ルウナは首をかしげた。

「いっしょか……不思議だね」

(不思議なのはルウナだよ)

 ガルドが空を見た。

「……来る」
「赤い翼」

 最初は点だった。雲の下を横切る小さな影。だが、点が線になり、線が翼になる。

 ドラゴンだ。

 旋回している。こちらには降りてこない。距離を取って、空を舞っているだけなのに、空気が変わる。風が重くなる。森が息を止める。

「……見えてるんだな」
 俺が言う。

「見える」
 ガルドは即答する。
「……一万二千歩」

「遠すぎだろ!」
 俺は思わず言った。
「それ、世界記録が泣くぞ」

「泣かない」
 ガルドは淡々と続ける。
「九千」
「八千」

 数字が縮むたびに、風圧が増える。髪が煽られる。衣が鳴る。

 ドランが口を開けた。

「……でかいな」

 珍しく本音だ。

 エルネスが呟く。

「……怖い」

 シルフィが小さく言う。

「こわい」
「でも」
「やる」

 俺はドライバーを握った。
 手のひらに馴染む。クラブは嘘をつかない。握ればいつも同じ重さだ。

 素振りを一回。

 風が強い。ティーアップが難しい。

 ティーを地面に刺す。球をそっと置く。

 ——落ちた。

「あっ」

 風で球が転がった。

「……やばい」
 俺は言った。
「ティーアップできない」

 ドラゴンの影が、少し大きくなる。
 風がうなる。

 ガルドが言う。

「……まだ届かない」
「だが、近い」

 ドラゴンの口元に、赤い光が溜まった。
 炎が漏れている。こちらに気づいた。宝石の匂いに反応したのか、俺たちの存在に気づいたのか。

 どっちでも最悪だ。

 宝石もろとも食われる。

 エルネスが震える。

「……間に合いません」

 そのとき、ルウナが日傘を閉じた。

 傘の布が畳まれる音が、やけに小さく響いた。

「ちょっとだけだよ」

 ルウナが言う。

 次の瞬間、青い光が広がった。

 結界。

 風が止まった。

 いや、正確には――風が「ここに入って来れなくなった」。髪が揺れない。服が鳴らない。世界が、ガラスの器の中に入ったみたいに静まる。

 ドランが目を丸くした。

「……女神様……」

「エルフだよ」
 ルウナが即ツッコむ。

 ガルドが低く言う。

「……今だ」

 エルネスが杖を握り、球に手をかざした。

「氷、最大」
 エルネスが言った。
「……魔力、全部使います」

 球が淡く白く光る。冷たさが宿る。触れても冷たくないのに、空気だけが締まる。刃物みたいな冷気じゃない。世界の音を小さくする冷気だ。

 ルウナが、ぽつり。

「すごいね」
「弟子、ちゃんと育ってる」

 エルネスがちょっとだけ照れて、でもすぐ真顔に戻る。

 ガルドが叫ぶ。

「……千五百ヤード!」
「ナオキ、打て!」

 シルフィが肩の上で両手を広げた。

「風の加護」
「フルパワー!」
「いまー!」

「わかった!」

 俺は構える。

 右足に少し体重を残す。力で叩かない。下から上に拾う。アッパーブロー。ボールを“持ち上げる”んじゃない。ボールが上がる通り道を作る。

 テイクバック。

 トップ。

 切り返し。

 ダウンスイング。

 インパクト。

 カキィン!

 乾いた音が、高台の空気を割った。

 球は、白い線になって青空へ吸い込まれていく。
 遠すぎて見えない。見えるのは、結果だけだ。

 ガルドが目を細める。

「……命中」

 赤い翼が揺れた。
 ドラゴンが体勢を崩し、空を切るように旋回する。

「当たったか!?」
 ドランが叫ぶ。

「当たった」
 ガルドは淡々だ。
「……落ちる」

 何かが落ちた。

 赤い影の下から、太い塊が落下してくる。
 回転しながら、風を裂く。

「……しっぽだ」
 ガルドが言った。

「え、しっぽ!?」
 俺は叫んだ。
「鱗じゃなくて!?」

「鱗も剥がれている」
 ガルドが付け足す。

 ドラゴンは吠えた。
 だが怒りで突っ込んでは来ない。距離を取る。こちらを“危険”と判断したのか、宝石よりも命が大事になったのか。

 赤い翼は、森の向こうへ去っていった。

 風が戻る。

 結界が消える。

 世界が、また動き出す。

 俺は息を吐いた。

「……終わった?」

「……脅威は去った」
 ガルドが言う。
「倒してはいない」
「だから、この世界の循環は壊れていない」

 ドランが叫ぶ。

「しっぽ!」
「しっぽ回収だ! いそげー!」

 馬車に飛び乗るのが早い。足も早い。商人って生き物、こういうときだけ瞬間移動する。

 エルネスがその場に座り込んだ。

「……魔力、全部使いました」
「温泉に入りたいです」

「おんせん?」
 ルウナが首をかしげる。

「ぬくぬくした湯です」
 エルネスが笑う。
「ルウナ様も入りますか?」

 ルウナは少し考えて、ぱっと開いた日傘を肩に担ぎ直した。

「そうだね」
「鱗も取れたし」

 高台から降りるとき、すでにドランは馬車でしっぽを回収していた。

「すげーだろ!?」
 ドランが叫ぶ。

 赤いドラゴンのしっぽ。
 でかい。重い。強そう。売れそう。使えそう。

 エルネスが、目を丸くした。

「……すごい」

 ルウナが鱗を光に透かし、きらきらを眺める。

「きれい」
「へー」

 ドランが舌なめずりする。

「皮は強化に使える」
「肉は食えそうだな」

 ガルドが頷いた。

「……問題ない」

 シルフィが嬉しそうに飛び回る。

「やった」
「芝、守れた」

 俺は空を見上げた。

 青い。
 さっきまで恐怖だった空が、いつもの空に戻っている。

 勝った、とは言わない。
 倒した、とも言わない。

 ただ――距離を測って、打っただけ。

 俺は笑った。

「……普通にゴルフしてるだけなんだけどな」
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